先週10月28日、米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げを見送り。年内と予想されている米金融政策の転換の有無は、世界経済の基調に影響甚大。来週、米国に出張し、米財務省、FRB関係者から直接ヒアリングしてきます。さて、今回は中国の最近の経済外交の動きについてお伝えします。もちろん、米欧の動きとも密接に関係しています。
中国経済の現状評価は百家争鳴。堅調説もあれば、限界説、危機説もあり、今後も目が離せません。
政治も同様。習近平主席による軍・旧政権関係者の腐敗・利権摘発に端を発し、政治状況は不安定との見方もあります。
しかし、歴史的な時間軸で見る限り、引き続き21世紀が後世「中国の時代」と呼ばれる可能性を否定できない展開が続いています。
19世紀は「英国の時代」、20世紀は「米国の時代」という評価は、誰もが認める歴史的事実。その間、諸外国の圧力、清王朝崩壊、戦争と内戦、共産主義国家建設、貧困と権力闘争を経て、中国が辿り着いた1990年代。東西冷戦終結後の新しい世界でした。
新時代を予見した鄧小平による南巡講和に端を発し、中国は改革開放路線を選択。1990年代以降、経済成長が本格化する中、2000年には共産主義国家でありながらWTO加盟。
2000年代には経済成長が加速。2010年には日本を抜き、GDPで世界2位。そして、2015年。「中国の時代」に向けた戦略的展開を想起させる出来事が相次いでいます。
南シナ海の米中緊張等、軍事的変化も続いていますが、今回のメルマガは経済的及び外交的動向に特化します。
具体論に入る前に、今一度、中国指導者が内外に向けて発信した国家的姿勢を示す言葉の変遷を確認しておきます。
過去のメルマガ(299号<2013年11月13日号>)で取り上げたように、「先冨論」と並んで鄧小平が示したもうひとつの重要な言葉は「韜光養晦(とうこうようかい)」。
「韜光養晦」は、能力や才能を意味する「光」を「韜(つつ)み」「養(やしな)い」「晦(かく)す」の含意。野心や才能や隠し、周囲を油断させて、力を蓄えるという処世訓。鄧小平は、中国は「韜光養晦」つまり「当面は力を蓄える」という姿勢を国民に説いたと解されています。
ところが2009年7月、胡錦濤が駐外使節会議(5年に1回開催される駐在大使会議)における演説の中で注目すべき発言を行いました。
鄧小平が示した「韜光養晦」には後半の4文字があります。すなわち「韜光養晦、有所作為」。胡錦濤は鄧小平の遺訓を「堅持韜光養晦、積極有所作為」と修正して発言。「堅持」と「積極」が付加されました。
後段が重要。「有所作為」は「やることを淡々とやる」とも「やるべき時にはやる」とも訳せるそうです。それに「積極」が付加されたので「そろそろ討って出る」とも解せます。
そして、胡錦濤から習近平に替わって2年。習近平が示した「一帯一路」は「韜光養晦」に代わる新しい中国の国家的姿勢を内外に示しています。
さて、そうした中で迎えた2015年。春先から注目すべき動きが続いています。
年初に話題になったAIIB(アジアインフラ投資銀行)設立を巡る動き。20世紀後半の世界を規定した西側主導のIMF(国際通貨基金)、ADB(アジア開発銀行)への挑戦です。
筆者は当初からAIIBに参加することを推奨。しかし、結果はご承知のとおり。既に57ヵ国が参加する授権資本1000億ドルの国際金融機関として発足。英独仏等の欧州主要国は参加した一方、日本は不参加。
米国も不参加ですが、世界銀行やIMFの元幹部数人(米国人)がAIIBに参画することを黙認。つまり、運営面でのノウハウを提供。中国にとっては出資よりも有益。もちろん、米国も次の一手を考えた布石としての対応でしょう。
8月11日、中国は元基準値を突然調整(メルマガ342号<2015年8月27日>)。3日間で4.7%切下げ。元安誘導、輸出促進による景気対策と解され、中国経済はいよいよ黄信号との連想から世界の株価が下落。「中国ショック」と言われました。
