熱心な読者から「最近のメルマガは少し難しい」というご意見を頂戴しました。金融政策が焦点になっているため、関連するテーマはどうしても「何回読んでも難解」な内容になりがち。とはいえ、せっかくご意見を頂戴したので、今号は簡単さを追求してみます。
かつての大相撲の人気力士、高見山大五郎。子どもの頃、僕も大好きでした。外国人初の幕内力士(最高位は関脇)として、入門以来ずいぶん苦労したそうです。
この高見山。現役時代も引退後も人気者でコマーシャルに引っ張りダコ。ふとんのコマーシャルでの「2倍2倍、2枚2枚」の台詞はブームになりました(これをご記憶の読者は中高年以上です)。
さて、いきなり話は変わって黒田総裁による日銀の金融政策。黒田総裁は「異次元」緩和と言っているようですが、もともと難解な金融政策。おまけに「異次元」と言われても、よくわからない国民の皆さんも多いことでしょう。
「異次元」緩和のキーポイントは「トリプルツー(3つの「2」)」。お金を2倍バラまいて2年で物価を2%にするというのが黒田総裁の「異次元」緩和。
「2倍2倍、2年2年、2%2%」という高見山バリの台詞を黒田総裁がアクションつきで話せば、きっとブームになることでしょう。
「トリプルツー」は金融・証券・為替などの市場関係者にバカ受け。株価は高騰、為替は円安。結構なことです。
この絶好調、ずっと続いてほしいものです。しかし、実際のところ、この絶好調はいつまで続くのでしょうか。
「ゼッコーチョー」は元巨人の中畑選手(現横浜ベイスターズ監督)の決め台詞。しかし、「ゼッコーチョー」がずっと続くことはなかなか難しく、往々にして「スランプ」に陥ります。「トリプルツー」がそうならないことを祈ります。
黒田総裁は10日、報道各社のインタビューを受け、「2%達成に自信」「異次元緩和は持続力がある」「バブルの恐れはない」と発言。自信満々の舵取りに敬服します。
しかし、根拠のない発言は「期待」を醸成することには役立ちますが、「期待」どおりにならなかった場合の「スランプ」をかえって深刻化させます。
「2%達成に自信」は自分の気持ちの問題なので結構なことですが、「異次元緩和は持続力がある」「バブルの恐れはない」という発言には根拠が必要でしょう。
「持続力を維持するために最善を尽くす」「バブルが発生しないように細心の注意を払う」という程度の表現が適切かもしれません。
辛い股割りの稽古に涙を流し、「目から汗が出た」との名言を残した高見山。四つ相撲が苦手で、師匠・高砂親方も「プッシュ、プッシュ(組まずに押せ)」と指導。
「2枚2枚、2倍2倍」の高見山の化粧廻しに書かれた英語が「Go for broke(当たって砕けろ)」。元々はハワイ出身者が大勢在籍した第2次世界大戦時の米軍日系人部隊のスローガンです。
ぶちかまして一気に前に出る破壊力抜群の取り口。しかし、「2倍2倍、2年2年、2%2%」の「異次元」緩和が「Go for broke」では困ります。
ところで、経済学は「社会科学の女王」と言われます。社会科学の中では自然科学に似た法則性や規則性が高い分野であるためです。
思いつきです(閃きとも言えます)が、黒田総裁の「トリプルツー」をニュートン力学の3つの法則に当てはめると、意外に理解しやすいのに驚きます。ニュートン博士に恐縮ですが、ちょっとお借りします。
ニュートン力学の第1法則(慣性の法則)。外力が加わらないと静止状態は変わらないものの、外力が加わると慣性の法則で運動が起きることを示しています。
デフレ状態がなかなか変わらなかったので、「異次元」緩和という外力を加えて、株高、円安という運動を起こしました。
ニュートン力学の第2法則(運動の法則)。外力を受けると、その外力を受けた方向に加速度が生じ、加速度の速さは外力の大きさに比例することを示します。
株高、円安が加速度的に進んでいるのは、「異次元」緩和という外力が大きかったからでしょう。今回の展開が「黒田ショック」と言われる所以です。
