甘利大臣が辞職。50万円もらって背広のポケットに入れたのを「覚えていない」程度の記憶力では国際交渉役は覚束(おぼつき)ません。当然でしょう。来週から予算審議が本格化する中、このメルマガを書いている最中に日銀がマイナス金利導入との発表。大胆な政策と言うよりも、いよいよ切羽詰まってきた感じです。忙しくなりそうです。
国会では来週から予算審議が本格化しますが、予算関連の税制改正法案の中に看過できない問題がいくつもあります。
とりわけ問題なのは法人住民税(地方税)の一部国税化。これに伴い、法人住民税が潤沢な市町村(主に地方交付税不交付団体)の歳入が目減り。企業誘致や産業振興に腐心していた市町村は仰天です。
さらに、上記に伴い減収となる市町村への財源補填措置として、法人事業税(地方税)の一部を都道府県から市町村に交付する制度を創設。市町村には「これで文句ないだろう」と言わんばかりの国の姿勢です。
もっともらしい調整のように聞こえますが、市町村の法人住民税を召し上げたうえに、それを補填するために都道府県に穴埋めさせるという二重の暴挙。
市町村、都道府県、それぞれの自主性を極度に軽視した中央集権的発想。現政権が地域主権や地方分権に後ろ向きなのがよくわかります。
来年4月の消費税率再引き上げ(10%)に伴う市町村の消費税収増を見越した市町村間の歳入格差是正を企図した地方法人税(法人住民税、法人事業税)見直しという大義名分を唱えていますが、上意下達の地方軽視であることに変わりはありません。
上記の法人住民税一部国税化、法人事業税一部交付金化、地方消費税収増の結果、愛知県下の不交付団体13市町村(平成27年度)のうち、7市町村の歳入が差引マイナス。
とくに、豊田市は112億円(一般会計予算の6.3%)、みよし市は14億円(同5.5%)、幸田町は4億円(同2.9%)の減収。これでは予算編成に窮します。
日本経済を支える愛知県。その中核である西三河の主力市町村へのこの仕打ちには唖然とします。
総務省は今回の地方法人税見直しの市町村ごとの影響を十分に把握をしていなかった様子であり、これにも唖然。政府の弛緩ぶりには驚きます。
昨年秋、ドイツ・バイエルン州、スペイン・カタルーニャ州を訪問。いずれも両国の中で経済力が強く、独自性の強い地域です。
バイエルン州都はミュンヘン。BMWを筆頭に有力企業が多く、ドイツ経済を支えている地域。政治的にも独自性が強く、連邦からの独立志向が強い地域です。
カタルーニャ州都はバルセロナ。州の製造業比率は40%、国のGDP全体の20%を占める経済の中核地域。自治権が認められ、やはり独立志向が強い地域です。
昨年9月、英国スコットランドの独立を問う住民投票が話題になりました。21世紀は「文明の衝突」の時代と言われていますが、「地域の独立」という伏流も感じます。
地方法人税見直しに関する今回の政府の暴挙。日本経済を支える愛知県としては独立志向を高めざるを得ません。
スコットランド、バイエルン、カタルーニャに続いて、州都「アイチ」を擁するトウカイ(東海)州も、同様の位置づけの地域として自覚する必要があります。
税制に関する政府のもうひとつの暴挙は消費税の軽減税率導入。日本の税制はますます歪みます。税制は国の骨格。骨格が歪めば健康を害します。
最適課税理論に登場する「ラムゼイルール」。「個別財に対する税率はその財に対する需要の価格弾力性に反比例させるのが望ましい」という考え方。因みに「ラムゼイ」は英国の学者の名前です。
換言すれば、税収確保の観点からは課税しても需要の減らない生活必需品に高税率を適用し、価格弾力性が高い奢侈品に低税率を適用するのが望ましいという意味です。
「けしからん」と思う人が大半でしょう。同感です。しかし、税収確保の観点から言えば合理的。とは言え、低所得者と高所得者の間の公平性を阻害するため、低所得者対策が必要となります。
そこで登場するのが軽減税率(複数税率)。「ほら、いいじゃん。何か問題あるの」と言う人も少なくないと思いますが、問題大ありです。
政府は外食・酒類を除く食品と新聞を軽減税率の対象とする方針。新聞が対象とは「お笑い」以外の何物でもなく論外。以下、食品について整理します。
