本日「民進党」の結党です。日本をさらに良い方向に、より健全な方向に進めるために、与野党間で切磋琢磨するべく今後も努力を続けます。国民生活の向上を目指して経済を好転させることは、与野党共通の目標です。但し、現状認識や方法論(政策手段)には違いがあります。
今月中旬から首相官邸で開催されている「国際金融経済分析会合」。5月のG7サミットを前に、首相が世界の経済情勢について内外有識者の意見を聞く会合だそうです。
ノーベル経済学賞受賞者のスティグリッツ教授(米コロンビア大)、クルーグマン教授(米ニューヨーク市立大)等、世界的な有識者が来訪。興味深い会合です。
但し、会合の運営要領は次のとおり。「会合は非公開とし(中略)議事要旨又は配布資料の全部又は一部を公表しないものとすることができる」「各参加者は自身の発言及び政府から公表された内容以外については対外的に言及しないものとする」。
したがって、下記の内容のうち、有識者の発言は報道ベース。公表された配布資料の記述は事実です。
とくに話題になっているのはスティグリッツ教授。報道によれば「消費増税は需要を増加させるものではない。現在は消費税率を上げる時期ではない」と明言。来年4月の消費税率10%への引き上げを見送るように提言したそうです。
予算委員会で首相は「会合で消費税の話題は出なかった」と答弁しましたが、報道が嘘なのか、答弁が嘘なのか。
同じく、予算委員会で首相は「アベノミクスには高い評価を得た」と答弁しましたが、公表資料の政府仮訳は次のようになっています(資料13頁)。
「量的緩和政策は不平等を拡大した。しかし、(もしあったとしても)投資の大幅な増加にはつながらず、金融市場の不完全性あるいは不合理性により、リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性」(政府仮訳原文ママ、以下同)。
アベノミクスの命綱は日銀による異次元緩和。スティグリッツ教授の資料の記述は辛辣です。答弁が嘘なのか、政府仮訳が間違っているのか。
15頁はもっと興味深いです。「機能しないもの、不十分なもの」として第1に金融政策。第2に貿易協定。第3に見当違いの供給サイドの施策として法人所得課税(つまり法人減税)を列挙。厳しい評価です。
2頁では「この緩慢な成長の果実は一部のトップ層に偏って分配されている。格差は拡大し、賃金の上昇は停滞」「公式には失業率が低いとされている国でさえ、雇用の質や覆い隠された失業には疑問符」と警鐘を鳴らしています。
会合後、スティグリッツ教授は記者団に「金融政策は限界に来ている」「首相は消費増税先送りを確実に検討するだろう」とコメント。
その直後から、首相のみならず政府・与党幹部から消費増税先送りを匂わせる発言が続出。大手新聞はこぞって追随。今や先送りは既成事実の感があります。
首相はこれまで「増税延期になるのはリーマン・ショックや大震災級の出来事が起きた場合」と説明してきましたが、最近では「世界経済の大幅な収縮」のケースにも言及。
おそらく、中国や資源国(新興国)の経済減速を背景に「世界経済の大幅な収縮」の「可能性がある」との理由で、サミット前後に増税先送りを決定するでしょう。サミットで「G7各国に説明する」あるいは「了解を得た」との演出です。
景気対策の必要性のお墨付きも得たとして、財政出動による補正予算を通常国会中に決定。夏の参議院選挙前に消費増税延期、補正予算編成を行い、選挙突入。なるほどです。
世界で最も信頼の高い経済学者のひとりが日本に捧げた提言。異次元緩和を柱とするアベノミクスの挑戦も早や3年4ヶ月。
その間、円安に伴う株価上昇をもたらしつつ、実質賃金は低下、消費支出も減少。弥縫策や選挙向けの思考を改め、そろそろ根本的に方針転換するべきでしょう。
スティグリッツ教授の発言の中で個人的に一番興味深かったのは「物価と失業の関係が変わった」という部分。
物価と失業率の関係と言えば、経済学部出身者にはお馴染みのフィリップス曲線。ここから先は少々専門的ですが、できる限り平易に説明してみます。
