第4次補正予算が成立し、復興庁も立ち上がりました。まもなく3月11日を迎えますが、東日本大震災、福島第一原発事故からの復旧・復興をさらに加速させなくてはなりません。一方、米軍再編の新たな動き、中国海軍の南シナ海進出、ロシア空軍による大規模な日本海空域の威嚇飛行、ホルムズ海峡を巡る緊張など、安全保障問題も緊迫。TPP、社会保障と税の一体改革など、通商や内政面でも、まさしく難問山積。内外の動静に対する感度を高めていくことが肝要です。
10日、国会の焦点のひとつになっていた「年金試算」が公開されました。紆余曲折があったものの、今後は現行制度と新制度の比較をしっかり行い、意味のある政策論争をしなければなりません。
そもそも、年金制度を含む社会保障制度は、過去の政府が想定していた前提、国民に説明していた前提に無理がありました。だからこそ、これからどうするのかが論争になっています。
「無理があった」というよりも、「非現実的な前提」の下で社会保障制度を整備してきたと言えます。まずは、その認識を共有することが非常に重要です。
日本の人口は、亨保年間(1700年代前半)から明治維新(1868年)までの約150年の間は3200万人程度で安定していました。その後、明治維新後の近代化、殖産興業に伴う国民生活の向上に伴い、終戦時には7199万人と2.3倍増。
さらにそこから約半世紀。2004年にはピークの1億2784万人を記録。明治維新以降の150年間で4倍増、戦後の50年間では1.8倍増です。
既にピークアウトして減り始めた人口は、国立社会保障・人口問題研究所の低位推計(厳しめの見通し)によれば、2100年に3770万人になると予測されています。
つまり、150年かかって4倍になった人口が、100年で4分の1に減って元通りになるということです。グラフをみると、ジェットコースターのようです。
現在の年金制度は1961年にスタートしました。ちょうど半世紀経っています。その間、人口が急ピッチで増えることを前提にして年金制度が運営されてきました。
やがて、人口がピークアウトすることが予測されていたにもかかわらず、「非現実的な前提」の下で運営されてきたことに問題があります。人口が増えている間は保険料収入がドンドン増え、それが、不要不急のハコ物建設や関係省庁の天下り先組織を創設、運営するといった無駄遣いにつながっていきました。
2004年の国会は「年金国会」と呼ばれました。「年金国会」で当時の政府が主張したのが、現行制度は「100年安心」ということです。
本当に「100年安心」であれば問題ありません。しかし、現実にはそうではないかもしれません。だから、議論をしなければなりません。年金制度について与野党協議をすべきというのは、至って当然のことだと思います。
「年金財政計算」という言葉があります。一般には馴染みの薄い言葉ですが、年金関係の官僚や学者、あるいは年金に詳しい政治家などにはよく知られています。
つまり、先々の年金制度がうまく運営できるかどうか、わかり易く言えば、破綻しないかどうかを計算するということです。年金数理計算とも言います。
「なんだ、計算するということか」と軽く考えられては困ります。これが難しいのです。厚生労働省で年金財政計算を行っている部署は数学の専門家で構成されています。
しかも、数年先の見通しを計算するのではなく、50年先、100年先の見通しを計算します。そのためには、その間の経済状況について何らかの前提を置かなければなりません。
これから100年間は人口が4分の1なるのですから、「現実的な前提」を置くと、とても現行制度はもちません。したがって、「非現実的な前提」を置かなくてはなりません。
2004年に当時の政府が年金財政計算を行った際には、物価上昇率1.0%、名目賃金上昇率2.1%、名目運用利回り4.1%という前提を置いていました。
これも、「なんだ、ビックリするような前提ではないな」と軽く考えられては困ります。この名目賃金上昇率で計算すると、100年後には賃金が12倍になっています。今、給料が毎月30万円の人は、毎月360万円になる計算です。
また、年金積立金は、この名目運用利回りで計算すると、100年後には23倍に増えることになります。
そういう前提で計算して「100年安心」と宣言し、年金給付額が決められました。現実の経済が前提どおりにならない場合も想定して、給付額を政府の判断で減らせる仕組み(マクロ経済スライド)も作りましたが、ルールどおりには適用されていませんでした。
