来年度予算編成の政府・与党実務者会合座長としての仕事に没頭する中、11月16日に突然の衆議院解散。その後は成長会長代理、マニフェスト作業チーム事務局長としての仕事に追われ、メルマガ月前半号としては過去最も遅い送信となりました。今週中に、何とか月後半号(Vol.276)の送信にもチャレンジします。
今年7月から9月の四半期ベースのGDP(国内総生産)がマイナス成長となり、現在の10月から12月の四半期も低迷中。景気対策が急務です。
景気の好不調の原因には、「循環的」なものと「構造的」なものがあります。在庫の増減等によって周期的に発生する景気循環が前者。産業や社会の構造変化によって発生する景気の波が後者です。
景気だけではありません。雇用の増減についても「循環的」なものと「構造的」なものがあります。
先週、国際通貨基金(IMF)が公表した先進各国の雇用問題に関する報告書の中で、そのことが指摘されています。
すなわち、失業には、景気後退に伴う企業の生産・営業活動の減退によって「循環的」に生み出されるものと、景気に関係なく企業が必要とする技能と労働者が提供しようとする技能の不一致によって「構造的」に生み出されるものがあります。後者は、いわゆる「雇用のミスマッチ」問題です。
報告書は、日本の雇用問題は「構造的」な側面が強いと指摘しています。また、日本が「ミスマッチ」を解消しつつ、潜在的な労働力を活かすためには、子育て家庭向けの支援などが必要とも指摘しています。
さらに、先進国共通の課題として、企業の従業員向け社会保障費用の軽減、潜在的労働力活用の妨げとなっている税制の改革、職業訓練や労働規制改革も推奨しています。
先週、米国連邦準備制度理事会(FRB=米国の中央銀行)のバーナンキ議長も講演で「米国の失業率は歴史的高水準にあり、構造的な問題がある」という趣旨の発言をしました。「構造的」な問題を抱えているのは、日本だけではありません。
その一方、米国の失業率は約8%、日本の失業率は約4%と開きがあります。失業の定義や統計データの違いを反映していることに加え、日本固有の雇用の安全網(セーフティネット)の影響もあります。
それは「雇用保蔵」。雇用調整助成金の活用や企業内職業訓練等によって待命状態にある雇用のことを指します。
つまり、景気の「循環的」な影響を即座に雇用の「循環的」な調整に反映させず、次の好循環の波に備えて企業内に雇用を温存している状態のことを「雇用保蔵」と言います。
もっと平たく言えば「企業内失業」。必ずしも正確な表現ではありませんが、一般的に理解し易く言えば、そういうことになります。
日本の雇用問題は「構造的」です。しかも、非正規雇用が労働者の半分近くに増加し、かつての労働政策や雇用のセーフティネットでは対処しきれない状態です。
だからこそ、「雇用保険」と「生活保護」の間に、新たに「求職者支援」という制度をスタートさせ、構造問題に対処しました。一歩前進です。つまり、セーフティネットを3段階にしました。
「雇用保蔵」もセーフティネットという認識に立てば、日本の雇用のセーフティネットは4段階です。
これが有効に機能しているうちに、「雇用のミスマッチ」問題を改善しなくてはなりません。
企業の生産・営業活動が活発化し、産業が発展し、経済が拡大すれば、雇用も増えます。したがって、労働政策や雇用のセーフティネットを改善する一方で、経済成長、景気浮揚にも取り組まなくてはなりません。
景気の好不調の原因には「循環的」なものと「構造的」なものがあることは冒頭にお示ししたとおりです。日本経済の「構造的」問題に対処するためには、意識改革と先を見越した視座が求められます。
そのひとつが、景気判断の「指標」についての認識です。現在の景気判断の「指標」はGDP(国内総生産)。「Gross Domestic Product」の略で、一定期間内に「国内」で産み出された付加価値の総額を表します。
しかし、現在40歳代より上の世代にはGNP(国民総生産)という「指標」の記憶があると思います。「Gross National Product」の略で、一定期間内に「国民」によって生産された財(商品)やサービスの付加価値の総額を表します。
「GNP」つまり「国民」総生産を「指標」としていたのが、いつから「GDP」つまり「国内」総生産を「指標」とするようになったのでしょうか。答えられる人は意外に多くありません。その経緯等を知ると、今後の日本経済や企業経営についての留意点が見えてきます。
「GNP」という指標が定着し始めたのは1960年代から70年代。日本が「世界の工場」として台頭し始めた頃です。その経緯についてはメルマガ前号(Vol.274)の項番3(J-ASEAN)をご一読ください。
「GNP」は「国民」の総生産ですから、「国民」が国内で生産するものに加え、海外生産・投資等の成果として得られる付加価値、つまり海外から流入する所得も加算されていました。
1970年代には「世界の工場」としての日本の地位が揺るぎないものと感じるようになり、1979年のベストセラー本はヴォーゲル博士の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」。当時の日本の勢いが窺えます。
