政府は、新たなエネルギー戦略の柱として「2030年代原発ゼロ」を目指すことを打ち出しました。米英仏政府は、日本が原子力関連技術を中長期的に喪失することに懸念を表明しています。難しい問題ですが、今大切なことは、自分と異なる意見にも耳を傾け、よく整理し、深く考えることです。
原発事故を受けて、多くの国民が原発に依存しない社会の実現を願っていることは否定できない事実です。但し、その願いは「指向」ではなく、「志向」でなければなりません。ある方向に自ずと向かう「指向」ではなく、自らそれを実現するのが「志向」です。簡単に言えば、努力しないと実現しないということです。
エネルギー・電力問題への対応は日本の針路に大きく影響します。今後の展開を冷静に整理して、考え、行動することが肝要です。
最も望ましい「第1の展開」は、原発よりも安くて安定的なエネルギー技術が早期に開発・実用化されることです。そのエネルギー技術には、世界の需要が集中するでしょう。原燃料を輸入しなくてよい再生可能エネルギー技術であれば、貿易収支上の負荷もかからず、日本にとってベストシナリオです。
一方、そうしたエネルギー技術の早期の開発・実用化が容易ではない場合には、代替エネルギーのための原燃料(原油、LNG等)輸入、電力コスト上昇の影響を考える必要がある。
その影響を受け入れることを「是」とする場合には、問題ありません。自らそれを実現する「志向」の姿勢であり、「第2の展開」と言えます。単に家庭の電気料金が高くなることを甘受するだけでなく、企業の生産コスト上昇等を介した雇用や所得水準への影響も受け入れることが求められます。
逆に、その影響を受け入れることを「否」とする場合には、難しい選択に直面します。「脱原発依存」の程度やスピードを調整するか、ある程度の経済的影響を受け入れるか、あるいはその両方か。「第3の展開」です。
「第1の展開」や「第2の展開」であれば悩む必要はありません。論争になるのは「第3の展開」の場合です。冷静かつ客観的に論点を整理・共有し、有意な論争に努めることが求められます。
ベストシナリオ(第1の展開)を「志向」するためには、他の分野や政策を犠牲にしてでも、新しいエネルギー技術の開発・実用化に国全体のリソース(財源、人材等)を集中投下する必要があります。
今までに存在しなかった困難な課題に直面したのですから、今までと同様に様々な分野や政策にリソースを分散していてはベストシナリオを実現できるはずがありません。だからこそ、「指向」ではなく、「志向」です。
裏付けもなく、努力もせず、根拠もなく、単に期待する「指向」という姿勢が最悪のパターンです。
「志向」なくして実現なし。努力なくして「志向」なし。日本全体が、具体的に何を断念し、何を協力するかが問われています。
「脱原発依存」を声高に主張しつつ、自分に関連する分野の予算や政策が影響を受けることは拒否するという姿勢では、所詮「指向」であって「志向」ではありません。
原発代替エネルギー技術は、化石燃料エネルギーと再生可能エネルギーに大別されます。後者に議論が集中しがちですが、前者にも目を向ける必要があります。
最近ではオイルシェールブームが起きています。オイルシェールとは油母(ケロジェン)を多く含む岩石。米国内で安価なオイルシェールが確保できることが明らかになったことがブームのきっかけです。
こうした世界の動向から言えば、日本も高効率火力発電やCCS(二酸化炭素貯蔵技術)等の新しい技術に着目しつつ、化石燃料の活用にも取り組むべきでしょう。
もちろん、原発代替エネルギー技術の本命は再生可能エネルギー。政府は7月から太陽光、風力、地熱発電による電力の全量買い取り制度をスタートさせました。再生可能エネルギーの関連産業を日本経済の牽引役と位置づけ、2020年には10兆円の市場規模を想定。来年度予算編成でも、エネルギー技術関係を最重点分野に位置付けています。
再生可能エネルギーは多種多様。縁起を担いで「末広がり」の「八」種類に類型化しておきます。
第1は、太陽光。パネルを1000枚単位で並べる大規模太陽光発電所(メガソーラー)にも関心が集まっています。将来的には太陽熱発電や宇宙太陽光発電の実用化も期待されます。
第2は風力。1990年代から風が強い北海道などを先駆けに普及し、昨年末現在で全国に417発電所1832基(250万1000キロワット)が稼働。福島県沖の太平洋上では143基の浮体式風車を設置する産学官共同計画も進行中です。
第3は水力。豊富な水資源を有する日本では期待の高いエネルギー源。大規模水力発電とは別に、出力1000キロワット以下のものを小水力、同100キロワット以下のものをマイクロ水力と呼びます。「流れ込み式」と「水路式」に大別され、大規模水力と違って環境破壊の懸念がありません。
太陽光・風力は天候の影響を受け、稼働率が不安定。水力も降雨量を介して貯水量や流量が影響を受けます。そこで、安定電源として有望視されているのが第4の地熱と第5の海洋エネルギー。海洋国家、火山国家日本としては、この2つの有効活用が必要です。
地熱発電は地中の熱水などを利用して蒸気タービンを駆動。大出力で昼夜を問わない安定電源。但し、適地の多くが自然公園内のため、環境規制等の緩和が不可欠です。地熱発電の一種で長年日本が研究してきたのが高温岩体発電。地上からの注水を地下の熱で蒸気に変えます。温泉発電もあります。熱い源泉を自然冷却して廃棄していた熱エネルギーを活用して発電します。
