遅ればせながら、明けましておめでとうございます。年初から、サウジアラビアとイランの国交断絶、北朝鮮核実験、世界同時株安など、政治経済の動揺が続いています。今年も折々の時事問題等の深層をお伝えしていくOKマガジン。ご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
「ニュー・ノーマル」すなわち「新常態」。中国経済の現状を表現する最近のキーワード。2014年5月、習近平総書記の河南省視察時の発言が公式の初出と言われています。
曰く「中国は依然として重要な戦略的チャンス期にあり、自信を持ち、現在の経済発展段階の特徴を生かし、新常態に適応し、戦略的平常心を保つ必要がある」。
これを受けて「新常態」が世界に普及。高成長を期待できなくなった状況に対する懸念払拭のための造語。習近平総書記は成長率目標を7%から6.5%に引き下げました。
その後、習近平総書記は内外で特徴的な動きに出ています。対外的には「一帯一路」を打ち出し、南シナ海への海洋進出等の緊張を演出。
対内的には「腐敗撲滅」を打ち出し、「トラ退治、ハエ叩き、キツネ狩り」と称して汚職官僚や党幹部を粛清。その姿勢が国民に受け「毛沢東再来」とも言われています。
その背景に、反習近平「新四人組」とそれに連なる人脈の摘発・弾圧という動きがあることはメルマガ349号(昨年12月4日号)で説明したとおりです。
一見温和で好々爺を思わせる習近平総書記の風貌と対照的な内外への強硬姿勢。「新常態」と名打った経済低迷に対する不満のハケ口にもなっています。
「新常態」打ち出し後の1年間、株価(上海総合指数)が上伸。約2倍にハネ上がり、世界の株価の中で突出。その1年間は何が材料になっていたのか、改めて列挙してみます。
政府の景気対策、中国人民銀行(中央銀行)の3度の利下げ、金融不安(不良債権問題、金融機関の破綻懸念等)沈静化、外資流入期待(上海・香港市場の株式取引相互開放方針等が背景)、株需給タイト化期待(米大手投資ファンド等による上海総合指数組み入れ)、政府の口先介入(昨年3月、中国共産党機関紙である人民日報が「上海総合指数は年内に4000ポイント突破」との「お墨付き」報道)等々、枚挙に暇がありません。
ところが、昨年6月12日の5166.35ポイントをピークに暗転。以来、浮き沈みしつつ下落基調。一昨日(1月15日)終値は2900.97ポイント。ピーク比約44%下落です。
急落の契機は昨年6月上旬、株価高騰を警戒した政府が「場外配資」と呼ばれる株式投資向け融資規制に乗り出したこと。その後、株価急落で損失を被った投資家の自殺等が相次ぎ、市場センチメントは悪化。1990年代の日本のバブル崩壊後を彷彿とさせます。
新株発行凍結、証券会社と政府系ファンドによる株式買い支え、今年から導入されたサーキット・ブレーカー制度(5%以上変動で15分間取引停止、さらに7%以上変動で当該日取引停止)発動も奏功せず、軟調が継続。
昨年の株価ピークの頃、上海市場の信用買い残は過去1年間で4倍以上膨張して1兆元超。信用買い残はまだ大きく、今後も個人投資家にデレバレッジ効果を及ぼすでしょう。
中国株を対象とする投信から、昨年は一昨年の倍に当たる約170億ドルが流出。中国を最大の貿易相手とする韓国株の投信等からも資金流出が続いています。
「新常態」という表現がまさしく「新常態」となるか否か。今年の中国経済、引き続き世界を揺るがしそうです。
「ニュー・ノーマル」の一方で「ニュー・アブノーマル(新たな異常)」という造語も登場。2008年の金融危機(リーマン・ショック)発生を予想・的中させた何人かのエコノミスト・学者のひとり、ヌリエル・ルービニ氏の造語です。
ルービニ氏はトルコ生まれ、イタリア育ち。ハーバード大学で経済学博士号を取得後、IMF、FRB、世界銀行、米大統領経済諮問委員会(CEA)、米財務省等の研究員やアドバイザーを歴任。現在はニューヨーク大学教授です。
ルービニ氏が「ニュー・アブノーマル」と称する変化の契機は、昨年12月の米連邦準備制度理事会(FRB)による9年半ぶりの利上げ。リーマン・ショックから7年が経過し、米国は他国に先駆けて超金融緩和を転換しました。
米利上げは過去にも新興国の通貨危機を誘発。1994年メキシコ危機、97年アジア危機、いずれも米利上げが契機です。今回は昨年まで資源バブルを謳歌していた新興国危機。
昨年来の中東情勢混迷に年明け早々のサウジアラビアとイランの国交断絶。中東緊迫は原油価格高騰と相場が決まっていたものの、市況は逆に下落。市況対策で産油国が減産すると思いきや、その気配もなし。
その背景には様々な要因が影響しています。例えば、サウジアラビアの財政赤字。つい数年前まで世界有数の富裕国であったサウジアラビア。原油価格下落で歳入が目減り。IMFがサウジアラビアは5年以内に準備資産が枯渇すると警告する事態。
サウジアラビアは減産による市況回復を図らず、むしろ増産による収入確保に腐心。これでは需給が緩み、原油価格は下落するはずです。
イランやシリア、さらにはIS等の過激派組織も同様。収入確保のために増産、あるいは油田獲得のために紛争拡大。中東情勢は混迷の一途です。
そこに重なった年初来の世界同時株安。中国による原油を含む資源「爆買い」は一段と勢いを失い、資源需給緩和を助長。
因みに、2008年に1バレル147ドルをつけた原油価格は今や30ドル割れ。商品市況全体を示すCRB指数は13年ぶりの安値圏です。
