前号(7月30日号)は送信サーバーの不具合で着信が8月入り後になった読者の方もいると思います。失礼しました。さて、台風本番の季節。週末・週初にかけて台風11号が西日本を直撃。長引く豪雨の影響もあります。防災対策にくれぐれもご留意ください。
今年の春、所用で奄美諸島の喜界島を訪問。奄美大島から飛行機で10分の位置にあります。隆起性サンゴ礁が起源の島で、全島ほとんどが石灰岩。現在も年間約2mm隆起を続けているそうです。
島の漁師さんに「漁についてくるか」と誘っていただき、潜水して行う追い込み漁を体験。僕はスキューバダイビングの指導員ですが、「芸は身を助ける」というか、趣味のおかげで貴重な体験をさせてもらいました。
ところが、その漁師さんによれば、「自分が止めたら、島の追い込み漁も終わりだなぁ」と独り言。理由を聞くと、漁業は採算に合わず、島外にも出荷していない由。住民約7500人のうち、漁業従事者は約20人。
島外に出荷しない最大の理由は島に冷凍設備がないこと。仮にあったとしても、売上(魚の価格)とコスト(燃料代等)が見合わないという問題もあります。
一方、島の金融機関の預金1口座当たりの残高は結構高く、その面では裕福。島の道路事情はよく、港湾も多く、公共事業は相対的に潤沢。要するに、公共事業予算が島に滞留しているという構図です。
離島振興のあり方として、それはそれでひとつのパターンかもしれませんが、その予算のごく一部を冷凍設備や漁業振興、あるいは農業や観光振興に充てれば、島の産業や経済は違う展開が追求可能。
それができていない、あるいはそれを追求しない姿には、何だか日本の縮図を見ているような気分がしました。
「漁業では生活できない」「日本の漁業は終わりだ」という日本の漁師さんの呟(つぶや)きの一方で、諸外国では漁業が復活。漁業従事者が他の職業よりも所得が高くなったという国もあります。その違いの原因は何でしょうか。
「離島」という側面をとりあえず除外し、漁業振興という側面のみに焦点を絞ると、ポイントは漁獲規制です。
漁獲規制は今や先進国の潮流。ABC、TAC、IQ、ITQなどの用語を理解する必要があります。ABC(Allowable Biological Catch)は生物学的許容漁獲量。つまり、漁獲対象の魚が絶滅しないための許容漁獲量。乱獲防止のための指標です。
2006年、米国の科学専門誌「サイエンス」が「今のまま乱獲を続けていると2048年には世界の海で魚が獲れなくなる」と警告。こうした危機に対処するための指標がABCです。
このABCを巡って、日本と諸外国では対照的な動きになっていることが、日本の漁業及び漁業従事者を衰退させている原因のひとつです。
その原因を認識するためには、ABCとセットでTACという指標も理解する必要があります。TAC(Total Allowable Catch)は漁獲可能量。つまり、漁業従事者に認められる年間漁獲可能量であり、魚種ごとに定められるのが一般的です。
1982年に国連海洋法条約が採択され、1994年に条約が発効。日本は1983年に同条約に署名し、1996年に批准。
同条約は「海の憲法」とも言われ、各国に排他的経済水域の設定権、海洋資源の利用権を認める一方、領海における生物資源の保存・管理を義務づけています。
条約批准に伴い、日本では「海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(通称TAC法)」が発効(1996年)。TAC制度が導入されました(1998年)。
現在、日本ではマアジ、マサバ及びゴマサバ、マイワシ、サンマ、スケトウダラ、ズワイガニ、スルメイカの7魚種にTACを設定。
魚種の選択基準は、第1に漁獲量が多く、国民生活上の重要な魚種、第2に資源状態が悪く、緊急に管理を行うべき魚種、第3に日本周辺で外国人により漁獲されている魚種。この3基準に照らして7魚種が選択されています。
アイスランド、ノルウェー、米国、豪州など、漁業先進国と言われる諸外国ではTAC制度によって資源量も漁獲量も回復傾向が顕著。
とりわけ、漁業が重要産業(GDPの約1割)であるアイスランドは、1970年代のニシン不漁を契機に他国に先んじてTAC制度を導入。その結果、ニシン漁が劇的に回復するとともに、水産資源の自給率は約27倍(約2600%)という高水準を実現。
一方、日本はどうでしょうか。漁獲量はピーク時(1982年)の1282万トンから484万トン(2012年)まで減少。1972年から1988年まで漁獲量世界一を維持していましたが、現在(2011年)は養殖を除くと世界8位。