海洋エネルギーでは造船技術が活用され、潮の流れでプロペラを回す潮流発電、海流発電が主力。プロペラに貝などを付着させない塗装技術などは日本が蓄積しています。波力発電や潮汐力発電もあります。後者は欧州で実用化されていますが、潮の干満差が5メートル程度以上必要なため、日本(最大は有明海の4.9メートル)には適地が少ないようです。
海洋温度差発電は別名「海の地熱発電」。1000メートル程度の深海の冷たい深層水(5度程度)と表層水(25度以上)の温度差を活用。沸点の低いアンモニア水などによって熱交換を行い、蒸気でタービンを回します。近海に海溝の多い日本の海洋温度差発電の潜在発電能力は大きく、波力の8倍、海流の15倍、潮流の25倍以上という試算もあります。
第6は木廃材などの有機物を燃料にするバイオマス発電。温室効果ガスを排出する化石燃料を使用しないため、従来は温暖化対策として注目を集めていました。震災後は、被災地の木材がれき処理と電力不足解消を両立させる技術として期待が高まっています。廃棄物発電(サーマル・リサイクル)もバイオマス発電の一種。家庭から排出されるごみの7割が焼却処分されていますが、その熱エネルギーを利用します。
第7はその他分野。振動発電は床や橋の振動エネルギーを電力に転換。駅改札やスタジアムで既に実用実験中。振動を電気に変える圧電素子(ピエゾ素子)の圧電(圧力によって表面に誘電分極が発生して電気が起きる)効果を活用しています。熱電発電は物体の温度差を利用して発電を行うシステム。温度差によって起電力が生じる「ゼーベック効果」を有する金属や半導体を利用します。
第8は燃料電池(エネファーム)。燃料(水素など)と酸化剤(酸素など)の化学反応によって電気エネルギーを生み出します。使い切り・充電式の電池と異なり、水素や酸素を送り続ければ永久に発電可能。
第1から第7の発電技術は、化学エネルギーを燃焼によって熱エネルギーに変え、その熱でタービンを回して運動エネルギーに変え、それをさらに電気エネルギーに転換するというように、何段階にも亘ってエネルギー形態を変えるために発電効率が良くありません。一方、燃料電池は化学エネルギーを電気エネルギーに直接転換。ロスが少なく、発電効率が高いのが特徴です。
再生可能エネルギー技術の開発・実用化は、前向きで夢のあるチャレンジです。しかし、繰り返しになりますが、そのことに国全体のリソース(財源、人材等)を集中投下しなければ、国民が期待するようなスピードでは実現しません。
また、原発の廃炉技術、使用済み核燃料や燃料デブリ(事故による溶解物等)の処理技術の開発・実用化も急務。膨大なコストがかかります。除染費用も含め、こうしたコストは第1次的には特定企業や国の負担になったとしても、最終的には経済全体に転嫁されます。つまり、国全体のリソースで受け止める覚悟が必要です。
一方、日本の「2030年代原発ゼロ」の決断に米英仏政府は警鐘を鳴らしています。経済的側面のみならず、核の平和利用や安全保障の観点からも、原子力技術の維持・向上・継承、技術者の養成・確保、核燃料サイクルの開発・実用化等が必要と指摘しています。
昨年の原発事故を契機に、多くの日本人が原子力や原発に関心を高め、書物や有識者と言われる人達の解説等から知識を深めています。僕自身も同様です。
しかし、今後も様々な意見や情報に耳を傾け、深く考え続けることが大切です。「論語」に曰く「学びて思わざれば、すなわち罔(くら)し。思いて学ばざれば、すなわち殆(あやう)し」。
その含意は、「深く考えることなく、学んだだけでは、本当のことはわからない」。「罔(もう)」は「ぼんやりしている」という意味です。反対に「自分の限られた知識や思いを万能と信じ、異なる意見から学ぶことを拒否すれば、考え方が偏り、危険である」。「殆(たい)」は「危」と同じ意味です。
「論語」から発展した名著「中庸(ちゅうよう)」では、「博(ひろ)く学び、審(つまび)らかに問い、慎んで思い、明らかに辨(べん)じ、篤(あつ)く行う」ことを薦めています。いわゆる「博学(はくがく)・審問(しんもん)・明辨(めいべん)・篤行(とくこう)」です。
深刻な原発事故を経験し、今もまだ多くの避難者がいる現実。その中で、今後のエネルギー政策の方向性を模索している日本。原発に依存しない社会を期待しつつ、経済や企業、雇用や所得などへの影響が気になるのも事実。
原発代替エネルギー技術の開発・実用化を実現するには、リソース(財源、人材等)を集中投下する覚悟が必要。何かを断念することが求められます。
国内外で提供される様々な視点からの異なる見解や情報にも静かに耳を傾け、「博学・審問・明辨・篤行」を実践できるか否か。感情論や単純な賛否二分論に陥ることなく、冷静で有意な議論を行うことに腐心すべきです。その姿勢に日本の未来がかかっています。
賛否は人それぞれだと思いますが、大切なのは、自分と異なる意見にも耳を傾け、よく整理し、深く考え、具体的に努力すること。
「第1の展開」を目指し、場合によっては「第2の展開」を受け入れ、あるいは冷静に「第3の展開」の落とし所を議論する(詳細は上記1.参照)。この3つ以外に選択肢はありません。歴史が日本と日本人を凝視しています。
(了)