官邸屋上にドローン(無人機)が不正侵入・着陸し、2週間も放置されていた事件。官邸の無防備ぶりが明らかになってしまいましたが、危機は上空だけではありません。足許にも迫っています。地下にドローンがあるという話ではありません。
参議院財政金融委員会の委員に対して、今月から「新しい資料」が配付されるようになりました。小さな出来事ですが、個人的には意義深い一歩だと思います。
資料の名前は「国債関連資料」。平凡な名前ですぐには興味をひきません。しかし、いずれ「出口セット」とか「黒田セット」という愛称がつくかもしれません。
この資料は、今年2月26日の同委員会で筆者が財務省、日銀に対して要求し、今月(今年度)から配布が始まったものです。
中身は5点。第1はその月の国債償還予定額(財務省)。第2は日銀保有国債のその月の償還予定額(日銀)。つまり、この2点で当該月の国債償還に占める日銀保有分の実情が明らかになります。
第3はその月の国債入札カレンダー(財務省)。第2の資料と合わせると、入札発行される国債を、その直後に日銀がどのぐらい購入するかを予測することに役立ちます。
なぜなら、日銀は異次元緩和を継続中であり、膨大な国債を購入し続けなくてはならないからです。つまり、償還分の穴埋めです。
もちろん、新発債だけでなく、既発債も購入するでしょう。しかし、これまでの異次元緩和の結果、既発債は品薄になっており、新発債への依存度が高まらざるを得ません。
第4は日銀保有国債の平均残存期間(日銀)。異次元緩和の一環として、日銀は先々(数年先)の金利水準抑制にも取り組んでいます。したがって、日銀保有国債の平均残存期間は長期化が進んでおり、その動向を知るために有用です。
第5はマネタリーベースと日銀総資産の名目GDP(国内総生産)に対する比率(日銀)。上記2月26日の財政金融委員会で、黒田総裁に「(それらの)対GDP比上限を想定しているか」と質問したところ、「上限は想定していない」との答弁。驚きでした。
詳しくはメルマガ330号(2月27日付)をご覧いただきたいと思いますが、黒田総裁のその答弁を踏まえ、国会(国民)として当該比率の不断のチェックが必要です。
この「新しい資料」。言うまでもなく、日銀による異次元緩和、つまりアベノミクスの「1本目の矢」の動静、及びその収拾策(出口戦略)を国会でも継続的に議論するために必須の資料です。
財務省、日銀のホームページ等で公開されているデータもありますが、こうしてセットにして毎月配布されることに意味があります。市場関係者も入手して活用してください。
第4、、第5の資料のデータは、国会で質問すれば日銀が回答するものです。しかし、異次元緩和がここまで異常な事態になった以上、日銀は質問されずとも自ら国会(国民)に周知するのが当然の姿勢です。
そうした姿勢が見られないので、この際、一連の資料をセットにして毎月配布することを求めました。
第4の日銀保有国債の平均残存期間について、日銀は現状では3か月ごとに計算・公開することを想定しているようですが、毎月計算・公開するのが当然の責務。再び要求されずとも、可及的速やかにそうした対応をとることを期待します。
筆者は日銀OBです。古巣(日銀)内では「厳しい要求」と受け止めている向きもあるようですが、そんな了見では困ります。
自らの重責を自覚し、適切な姿勢で職務を遂行し、過去の轍を踏まない(先輩世代の失敗を繰り返さない)ように、努力してほしいと思います。
「出口セット」によれば、3月末の日銀保有国債の平均残存期間は6.48年。マネタリーベース及び日銀総資産の対GDPはそれぞれ60%、66%に達しています。
異次元緩和の出口を自然体で待っていると約7年かかるということです。マネタリーベース及び中央銀行総資産の対GDP比はもちろん世界一(最悪)です。
原因と結果の関係を示す言葉である「因果」。仏教用語でもありますが、その視点から言えば、原因と結果の間には「縁」も存在します。
「因」は直接的要因、「縁」は間接的要因。そのふたつがあって「果」が生じます。何だか脱線したようですが、この関係は万物に共通する真理です。
日銀の異常な状況は「果」。その「因」は異次元緩和、しかし、それを生んだ「縁」は世界最悪水準の財政赤字です。デフレ脱却は表層的な理由、言わば「薄い縁」に過ぎません。