その頃から1980年代にかけて、海外から流入する所得を含む「指標」では国内景気を正確に見極められないという理由から、「GDP」つまり「国内」総生産という「指標」が注目されるようになりました。
さらにその背景には、日本の海外生産・投資等は拡大こそすれ、縮小したり、競争相手に追いつかれることはないという潜在的な「自信」「自負心」がありました。「過信」とも言えます。
当時の日本は、世界最大の純債権国としての道を爆走中。今の中国と似ています。海外への支払い(金利・配当等の所得)よりも海外からの受け取り(同左)の方が多く、「GNP」は常に「GDP」を上回り、海外との所得収支は常にプラスであるという「自信」です。
やがて、国内の景気判断の「指標」として「GDP」が注目されるようになり、1993年から「GNP」に替わって「GDP」が代表的な景気判断「指標」となりました。主役交代です。
時はまさしくバブル崩壊直後。世界の政治経済の構造も激変。その後の日本の企業・産業・経済の展開に照らしてみると、「GNP」から「GDP」への主役交代は結果的に「ミスマッチ」だったかもしれません。
つまり、「GDP」を基準に考えるということは、海外生産・投資等に伴う海外との所得収支が考慮に入っていないということです。
その頃は、天安門事件(1989年)の混乱を経て、中国経済の台頭が始まっていた時期。鄧小平が「先富論(先に富める者から富んで国を引っ張るという考え方)」を説き、「南巡講和(経済的に進んだ上海等の南部を巡回して先富論を講話)」を行い、共産主義国家中国で「国家資本主義」が胎動し始めていました。
安い人件費を武器にした「世界の工場」、13億人の人口を背景にした「大消費地」としての潜在的可能性を考えれば、中国が急速に発展し、日本のライバルとなる可能性に気づき、手を打つべきタイミングでした。日本が海外生産・投資等からの所得収入をどのようにあげるかを考え、具体的な対策や政策を講じることが求められていたのです。
その時期に、海外所得収支を含む概念であった「GNP」から国内生産だけに着目する「GDP」に景気判断「指標」を移行させたことは、結果として、先を見越した視座に欠けていたとも言えます。
それから7年後、2000年に国民経済計算の体系が変更され、「GNP」という概念自体が消滅。但し、新体系では、それに替わる「GNI」という新しい概念が登場しました。「Gross National Income」の略で「国民」総所得を表します。
最近では、エコノミストや経営者の間でこの「GNI」が注目されるようになってきました。つまり、「国民」の総所得ですから、国内で得られる所得に加え、海外から得られる所得も含まれています。
人口減少、低成長に直面する国内の需要増加が期待できない中、海外の需要に着目し、海外生産・投資等に活路を見い出し、海外所得収支のプラスで「GNI」を向上させようという考え方です。
では、「GNP」と「GNI」は何が違うのかという疑問を抱かれた読者も多いことでしょう。それは、「交易利得」「交易損失」が含まれているか否かの違いです。
「交易利得」「交易損失」とは、価格、物価、為替相場等の変化によってもたらされる交易条件のプラス、マイナスを表します。
2008年頃、中国経済の台頭、長引く円高等の影響を受け、日本は「交易利得」を得る国から「交易損失」を被る国に転じました。
そのため、「GDP」に「交易利得」「交易損失」を加算した「GDI」つまり「国内」総所得という概念が注目されるようになりました。「Gross Domestic Income」の略です。
「GDI」はなかなか改善せず、むしろ「交易損失」が拡大。そうした状況が続く中、「国内」の所得だけに着目するのではなく、海外生産・投資等に目を向け、海外所得収支を加えた「GNI」に関心が移り、今日に至っています。
こうした関心の変化は時宜を得たものです。しかし、気になる新たな「ミスマッチ」があります。それは、日本企業の海外生産・投資等がさらに成功し、海外所得収支が増えて「GNI」が伸びても、国内の雇用増加にはつながらないリスクがあるということです。
国全体の経済が「指標」としては改善しても、雇用は伸びず、「国民」は豊かにならないという「ミスマッチ」。誤解を恐れずに表現すれば、一部の「企業」は繁栄しても、「国民」は豊かにならないということです。
常に一歩先を読む国家経営。日本にはそれが欠けているような気がします。1990年代の「GDP」に着目した際の「ミスマッチ」、そして今、「GNI」に着目する中で生まれる新たな「ミスマッチ」。
「GNI」は「指標」としては重要です。しかし、それを重視するあまり、「国破れて山河あり」ならぬ、「国民貧しくして、GNIは絶好調」ということがあってはなりません。
雇用につながる企業活動や経済・産業構造を生み出していくことこそ、これから求められる重要政策です。それができてこそ、持続可能な経済・財政・社会保障が実現できます。
(了)