政治経済レポート:OKマガジン(Vol.346)2015.10.25

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1.自律化

ドイツの「インダストリー4.0」の端緒は2006年。科学技術イノベーション計画「ハイテク戦略」が策定され、専門家による諮問機関「研究連合」が発足。その後、ドイツ工学アカデミー等の学界も加わって検討がスタート。

この動きは2010年の「ハイテク戦略2020」に継承され、その中のプロジェクトのひとつが「インダストリー4.0」。

2011年には「インダストリー4.0」の「プラットフォーム(執行推進機関)」が組織され、産官学共同プロジェクトとして進行中。

「プラットフォーム」には関係省庁(教育研究省、経済エネルギー省)、IT・通信・メディア・機械・電気・電子等の業界団体、企業、大学、研究機関、さらにはドイツ産業連盟(BDI)、全金属労働組合(IGメタル)等の労働組合を含め、様々な利害関係者が参画。

「インダストリー4.0」とは何か。それは、飛躍的な生産効率化につながる「第4次産業革命」を目指した造語です。

具体的には、人工知能(Artificial Intelligence)、IoT(Internet of Things<モノのインターネット接続>)、M2M(Machine to Machine<機械同士の融合>)、ビッグデータ等の新技術を活かし、少ないマンパワー(労働力)で効率的かつ自律的に操業可能な「スマート工場」を実現することを目標としているようです。

英語の「スマート(smart)」の本来の意味は「賢い、効果的な、洗練された、生意気な、激しい」等ですが、電力分野の「スマート・グリッド」に代表されるように、最近では「コンピュータ制御により状況に効率的に対応する」という新しい意味が普及。

したがって、「スマート工場」とは「コンピュータ制御により状況に効率的に対応する工場」ということ。その実現が飛躍的な生産効率化につながると囃されているのです。

「インダストリー4.0」に関連し、ドイツでは第1次産業革命は機械化(18世紀後半)、第2次は分業化または大量生産(19世紀から20世紀初頭)、第3次は自動化(20世紀後半)と定義づけられ、それぞれ動力、電気、コンピュータ等の新技術が鍵だったとしています。

この文脈から言えば、第4次のキーワードは「自律化」。そして、鍵になる新技術はAI、IoT、M2M、ビッグデータ等ということです。

その中でも中心的な技術はM2M。コンピュータ内蔵の機械自身がAI、IoT、ビッグデータ等を活用し、ヒューマンパワー(人)の介在なしに機械同士でデータを収集・交換し、判断し、行動し、生産する。すなわち「スマート工場」です。

もっと通俗的な概念で表現すると、「人間の指示によって作業するロボット」に対して、M2Mは「自律的に考えて行動するロボット」。つまり、進化したロボットと言えるでしょう。そのロボットたちが自律的に運営する生産現場が「スマート工場」です。

2.ダイナミックセル生産方式

「スタート工場」をもっと難解に表現する専門家は「サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)に基づくモノづくり」などと説明します。ほんと、難解です(笑)。

サイバーフィジカルシステムとは、現実(Physical)の生産現場での「見る」「数える」という行為を映像や感知器(センサー)で代替し、「伝える」という行為も電子ネットワーク(Cyber)上の通信機能で代替し、それらの情報をもとにコンピュータ(System)が自律的に「判断する」「指示する」こと。つまり、生産現場の人間を代替します。

さらに平たく言えば「無人化工場」。但し、決められたモノを黙々と生産する工場ではなく、どのようなモノを生産するかまで自律的に判断する工場です。

サイバーフィジカルシステムには、読んで字の如く「メカニカル(mechanical)」という単語は含まれていません。

つまり「運ぶ」「溶接する」「組み立てる」等の物理的行動をロボットが代替する工場が20世紀後半に登場したメカニカルな「無人化工場」。一方、情報を「収集する」「伝える」「判断する」「指示する」こともM2Mが代替するのがサイバーフィジカルな「無人化工場」。

ドイツで見学したBMW工場では、立体倉庫に大量に格納された車のボディーをロボットアームが掴み出し、生産ラインに投入。次に他のロボットアームが様々な部品を選択してボディーに装填。塗装も行っていました。

担当者の説明によれば「工程や部品の過不足を判断し、調整するのみならず、ユーザーの注文に沿った装備や色を施し、カスタマイズしている。極端に言えば、同じ車は1台もない」とのこと。「なるほど」という感じでした。

「インダストリー4.0」による「スマート工場」は生産ラインの自動化・効率化を飛躍的に高め、コスト極小化を追求。

個人的に想像を膨らませると、生産ラインそのものをロボットが作り変える、制御する、あるいは生産ラインという概念がなくなるということでしょうか。

20世紀型の生産ラインという概念が変わるという意味で、メルマガの始めの頃、第16号(2002年1月6日)で「セル生産方式」の話題を取り上げました(ご興味があればHPでバックナンバーをご覧ください)。

「セル」は「細胞」という意味。長大な生産ラインは弾力性、機動性に欠けるため、生産ラインを「セル化(小分け)」し、柔軟かつ効率的な生産を目指したのが「セル生産方式」。

それとの対比で言えば、「インダストリー4.0」が目指すのは「ダイナミックセル生産方式」。上述の「プラットフォーム」が政府に提出した提言書にこの言葉が登場します。

「セル生産方式」は各「セル」の中では弾力性、機動性に欠けます。筆者の個人的な理解では、「セル」自体も可変的な状況を維持するのが「ダイナミックセル生産方式」。

「インダストリー4.0」が目指す「スマート工場」は固定的な生産ラインの概念がなく、顧客ごと、製品ごとに異なるデザイン、構成、注文、納期等に弾力的、効率的に対応します。

