インターネット上で高名な投資家ジム・ロジャース氏のインタビュー記事に遭遇。見出しは「賢者の知恵」「日本経済に何が起きるのか、教えましょう」。なかなか読み応えがありました。ご興味があればご覧ください(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38748)。
日本の金融政策は、概ね1995年頃から事実上のゼロ金利状態に突入。その後、僅かな上下動を繰り返しながらも、異常な超低金利を続けています。
2000年代前半、異常な超低金利が国民の利子収入をどの程度逸失させているかということが、国会で時々論争になっていました(僕も何回か取り上げました)。
その後も超低金利は継続していますが、リーマンショックや東日本大震災が発生する中で国会の関心もやや希薄化。もっとも、最近では日銀総裁自らが「異次元緩和」と称する状況になり、事態は一層深刻化しています。
そこで、3月19日の予算委員会で久しぶりにこの問題を取り上げ、首相、財務大臣に警鐘を鳴らしておきました。
事実上のゼロ金利状態が始まる以前は、景気循環に連動して金利も変動。預貯金金利の場合、概ね3%から5%程度の間で推移。
その金利収入は預貯金者(家計)の貴重な所得、購買力となり、消費を下支えしていたのです。バブル期等のインフレ局面では、金利が平常水準(3%から5%)を大きく上回ることもありました。
さて、その金利収入が、超低金利、ゼロ金利、異次元緩和によってどの程度逸失しているのでしょうか。
例えば、1991年の国民全体の金利収入(37.9兆円)を基準にして計算すると、昨年末までに543.4兆円が逸失金利収入になります。
1991年の金利水準は少し高めでしたので、事実上のゼロ金利状態入り直前の1993年(同28.9兆円)基準で計算すると、逸失金利収入は361.0兆円。
規模の適否にはいろいろ意見があると思いますが、約20年間で概ね300兆円強、1年間で平均約15兆円の金利収入、つまり消費購買力が奪われていたと想定できます。
逸失金利収入は、その間の景気低迷と無関係ではありません。景気対策のための超低金利政策が国民の消費購買力を奪い、景気の足を引っ張るという矛盾を生み出していたのです。
医療や介護への備え、老後の生活不安から高齢者の貯蓄性向は高止まり。それでも金利収入があれば、その分は消費に回していたというのがゼロ金利状態以前の姿です。
現役世代や若年層でも、金利収入分は消費余力につながっていました。しかし、今や無貯蓄者、無貯蓄世帯が急増しているほか、貯蓄があっても金利収入はほぼ皆無。
逸失金利収入の影響は全世代に及んでいます。異次元緩和には、デフレ脱却に寄与するメリットがある反面、重大なデメリットもあることを、政府・日銀はそろそろ冷静に認識しなくてはなりません。
ところで、異次元緩和の目標は物価上昇率(インフレ率)を2%にすること。これが実現すると、逸失金利収入以外のデメリットもあります。
インフレになるということは、金融資産の実質価値が目減りすることを意味します。つまり、預貯金や保有国債などの実質価値が下がります。
昨年末の預貯金残高は982兆円。仮に物価上昇率が2%になれば、計算上は19.6兆円の実質価値の目減り。
また国債保有残高は980兆円(昨年9月末現在)。やはり、2%の物価上昇で実質価値の目減りは計算上19.6兆円。
預貯金と保有国債の両方で39.2兆円の実質価値目減り。逸失金利収入の約15兆円と合算すると、消費購買力に対する潜在的ダメージは50兆円強。
もちろん、超低金利による支払金利負担軽減や保有資産(不動産等)のキャピタルゲイン等のメリットも勘案しなくてはなりません。
デメリットとメリットが同じ人を対象に生じるならば相殺されます。しかし現実は、デメリットは低所得者、メリットは高所得者に相対的により大きな影響を与えます。
インフレには、国全体にとってもうひとつ大きな構造的デメリットがあります。それは、インフレに伴って政府債務の実質価値が目減りすることです。
「政府債務の実質価値目減りは国にとってはメリットではないか」との指摘が聞こえてきそうですが、それは国民の保有国債の実質価値目減りと表裏一体。
つまり、国民の財産を犠牲にすることで国の借金を実質的に減らすことと同義。これが、メルマガ前々号(Vol.306<2月26日号>)で取り上げた「金融抑圧」です。
しかも、政府・日銀の目論見どおり物価上昇が継続的に実現する状況では、国債発行時よりも実質的政府債務が減少(政府債務の実質価値が目減り)することから、財政規律が弛緩する傾向があります。
すなわち、不要不急の財政支出でも「国債発行で財源調達すればよい」という安直な意識が政府に生じることを意味します。これも「金融抑圧」に伴うデメリットです。