しかし、その後の分析では、景気対策とともに、今月(11月)予定されているIMFのSDR(特別引出権)基準通貨見直し時に元を基準通貨入りさせることを展望した「一石二鳥」の動きだったという見方が主流です。
SDRはドル、ユーロ、ポンド、円の4基準通貨で構成されています。SDRは基準通貨と交換可能であり、SDR基準通貨になることは国際通貨として認知されるということです。
同じ8月、貿易や資本取引の通貨別決済シェアでも大きな出来事がありました。元の割合が2.79%となり、初めて日本円(2.76%)を凌駕。ドル、ユーロ、ポンドに次ぐ「第4の通貨」となり、SDR基準通貨入りには朗報です。
そして迎えたこの秋の動き。実に鮮やかで恐れ入ります。まずは10月初旬、中国がロンドン市場での元建て国債発行を表明。中国本土・香港以外の海外市場では初めてです。
もちろん、習主席が進める「元の国際化」の一環。ロンドン市場活性化に貢献することで、SDR基準通貨入りに向けた英国の支持取り付けも念頭にあったでしょう。
19世紀の英ポンド、20世紀の米ドルの実績が示すように、基軸通貨の地位を獲得すること、すなわち通貨覇権の重要性を理解した中国の戦略的対応です。
しかも、19日の習主席訪英の直前。英国は海外元取引の中心の座を巡ってドイツと競合中。それを見越した心憎いばかりのタイミング。英国も昨秋、西側諸国で初めて元建て国債を発行。9月には財務相が訪中。英中当局が周到なシナリオを描いていたと言えます。
中国にとって、海外投資家が投資可能な元建て金融商品を増やすことは、海外に滞留する元を中国に還流させる機能も果たします。
そして、習主席訪英。20日、中国首脳として初めて英議会で演説するとともに、包括的な英中協力で合意。英国は王室外交を展開し、華々しく世界に発信されました。
中国製原発や高速鉄道車輌採用を条件に、原発(英南西部ヒンクリーポイント)への中国広核集団等の出資(33.5%、数10億ポンド)、高速鉄道建設への資金協力、中国石油天然気集団と英BPによる海外油田(イラク等)共同開発、中国高速通信規格「4G」の普及促進協力など、総額300億ポンド(約6兆円)に及ぶ大型商談。「チャイナマネー」を駆使した経済外交です
そして、議会演説当日、中国はロンドン市場で元建て国債発行を完了。日本が見習わなくてはならない鮮やかな外交日程管理です。
英中蜜月を横目に「英国ばかりと仲良くしないで」と言わんばかりに、その直後、ドイツのメルケル首相が何と在任中8回目の訪中。
29日、李克強首相とメルケル首相はドイツに元建て金融商品を扱う国際取引所を開設することで合意。もちろん、海外では初の試みです。
上海証券取引所、中国金融先物取引所、ドイツ証券取引所が2億元(約38億円)を共同出資し、フランクフルトに「中国欧州国際取引所(CEINEX)」を創設。中国側が60%出資、200社程度の金融機関や機関投資家が参加する見通し。驚くべきことに11月18日に運営開始という迅速さ。独中当局が入念に準備してきた成果です。
中国はエアバス製航空機130機購入も決めたほか、独シーメンス等の製品(製造システム等)の大量導入も決定。「元の国際化」に協力したドイツの見返りも大きく、独中の思惑は合致。当然、ドイツも元のSDR基準通貨入りに反対するわけがありません。
英独は中国の掌中にあると言えます。このタイミングでの南シナ海での米中緊張。英独が何もコメントできないのは必然です。
こうした鮮やかな経済外交の背後で、中国はさらに周到な準備も進めていました。それは、金保有量の積み増しです。
中国は「元の国際化」を睨み、経済運営の透明性をアピールするために国家機密であった金保有量を7月から公表。その数字を見て驚きました。
今年8月末時点の各国(中央銀行)金保有量(トン)は、米国8133.5、ドイツ3381.0、イタリア2451.8、フランス2435.4、中国1693.6、ロシア1317.7、スイス1040.0、日本は第8位の765.2。
