政治経済レポート:OKマガジン(Vol.325)2014.12.20

来年1月12日(月・祝)、名古屋駅前ミッドランドホール(ミッドランドスクウェア5F)で恒例のセミナーを開催させていただきます。第1部は「東海地方の産業と日本経済」、第2部は「異次元緩和の現状と為替・金利・株価の今後」。ご興味がある方は、事務所までお問い合わせください(地元052-757-1955、東京06-6550-1121)。


1.国富

師走の東京。皇居や東京駅では中国人観光客の集団、家族連れ、カップルが目立ちます。結構な人数です。韓国人も増えている感じがします。

東京駅構内の案内放送は、日本語、英語よりも中国語、韓国語の放送が耳に残ります。中国人、韓国人観光客が増えている影響でしょう。

1月から10月までの外国人観光客数は、中国人、韓国人、台湾人を中心に前年比27%増。既に1100万人を超えています。一方、日本人の海外旅行者数は同3%減。

このため、旅行収支も今年4月に44年ぶりの黒字。日本人旅行者が海外で使ったお金よりも、外国人旅行者が日本で使ったお金の方が多かったということです。

「それは喜ばしい」と考える人が多いと思いますが、背景を考えると少々複雑な気持ちになります。ひと言でいうと、日本人に余裕がなくなり、中国人に余裕が出てきたということです。

中国は経済成長したものの、貧富の差は拡大。海外旅行する余裕のある国民は全体の1割と言われていますが、総人口は13億人。1割でも日本国民と同数。その何割かが日本を訪れているわけですから、師走の東京で中国語が飛び交うのもやむなし。

中国人急増のもうひとつの要因は円安。過去2年の円安で、円は元に対して5割減価。そのため、ドル換算の日本のGDP(国内総生産)も縮小し、2014年の見通しは4.8兆ドル。中国の10.4兆円の半分以下。これでは、中国人が相対的に豊かになるのも当たり前です。

総選挙は与党の圧勝。安倍政権は引き続き「アベノミクス」を推進するようですが、その柱である金融政策の「異次元緩和」のメリット(長所)、デメリット(短所)を十分認識しなければなりません。

円安はメリットでもあり、デメリットでもあります。メリットは言うまでもなく、輸出競争力向上。日本製品が相対的に安くなり、輸出が伸びるという期待です。

しかし、生産拠点の海外移転が進み、円安でも輸出数量が増えないことは過去2年で実証済み。残るメリットは、ドルベースの企業収益を円換算した場合の業績が改善すること。それを受け、株価も上昇してきました。

一方、デメリットは円の購買力低下。同じ原材料や食料品を輸入するにも代金は増加。企業や消費者は苦しくなります。海外旅行に行きにくくなるのもデメリットのひとつ。

3年前の日本の輸入総額は1ドル80円の下で約70兆円。ドル換算で8750億ドル。現在の1ドル120円換算では約105兆円。つまり、35兆円支払いが増加。これもデメリット。

日本の家計の金融資産は約1500兆円。1ドル80円換算だと18兆7500億ドルですが、120円換算だと12兆5000億ドル。実に6兆2500億ドルの「国富」が減少。これもデメリット。

減少分は1ドル120円換算で何と750兆円。金融資産の半分が吹き飛んだ計算であり、「まさか」と思う人も多いでしょうが、円が1ドル80円から120円になったということは、5割価値が下がったことと同義。数字のマジックとは言え、750兆円消失は事実です。

実質実効為替レート(全ての貿易相手国の通貨、物価等の影響を加味した円の本当の実力)では、変動相場制移行(1973年2月)以来、42年ぶりの円安水準になっています。1ドル300円だった当時と同水準まで実質円安が進んでいるということです。

その分、円の購買力は低下し、国富を失っている日本。「異次元緩和」の功罪が問われます。行き過ぎた円安は、メリットよりもデメリットの方が大きいと言わざるをえません。

豊かな国を目指すのは当然のこととして、それはどのような為替政策を行うのかということと密接に関係しています。

2.安売り戦略

「異次元緩和」のそもそもの目的はデフレ脱却。具体的には、2015年度を中心にした時期に年率2%程度の消費者物価上昇率を実現することが目標。

「異次元緩和」のスタート当初、2年で2%をマネタリーベースを2倍にすることで実現すると宣言。「2年、2%、2倍」の数字は覚えやすく、政策の打ち出し方としては巧みだったと思います。

それから1年9か月が経過。あと3か月で約束の2年。既に当初の目標達成は困難なことから、この間、達成時期を「2015年度を中心とした時期」と曖昧にしたほか、10月末には第2弾の「異次元緩和」を実施。

