メルマガ前号(Vol.275)は今週日曜日(25日)。今回は続編的位置づけです。かつては「失われた10年」と言われていましたが、今や「失われた20年」。油断すると「失われた30年」です。経済の原理原則を踏まえ、政府も企業も全力を尽くさなくてはなりません。
雇用につながる企業活動や経済・産業構造を生み出していくことこそ、これから求められる重要政策です。それができてこそ、持続可能な経済・財政・社会保障が実現できます。メルマガ前号(Vol.275)の締め括りの一節です。
したがって、企業が国内の生産・営業活動を活発化させてこそ、経済や社会の仕組みが回り、国(財政)が維持可能となります。
バブル崩壊後の日本が「失われた20年」に陥った原因はふたつ。第1は、内外の環境変化に対応できなかったこと。第2は、その結果として総じて経済が低迷していたこと。過去形で言いましたが、実際は現在進行形。「失われた30年」になるリスクもあります。
バブル時の日経平均株価の最高値は1989年12月29日の38915円(終値ベース)。一方、昨日(27日)の終値は9423円。30年前(1982年)とほぼ同水準。バブル時の最高値は異常ですが、30年前と同じというのも異常です。
因みに、1982年のNYダウ平均株価は約1300ドル。現在はその10倍の13000ドル。30年も立てば10倍になっても不思議ではありません。
このメルマガで繰り返し指摘しているとおり、経済の世界では中長期的には合理的、論理的なことしか起きません。異常な事態には、何か異常な原因があります。
株価は短期的には投機的売買によっても左右されますが、中長期的には資本収益率(ROE)の影響を受けます。ROEは「Return On Equity」の略で資本(株主資金)の利益率を意味します。
日本の株価が中長期的に異常な事態に陥っているとすれば、企業のROEに異常な傾向が出ているかもしれません。日本企業のROE(東証一部上場企業)は平均で約5%、米国上場企業の平均は約20%。異常な差と言えます。
企業は資本(株主資金)を元手に生産・営業活動を行い、利益を生み出すのが仕事。しかし、日本企業はバブル崩壊後の「失われた20年」の間に、必要以上に保守的・安定的な経営姿勢になっていると言えます。
資本金10億円以上の企業が保有する2010年度末の内部留保は266兆円。もちろん、過去最高です。大半は金融機関経由で国債等の安全低利資産で運用していますが、現預金も約60兆円。これではROEが低いはずです。
本来、内部留保は設備投資や業容拡大、あるいは株主や社員に還元するために戦略的に使っていくべきもの。過剰な内部留保は「宝の持ち腐れ」。ROEが低く、株価が伸びず、企業活動は低迷し、「失われた20年」になるのは論理的帰結。
「失われた20年」なので「宝の持ち腐れ」となっているのか、「宝の持ち腐れ」をしているので「失われた20年」が続いているのか。鶏と卵の関係のようですが、悪循環に陥っていることは事実です。
因みに「宝の持ち腐れ」と同義の英語表現は、「Not possession but use is the only riches(所有することではなく、使用することが富である)」、「Better spent than spared(使わずに取っておくよりも、使うほうがよい)」。
ビジネス・スピリット、アニマル・スピリットを感じさせる表現です。日本企業と米国企業の行動パターン、日本の経営者と米国の経営者の深層心理の違いは、民族的、文化的な差かもしれません。
しかし、それを自己改革しない限り、「失われた20年」の出口は逃げ水のように遠のき、「失われた30年」の入口へと誘います。
もちろん、企業が積極的に活動できるような環境整備をするのは政治や行政の責務。税制改革や規制・制度改革の成果が十分に出ていないことも、「失われた20年」の一因です。
政治や行政がそのことに真摯かつ積極的に取り組むことを前提としつつ、企業サイドの問題について考えてみます。