これでは「新興国は高成長」というセオリーは崩壊。中国以外の新興国の平均成長率は年率2%を下回り、先進国以下。2000年代初頭以来の逆転現象です。
しかし、そもそもの市況下落の遠因は、米国のオイルシェール革命。サウジアラビアが米国と離反気味なのも頷けます。中東産油国や新興国の窮状は、周辺地域の地政学リスクも高めます。
リーマン・ショック後の世界経済。いち早い中国経済の回復と成長、日米欧の足並みを揃えた超金融緩和(日本は「超」の上をいく「異次元」)、資源バブルの恩恵による新興国成長を主因に、振り返れば2010年代前半は総じて安定的に推移したと言えます。
その構図に変化が生じ、従来のセオリーやパターンが通用しなくなったという意味で「ニュー・アブノーマル」。
米国が利上げで金融政策正常化に踏み出したのを横目に、欧州中央銀行(ECB)は正常化に躊躇気味、日銀は正常化どころか出口は五里霧中。
この構造から言えば、ドル買い円売り局面。しかも、サウジ・イラン断交で「有事のドル買い」と思いきや、為替市場は反応薄。現実には足許円高(円安修正)基調。
こんな「ニュー・アブノーマル」な状況を嫌気し、世界株価はダウンスパイラル。一昨日(15日)NYダウは390.97ドル安の15,988.08ドル。昨年来最安値圏内で、昨年ピーク比約13%下落。
翻って日本の株価。日経平均の昨年の高値(20,952.71円)は6月24日。上海総合指数のピークとほぼ同じ時期。一昨日(15日)終値は17,147.11円。昨年ピーク比約18%下落。
上海総合指数との対比で、NYダウ、日経平均とも、まだまだ下げ余地が大きく、来週以降も予断を抱けません。
中国「新常態」、米利上げ、新興国失速。トリプルパンチで幕を開けた2016年世界経済の「ニュー・アブノーマル」です。
ここ数年、「ユーラシア・グループ」というコンサルティング会社が公表する政治リスクに関する分析が関心を呼んでいます。
「ユーラシア・グループ」創設者は米国政治学者イアン・ブレマー氏。スタンフォード大学で政治学博士号取得後、1998年に同グループ創設。現在はコロンビア大学教授を兼務。
同社は国や地域の安定度を示す政治リスク指標「グローバル・ポリティカル・リスク・インデックス(GPRI)」を公表。各国の外交・市場・企業関係者等が注目しています。
毎年1月、同社は世界の10大リスクを発表。2011年には最大リスクとして「Gゼロ世界」という概念を提示。
主要国の利害調整の場がG7からG20へ移行。しかし、G20は実質的な問題解決能力がなく、国際社会のリーダーシップ不在の状況を「Gゼロ世界」と表現しました。
2013年には、「Gゼロ世界」において「JIBs(日本、イスラエル、英国)」を構造的な負け組と位置付け、政治リスクの第5位に「日本」をあげました。
2016年の10大リスクは興味深い内容です。第1位は「同盟空洞化」、第2位は「閉ざされた欧州」、第3位が「中国の占有スペース」。
中国の海洋進出等のリスクよりも、西側及び欧米諸国の同盟脆弱化のリスクの方が高いという見方です。
欧米の同盟関係は揺らいでいます。欧州諸国のAIIB(アジアインフラ投資銀行)への出資、中国原発の採用、中国元建て債券発行や元建て金融市場創設の動き等、その傾倒振りは「欧米」より「欧中」を選好している感があります。
もっとも、米国もAIIBに出資こそしていないものの、IMFや世界銀行の元幹部である米国人のAIIBへの協力を黙認。国際金融機関の運営ノウハウを提供するのと同義であり、中国にとっては出資よりも有益な話です。
南シナ海における米中緊張の一方で、昨年9月の習近平・オバマ会談で大型商談成立。米国も「日米」よりも「米中」に傾倒している印象を拭えません。
こうした「同盟空洞化」に楔を打ち込む動きが中国の「一帯一路」構想。太平洋を挟んだ日米主軸のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、大西洋を挟んだ欧米主軸のTTIP(包括的投資貿易協定)に対抗し、アジアと欧州を巻き込んだ中国主軸のユーラシア大陸「一帯一路」構想という力学です。
これもメルマガ349号の内容に関連しますが、「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国」はありません。「欧中」「米中」構造が静かに進行し、「気がついたら日本が取り残されていた」という展開が日本にとって最も滑稽で悲劇的。
米国は同盟国、英独仏等の欧州主要国は西側友好国。しかし、米国や欧州諸国が中国とどのような対話を行っているのか、どのような関係にあるのかを、日本は全て知らされているわけではありません。
昨年、米国当局が日本に対して盗聴活動を行っていたことが表面化。おそらく、今も続いているでしょう。他国に知らせたくないことは知らせない。他国もそうであることを前提に、他国の実情を内偵する。それが外交や通商の現実です。
サウジ・イラン断交、北朝鮮核実験、加えて世界同時株安。中東情勢や極東情勢、政治や経済の動きの背景で何が起きているのか。日本は固定観念やイメージ論に囚われず、徹底した情報収集と分析に努めるべきです。
2016年最大の政治リスクは「同盟空洞化」。そのことを肝に銘じて日本の舵取りをしなければなりません。根拠や裏付けが希薄な固定観念やイメージ論で判断や選択をすることは禁物です。
(了)