おかげさまで、前号の「2倍2倍、2年2年、2%2%」は多くの皆さんから「いいね」サインを頂戴しました。今後も簡単さを追求しつつ、堅い話はメルマガで、気楽な日常はフェイスブックやブログでお伝えします。さて、今月は中国経済を巡って気になる動きが続きました。
前号のメルマガでは「2倍2倍、2年2年、2%2%」、黒田日銀総裁の「トリプルツー」についてお伝えしました。異次元の金融緩和が放漫財政につながらないようにしなくてはなりません。
「格下げ」と聞くと「トリプルツー」の影響による日本国債のことかと思う方もいるかもしれませんが、そうではありません。お隣、中国の話です。
今月9日、英米系大手格付会社フィッチが中国国債を格下げ。理由は地方政府の財政リスク。中国の地方財政の不透明さに対する市場の見方は厳しさを増しています。
フィッチに続く16日、米系大手格付会社ムーディーズも中国国債を格下げ。理由はやはり地方政府の債務問題。地方政府の放漫財政は中央政府の国債の信用力に影響するとの判断です。
IMF(国際通貨基金)の統計データをみると、中国の公的債務のGDP(国内総生産)比(昨年末)は22%。日本(236%)や米国(107%)に比べれば健全なようですが、どうしたことでしょうか。
統計データの国際比較はなかなか難しい面があります。定義が異なるからです。日本や米国の公的債務には地方政府の財政赤字も含まれる一方、中国には含まれていません。
IMFは最近のレポートで「中国地方政府のインフラ投資は財政の潜在的リスク」と警告。地方政府が過剰なインフラ投資を行い、それが中央政府の将来債務につながることを指摘。「地方政府の借入も中央政府の債務と見なす必要がある」としています。
IMFレポートは「地方政府は深刻な財源不足であるにもかかわらず、過剰なインフラ投資を行っている」と分析。どこかで聞いたような話です。
中国政府は市場や格付会社の動きに敏感です。最近、中国人民銀行が人民元の基準値を2005年の元切上げ後の最高値に設定。中国からの資本流出リスクに備えた動きです。
それにしても、中国では地方債の発行は禁止されており、銀行からの融資も規制されています。中国の地方政府は一体どうやって資金調達しているのでしょうか。
中国の地方政府では、資金調達のために特別会社を設立し、その特別会社から地方政府が資金を借りる仕組みが全国的に広がっているようです。
地方債発行禁止、銀行融資禁止ということは、歳入(税収+その他収入)の範囲内で歳出を賄うというのが原則。しかし、特別会社という「トンネル会社」を作って銀行融資を受け、その資金を地方政府が借りているということです。要するに迂回融資。
このトンネル会社は「融資平台(プラットフォーム)」と呼ばれているそうです。「地下金融」と表現されることもあります。
格付会社やシンクタンクの試算では「融資平台」経由の迂回融資だけで少なく見積もってGDPの約25%。しかも実態は不透明。これらの点が将来のリスク要因とみなされ、格下げにつながりました。公的債務のGDP比の実態は公表値よりもかなり高いとの判断です。
中国審計署(会計検査院)は地方政府の「隠れ債務」が約11兆元に上ると試算。中国の証券会社やシンクタンクの推計では約15兆元。元政府要人の中には20兆元以上と発言して憚(はばか)らない人もいます。要するに事実は薮の中。
いずれにしても実態は公表値より相当ひどく、公的債務(中央政府と地方政府)のGDP比は少なくとも50%以上という見方が多いようです。
最近の中国は何かにつけてクイック・レスポンス(素早い反応)。ムーディーズが格下げした翌17日、李克強首相は国務院(政府)常務会議で「地方政府の債務リスクの顕現化を防ぐ」と発言。素早い反応と意識的な発言が、地方政府の財政問題が事実であることを証明しています。
地方政府の「隠れ債務」以外にも、鉄道建設債務や年金債務などがあり、中国の広義の公的債務は既に100%を超えているという指摘も聞かれます。
中国は、金融危機後の財政出動が債務危機を招いた欧州諸国と似た展開になると予想する市場関係者も少なくありません。「次の世界的債務危機の発火点は中国」と懸念する向きが徐々に増えています。
フィッチとムーディーズが相次いで格下げを発表した合間の11日、中国人民銀行(中央銀行)が公表した人民元流通量(M2)も話題となりました。
3月末時点のM2が初めて100兆元の大台乗せ。速報ベースで103兆元、日本円で約1640兆円に達しました。
僕が日銀を退職し、国会議員になった2000年、01年頃の中国のM2は約15兆元。12年間で7倍に拡大。調べてみないと確たることは言えませんが、おそらく世界の経済史の中で短期間にM2がこれほど拡大した前例はないでしょう。
その大半は胡錦濤主席、温家宝首相の下で行われた金融緩和に起因。胡政権・温政府の間、急速な経済成長の一方で貧富の差が拡大。社会保障の不十分さや貧困による消費不足が経済の足かせとなっていました。
そこで、世界経済史上類を見ない金融緩和を行い、公共投資、不動産投資、設備投資の拡大による経済成長に腐心したという構図。どこかで聞いたような話です。
地方政府の過剰なインフラ投資はこの流れの中で行われました。たとえば空港。中国国内では既に180の空港が建設され、そのうちの約7割が赤字。これもどこかで聞いたような話。そうです。日本国内の空港も100、そのうち約8割が赤字です。
不動産投資を巡っては、「鬼城(ゴーストタウン)現象」という言葉も生まれました。全国各地で山野を切り拓いて街を丸ごと建設。しかし、人が全く住まない「鬼城」と化し、それが全国に散在している事態を指しています。
企業の設備投資も過剰。たとえば鉄鋼。設備投資拡大によって生産能力の2割が余剰と言われています。
バブル崩壊後の日本(1990年代後半から2000年代前半)でも、債務、雇用、生産能力の「3つの過剰」が問題となりました。中国版「3つの過剰」は、公共投資、不動産投資、生産能力です。
もっとも、昨年夏以降、中国の地方政府は総額約7兆元以上のさらなる投資計画を立案。おまけに、今年4月、新たに発足した習近平政権・李克強政府はこの投資計画を容認。今後の展開が懸念されます。
「2倍2倍、2年2年、2%2%」の日本の「異次元緩和」、「融資平台」の暗躍による中国の「鬼城現象」。
「信ずる者は救われる」のか、「ウマイ話には気をつけろ」なのか。判断はひとり1人に委ねられます。
(了)