欧州財政危機が続いていますが、米国でもJPモルガンの巨額損失問題が発覚。両者の今後の展開は、金融市場を通じて世界経済に影響を与えます。中国や新興国の景気も減速傾向を示し始めており、当面は世界経済の動向から目が離せません。もちろん、日本の財政再建や成長戦略の帰趨も金融市場や世界経済に大いに影響を与えます。
日本株の低迷が続いています。昨日(5月末)の日経平均終値は8,542円。「失われた20年」の前、つまりバブル期のピーク水準38,915円(1989年<平成元年>12月29日)と比較すると、わずか21.9%。実に「5分の1」の水準です。
一方、米国株は堅調。昨日(同上)のニューヨークダウ平均終値は12,393ドル。1987年10月19日の「ブラックマンデー」の終値1,738ドルから再出発した株価は実に「7倍」。
株価が全てではありませんが、経済や国情を評価するうえで重要な指標であることは間違いありません。「失われた20年」を含むこの四半世紀。なぜ日本の株価が「5分の1」に、米国の株価は「7倍」になったのか。
その原因は単純ではありません。「誰かに」あるいは「何かに」責任を押しつけも、日本はこの状況から抜け出すことはできないでしょう。
政治が最も重い責任を負っていることを大前提としつつ、経済界、学界、霞が関、マスコミなど、全ての関係者が自問自答し、原因の解決に取り組むことが不可欠です。国民全体といってもいいかもしれません。
各分野、企業、組織の過去の関係者、その後の対応に失敗した「失われた20年」の関係者、そして現在の関係者。過去に対する真摯な反省と分析、そのうえに立った現在の戦略なくして次の一歩はありません。
ところで、堅調な米国株は、世界全体の株の時価総額に占めるシェアを高めています。世界取引所連盟(WFE)の調査によれば、米国株の時価総額は世界全体の34%。
欧州は27%、アジアは24%です。欧州、アジアとも、それぞれ多くの国の株を含んでいますので、米国1国でのシェアの大きさが窺えます。
米国株の堅調さの理由はふたつ。ひとつは企業の収益力。主要500社の1株当たり利益は昨年87ドルと5年振りに過去最高を更新。今年は100ドル乗せが予測されています。
収益力の源泉はいろいろです。製品・サービス開発、市場分析、市場開拓、収益性向上(効率化向上)、経営戦略、人材育成など、あらゆる経営要素の改善、革新に腐心しているということでしょう。
もちろん、米国の全ての企業がうまくいっているわけではありませんが、総じて米国経済は日本経済より堅調です。
もうひとつは金融緩和の効果。FRB(米連邦準備理事会=中央銀行)は2014年までゼロ金利政策を継続することを明確にしており、市場に潤沢に供給されている資金が株価を押し上げ、低金利が企業収益を支えています。
欧州財政危機、中国景気減速など、米国以外の地域が低迷する中、依然としてマネー経済、金融資本主義の下で回っている世界経済。現時点では、その恩恵を相対的に享受しているのが米国という構図です。
2000年代半ばのバブル経済が限界に達し、2007年にサブプライム危機、2008年にリーマン・ショックが発生。米国も深刻な不景気に直面しましたが、何とか立ち直ってきました。
その背景では、マネー経済、金融資本主義を映じたバブル的状況が続いています。この金融資本主義とどうやって共存していくのか。あるいは、脱するべきなのか、そもそも脱する手立てがあるのか。そこが問題です。
5月10日、米国大手証券会社JPモルガンの巨額損失問題が発覚。同社はデリバティブ取引(クレジット・デフォルト・スワップ<CDS>)で20億ドルの評価損が発生したことを明らかにしました。マネー経済はまだ続いています。
同社のCDSの3月末時点のポジションは840億ドルのロング(「買い」の方に相場を張っているという意味です)。昨年末時点は100億ドル。3か月で8倍強になっています。
ポジションの変動が大き過ぎるうえ、他の証券会社のポジションと比較すると、JPモルガンの「逆張り」ぶりが鮮明です。
言わば「大勝負」に出たということですが、何だか「ギャンブル」をやっているように見えます。顧客や株主を抱える企業がそうした投資行動をとることの是非論は、金融資本主義に関する是非論でもあります。