TAC制度の成果はこれからと期待したいところですが、そうはいかないようです。その背景には、大きな原因がふたつあります。
ひとつは、ABCとTACの関係。漁業資源及び産業としての漁業が回復している漁業先進国では、TACはABCよりも低く設定するのが普通です。
それはそうです。ABCは魚種を絶滅させないためのギリギリの水準。TACがそれを上回ってしまえば、ABCの意味がありません。
ところが、その意味のないことを日本は続けています。つまり、ABCを上回るTACを設定しているために漁業資源は減少の一途。捕獲される魚の大きさも小さくなっています。何と愚かなことでしょうか。
水産庁は「漁獲管理情報処理システム」を1997年より稼動させ、主な漁業団体及び漁協と都道府県庁に端末を設置し、漁獲量データを収集しているようです。
にもかかわらず、ABCを上回るTACを設定し続けている背景には、総じて言えば、不漁でも補助金によって漁業を支える制度に拘泥する利害関係者(政治家、官僚、それを良しとする漁業関係者)の力学が影響しているようです。
本来は、漁業資源を回復し、良質な魚を漁業が成り立つ適切な価格で提供することで漁業従事者の採算を維持するのが本来の姿。そのためには、消費者(国民)の意識改革と協力も必要です。この点については後述します。
もうひとつの大きな原因は、TACの量ではなく設定方式。漁業関係者の間で「オリンピック方式」と呼ばれる手法にあります。
つまり、魚種ごとに日本全体のTACを設定するため、漁は言わば「早いもの勝ち」。TACに達した段階で漁は規制されますが、各漁業従事者、各漁船は大量に捕獲することを目標とし、結果的に乱獲が継続。
集計には時間を要するため、結局ABCを上回る量に設定されたTACをさらに上回る量が捕獲され、水産資源の減少につながっています。これでは、本末転倒。絶句です。
これに対して、アイスランドやノルウェーでは、TACの設定方式にIQやITQ呼ばれる手法を採用し、漁業資源及び漁業の劇的な回復を実現しています。
IQ(Individual Quota)は個別漁獲割当方式。TACで設定された漁獲量を漁業従事者ごとに割り当てる方式です。
自分の漁獲可能量が決まっているため、魚の成育、市場価格、同業者の動向などを見極めながら、良質な(生育状態の良い)魚を適切な時期に捕獲し、高値で出荷しています。
さらに、ITQ(Individual Transferable Quota)は譲渡性個別割当方式。つまり、漁業従事者間でIQを売買できるということです。
自分に割り当てられたIQも、天候や設備投資(船舶等の準備状況)、乗組員の確保状況、市場動向によっては、採算を維持できないこともあり得ます。そういう場合には、IQを同業者に譲渡するシステム。
漁業先進国(アイスランド、ノルウェー、米国、豪州など)ではITQ方式を採用。漁業従事者は計画的に漁を行うことが可能になり、採算が改善。最近では他産業よりも所得水準が高いケースも多くなり、若年世代が新たに漁業に参入しているようです。
こうした動きの背景には、消費者(国民)意識も影響しています。すなわち、欧米諸国では資源量の減少している魚種を消費者が購入しない傾向が定着。
きっかけは、モントレーベイ水族館(米国)が始めた「Seafood Watch」。魚種ごとに資源状態を判定し、危機レベルを表す赤、黄、青に分類してリスト化して公表。
魚屋やレストランでもこの表示を行うため、消費者は資源状況の悪い魚種の購入を回避し、結果的に漁業従事者もそうした魚種の捕獲を自粛。
また、TACの影響で価格が多少高くなっても、消費者はそれを受け入れ、そのことによって漁業従事者の採算や所得も改善。つまり、好循環が実現しているようです。
他国でできることがなかなかできない日本。できないからには何か原因があるはずですが、その原因を直視せず、温存し、悪循環を続ける傾向があります。様々な分野でそうした傾向が是正されない体質こそが、日本の構造問題の本質です。
幕末、ペリー艦隊が日本に来た際に、喜界島を「クレオパトラ・アイランド」と名付けたという逸話もあります。
それほど美しい島を、道路と港湾で埋め尽くすことの愚かさ。「離島」故のハンディを乗り越えるために、冷凍設備を公設したり、出荷のための燃料費を補助することは、正当かつ合理的な政策的支援です。
そうした政策的支援によって漁業と農業と観光で豊かに暮らせる島にすることが、離島振興の王道ではないでしょうか。因みに、喜界島は国産胡麻(ゴマ)の90%を生産する産地であることも知りました。
いきがかり上、関心を抱くことになった喜界島。来週も島を訪問し、関係者の皆さんと意見交換してきます。
(了)