一昨日(15日)、安倍首相がTPPの交渉参加を表明。20日からは日銀の新体制が始動。株高と円安も進展。成果は成果として評価しつつ、是々非々で国会論戦に臨みます。
「経世済民(けいせいさいみん)」の語源は中国の古典。正確には古い漢字で「經世濟民」と書き、「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」が本来の含意です。
つまり治世全般、いわば政治そのものを指すのが「経世済民」の含意であり、英語の「economy」の訳として使われる現代の「経済」とは本来異なるものです。
東晋(4世紀)代の思想家である葛洪(かつこう)の著作に「經世濟俗」という言葉が登場し、「經世濟民」とほぼ同じ意味で使われていました。
隋(6世紀末から7世紀初頭)代の思想家である王通(おうとう)の著作には「皆有經濟之道、謂經世濟民」と記され、「經濟」が「經世濟民」の略語として用いられています。
以後、近代に至るまで、中国における「経世済民」「経済」の含意は、治世そのもの、政治そのもの。清朝末期(19世紀)の科挙(かきょ、言わば国家公務員試験)の「経済特科」という科目においても、「経済」は本来の意味で使われています。
中国の古典を学んだ日本の思想家や学者、政治家も、江戸時代末期まで本来の意味で「経済」を理解していたようです。
18世紀前半の日本の思想家である太宰春台(しゅんだい)の著作「経済録」(日本で初めて「経済」という単語が著作名に登場した書籍)には、「凡(およそ)天下國家を治むるを經濟と云、世を經め民を濟ふ義なり」と記されている。まさしく、「経済」を「治世」と定義しています。
一方、19世紀前半の思想家である正司考祺(こうぎ)の「経済問答秘録」には「今世間に貨殖興利を以て經濟と云ふは謬なり」という一文が登場。「経済」は「貨殖興利」という捉えられ方が浸透しつつあったことを逆説的に裏付けています。
幕末期になると英国から古典派経済学の文献が流入。「経済」の訳語を巡って興味深い事実が確認できます。
日本で最初に公式に英語を学び、「英和対訳袖珍辞書」を編纂した堀達之助(幕府通訳詞)、日本で最初の西洋経済学の基本書である「経済小学」を刊行した神田孝平(たかひら)、幕末に「西洋事情」を出版した福沢諭吉、いずれも「経済」を「Political Economy」と紐づけています。
つまり、この時期までは「経世済民」と「貨殖興利」が混在しつつも、博学な学者や思想家は「経済」の本来の意味を理解していたと言えるようです。
しかし、明治維新に伴う近代化、殖産興業ブームの過程で、「経済」は徐々に「貨殖興利」の方に重きが置かれ、やがて「Economy」の訳語が「経済」となり、その訳語が清朝(中国)にも逆流。とうとう中国古典の「経済」の含意は、中国でも歪曲したと言われています。
「経済」大国、「経済」立国の日本。「経済」の含意、本来の意味について、深く考え、政策課題に向き合うことが必要です。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)やアベノミクスを巡って経済論争が喧(かまびす)しい日本。その経済論争の「経済」は如何なる含意で使われているでしょうか。
一昨日(15日)、安倍首相はTPP交渉参加を表明し、担当大臣がTPPに参加した場合の「経済」への影響試算を公表。この場合の「経済」は「国内総生産(GDP)」のことを指しています。
試算はTPPに参加する場合と参加しない場合を比較し、10年後のGDPの差額を計算したもの。「例外」分野の予想はできないため、TPP参加11か国との間で「聖域なき関税撤廃」が行われた場合の仮定計算です。
試算によれば、日本の年間GDPは実質3.2兆円(0.66%)増加する一方、国内農林水産生産額が3兆円減少。
計算方法の詳細や前提条件がよくわからないため、試算の信憑性、正確性、信頼度も現時点では何とも言えません。しっかりと検証しなくてはなりません。
今後の交渉で「例外」分野がどうなるのか、関税撤廃や税率調整のプロセス、サービス自由化や知的財産権の取り扱いなど、不確定要素が多すぎるため、この試算によってTPP参加の是非を判断することは難しいでしょう。
それにしても国内農林水産生産額が3兆円減るというのは気になります。日本が輸入する農産物等には高い関税(例えば牛肉は38.5%)がかかっており、それが撤廃されれば外国産農産物等の輸入が増加。それにつれて国内生産額が減少するという構図です。
外国産の安い農産物や加工食品が輸入されれば、食費軽減を通じて家計に恩恵が及びます。しかし、米、牛肉、小麦などを「例外」分野とすることが政治的争点となっており、「例外」が多くなればなるほど家計の恩恵は減少します。
食品安全基準が緩むリスクが指摘されているほか、食料自給率という食料安全保障の観点からは問題があります。
