消費税増税を巡る党内議論は熱心かつ真剣に行われました。それほど、国民生活や日本の経済や財政に与える影響が大きいということです。この局面で、改めて日本経済の現状と課題を整理し、これからの経済政策を考えるうえでの視点を再確認したいと思います。今回のメルマガのテーマは「日本経済は正念場」です。
「失われた10年」が「失われた20年」と言われるようになって久しく、日本経済は正念場です。「20年」を「30年」にしてはなりません。
小渕政権の頃、財政再建と経済成長を二匹の兎に喩え、「二兎を追う者」は「一兎を獲ず」か「二兎を獲る」かという「二兎論争」が展開されました。それから13年、今や日本にとって財政再建と経済成長の両立は至上命題です。
そうした中で、財政政策と金融政策から構成されるマクロ経済政策の重要性が一段と増しています。論点のひとつは財政と増税の関係。(A)増税による景気悪化が財政危機を招くのか、(B)財政危機に陥らないために増税するのか。
経済学的にはどちらの立論も可能ですが、客観的事実を整理すると、日本は(A)の立場で増税を先送りしてきた傾向が強いと言えます。そして今、欧州財政危機に端を発し、市場は日本が(B)を選択できるかどうかを注視しています。
もうひとつの論点は金融緩和の程度。(C)緩和しすぎると弊害が大きいと考えるか、(D)さらに緩和すべきか。(C)は、裏返して言えば既に十分に緩和しているという立場であり、追加緩和には慎重に臨むべきという意味で緩和抑制です。
これも客観的事実を整理すると、日本の金融政策は長らく(C)の立場で運営されてきましたが、デフレ脱却、円高是正、景気浮揚等の成果をあげられない中で、この際(D)を選択してはどうかという潜在的期待が高まっています。
(A)と(C)の組合せは、財政拡大と緩和抑制というポリシーミックス。景気過熱を制御しつつ経済成長を持続させるためには合理的な組み合わせですが、長引く不況とデフレ下では合理的と言えません。「失われた20年」の実績からもそう評価せざるをえないでしょう。
一方、(B)と(D)の組合せは、財政健全化と追加緩和というポリシーミックス。財政規律への関心が高まる中、市場の動きを牽制しつつ景気拡大を目指すという観点からは合理的な選択と言えます。
総じて言えば、マクロ経済政策のポリシーミックスは、(A)と(C)の組み合わせから、(B)と(D)の組み合わせに転換しつつあります。消費税増税が検討されていること、及び2月14日の日銀の政策変更が(B)と(D)の象徴的な動きです。
日銀は物価上昇の「目途」を導入しましたが、「インフレターゲティングではない」と説明しています。しかし、市場が事実上のインフレターゲティング導入と認識しているという事実は重いと言えます。
日銀は資産買い入れ基金も10兆円拡大し、円相場と相関性の高い2年債購入を増額。2年債利回りが低下し、円高是正にも寄与しました。
一方、対照的に利回りが上昇したのが長期債。10年債利回りが昨年秋以来の1%超水準に上昇したほか、20年債利回りは1.8%台に乗せました。
その結果、短期は実質ゼロ金利であることから、イールドカーブ(利回り曲線)は短期ほど低く、長期ほど高い「順イールド」となりました。
「順イールド」になったことの意味について、両極端のふたつの解釈があります。ひとつは、景気回復期待の反映。つまり「良い金利上昇」です。
株価も1万円台を回復。欧州財政危機も当面の打開策の目鼻がつき、米景気も復調気配。リスク資産から安全資産にマネーが逃避する「Flight to Quality」現象にも変化が現れています。
一方、財政悪化を懸念して国債を売る「悪い金利上昇」の前兆である可能性も指摘されています。財政赤字の対GDP(国内総生産)比は既に戦前水準を超えており、日本の財政状況は深刻です。
今国会での消費税増税論議が暗礁に乗り上げる場合には、日本の財政問題がクローズアップされる確率は高く、日本国債市場が投機資金の鉄火場になるかもしれません。
こうした懸念に拍車をかけているのが国際収支の動向です。東日本大震災やタイ大洪水の影響もあり、昨年の貿易収支は31年振りの赤字。さらに、今年1月の経常収支も3年振りの赤字。単月としては過去最大であり、構造的赤字に転じる兆しもあります。
日本国債は豊富な個人金融資産と潤沢な企業内部留保で買い支えられてきました。しかし、高齢化に伴う個人金融資産の取り崩しと国際収支の赤字化は、国債を買い支える余力の低下を意味しています。
日本国債は海外投資家の影響を受け易くなっており、日本の財政再建と経済成長への懐疑的な見方が広がると、突然の国債暴落、長期金利急騰という事態を招くリスクは低くありません。
また、足元の原油高は、景気にも、国際収支にもマイナスであるほか、将来のインフレ懸念が長期金利急騰のトリガーとなる恐れもあります。
財政再建と経済成長の両立が至上命題の日本。消費税増税に取り組んでも、八ッ場ダムに象徴される今後建設や更新が予定されている膨大な公共事業の中止を決断できないようでは、財政再建は覚束ないでしょう。イノベーションや産業・企業振興を促すための財源捻出や規制・制度改革のスピード感を欠いては、経済成長もままなりません。
財政健全化と追加緩和のポリシーミックスという視点で整理すれば、前者は政府、後者は日銀の役割です。
金融政策は既に非伝統的領域に入って久しく、さらなる新機軸、政策フロンティアに挑戦しなければ追加緩和は容易でありません。その努力を断念するようでは、またぞろ日銀法改正を求める声が高まるでしょう。
もっとも、日銀法改正論者が求める点は、いずれも法改正するまでもなく、現行法でも担保されています。
日銀も「雇用の安定」に責務を負うべきだという点は、第2条の「国民経済の健全な発展」という表現の中に読み込めます。雇用が不安定では、国民経済の健全な発展はあり得ません。
政府と日銀のアコード(政策協調)を求める点に関しては、第4条において、政府の経済政策との整合性と十分な意思疎通を明記していることで担保されています。
政策目標を政府が定めるべきだという点は、言わずもがなです。そもそも日銀に認められているのは「手段の独立性」であり、「目標の独立性」ではありません。但し、政府の目指す「最終目標」を実現するための「中間目標」「操作目標」に対する一定の裁量権は日銀にあると考えるのが妥当でしょう。
あえて現行法に問題があるとすれば、第1条の目的規定です。第1項に記された「銀行券発行」と「通貨及び金融の調節」は「目的」ではなく「手段」です。第2項の「信用秩序の維持」は「目的」に近いと言えます。
日銀の本来の「目的」は、金融政策の「手段」を駆使して「国民経済の健全な発展」を実現することです。
前回の日銀法改正当時の議論では、「目的」と「手段」、「中間目標」「操作目標」と「最終目標」の関係が必ずしも十分に整理仕切れなかった感があります。そういう意味での日銀法再改正の検討は意味があると言えます。
いずれにしても、財政健全化と追加緩和のポリシーミックスの妙を実現し、財政再建と経済成長を両立させるために、政府・日銀の舵取りには強い意志と巧みさが求められます。
長期金利が2%上昇した場合、国債を大量保有する国内銀行全体では約15兆円の損失が発生します。国際通貨基金(IMF)も日本の金融システム危機のシミュレーションを始め、大手銀行や機関投資家は「Xデー」に備えた「危機対応マニュアル」を策定しているとも聞きます。日本経済は正念場です。
(了)