政局は混迷していますが、政策課題は明々白々。政局とは一線を画し、政策課題に向き合って粛々と仕事をしていきます。かつて岩盤のように動かなかったことが政権交代後に動き始めていますが(例えば、下記本文中の総合取引所構想など)、それ以上に世界の動きは速い。日本はまだまだ覚悟も努力も足りません。頑張ります。
先月、香港証券取引所(HKEC)がロンドン金属取引所(LME)を買収することで合意。英国に統治されていた香港の取引所が、英国の代表的な取引所を買収するという歴史的出来事です。
経済の主役が欧米からアジアにシフトしつつある国際社会。前々回のメルマガ(266号)では円元直接取引の話題を取り上げましたが、取引所再編を巡ってもアジアの動きから目が離せません。
HKECは株の現物・先物を中心とするアジア有数の証券取引所。英国統治時代の1891年に設立されました。
一方、LMEは1877年設立。世界最大の非鉄金属取引所であり、世界の非鉄金属先物・デリバティブ取引の約8割を扱います。金属を保管する指定倉庫を全世界に600以上保有し、その在庫量が相場に影響するなど、国際市況の基準となっている取引所です。
1990年代までは、銅地金の国際市況にはニューヨーク取引所(COMEX)も大きな影響力を有していました。しかし、米国で製造業の空洞化が進み、LMEのライバルCOMEXのプレゼンスは低下。
それでもLMEは、国際的な取引所間競争、システム投資の負担増などを背景に、昨秋、合併・統合の意思があることを表明しました。
その結果、HKECのほか、商品デリバティブで世界最大のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)、電子取引に特化したインターコンチネンタル取引所(ICE)、ニューヨーク証券取引所を傘下に収めるNYSEユーロネクストなど、主要取引所グループから買収提案を受けました。
商品デリバティブの中心はCMEとICE。両者にとって、LMEを傘下に収めることは、世界の非鉄金属取引の主導権を握ることを意味します。
したがって、LMEの統合相手はCME、ICEのどちらかに落ち着くと予想されていましたが、その間隙を縫って名乗りを上げたのがHKEC。
この間、取引所再編の動きに異変も起きています。米NYSEユーロネクストとドイツ取引所の合併は独禁法違反の懸念を指摘されて破談。ロンドン証券取引所によるトロント証券取引所の買収、シンガポール取引所によるオーストラリア証券取引所の統合は、国益を主張するカナダ金融機関、豪政府の反対によって頓挫。
こうした反動はあるものの、取引や経済のボーダーレス化が一段と進む中、取引所間の合従連衡、再編の流れは止まりません。HKECによるLME買収によって、再編の動きが再び活発化する可能性があります。
HKECとLMEが合意した背景には、当然のことながら、それぞれの思惑があります。
HKECは中国企業を呼び込んで飛躍しました。中国企業の新規株式公開(IPO)急増によってHKECは世界一のIPO市場となり、そのことが欧米企業の上場をもたらすというシナジー効果を生み出しています。
また、中国本土の金融市場改革が遅れていることも、外国人投資家をHKECに吸い寄せています。上海市場等の上場株には依然として外国人投資家に対する取引規制もあります。
こうした中、HKECは株に続く「成長のエンジン」として、中国で消費量が激増する商品(コモディティ)に照準を合わせたのです。
LMEという世界屈指のブランドと影響力を傘下に収めることで、新たな収入源を得るとともに、世界の商品取引のリーダーの座を狙っています。
逆説的ですが、追われる立場の危機感も影響しています。中国本土の金融市場改革や経済自由化が加速すれば、相対的にHKECの重要性や役割は低下します。そうした展開に備えた予防策という意味もあるようです。
一方、LMEがHKECを選択した理由は、提示された買収額が高かっただけではありません。
中国で非鉄取引が急増しているため、LMEは台湾での指定倉庫設置、初の海外拠点であるシンガポール事務所開設、人民元での取引導入、中国系企業の会員受入れなど、アジアでの影響力拡大に躍起となっています。