軽減税率の問題点は多岐にわたります。第1は線引き。どういう観点でどの商品に適用するのか。
高所得者しか購入できない高級食材が8%で、立ち食い蕎麦は10%か。高級陶器に入った食品は陶器ごと8%か。新幹線のワゴンサービスは10%か。事業用と家庭用の食品を同様に扱うのか。考え始めたら際限がありません。
第2は利権化。上記の線引き裁量権を有する官僚や政治家の権限が膨張。50万円もらって背広のポケットに入れても記憶に残らない汚職政治家や汚職官僚が増殖します。
第3は事業者の負担。複数税率対応が可能なレジシステム導入等のコストや事務(税務処理)負担が増大。
第4は免税事業者問題。現在は免税事業者からの仕入れについても仕入税額控除が可能ですが、これは免税事業者が取引から排除されないことに配慮した仕組み。
軽減税率導入に伴って「インボイス(税情報に関する送り状)」が使われ始めると、免税事業者からの仕入税額控除ができなくなるため、免税事業者つまり中小零細事業者が取引から排除される可能性が高まります。その対策として経過措置を設けるようですが、経過措置終了後は同じこと。
益税(免税事業者の消費税収)縮小には寄与しますが、悩ましい問題です。因みに、経過措置終了(2027年)後、約5000億円程度の増収(益税吐き出し)が見込まれます。
第5は最大かつ本質的な問題。そもそも食品に対する軽減税率は、低所得者対策(逆進性対策)という本来の目的に資するか否かということです。
支出に占める食品比率は低所得者の方が大きい(エンゲルの法則)という観点から軽減税率の正当性が主張されますが、それは間違いです。
なぜなら、食品は高所得者も購入するからです。しかも、食品への支出額は高所得者の方が大きく、軽減税率の恩恵をより大きく受けるのは高所得者。軽減税率は低所得者対策として有効ではなく、むしろ不公平を高めます。
軽減税率は補助金と同質。しかも、低所得者よりも高所得者により多く渡される補助金です。2009年、高所得者を除外しない定額補助金がバラマキと批判されました。しかし、高所得者ほどたくさん恩恵を受ける軽減税率はもっと酷いバラマキと言えるでしょう。
ではどうするのか。消費税率引き上げ後の低所得者対策として、三党(民・自・公)合意に基づく税制抜本改革法第7条には「総合合算制度」「複数税率(軽減税率)」「簡素な給付措置」の3つが明示されています。
上述のような軽減税率の様々な問題点を勘案すると、医療費や介護費の負担上限を制御する「総合合算制度」と低所得者に対して食品購入消費税相当分を還付する「給付つき税額控除(簡素な給付措置)」のセットが合理的でしょう。
もちろん、その場合でも、受給対象者の適正性把握(不正受給回避)等の問題は残ります。それでも、軽減税率よりはマシでしょう。
英国ノーベル経済学賞受賞者ジェームズ・マーリーズ博士を座長とするメンバーが作成した税制改革指針「マーリーズ・レビュー」。世界の税制専門家の参考書です。
同レビューは「単一税率の付加価値税を導入しつつ、低所得者対策は給付つき税額控除で対応するのが最も望ましい」と明言しています。
ほかにも問題はあります。とりわけ財源問題。そもそも財政健全化と社会保障財源確保のための消費税率引き上げ。そこに軽減税率を導入するのであれば、財政健全化と社会保障はどうするのでしょうか。
政府は当初、軽減税率導入で1兆円減収と説明。ところが、1月18日の予算委員会で安倍首相が国民1人当たりの年間軽減額を4800円程度と答弁。
この額に日本の全人口1億2千万人を乗じると約6000億円。減収額と4000億円も差が出ることを指摘され、安倍首相は立ち往生、審議中断。結局、この日は答弁できず、改めて統一見解を出すことになりました。
翌19日、麻生財務相は国民1人当たりの年間軽減額を8000円程度と修正、総額では約1兆円と強弁。その根拠も示さず、あまりのいい加減さに唖然とします。
また、安倍首相が「社会保障費は削減しない」という趣旨の答弁を繰り返す一方で、1兆円の財源として総合合算制度断念に伴う支出減(約4000億円)を当て込んでいるのも問題。