かつて日本経済は、米英仏独の要求に基づく「プラザ合意(1985年)」によって急激な円高を余儀なくされました。日本の過度な貿易黒字に対する調整措置です。
若い世代には「プラザ合意」はもはや過去の歴史。その内容も背景も、ニューヨークのプラザホテルで会議が行われたから「プラザ合意」と呼ぶことも、調べないとわからないでしょう。
急激な円高に対処するため、日銀は超金融緩和(低金利政策)を採用。そのことが貸出増加とそれに伴う株・不動産等のバブル経済の一因になりました。
日本の銀行や企業が保有する株・不動産等の資産価値は異常に高まり、日本経済が世界を席巻。バブルがバブルを生み出した「連鎖の構造」です。
折しも1988年、国際決済銀行(BIS)が銀行の自己資本比率規制を導入。当時、資産規模が膨張していた日本の銀行の自己資本比率は低水準。そのため、貸出圧縮等を余儀なくされ、BIS規制はバブル崩壊及びその後の日本経済低迷の「縁」の一部となりました。
銀行と企業の株の持ち合い、株・不動産融資等を通じた「連鎖の構造」等の「福因」が、BIS規制という「縁」を介し、バブル崩壊、長期低迷という「禍果」をもたらしました。
「禍福は糾(あざな)える縄の如し」は「史記」に登場する言葉。禍(わざわい)と福はより合わせた縄のように交互にやってくる。禍は福に転じ、福はまた禍に転じる。余談ですが、英語では「Sadness and gladness succeed each other」と言うそうです。
異次元緩和に伴う円安・株高の「福」に浸っていた黒田総裁。2月12日の経済財政諮問会議で、突然挙手して発言。財政危機に言及したそうです。将来の「禍」を懸念しての行動でしょう。発言の事実及び内容に関しては箝口令か引かれたようですが、その後、テレビや新聞で報道されました。
報道によれば、「これから話すことはオフレコにしてほしい」と前置きした上で、昨年末の日本国債の格下げ、国債に対するBIS新規制の動きを説明。
BIS新規制の中心は国債をリスク資産と見なすようにするということです。大量の国債を保有している日本の銀行は増資や貸出・国債等の資産圧縮を余儀なくされます。保有国債を大量売却すれば、長期金利の上昇を招きます。
黒田総裁は「日本国債は問題ないという考えはもはや通用しない」と危機感を露わにしたと報道されています。
デフレ脱却を表向きの理由に異次元緩和を続ける日銀。円安・株高に加え、日銀による国債大量購入、つまり財政ファイナンスという結果をもたらし、民も官も「福」を謳歌していますが、再びBIS新規制という「禍」の予兆。蘇る悪夢というところでしょうか。
前回BIS規制の「禍」は、その後の金融不安後退(銀行健全化)という「福」をもたらしましたが、広く国民や中小企業に「福」が及んでいない点が問題です。
財政危機を指摘した黒田発言。もっともな発言であり、それを議事要旨から削除し、箝口令を引いた政府の対応はさらに危機的。官邸の危機は、上空にも、足許にも、心の中にも存在しています。
と、メルマガをここまで書いて就寝。起床して新聞を見ると、本日(26日)の日経新聞1面トップ記事は「銀行の国債保有規制、バーゼル委が金利変動に備え」との見出し。タイミングが良すぎます(笑)。
記事によれば、国債のみならず、住宅ローンも対象。国債や住宅ローン債権の資産価格下落に備え、自己資本増加を求めると報じられています。
バーゼル銀行監督委員会は、新規制を2016年にまとめ、適用は2019年以降の見込みとなっていますが、5月中には原案が公表されるようです。
内容が正式に決まれば、銀行は前倒しで対応するでしょう。国債市場や住宅市場に影響が出るかもしれません。
異次元緩和に伴う「福」がBIS新規制を契機に「禍」に転じないよう「転ばぬ先の杖」が必要です。だからこそ「新しい資料」を要求しました。
異次元緩和のやり過ぎはそろそろ手仕舞う局面に来ています。「論語」に曰く「過ぎたるは及ばざるが如し」。何事もホドホドが肝心。やり過ぎは害になるということ。英語では「More than enough is too much」と表現するようです。
黒田総裁は政策の内容で「禍福の因果」に直面していますが、自分の発言の「禍福の因果」に直面しているのは岩田副総裁。
2013年3月、日銀副総裁人事を巡る衆参議院運営委員会において、副総裁候補である岩田氏の実にクールな(カッコイイ)発言が話題になりました。