それでも目標達成が不確実視されている中で、新たにクローズアップされてきた懸念材料が原油価格下落。

下落の背景について、ロシア制裁説(ウクライナ問題等制裁のために米国等が意図的に価格を下落させているという見方)、米国対抗説(米国のオイルシェール産出に対抗し、産油国が増産して価格を下げているとの見方)等も語られていますが、やや陰謀史観的。

欧州、中国、日本等の景気低迷を背景に原油需要が伸び悩む一方、収入を確保するために産油国が増産を図り、需給バランスが崩れているという見方が妥当な線でしょう。

日銀は10月31日の金融政策決定会合で「原油価格の大幅な下落が、物価の下押し要因として働いている」と指摘し、「異次元緩和」第2弾に踏み切りました。

現在の原油価格は1バレル50ドル台。10月末からさらに約3割下落。市場関係者の間では、現在の原油安が続けば、日銀は早晩さらなる追加緩和、あるいは2年の達成期限撤回、あるいはその両方に追い込まれるとの見方が強まっています。

日本はエネルギー小国。原燃料の輸入負担は構造的課題であり、原油価格下落は本来歓迎すべきこと。それを懸念材料と言わざるを得ないことが、「異次元緩和」が何か異常なことを行っている証左と言えます。

「もっと金融緩和」で「インフレ実現」と日銀総裁が血眼になり始めていますが、円安のメリットである輸出競争力向上は日本製品が安くなることと同義。一方、インフレを実現して円ベースの国内価格が上がれば、そのメリットも相殺されます。円安とインフレを同時に主張しているところにも、大いなる矛盾があります。

日本の勤勉で有能な勤労者が作った品質の高い製品を円安で安く売るという「安売り戦略」。そもそも、この戦略は妥当なのでしょうか。

3.軸足

上述のとおり、円安でも輸出数量が増えないことは実証済み。「外需」中心であるため、生産拠点は海外から戻りません。

それでは、国内での雇用増加効果はないのか。「失業率が下がっている」「被雇用者は増えている」との抗弁も聞きますが、最近顕著なのは非正規雇用の増加。それが起きる合理的な理屈があります。

月給20万円は1ドル80円では2500ドル、120円では1667ドル。円安が進んだことで、月額833ドル、日本人の労働コストが下がりました。だから、円安になると外国企業による日本人の雇用が増えるというのが首相や日銀総裁の主張でしたが、現実はそうなっていません。

中国人の月給は沿海部や都市部の事務職は上昇しているものの、中国全体、とりわけ工場労働者は依然として低水準。日本の約10分の1です。

つまり、円安効果で日本人の労働コストが中国と同等になるためには、計算上、円安が10倍になる必要があります。1ドル80円から800円。それは非現実的です。

円安、インフレによって雇用を増やすという主張は、一見もっともなようで、理屈上は無理があります。だから日本では正規雇用が増えない一方、賃金が低い非正規雇用が増加。

それでも「失業率が低下している」と強く主張する向きもあるでしょうが、その主因は少子高齢化。「団塊の世代」を含むベテラン層の大量退職の一方で、若年層の新規労働者数がそれに見合うほど増えていないことによるものです。

では、どうするのか。政党の好き嫌いは別にして、客観的事実に目を向けて打開策を探るべきでしょう。

民主党政権の3年3ヶ月の間、実質GDPは490兆円から514兆円に増加。「3.11」の被害がありながら、年率1.51%の成長でした。

自民党政権の1年9ヶ月(2014年9月まで)の間、実質GDPは514兆円から522兆円に増加。「異次元緩和」によって円安、株高は進んだものの、年率0.90%の成長でした。

GDPの最も大きな割合を占める個人消費を支える一般国民。その一般国民の消費余力を間接的に向上させる施策を行ったのが民主党政権。高校生・大学生の授業料負担、現役世代の子育て負担、高齢者の医療・介護負担。青天井というわけにはいきませんが、そうした負担の軽減に軸足を置いた政策運営でした。

政策の差異を象徴的に言えば、ミクロ経済政策及び家計を重んじたのが民主党政権、マクロ経済政策及び企業を重んじているのが自民党政権。

どちらも効用はありますが、その適否は時代と環境とともに変わります。これからの日本、やはり前者の方が相対的に適切だと考えます。

しかし、前者に戻りたくても、新たな難題を抱えてしまいました。それは、現に「異次元緩和」が行われ、日銀のマネタリーベースが3年3ヶ月前の約135兆円から約270兆円にほぼ倍増してしまったこと。

「2年、2%、2倍」の「2倍」は有言実行。しかし、「2年、2%」は未達成。今後、マクロ経済政策(とくに金融緩和)にさらに依存することなく、そろそろミクロ経済政策に軸足を移す段階でしょう。好き嫌いではなく、データに基づく英断が求められます。

(了)


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