1月12日開催のセミナーへのご協力、ご参加、ありがとうございました。心から御礼申し上げます。さて、26日から国会が始まります。今年も様々な分野の問題や論点を明示し、有意な議論に努めます。そのことが、政治や政策に直接的、間接的な影響を与え、結果的に少しでも合理的な方向に国が進むことに腐心します。大難は小難に、小難は無難に。
国内総生産(GDP)の年間ベースのデータは、毎年年末、内閣府が「国民経済計算確報」として公表します。昨年12月25日公表の2013年度分。その内容を見て驚きました。
家計は給与、利子、配当などで285兆5000億円の所得を得た一方、消費に289兆2000億円を支出。差し引き貯蓄額はマイナス3.7兆円。その結果、貯蓄率もマイナス1.3%。
貯蓄額と貯蓄率がマイナスになるのは、比較可能な1955年度以降の統計上、初めての事態。日本経済の一大事です。
貯蓄とは、所得から消費を差し引いた残り。貯蓄率の低迷は、所得以上に消費が伸びたか、あるいは所得が伸びなかった結果。
消費税率引き上げ(2014年4月)前の駆け込み消費とともに、ここ数年の所得の伸び悩み傾向が基本的な要因です。
公的年金が減少し、高齢者を中心に貯蓄を取り崩して所得を上回る消費をしたことも影響しています。贅沢をしたわけではなく、基本的な生活をするうえで、そうせざるを得なかったと考えるべきでしょう。
かつて日本人は貯蓄好きと言われ、20年前の貯蓄率は世界第2位。しかし、その後の貯蓄率は年々低下。とうとう主要国の中で最低になってしまいました。
急速な少子高齢化、現役世代(勤労世帯)の所得低迷が主因ですが、過去2年で3.5%の大幅な低下。経済政策や社会政策のあり方について、再検討が必要でしょう。
このデータに接して、昨年7月15日に厚労省が公表した「国民生活基礎調査(2013年)」の内容を思い出しました。当該調査によれば相対的貧困率は16.1%。検証可能な1985年以降、過去最悪水準を更新。
相対的貧困率とは、大雑把に言えば、国民の平均所得の半分以下の水準の世帯に属している人の割合(正確には、一世帯の可処分所得を世帯構成員の平方根で除した所得<等価可処分所得>の中央値の半分に満たない世帯員の割合)です。
直近データでは平均所得は244万(税金・社会保険料を除く)。その半分は122万円。国民の2割弱が年収122万円以下ということです。
総務省が公表している「就業構造基本調査」の世帯年収分布を活用すると、相対的貧困率と同様の定義に該当する貧困世帯比率を算出することができます。
年収が把握可能な5211万世帯のうち、相対的貧困世帯は1133万世帯。実に21.7%、5世帯に1世帯が相対的貧困世帯となります。
単身世帯は貧困率が高く、また年齢が上がるほど貧困率が上昇。その結果、高齢単身世帯の6割以上が相対的貧困層です。
但し、貯蓄や資産を除く、所得のみを前提とした見方です。したがって、貯蓄や資産を取り崩して生活することになります。貯蓄率マイナスにつながる背景です。
さらに憂慮すべきは子どもの相対的貧困率が16.3%となり、初めて全体の相対的貧困率16.1%を上回ったことです。
これは、母子世帯の半分以上が相対的貧困層であることと関係があります。母子世帯の貧困率は子どもの年齢が低いほど高く、乳幼児を抱える母親がフルタイムで就業できない実情を示しています。
矛盾も構造化しています。親が働いている世帯の方が、働いていない世帯よりも貧困率が高いという不思議な状況です。母子家庭の母親が働いても公的扶助の水準に届かないという現実。
公的扶助が高すぎるのではなく、勤労所得が低すぎることが原因です。その背景には、雇用における非正規率の上昇が影響しています。父子家庭もそれに準じており、ひとり親世帯の貧困率はOECD諸国の中で最悪です。
つまり、職が得られない「失業」ではなく、働いても豊かになれない「ワーキングプア」の問題。
また、日本の傾向として、政策による貧困削減効果が小さいことも指摘されています。公的扶助(生活保護等)の受給率は1.6%。他国に比べて低い水準です。
子どもがいる世帯の貧困率を「再分配前(税金・社会保険料負担前)」と「再分配後(同負担後及び児童手当等給付後)」を比較すると驚きます。
本来は「再分配後」が「再分配前」を下回るべきですが、主要国の中で日本とギリシャは「再分配後」の貧困率の方が高くなっています。
子育て世帯の実情を反映した、もっと有効な公的扶助を行わなくてはなりません。同時に、企業や雇用者も「ワーキングプア」を是正する努力が必要です。
こうした貧困や脆弱な政策効果の背景には、既存の社会保障制度が前提とする社会の姿が変質していることも影響しています。
例えば、現在の社会保障制度は「ワーキングプア」を想定していません。働けば十分な所得が得られることを前提にしていますが、現実はそうではありません。
また、核家族、ひとり親、単身、老々世帯等を想定していません。3世代同居を前提としていましたが、今やそれはレアケース。
さらに、人生の失敗を想定していません。学校に通い、就職して、終身雇用で働く前提でした。再チャレンジや努力を支援する制度は脆弱です。