例えば、組み立て中の製品が自律的に工場内を移動し、必要な組み立て作業を自ら受け、生産面・部品供給面でボトルネックは発生しないというイメージです。

こうした生産革命によってドイツ産業界の競争力維持を目指しているのが「インダストリー4.0」です。

日本や米国でも潮流は同じであり、分野によってはドイツ以上に進んでいるかもしれません。米国では「インダストリアル・インターネット」という呼称が用いられ、今年1月にジェネラル・エレクトロニック(GE)が中心となって「工業インターネット・コンソーシアム(IIC)」という推進団体も設立されました。

グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン等の米国IT企業は生産工程デジタル化の分野で世界標準を獲得することを企図していると思われ、今後、ドイツとの間で熾烈な競争を繰り広げることが予想されます。

3.労働4.0(Arbeiten 4.0)

「インダストリー4.0」は必ずしも順調ではなく、停滞しているとの指摘もあります。その原因は主に2つ。

第1はドイツ企業の約98%を占める中規模企業(ミッテルシュタント)の抵抗。高い技術力を売りとする有力ミッテルシュタントは、生産工程のデジタル化、ネットワーク化(つまり「インダストリー4.0」化)による自社技術流出を懸念しているそうです。

第2はIT産業と機械産業の確執。ソフトウェアが勝負を決する「インダストリー4.0」の構造はIT産業主導。その生産工程を担う機械産業側は「IT産業による支配」に反発があるようです。また、IT産業のスピード感と、中長期的視野を重視する機械産業の時間軸の違いとも言われています。

いずれにしても、高い技術力、競争力を有するからこそ、ドイツは高い労働コスト体質でも経済の好調と国内の生産拠点と雇用を維持しています。

しかし、経済好調の主因は、共通通貨ユーロ導入による相対的通貨安(多数の国の通貨を統合した結果、かつての自国通貨「マルク」に比べ、事実上かなりの通貨安)、EU(欧州連合)域内市場の獲得、旧東ドイツ地域・国民の成長余力、中国市場への傾斜(メルケル首相の毎年の「中国詣で」が証左)等によるもの。

その事実を自覚しているからこそ、今のうちに技術力、競争力の強化を図りたいという深層心理も垣間見えます。だからこそ「インダストリー4.0」に注力しています。

労働コストを安くして競争力を維持しようとする日本と、高い労働コストでも経済を維持できるようにしたいと考えるドイツでは、根本的な違いがあります。

とは言え「インダストリー4.0」に伴って労働者の働き方も変わらざるを得ません。労働社会省(BMAS)を訪問した際、玄関ホールの壁に大きく「Arbeiten4.0(労働4.0)」と掲げられているのに気づきました。

「これは何ですか」と尋ねると、インターネットやスマホの普及、「インダストリー4.0」の進展に伴い、国全体として「時間と場所を問わない働き方」を目指すプロジェクトの名称。今春、既に検討機関が設置され、来年までに戦略立案の予定。「なるほど」と感服。

労働コスト抑制やサービス残業に依存し、高齢者・女性を低コスト労働力として使いたいという魂胆が透けて見える日本の政策や企業体質と彼我の差があります。

「インダストリー4.0」の「プラットフォーム」は、「スマート工場」における労働者の役割が大きく変化することを見据え、継続的な教育・職業訓練の提供による能力・スキル向上、労働市場におけるマッチングが国全体の課題であると指摘しています。

MINT(数学、IT、自然科学、工学)分野の高度技能人材育成のみならず、M2Mに代替される労働や作業から労働者を解放し、より人間的(ディーセント)で質の高い、機械が代替できない仕事内容に労働者がシフトし得るための支援を模索しています。「プラットフォーム」に労働組合が参加している理由もそこにあります。

具体的な人材育成支援プログラムとして「アカデミーキューブ」や「ソフトウェアキャンパス」が行われています。

「アカデミーキューブ」は人材マッチングと技能向上・教育訓練のための総合支援サイト、「ソフトウェアキャンパス」は産学連携の高度人材育成プログラムです。

こうした問題意識は国際労働機関(ILO)も共有。1月発表の報告書「世界の雇用と社会の展望」の中で、次のように記しています。

曰く「今後、機械操作や組立等の中級技能職は、自動化やデジタル化の進展によって代替されて大きく減少し、こうした業務に就いている労働者は、今後新たな技能を習得しなければ、より簡単な技能の仕事に移行せざるを得ない」「中級技能職の消滅速度は、途上国や新興国よりも先進国の方が速く、求められる技能水準の二極化が進み、所得格差の拡大にも影響を及ぼす」「今後は企業や労働者が新たな技術や技能にアクセスする機会を支援する政策の役割が重要になる」。

ドイツ工学アカデミー等は「インダストリー4.0」によって労働生産性が今後20年以内に少なくとも30%改善、2025年までにドイツ経済の付加価値創出額は2670億ユーロ(約35兆円)増加する可能性があると予測。

それは、自動化、スマート化等によって生産現場の必要労働力が減少する結果であり、言わば技術力、経営力、それを支援する金融力(資本力)、政策力等の成果。

もちろん、労働者(国民)自身の向上努力も重要であることは言うまでもありません。しかし、上述の構造を理解できず、「労働者の生産性向上が鍵」「労働力の低コスト化が生産性向上の要諦」などと勘違いしてアナクロ的(時代遅れ的)発想を維持している企業や国は、衰退する運命にあるでしょう。

(了)


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