日銀当座預金残高を70兆円から80兆円に積み増せば、2年で2%の物価上昇率の目標を達成し、デフレを脱却できる。達成できない場合は職を辞すと明言した岩田氏。学者としての信念と潔さに筆者も敬服しました。
日本の構造問題のひとつは御用学者が政府に重用されること。学者も何とか政府の諮問委員等に就任し、箔(はく)を付けて自分のキャリアアップにつなげたいと思って行動しがちです。
そのため、政府の考えに阿(おもね)り、理論的に積み上げた自説を主張するという傾向が弱いのが日本のアカデミアの問題です。
時に異端と評されながらも持論を曲げず、職責を担うに当たって明確な結果責任に言及し、実現できない場合は「職を辞す」と述べた岩田氏。実にクール(カッコイイ)。筆者もそう思い、大いに期待しました。
アカデミアにも政府にも阿(おもね)らずに日銀副総裁という重責を担った岩田氏は、後進たちの目指すべき姿を示したと言えます。
ところが、メルマガ330号でも指摘したように、今や目標達成は失敗。2%の物価上昇率達成時期の射程は「2016年度中」まで延伸。2年の目標は現時点で4年まで伸びています。
折しも、日銀は最新の「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」をまとめる今週30日の政策決定会合において、2015年度の物価見通しを1月に示した1.0%から0%台後半に下方修正すると報じられています。
1月に1.7%見通しを下方修正したばかり。つまり2度目の下方修正です。日銀当座預金残高は既に岩田副総裁が言及していた80兆円を大幅に上回っています。
まだまだ異次元緩和を続けると宣言しているのも異常ですが、達成できなければ辞職すると言っていた人が居座っているのも異常。
岩田副総裁は「辞職するとまで言ったのは言葉足らず。結果責任よりも説明責任」という趣旨の弁明を繰り返し、辞職を回避しています。残念です。
このまま居座れば、御用学者よりもタチが悪い。時に異端と言われても自説を曲げなかった敬服すべき岩田理論も、三流エコノミストや評論家による時流に対する逆張り主張と同じ次元に陥ります。
大いに期待しただけに、岩田副総裁の姿勢は残念でなりません。政治家にも、官僚にも、そしてアカデミアの後進たちにも、「身の処し方」をまさしく「身をもって」教える絶好の機会を得た岩田副総裁。何を躊躇しているのでしょうか。何を失うのが怖いのでしょうか。
「身から出た錆」という言葉が浮かびました。刀身から出た錆が刀身を腐らせるという意味が転じて、自分の言動が原因で災いを受けて苦しむこと。「江戸いろはかるた」が出典と言われています。英語では「Self do self have(自分の行為は自分に帰ってくる)」。
「口は禍の元」という言葉も浮かびました。不用意な発言は身を滅ぼす、うかつに言葉を発するべきではないという戒め。
出典は「古今事文類集」という文献。「口は是れ禍の門、舌は是れ身を斬るの刀なり(うかつなことを言うと禍が起きる、舌は槍よりも身を傷つける)」。英語では「Out of the mouth comes evil(口は災いの元)」「More have repented speech than silence(黙っていたことより話したことを後悔する人の方が多い)」。
「雉も鳴かずば撃たれまい」という言い回しも同じ趣旨でしょう。岩田副総裁は国会でこの件を質されて辟易としているかもしれませんが、問われているのは「説明責任」ではなく「発言責任」です。自分で言ってしまったのですから、質問している議員が悪いわけではありません。
1885年、英国の経済学者アルフレッド・マーシャルはケンブリッジ大学での教授就任講演「経済学の現状」の最後を次のように結びました。有名な一節です。
「Cool head(冷静な頭)とWarm heart(温かい心)を持ち、最高の能力を以て社会的課題に立ち向かい、力の限り努力を惜しまない経済学の徒を、一人でも多く育てることが私の念願である」。
マーシャル先生の言葉に、ひとつ付け加えさせてください。「Noble action(潔い行い)」。そうでなければ、岩田副総裁の誕生は逆張り・責任逃れを是とする学徒を生み出す結果につながるかもしれません。岩田副総裁の英断を期待します。
(了)