フィリップス曲線は物価上昇率と失業率の関係を示したグラフ。ニュージーランド生まれのフィリップス(1914年生、1975年没)が1958年の論文の中で発表しました。
フィリップスは酪農家の息子。若い頃はオーストラリアでワニのハンターや映画館のマネージャーを経験するなど、なかなかユニークな経歴の持ち主。
1937年、中国に渡るものの、日中戦争勃発を受けてソ連へ避難。1938年、英国に入国して電気工学を勉強。
第2次大戦が勃発すると英国空軍に入隊。シンガポールへ配属。日本軍の捕虜となり、インドネシアの収容所に3年半抑留。収容所で他の捕虜から中国語を学び、ラジオや湯沸し器を製作したという逸話が残っています。
戦後英国に戻り、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)で社会学を履修。収容所内の捕虜の組織化力に魅せられ、人間学的視点から社会学に傾倒。しかし、やがて社会学に飽き、当時隆盛を見せつつあったケインズ理論に関心を示し、経済学に転向。
1949年、まだ学生だったフィリップスは英国経済の動きを分析する水力式の「貨幣的国民所得自動計算機」(Monetary National Income Automatic Computer<MONIAC>)を開発。
タンクとパイプを通る水の流れが経済における貨幣の流通状況を表現。税率や利子率といった経済変数の相互作用を物理的に確認する画期的な初期コンピュータです。
MONIACが評判となり、フィリップスはLSEの教職を得て、1951年に補助講師、1958年に教授へ昇進。
フィリップスは失業率が高い年は賃金率が安定または下落し、失業率が低い年は賃金率が急上昇する傾向を発見。
この傾向はフィッシャー(1867年生、1947年没)によって確認されていましたが、1958年にフィリップスが論文として発表。以後、その関係をグラフ化したものがフィリップス曲線と呼ばれるようになりました。
縦軸を賃金率(または物価上昇率)、横軸を失業率として、両者の関係をグラフ化すると右下がりの曲線となります。それがフィリップス曲線です。
つまり、短期において「失業率を低下させようとすればインフレが発生」「インフレを抑制しようとすれば失業率が上昇」するという現象を表します。
しかし、今の日本は「失業率も低いがインフレは発生していない」状況。たしかに、スティグリッツ教授が指摘したように「物価と失業の関係が変わった」のかもしれません。
首相も日銀総裁も「完全雇用に近い状態」と再三強弁。「完全雇用状態」であれば常識的には「好景気」あるいは「景気過熱状態」。
ところが「完全雇用状態」であるにもかかわらず、インフレは発生せず、実質賃金は低下、消費支出は減少。様子が変です。だからスティグリッツ教授も心配しています。
論点はいろいろありますが、短期においては「失業率を低下させようとすればインフレが発生」「インフレを抑制しようとすれば失業率が上昇」するというフィリップス曲線の示唆に着目してください。
必ずしも「インフレにすれば失業を減らせる」あるいは「インフレにすれば好景気になり、賃金が上がり、消費支出が伸びる」とはなっていません。逆は必ずしも真ならず。この辺りにヒントがありそうです。
日銀はデフレ脱却のために異次元緩和を強行。とうとうマイナス金利にまで手を染めました。年率2%のインフレ実現のためです。
2%のインフレを実現すれば、失業が減り、好景気になり、賃金が上がり、消費支出が伸びることをフォリップス曲線が証明しているわけではありません。
フィリップス曲線の形状からすれば「そうなるはず」と日銀総裁が異次元緩和を強行。しかし、そうはならないうえに、冷静に考えれば理論的根拠はありません。
フリードマン(1912年生、2006年没)はフィリップス曲線に期待(予想)概念を導入し、インフレ率と関係なく長期的には一定の「自然失業率」に収斂すると主張。
そのため、フリードマンを中心とするマネタリズム学派は長期のフィリップス曲線は垂直と想定。フリードマンに影響を受けた経済学者(主に新古典派)たちは、財政政策や金融政策を裁量的に行うことは逆に経済を不安定化すると主張。