中国はその後も保有量を増やし、9月は15トン(約700億円相当)購入(9月末保有量は1709トン)。SDR基準通貨入りを目指して信用力を担保する金保有高を増やしているのです。公表された統計を見ると、2010年以降に650トンも購入しています。
国内鉱山からだけでなく、世界の金市場から購入。昨年以降、ロンドン金市場でも中国が存在感を高めているそうです。
中国は他にも手を打っています。国内銀行金利を10月24日に完全自由化。これもSDR基準通貨入りを展望した一環です。
また、8月の元切り下げ後、一転して元安定化に腐心。中国経済減速、元先安観が広がる中、李克強首相は9月の夏季ダボス会議で「元の持続的下落は国際化にマイナス」と発言。
こうした認識を受け、上海市場では10月15日以降、為替予約やオプション等の全為替デリバティブ(金融派生商品)を対象に20%の準備金積み立てを義務付け。
また、29日香港市場、30日上海市場で相次いで元買い介入。いずれも、SDR基準通貨入りを前にした元安定化が狙いです。
こうした努力が奏功し、11月下旬に予定されている5年に1度のSDR見直しで、IMFは元のSDR基準通貨入りを認めるでしょう。10月にペルーで開かれたIMF会議でも、英独が相次いで元のSDR基準通貨入り支持を表明。
中国人民銀行によると、4月末現在、各国が外貨準備として保有する元は世界の外貨準備の1%前後約の0.1兆ドル(約12兆円)。SDR基準通貨となれば、外貨準備の1割程度、1兆ドル(約120兆円)相当が元に切り替わるとの見方もあります。
さて、日本。国際情勢や他国の戦略分析に相変わらず疎くないでしょうか。孫子の兵法「謀攻編六」を噛みしめておきたいと思います。
「知彼知己百戦不殆不知彼而知己一勝一負不知彼不知己毎戦必敗」すなわち「故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦して殆(あやう)からず。彼を知らずして己を知れば、一勝(いっしょう)一負(いっぷ)す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し」。
現代語的に言えば「相手を知り己を知れば、百回戦っても負けることはない。己を知っていても相手を知らなければ、勝ったり負けたりする。相手も己も知らなければ、必ず負ける」。
国家間のかけひきの最終目的は何か。中国の意図、英独の意図は何か。そして米国は中国と何を話し合っているのか。その内容は全部日本に伝えられているのか(そんなはずはありません)。
日本の自己認識も改める必要があります。「日本は経済大国、貿易大国。中国の後塵を拝することなく、挽回の局面」という固定観念を抱く政治家や財界人も少なくないと思いますが、各国の輸出入に関するデータを紹介してメルマガを締め括ります。
日本にとって中国は、輸出で18.3%(米国18.6%に次ぐ)、輸入で22.3%の相手国。だからライバル意識を燃やしがちですが、中国からみると日本は、輸出6.8%、輸入8.3%と、いずれも1割に満たない相手国。
これに対し、中国にとって英独を中心とするEUは輸出の15.3%、輸入の11.3%を占める最大の相手国。米国も輸出の16.7%と欧州以上の割合を占める相手国。
米国にとっても中国は輸出16.6%、輸入17.1%の相手国。一方、日本は輸出4.1%、輸入6.1%に過ぎない相手国。
EUは域内貿易のウェイトが高く、米国、中国、日本とも相手国としての割合は限定的。米国はEUの輸出の6.3%、中国は輸入の6.3%を占めるに過ぎませんが、日本はもっと限定的。EUにとって日本は、輸出1.2%、輸入1.3%の相手国に過ぎません。
日本はそろそろ、中国と同じ土俵で対峙しようという固定観念から離れ、独自の認識と戦略で国を運営する方向に転換を図る時だと思います。
(了)