ニュートン力学の第3法則(作用・反作用の法則)。外力を受けると、反対方向にも同じ大きさの反発力を受けることを示します。
さて、第3法則の適合性は今後の展開如何。作用と反作用を経済的、市場的に表現すれば「山高ければ、谷深し」と言うところでしょうか。
ところで、「トリプルツー」が実現する場合、1年後の物価上昇が1%、2年後は2%、3年後も2%と仮定すると、3年間で5%となります。
その間、消費税が2年目(来年)に3%、3年目(再来年)に2%、つまり3年間で5%上がることになっています。
物価上昇5%と消費税率5%で3年間で10%の経済コスト上昇。これはなかなかのインパクトです。3年間で所得が10%増加していれば家計や企業への影響はイーブン。そうでなければ、反作用が出てくるかもしれません。
また、物価が上がれば金利も高くなるのが経済の常識。過去の正常な時期には、長期金利が物価上昇率を上回るのが普通。
物価上昇率が2%ならば、長期金利が2%になってもおかしくありません。長期金利が上昇すると、国債を保有している金融機関や投資家は損失を被ります。
ちなみに、金融機関全体の膨大な国債保有量から推計すると、2%の金利上昇は約13兆円の損失につながるようです。
「異次元」緩和をスタートさせた黒田総裁。先週末、長期金利は0.425%という人類史上最低水準をつけました。
その前の最低水準は2003年6月の0.43%。やはり日本。1990年代後半から日本の長期金利は人類史上最低水準を更新し続けていました。それ以前の最低水準は1619年のイタリアにおける1.125%。
人類史上初めての状況ですから、今後の予測は不可能。しかし、物価が2%上昇すれば、長期金利も上昇するのが合理的。
そうなると、ニュートン力学の第3法則が現実になりかねません。つまり、経済にとってマイナスの反発力が顕現化するということです。
「異次元」緩和という「黒田ショック」の効果を維持し続けるためには、物価を2%上昇させながら、長期金利は人類史上最低水準を維持し続けるという「黒田マジック」を必要としています。
ところで、「鉄の女(Iron Lady)」 の異名を取ったサッチャー元英国首相が亡くなりました。享年87歳。ご冥福をお祈りします。
どんな政策や偉業にも「光」と「影」があります。サッチャリズムと言われたサッチャー首相の経済政策も同様。英国内でも二分された評価があります。
高福祉政策と産業保護政策が原因とされる「英国病」(経済力と国際競争力の低下)を是正するため「規制緩和」と「民営化」を推進。「大きな政府」から「小さな政府」に転換し、「英国病」を克服させたという評価は「光」の面。
一方、企業や市場が外国資本に圧倒され、「ウィンブルドン現象」(「英国はコートを提供するものの、選手は外国人ばかり」という現象)を招来。再び経済低迷を招き、インフレと不況の同時発生(スタグフレーション)、格差拡大をもたらしたという評価は「影」の面。
この「光」と「影」の間で揺れ動いたのが金融政策。「小さな政府」とセットの方針が裁量的な金融政策は行わないという完全マネタリズム。つまり、経済成長率に見合ったベースマネーを安定的に提供するという考え方です。
しかし、サッチャー首相は経済低迷を受けて完全マネタリズムを放棄。インフレ(リフレーション)政策に転じてスタグフレーションを招きました。また、裁量的な金融政策は政府の財源調達を容易にする結果、「大きな政府」に陥りがち。事実、英国のその後の状況はどっちつかずの迷走を続けています。
さて、黒田ショックをもたらしたアベノミクス。「小さな政府」を目指しながらも、インフレ政策を採用。果たして、本当に「小さな政府」を目指しているのか。それとも、本音では「大きな政府」を容認しているのか。
仮に「大きな政府」を容認しているとしても、それは社会保障(医療、介護、年金、雇用、子育て)や教育のためではなさそうです。
結局、また「何回読んでも難解」になり始めたので、今号はこの辺で終わり。黒田マジックに終わりがないことを祈ります。
(了)