トービン(1918年生、2002年没)、アカロフ、さらに首相官邸を訪問した上述のクルーグマン教授などは、低インフレからデフレ領域においても長期のフィリップス曲線は右下がりとなると主張。つまり、デフレ下でも失業率は低くなるということ。まさしく今の状況です。
難解なことは何回聞いても難解(笑)。駄洒落を言っている場合ではありません。日本の過去のフィリップス曲線はバブル崩壊前後、つまり1990年頃を境にその形状が異なります。
バブル崩壊前のフィリップス曲線は垂直に近い(スティープな)形状でした。つまり、常に低失業率。
その最大の理由は、インフレ率が高かったために、景気や企業収益が悪化しても、労働者を解雇することなく、賃金上昇率を減速させる(インフレ率よりも低くする)ことで実質賃金を低下させて調整していたからです。
もうひとつの要因は、女性労働者を中心に不況期に職探しを諦めて非労働力化する傾向(就業意欲喪失効果)が大きかったこと。つまり、不況期には新規に労働力化する人数が減少(非労働力化する人数が増加)していたためです。
ところが、バブル崩壊後のフィリップス曲線は水平に近い(フラットな)形状に転化。
この時期、インフレ率が低下(デフレ化)し、賃金上昇率を減速させることで実質賃金を低下させることが困難になる一方、名目賃金の下方硬直性が顕現化(賃下げが困難化)し、解雇に踏み切らざるを得なくなったからです。
また、夫の所得低下を受けて妻が労働供給を増やす(働きに出る)傾向が定着。かつての不況期に比べて就業意欲喪失効果が弱まり、失業率上昇を抑制できなくなりました。
さらに、就業意欲喪失効果は既婚者に顕著であることから、晩婚化によって労働市場全体の就業意欲喪失効果も基調的に減退しています。
最近のフィリップス曲線の形状は今後の検証課題ですが、現象としては以下のような事態が生じています。国会やマスコミでもよく取り上げられています。
失業率は低いものの、パート比率、非正規比率が急上昇。職はあっても、所得が低い労働者が増加。そのため、消費支出は減少。
企業は海外需要増等に応じて生産を増やしているのではなく、価格競争の観点から、低賃金のパートや非正規労働を増加。結果的に失業率が低下。
その結果、首相も日銀総裁も「完全雇用状態」を喧伝。一方、大半の国民に好景気の実感なし。消費支出は低迷。
そんな中、日銀総裁は「インフレにすれば失業は減る、景気は良くなる」というフィリップス曲線が論証していない論理で異次元緩和を強化。名目賃金が上昇していないため、わずかなプラスのインフレ率が実質賃金を低下させ、さらに消費支出を下押し。
おまけに、子育て(出産、保育)、教育、介護等の諸施策が脆弱なため、現役世代の負担感は増加。老後不安を抱く中高年層も倹約ムード。消費支出はますます鈍化。
フィリップス曲線と類似した経済理論に「オークンの法則」というものがあります。提唱者である米国の経済学者オークン(1928年生、1980年没)に因んだ命名です。
曰く「一国の産出量と失業の間には負の相関関係がある」。つまり「GDP(国内総生産)が増えれば失業が減る」ということ。
ここで閃きました。GDPが大して増えていないのに首相や日銀総裁が「完全雇用状態」を喧伝している日本の現実から「産出量と賃金の間には正の相関関係がなければならない」という法則を着想。
産出量が増えて失業が減る、つまり労働需給がタイトになれば、賃金が上昇するのが経済の摂理。賃金上昇が結果的に消費支出増加、景気過熱感を実現します。
そうならない原因は、労働力を労働賃金に置き換えて考えると理解できます。すなわち、「人」はパートや非正規で増やしても、払う「金」は増やさない。
上記1.で紹介したスティグリッツ教授の「公式には失業率が低いとされている国でさえ、雇用の質や覆い隠された失業には疑問符」という警鐘の部分です。
フィリップス曲線を曲解し、「オークンの法則」に反して「完全雇用状態」でも景気過熱感を実現できないアベノミクス。
この際「産出量と賃金の間には正の相関関係がなければならない」という法則を「オオツカの法則」と命名させていただき、政府・日銀・財界関係者に、日本経済好転の要諦として提言させていただきます。
(了)