企業が内部留保を使って新たなビジネスにチャレンジするからには、成功しなければなりません。当然のことならが、成功は需要を獲得できなければ達成できません。
そこで、メルマガVol.269で述べたような「予測できる需要」と「予測できない需要」に着目する必要があります。
「予測できない需要」とは何か。例えば、10年前にiPod、iPhone、iPadを想像した人はいなかったでしょう。スティーブ・ジョブズ氏のイノベーション(技術革新)によって、世界の産業構造が激変したのです。
パソコン(PC)のアプリケーションユーザーは引き続きPCを使いますが、インターネットへのアクセス端末としてのPCユーザーにはPCは必要なくなりました。その結果、2010年には生産台数でスマートフォンがPCを上回り、インターネットユーザーとPCアプリケーションユーザーが分離され始めました。
日本が「世界の工場」であった1970年頃から90年頃(メルマガVol.274参照)、当時の日本人が想像もしていなかったであろう需要が今では一大産業分野を形成しています。
iPod、iPhone、iPadにも共通する通信料、PC、それに付随するアプリケーション、ゲームソフト、電子書籍、カーナビ、携帯電話、e.t.c.。やはりインターネットの普及や通信分野、IT分野のイノベーションに関するものが多いと言えます。
基本的な衣食住に関しても考えてみます。「衣」の内容は基本的に変わりませんが、ユニクロに代表される販売スタイル、ビジネスモデル面では想像もしなかった革新が起きています。
次は「食」。「世界の工場」の頃、今では古い印象の言葉になりつつあるファミレス、ファーストフードが登場し始めました。コンビニはその後に登場し、今や日常生活に不可欠の存在。やはり、「予測できない需要」でした。
難題は「住」。人口増加、所得増加に伴う住宅投資が日本経済を下支えしていました。しかし、今や人口減少社会で戸建てもマンションも供給過剰状態。空家・空室率は上昇。需給バランス崩壊に伴う値崩れは、国民に逆資産効果ももたらしています。
「住」に関しては、政治・行政も民間企業も発想の転換を図る必要があります。これまでと同じ発想で現役・将来世代に住宅投資負担を課すと、当然、「衣」「食」に対する支出、消費性向は抑制されるでしょう。
「住」の分野には「予測できない需要」を生み出すマグマが溜まっているような気がします。「住」は持ち家がこれからもベストか。少子高齢化社会・賦課方式の下で社会保障を支える現役・将来世代に、今後も「住」に対する私的投資を要求するのか。「住」に関しては「工夫の余地あり」です。
一方、「予測できる需要」が期待される3つの代表分野は医療・介護、食品、新エネルギー。このうち、食品、新エネルギー分野については、先進性・戦略性のある企業に大いに頑張ってもらいたいと思います。
医療・介護には悩ましい問題があります。医療・介護の主たる需要者は高齢者。高齢者が自己負担しないと、需要はあるものの、その対価は税金や社会保険料というかたちで現役・将来世代が負担せざるを得ません。
一方、国民の金融資産(購買余力)の7割は高齢世代が保有しています。さて、この購買余力と医療・介護需要をどのように連動させるかについては「工夫の余地あり」です。
コーホート(世代の固まり)としてはこういう話になりますが、蓄えのない高齢者個人のことを考えると深刻で悩ましい問題となります。「工夫の余地あり」というよりも、「工夫」しなくてはなりません。
「予測できる需要」の医療・介護の需要の対価を現役・将来世代に過度に負担させると、結果的に現役・将来世代の「予測できる需要」への支出抑制につながります。
「予測できない需要」を自ら生み出し、「予測できる需要」を確実に活かしていく。政治・行政がそうした動きを徹底してサポートするとともに、企業は潤沢な内部留保を「宝の持ち腐れ」とすることなく、技術革新・生産・営業活動を活発化させていくことが求められます。