年金財政計算は5年毎に行われます。したがって、2009年にも再度行われました。政権交代直前です。
2004年から2009年の間は、サブプライム危機やリーマンショックのために経済は低迷。国民の賃金水準は低下傾向にありました。
ところが、採用された前提は、物価上昇率1.0%(2004年比同一)、名目賃金上昇率2.5%(同プラス0.4%)、名目運用利回り4.1%(同プラス0.9%)です。何だか不思議です。
2004年から5年が経過し、その間に経済状況や年金保険料納付率が悪化したものの、それでも「100年安心」と言い続けるための工夫のような気がします。
「工夫」というと聞こえがいいですが、「非現実的な前提」と言わざるをえないでしょう。
10日に公開された新年金制度の「年金試算」も、この「非現実的な前提」を使っています。「え、だめじゃないか」と思わないでください。
「100年安心」がセールスポイントの現行制度と比較するためには、同じ前提を使うことが必要だからです。
新年金制度は、高所得者から低所得者への所得再配分を現行制度よりも強く効かせていますので、高所得者の給付額が減るように計算されています。
もっとも、厚生年金、共済年金の保険料がまもなく18.3%、19.8%になるのに対して、新年金制度は15%にとどめるように計算しています。給付額が減るのは、この影響も効いています。
国民年金の保険料は、現行制度は定額。まもなく上限の16,900円になります。新制度における15%の保険料が、自営業者の皆さんにとってどのように受け止めていただけるかが今後の重要な論点のひとつです。
事実関係を整理すると次のように考えることもできます。16,900円が15%相当になる賦課対象収入(売上マイナス必要経費)は、割り戻すと月額11万2千666円、年間で約135万2千円です。しかも、この数字は「生涯平均年収」ですから、高いと考えるか、低いと考えるかは、現実の統計データに照らして評価する必要があります。
また、保険料は労使折半が原則。会社勤めの人が給料から負担する分は7.5%になるので不公平という点については、会社側(使用者側)負担分は「必要経費」の中に含めるという対応も考えられます。
「自営業者は本人自身が労使双方であり、結局全部自分で払うことに変わりはない」という指摘もよく聞きます。それも理解できます。
それでも、結果的に保険料実額が上がることによって、現行の国民年金と被用者年金(厚生年金、共済年金)の給付額の差で感じるような不公平感はなくなります。取り扱いは制度上、同じになります。
いずれにしても、まだまだ試算の段階。現行制度と新制度のメリット、デメリットを比較考量して、公開の場で議論していくことが必要です。
とりわけ、「非現実的な前提」を改め、「現実的な前提」で、現行制度も新制度も年金財政計算をやり直す必要があります。「現実的な前提」については、各党の実務担当者が合意した水準で定めることが建設的です。前提の適否を巡って「不毛の論争」を行っている余裕はありません。
そして、最大の論点は年金一元化。軍人や官僚の恩給制度をルーツとする共済年金、それとのバランスで導入された厚生年金、取り残された人たちを取り込むために作られた国民年金。
こらからも、職業によってバラバラの年金制度で臨むのか、それとも、憲法が「法の下の平等」を掲げる以上、全ての国民が同じ年金制度の下に入るのか。それが最大の論点です。
「将来世代」の雇用環境やライフスタイルを考えると、職業によってバラバラの年金制度は適当といえるかどうか。現在の若年層や「将来世代」自身がどのような姿を望むのかも、重要なポイントです。
また、現行制度が「非現実的な前提」に基づいた過大な給付を続ける限り、やがて若年層や「将来世代」にさらに重い賦課がかかることにも配慮が必要です。
新年金制度が現行制度よりも厳しい給付水準を示すとすれば、それはむしろ現実的で、「将来世代」に対して誠実と言えるのではないでしょうか。
「不毛の論争」を止めて、「将来世代」に配慮すること。それが年金制度に関する国会の責任です。長年にわたって、「非現実的な前提」で驚くべき年金制度の運営を行ってきたことを猛省し、「将来世代」に対する責任を果たさなくてはなりません。
(了)