例えば、高校や大学の奨学金の大半が有利子貸与制度であることがその典型。ワーキングプアでは奨学金も返済できず、成人後に多重債務に陥るケースも散見。国民年金や国民健康保険の保険料未納問題の一因でもあります。
ホームレスやニート、フリーター、ネットカフェ難民等々の「新しい貧困」も生み出しています。
かつての日本社会は「平等で貧富の差がない」というイメージが一般的。しかし、それは1970年当時のデータから作り上げられた固定観念でした。
一方、相対的貧困率が公式なデータとして初めて公表されたのは2009年。実際には1980年代から所得や資産の格差が拡大し始め、現在もそれが続いている状況です。
どこまでの格差を許容し、行き過ぎた格差をどのように是正するのか。日本が直面する深刻な問題です。
格差と言えば、折しも「21世紀の資本」の著者として知られるトマ・ピケティ教授がまもなく来日します。
ピケティ(以下、敬称略)と聞いて、「それ誰」という人もいれば、「世界的な有名人」という認識の人もいるでしょう。
ピケティは1971年生まれのフランスの経済学者。一昨年出版した「21世紀の資本」の英語版が昨年3月に米国で発売されると、約700頁の固い内容の大著が米アマゾンで一躍売上ランキングトップに浮上。半年で50万部のベストセラーになりました。
多くの言語で翻訳され、日本語版も昨年末に発売開始。さっそく話題なっていますが、全部を読み切ることは容易ではありません。
ピケティは経済的不平等や格差に関する研究を行ってきました。過去200年の主要国の関連データ、とくに所得税や固定資産税等の税務データを収集し、そこから過去の不平等や格差の実情を推計・分析。
ピケティの主張を極めて簡単に言えば、「資本主義は格差を拡大させる傾向がある」ということです。
ピケティの研究によれば、19世紀から20世紀初頭は格差が拡大。20世紀半ばに格差が縮小。1980年代以降、再び格差は拡大。現在は20世紀初頭と同程度の格差に戻っています。
例えば、米国の所得(フロー)。1910年頃の上位10%の所得階層による占有率は約50%。その後逓減し、第2次大戦後は約30%に下落。ところが2010年には再び約50%へ上昇。
資本(ストック)に関しては、上位10%の富裕層による資本(富)占有率は1910年に約80%。その後逓減し、第1次大戦後は約60%まで下落。ところが2010年には再び70%近くまで上昇。
こうした格差拡大の背景には、所得対資本比の上昇が影響しています。つまり、国内総生産(GDP)に対して国民全体が持っている資本(総資産)の割合です。
1910年の米国の所得対資本比は約700%。戦争による損耗等から第2次大戦後は約200%まで下落。しかし、2010年には再び約600%に上昇。
所得対資本比が上昇すると、資本から生み出される所得(企業収益、配当、賃貸料、利息、資産売却益等)が増え、それらの保有者はますます豊かになります。
こうしたデータ的事実に基づいて、ピケティは資本主義の根本的矛盾を表す不等式を明らかにしました。
すなわち「r>g」。「r」は資本収益率、「g」は国民所得増加率。「g」は経済成長率と言ってもよいでしょう。
歴史的に見ると、戦後の一時期を除いて資本収益率は経済成長率を上回っているというのがピケティの結論。つまり「r>g」という不等式が成り立つということです。
その意味では「r」と「g」が逆転した20世紀半ばは画期的。人口増加や技術革新によって「g」が上昇し、格差が是正されたのです。
では、なぜ1980年代に再び「r」が「g」を上回るようになったのか。ピケティはその理由としてロボットやITの活用(生産の自動化、効率化)を指摘しています。
ロボットやITの発達は、人間の仕事を奪い、賃金も消費も抑圧。「g」も伸びません。一方、資本はロボットやITによって労働コストを抑制し、「r」を伸ばしました。
また、ピケティは世襲の復活にも警鐘を鳴らしています。富裕層が資産を子孫に継承することで、格差は拡大。しかも、その傾向は19世紀の状況に戻りつつあるとしています。
一方、ピケティは「g」を伸ばすような技術革新、そうした技術革新に関与できるような技能や知識を身につける教育が格差是正に有効と指摘しています。
また、格差拡大を防ぐために、資本に対してグローバルな累進課税を課すことを提唱しています。
格差拡大が社会問題化している米国では、自分が格差に喘いでいるグループに属するという人々はピケティを熱狂的に支持し、難解な専門書のベストセラーにつながりました。
富裕層からは「ピケティはマルキスト(マルクス主義者)」と批判されていますが、本人は「自分はマルクスとは違う。マルクスの資本論は真面目に読んだことがなく、影響は受けていない」と公言しています。
また「資本主義より効率の高い経済システムはない。資本課税を強化するのは、これ以上の不平等を防いで、保護主義や過剰介入から資本主義を守るためだ」とも述べています。
ピケティの影響は大きく、既に「ピケティ革命」「ピケティ現象」という言葉も飛び交っています。
伝統的なマクロ経済政策(財政金融政策)を信じられないほど大規模に行うことに執着している日本。世界が考え始めているダイナミックな大転換に取り残されつつあります。
来週から始まる国会で、しっかり問題提起したいと思います。
(了)