つまり、LMEがHKECを選んだのは、世界最大の非鉄消費地である中国を意識した判断。そして、それによって最大の競争相手となった上海期貨交易所(SHFE)を牽制することを企図しています。
SHFEの銅地金取引量は急増しており、直近実績は10年前の12倍。在庫量も約20万トンとLMEに肩を並べました。大手需要家も取引方法や値決め方式を、LME相場に加え、SHFE相場も参考にするダブルスタンダードに移行しつつあります。
また、CMEやICEを選ぶよりも、HKECが統合相手であればLMEの独自色を残せるとの判断もあったようです。具体的には、「リング」と呼ばれる独自の立会取引、毎営業日決済、さらには会員と顧客企業に自由に設定される信用枠など、取引システムの継続を条件としました。
LMEが非鉄の国際指標であり続けるためには、会員が使いやすい市場でなければなりません。相対取引が中心で、規制が緩く、融通が利く点がLMEの魅力。電子化、効率化を進め過ぎると参加者が離れかねないことを懸念した結果です。
世界の取引所再編の中で、規制当局と取引所が縄張り争いに拘泥している日本の動きは甚だしい周回遅れ。とくに商品取引は、国内市場縮小、勧誘規制強化、システム投資の三重苦の中で、国際競争への対応も遅れ、10年前には世界2位だった売買高も今ではベスト10にも入りません。
しかし、ここに至り、ようやく遅れを挽回しようという動きも出てきました。
東京証券取引所と大阪証券取引所が統合に合意し、来年には「日本取引所グループ」を設立。そのうえで、商品取引所も統合する「総合取引所」構想が動き始めています。
東証は現物株では圧倒的シェアを誇りますが、デリバティブでは大証の後塵を拝しています。また、現物株は私設取引システム(PTS)との競争に直面しており、活路をデリバティブに求めざるを得ません。
一方、大証はデリバティブで優位に立つものの、主力商品は日経225先物のみ。新基軸を打ち出さないとジリ貧が懸念されます。
したがって、統合後の日本取引所グループにとって、デリバティブ強化が不可欠。その際、新たな市場を形成するために、証券と商品、さらには金融の連動がポイントとなります。
世界のデリバティブ市場の規模は約800兆ドル(約6京円)。株式時価総額(約50兆円)の16倍であり、是非は別にして、経済や市場運営の上では意識せざるを得ません。
そうした背景もあって、去る3月、証券と商品、現物と先物を一緒に取引できる総合取引所設立に向けた金融商品取引法改正案が国会に提出されました。内閣府副大臣時代に起案した案件が、2年経ってようやく動き始めました。
現在、株は東証等、工業品は東京工業品取引所、農産物は東京穀物商品取引所と取引所が分立。規制当局も金融庁、経産省、農水省に分かれています。総合取引所はそれらを統合する構想です。取引所を巡る省庁の利害調整が積年の難題でしたが、法案では権限を金融庁に一元化しています。
経産省は東工取に2015年を目途に液化天然ガス(LNG)、重油、石炭、電力などの先物取引を上場するよう要請。電力・ガス会社、商社、大口需要家にとって、エネルギー資源や電力の価格変動リスクのヘッジニーズは高いでしょう。
欧米に天然ガス先物はありますが、LNG先物は世界初の試み。実現すれば国際的な価格指標に育つ可能性があります。SHFEの非鉄金属にみるように、需要のあるところに市場は育つ。東工取の今後に期待します。
一方、逆行する動きもあります。法案では「コメ等」の農産物は総合取引所の取引対象外であり、「等」が何を指すのかも不明。商品の上場及び上場廃止には経産省、農水省の同意が必要であり、依然として省益対立を完全には払拭できていません。
農水省、東穀取は総合取引所構想に協力的ではありません。昨年夏には東穀取の再生策として72年ぶりにコメ先物を復活させたものの、JAグループの取引不参加等も影響して取引は低迷。結局、東穀取は来年2月を目途にトウモロコシ等4商品を東工取に移し、清算手続きに入ると発表。しかし、それでもコメ先物だけは関西商品取引所に移そうとしています。
東京金融先物取引所に至ってはさらに非協力的。国益に反するとも言えます。
関係者が「井の中の蛙」で世界の潮流や国益に背を向けていると、やがて井戸の水も涸れて蛙は絶命するかもしれません。
(了)