総合合算制度は低所得者の医療・介護費負担等に上限を設ける社会保障制度。それを断念するということは、社会保障費を削減することと同義。答弁と矛盾します。
問題点だらけの軽減税率。それでも賛成の人もいます。なぜでしょうか。その背景心理には、認知心理学や行動経済学の分野で登場する「アンカリング効果」が影響しています。
人間は絶対的水準で損得を判断するよりも、基準点(アンカー)からの差で損得を判断する潜在意識を有しています。
定価が安く値引きがない場合と、定価が高く値引きがある場合では、最終価格が同じでも後者の方が得したように感じます。定価という基準に引きずられて損得を感じます。
メルマガ303号(2014年1月6号)で取り上げた「認知バイアス」。その際は「正常化バイアス」を紹介しました。災害時等に、自分にとって都合の悪い情報に鈍感になり、根拠もなく「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」と事態を過小評価する心理的傾向を指します。
「アンカリング効果」も「認知バイアス」のひとつ。アンカーは「参照値」「係留点」とも呼ばれます。
もう少し例示します。TVショップ等で提示される「希望価格」とか「定価」。「今見ているあなただけに5割引き」「さらに、今から1時間以内なら8割引き」と聞くと「安い」と思ってしまうアレです。現実のマーケティングやビジネスでも多用されています。
軽減税率8%は単なる据え置き。「アンカー」の10%と比べて「安い」と思ってしまうのは人間の性(さが)でしょう。
さらに、軽減税率導入は財政健全化の観点からも大問題。政府が目指す2020年の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化。今月公表された試算では、軽減税率導入によって見通しは悪化。
しかも、この試算は実質2%以上の経済成長、大幅税収増を前提とするバラ色の試算。それでも当初見通しに比べ、財政状況は悪化します。
2016年度予算案の総額96.7兆円のうち税収は57.6兆円。不足分34.4兆円は国債に依存。長期債務残高は1035兆円に達し、対GDP比は205%。国際的に例を見ない異常な状況です。
この状況を改善するには、歳入増か歳出減。しかし、歳出は増加分のほとんどが社会保障費の自然増。大幅削減は容易でありません。
一方、歳入増のためには経済成長による自然増収か増税。成熟社会、人口減少社会となった日本。高成長を期待するのは自由ですが、アテにしてはいけません。
経済成長を期待しつつ、軽減税率を導入する施策は「ギャンブル」と同じ。経済成長しなかった時の責任はどうするのでしょうか。
ギャンブルは日本語では「賭博(とばく)」。「賭事(とじ)」と「博戯(ばくぎ)」を合わせた言葉です。
「賭事」は勝負事の結果に関与できないもの、「博戯」は勝負事の結果に関与できるもの。
例えば、競馬やボートレースにお金を賭けるのは「賭事」、自ら腕相撲や自動車チキンゲームをするのは「博戯」。
金融商品や相場も賭博性があります。そもそも保険は賭博から生まれた商品。事故に遭遇するという確率に金銭を賭けるものです。
株も含め、金融証券投資は基本的に「賭事」。結果に関与できないからです。意図的に良い結果を出すべく相場操縦する「仕手」は犯罪。「いかさま師」「ゴト師」の領域です。
さて、経済成長を唱えて三党合意を反古(ほご)にしてまで財政健全化努力を軽視する軽減税率導入は「賭事」か「博戯」か。
自己陶酔気味の某首相にそれを問えば、「景気は私が何とかする。現にこんなに良くなったじゃないですか」と絶叫するでしょう。つまり「博戯」の感覚です。
景気は企業、勤労者、家計の行動の結果。政策を講じる努力は必要ですが、自分1人で何とかできると考えるのは僭越。と、このメルマガを書いている最中に日銀がマイナス金利導入との発表。株価が急騰しています。
さて、首相も黒田日銀総裁も「賭事」のつもりでしょうか、「博戯」のつもりでしょうか。「賭事」とわかっていながら「博戯」であるかのごとく振る舞うのは「いかさま師」「ゴト師」の領域。「詐欺師」も同類です。
(了)