賛成派、反対派双方が持論を展開していますが、それぞれに真実と誇張と仮定が含まれています。個人的には、そうした論争の真贋よりも過去半世紀の日本農政の構造問題に関心があります。
日本の農業はなぜ競争力が低いのか、競争力を高める農政をなぜ行ってこなかったのか、そして行おうとしないのか。そのことが日本の農政問題の本質です。競争力の源泉がコストであると考えれば、日本農業の高コスト体質の原因とも言っていいでしょう。
例えば肥料。そこに典型的矛盾と問題の本質が垣間見えます。高い肥料を使わせる農協、それを供給する経団連傘下企業。農協はTPP反対、経団連はTPP賛成。
この構図には「農家」や「農業生産者」は登場しません。「農家」や「農業生産者」の高コスト体質を誘発しているのはTPP反対派の農協とTPP賛成派の経団連。関係者は問題の本質を理解しているはずです。
TPP参加は、こうした構図の中に置かれている「農家」や「農業生産者」にどのような変化をもたらすのか、食費以外の要素を含む総合的な家計の恩恵はどのようなものなのか。
「経世済民」の本来の趣旨に照らせば、これらの点を明確にすることが求められます。日本の農政の積年に亘る問題を放置したままのTPPであれば、その「経済」連携は、「経世済民」ではなく、所詮、賛成派と反対派の「貨殖興利」にとどまります。
マーケット関係者の間で「バーナンキプット」という単語が飛び交っています。新語・造語好きのマーケット。一般の人にはわかりにくい世界です。
「プット」はプット・オプションの「プット」。金融派生商品(デリバティブ)のひとつであるプット・オプション(一定価格で売る権利)は、証券(株や債券)や為替の値下がりに備えたリスクヘッジ手段です。
「バーナンキ」は米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)議長の「バーナンキ」。「バーナンキ議長を売る権利」とは妙な造語ですが、意味は違います。
大胆な金融緩和を断続的に行い、株価を下支えする発言を繰り返しているバーナンキ議長。つまり、バーナンキ議長自身がリスクヘッジ手段と言えるような状況となっていることを比喩して「バーナンキプット」と言っています。
欧州でも大胆な金融緩和が継続。日本でも緩和派の新日銀総裁が来週20日に就任。日米欧はQE(Quantitative Easing、量的緩和)レースの渦中にあります(メルマガVol.272<2012年9月25日号>参照)。
「バーナンキプット」ならぬ「ドラギ(欧州中央銀行<ECB>総裁)プット」という言葉も使われていますので、早晩「黒田プット」という造語も出てくるでしょう。
要するに「中銀(中央銀行)プット」。中央銀行の金融緩和、あるいは中央銀行そのものがリスクヘッジ手段になっているということです。
しかし、米国ではジャンク債市場やLBO(買収相手の資産を担保にした借入れによる企業買収)ファンドに大量の資金が流入。2006年当時の住宅バブル時と同様に、FRBが信用バブル(行き過ぎた金融緩和)に気づいていないと指摘する向きもあります。
翻って日本。この局面、金融緩和は続ける必要があります。株高も円安も歓迎すべき状況。但し、円安はあまり行き過ぎると、原燃材料の輸入コスト増加が企業や家計にマイナスの影響も与えます。政策には必ず長所(メリット)と短所(デメリット)があり、それを冷静に認識し、バランスさせることが必要です。
株高も円安も、1990年代から続くデフレと景気低迷の脱却策としての金融緩和の副産物。本来の「目的」はデフレ脱却と景気浮揚。政策には必ず「目的」と「手段」があり、それを混同してはいけません。「中銀プット」はあくまで「手段」。
「目的」はデフレ脱却と景気浮揚ですが、本質的な「目的」は「経世済民」。金融緩和の副産物としての株高と円安が「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」ことにどのようにつながるかがポイントです。
家計や将来世代に恩恵が及び、財政赤字の削減(将来世代の負担軽減)や産業イノベーション推進、硬直化した既得権益の改革等にどのようにつながるのか。積年の日本の問題解決にどうつながるのか。それこそが重要です。
しかし、マーケット関係者にとっては価格下支えが「目的」で「中銀プット」は「手段」。マーケット関係者の主眼は「貨殖興利」であって、第一義的には「経世済民」ではありません。
人為的な「中銀プット」に副作用はつきもの。異例の金融緩和の本質は時間的余裕を確保する時間軸政策。確保した時間で手を打つべきことは、積年の日本の問題解決策。金融緩和が終わっても成長できる日本を構築することです。
「中銀プット」が単なる「貨殖興利」に終わらないように国会で十分に議論していきます。
(了)