首相に「アベノミクスの課題は何ですか」と質問したところ、いろいろ答弁してくれましたが、要するに「家計に所得効果が及ぶことが鍵」と締めくくっていました。
正しい認識だと思います。問題はその「所得効果」が十分に発揮されるかどうか。ベアが実現しつつあるのは喜ばしいことですが、あくまで大企業中心。
大企業で働く勤労者は全体の1割未満。勤労者の大多数は中小零細企業で働いているほか、勤労者の約4割はベアも定昇も昇格も無縁の非正規雇用。
しかも、政府は非正規雇用を増やす方向に労働法制を変えようとしていますので、ますます「所得効果」の不確実性が高まっています。
国民にとっては、金利収入の逸失、金融資産の実質価値目減り、消費購買力の潜在的ダメージ等々が異次元緩和のデメリット
一方、政府にとっては財政規律が弛緩することが重大なデメリット。けっしてメリットではありません。
政府債務が実質減少することをメリットと考え、それを推奨するようでは、日本経済の立ち直りは困難でしょう。今の政府・日銀は、だんだんとその傾向が強くなっています。
なお、上記に関する3月19日予算委員会で使用した資料を、僕のホームページのブログにアップします。ご興味があれば、是非ご覧ください。
では、デメリットを減じ、メリットを享受する工夫はないか。そこで、財務大臣には物価連動債の活用を提言しておきました。
物価連動債は、元祖英国ではインフレ連動債(inflation indexed/linked bonds)と呼ばれています。
国によって多少仕組みが異なりますが、元本とクーポン(利子)のどちらか一方、または両方が、物価変動率に連動して増減する債券です。
日本では2004年に初めて発行。その後、デフレの継続、リーマンショック後の不況の影響から発行停止。
しかし、昨年10月に5年ぶりに発行再開。政府・日銀が2%のインフレを目指していることから、元本の実質価値が目減りするようでは国債消化に影響が出るという判断からでしょう。
しかも、再開された物価連動債は償還時の元本保証(フロア)付きという新商品。万が一物価が下落しても、損失を被らないように、投資リスク回避の元本保証付きというサービス振り。
ところが、この物価連動債。個人は購入できません。元本増加分が「利子所得」として課税されるため、転売・転々流通した場合に課税対象が明らかでないことが理由です。
こうした中、平成25年度税制改正において物価連動債の課税方式が平成28年から変更されることが決まりました。
すなわち、現在は「利子所得」として課税される物価連動債の元本増加分。平成28年1月以降は「譲渡所得」として他の金融所得と合算して課税されます。つまり、償還時または譲渡時の価格から取得価格を引いた額が「譲渡所得」となります。
ちなみに、個人の「利子所得」は利払時に源泉徴収。金融機関等の「利子所得」は従前から源泉徴収されずに法人税として申告納付されています。
3月19日の予算委員会では、財務大臣に、この際、物価連動債購入を個人にも認めること、しかも、税制改正を前倒しして平成27年度から認めることを提案しました。
財務大臣は「検討する」と言っていましたが、是非お願いしたいものです。物価上昇率を2%にする政策を行っているのですから、無策でいれば、「金融抑圧」によって国民の金融資産が2%実質目減りすることになります。
合わせて、政府が発行する国債を全て物価連動債にすることを推奨します。元本が物価に連動して増えるので、財政規律も高まります。つまり、不要不急の財政支出には慎重にならざるを得ません。
異次元緩和で何だかホロ酔い気分の日本経済。しかし、単に極端な金融緩和をすればウマクいくなら、なぜ今までやらなかったのでしょうか。
投資詐欺事件等が起きるたびに、「ウマイ話には気をつけろ」「ウマイ話には罠がある」的な警鐘が鳴らされます。英語で表現すると「A good deal includes a trap」あるいは「There is always a catch in a good deal」といったところでしょうか。
「ウマイ話」が「story」ではなく「deal」で表現されるところに、異次元緩和の本質を垣間見ることができます。これだけ極端な政策を行えば、誰かが「deal」で大儲けしているはず。儲けの裏には必ず誰かの損失があります。それこそ「金融抑圧」の本質。
ところで、安倍首相は、小泉政権下の官房長官及び第1次安倍内閣の際に、日銀のマネタリーベースが相当拡大していたのを自ら100兆円以下に縮小しました。
昨年の秋以降、首相には2度その理由を伺いましたが、明確な回答なし。いずれまた聞いてみたいと思います。この件の参考グラフも、ホームページのブログにアップします。
(了)