この問題は米国大統領選挙にも影響し始めました。2008年のリーマン・ショック直後、金融規制強化を政策の柱のひとつとして当選したオバマ大統領。
当選後の2010年7月に成立した金融規制改革法は、オバマ大統領が1期目の成果のひとつとしてアピールしている重要施策です
1期目のオバマ・ブームが過ぎ去った今、選挙戦略に苦慮しているオバマ大統領。JPモルガン問題で再び金融規制強化をアピールするチャンスを得て、そうした論調を強めています。
一方、対抗馬は共和党候補指名を確実にしたロムニー氏(前マサチューセッツ州知事)。JPモルガン問題に関しては「過剰反応すべきではない」と反論。金融界も「規制強化は景気悪化につながる」と反発しています。
国際社会における米国の立場も微妙です。米国は金融規制改革法を踏まえて銀行のリスク投資を制限する「ボルカー・ルール」を提唱しましたが、世界各国の反発を買いました(「ボルカー」は提唱者である元FRB議長の名前です)。
マネー経済、金融資本主義の権化である米国自身が「ボルカー・ルール」を提唱することの矛盾は、日本を含む諸外国の理解を得られていません。米当局は、今年7月に予定していた「ボルカー・ルール」の細則決定を先送りせざるをえない状況です。
振り返ってみれば、20世紀初頭は「植民地主義」とどう向き合うかが問われていた国際社会。その葛藤は、結局第2次世界大戦の遠因となりました。
21世紀初頭の現在は、「金融資本主義」とどう向き合うかが問われているようです。世界経済、国際社会の一員である日本も例外ではありません。
バブルは所詮バブル。マネー経済は所詮マネー経済。とは言え、されどバブル、されどマネー経済。経済や金融市場に国境はなく、現時点では各国ともマネー経済の呪縛から逃れることはできません。
しかし、単なるマネーゲームでは、繰り返し失敗が発生することは再びJPモルガンが教えてくれています。何度も何度も同じようなことが起きます。残念ながら、これからも続くでしょう。
1930年代以降はケインズ政策、1970年代以降はマネタリズムに依拠し、世界経済は金融資本主義、過剰流動性に依存し続けています。このことは、このメルマガで何度もお伝えしているとおりです。
だからこそ、行き過ぎたマネーゲームを回避する工夫が必要です。製品やサービスの進化を伴う企業や産業の発展、つまり実需を伴う経済成長が必要であり、そうした先への投資を促す諸施策もその一環です。
総額約30兆ドルと言われる世界の年金マネー。金融商品で有利な運用を競ってきた年金マネーも、そうした投資を模索する動きを示し始めています。
道路、港湾、水道といった公共事業やインフラ建設のプロジェクトに投資し、その事業利益を配当金などの形で受け取ることを企図。投資ファンドに出資するケースに加え、公共事業に直接投資する事例も散見されます。
財政難のために公共事業予算確保に苦慮している各国政府や自治体にとっても、年金マネーのこうした動きは大歓迎です。
10兆円強の資産を運用する日本の企業年金連合会も、最近、カナダのオンタリオ州公務員年金基金が主導するインフラ投資に参加することを決めたそうです。
全米最大の公的年金基金、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)のインフラ投資はここ数年で約10倍に拡大。米国で活発化している年金マネーのインフラ投資の動きは、欧州にも波及。オランダ年金基金はインフラ投資を倍増させる方針を決めました。
経済協力開発機構(OECD)によると、2030年までに世界のインフラ整備に必要な資金は約50兆ドル。その一定割合が年金マネーで賄われると、年金マネーはインフラの収益性と運命をともにすることになります。
インフラ投資は金融商品に比べて安定した収益を得やすいと考えられているようです。しかし、本当にそうであるかどうかはわかりません。あまり利用されないインフラ建設に投資すれば、年金マネーの運用を悪化させます。実際に事業が終了し、インフラが稼働し始めるのは数年後。予断を許しません。
金融資本主義の申し子である金融商品か、あるいはケインズ政策の延長線上のインフラ建設か。巨額の年金マネーの運用も、金融資本主義とどう向き合うかが問われています。
年金マネーの今後の動きは、金融資本主義の帰趨とも関係しています。
(了)