メルマガ前号でもお示ししたとおり、景気判断の「指標」が「GNP」「GDP」「GDI」「GNI」とシフトしている背景には、海外所得収支に関する考え方の変化があります。
内需増加に期待がもてないなら、外需を獲得するということです。外需にも「予測できる需要」と「予測できない需要」があります。海外の「予測できる需要」を日本の企業や産業に取り込み、「予測できない需要」も生み出していく。このチャレンジ精神なくして「失われた20年」からの脱出は困難です。
外需を取り込んで海外生産・投資に成功しても、「GNI」だけが伸びて、国内雇用にはつながらないこともあります。その場合、結局「GDP」や「GDI」が低下して「GNI」も反転下落するでしょう。つまり、海外所得収支はプラス、国内所得はマイナス、合算でもマイナスという事態です。
尖閣諸島を巡って混迷する日中関係。政府主導の対日デモで改めて認識された中国リスク。しかし、だからといって外需の観点からは13億人中国市場を軽視するわけにはいきません。
対日デモが発生した直後、テレビ番組で「森松工業」という企業の特集を偶然見ました。「森松工業」はステンレスタンクの国内トップ企業。中国で快進撃を続けている秘訣は何かという視点からの特集でした。
「森松工業」は、医薬品・原子力設備・油田開発設備等に関連する子会社10社の中国現法集団「上海森松」を形成。「上海森松」はグループ全体の売上高の約3分の2、利益の9割を捻出し、2001年から8期連続の増収増益。中国政府関係者が「森松工業は守る」と発言するほどです。
「上海森松」は日本人管理者を置かず、現地人に権限を委ねています。松久信夫社長は中国工場内に多数設置したモニターの映像をインターネットで見て、日本に居ながらにして製造工程をリアルタイムで管理・監督。72歳とは思えない斬新さです。
「森松工業」の業容も松久社長の人柄も、テレビ番組で見た内容以外のことは知りません。プロフィールを拝見すると、従業員2人の会社を引き継いで成長させた松久社長。インターネットにアップされている中部経済新聞のインタビュー記事の発言も単刀直入です。
曰く「中国市場は巨大。世界供給拠点の役割も一段と高まるため、現地展開を強化する。上海は人件費が上がっているが、まだ日本より安い。日本の給与水準に追いつくのは先の話。インドなど他の新興国への進出は考えていない。技術力や資材調達、労働力など、中国のように全てが満たされないと成功しない」。
発言は続きます。「中国の学生は日本よりも学力が高い。才能とやる気を生かせば結果が出ると考え、現地の人に任せている。日系企業の多くが、現地の人を押さえ込んで教育しようとする。それではうまく回らない」。
さらに「日本は人件費が高い。学生はレベルが低く、やる気も感じられない。大半の製造業経営者は、市場縮小で国際競争力も保てない国内生産をやめたいというのが本音。私も同感。だが、やめるわけにはいかない。国内550人の従業員を路頭に迷わせてはならない。雇用を守る責務がある」。
日本の学生には気の毒な評価ですが、「雇用を守る責務がある」という発言には経営者としての自負と自覚が滲み出ています。
中国リスクが再認識される中でも、13億人中国市場に果敢に取り組む企業の戦略には、3つのパターンがあります。
第1は、中国企業では代替不可能な製品やサービスを提供すること。第2は、現地密着型で中国政府自身や現地人が進出企業を守る状況をつくること。第3は、リスク軽減策を講じること(台湾・香港籍の企業を経由して中国に進出する等)。「森松工業」は第1と第2の戦略を駆使しています。
今や「世界の工場」「世界の大消費地」となった中国。好き嫌いは別にして、13億人中国市場と中国リスクにどう向き合っていくかが、外需を取り込む際の重要なポイント。
日本の政府・行政も、中国に進出する日本企業を全力でバックアップし、そのリスクをカバーする体制を強化します。党派に関係ありません。「日本株式会社」と「中国国家有限公司」の真剣勝負。官民一体となった戦略と対応が不可欠です。
(了)