6月1日は今国会の会期末。来週の今頃は7月10日が衆参ダブル選挙になるか否かが決まっているでしょう。ついでに、舛添東京都知事の辞職も決まっているかもしれません。その場合は、都知事選も加えてトリプル選挙です。
フランスのクーベルタン男爵(1863年生、1937年没)が提唱したオリンピック。ゼウスの神殿のあったオリンポスで古代競技会が開催されていたことに由来して命名されました。
第1回は1896年アテネ大会(以下、「大会」は省略)。1900年パリ、1904年セントルイスまでは同時開催の万博の余興的存在。1908年ロンドン、1912年ストックホルムの頃から体制が整い始めたそうです。冬季大会の第1回は1924年シャモニー(フランス)。
1988年ソウル以降、オリンピック終了後、パラリンピックも開催。1994年リレハンメル以降、4で割り切れる年の夏季大会、中間年の冬季大会の交互開催が定着しました。
開催都市は北半球が大半。南半球での夏季大会は1956年メルボルン、2000年シドニー、2016年リオデジャネイロの3回。冬季大会は開催実績がありません。
南半球は開催可能な経済力を有する国が少ないこと、降雪量が少なく、ウィンタースポーツの設備が十分でないことなどが影響しています。
アジア開催は、夏季が1964年東京、1988年ソウル、2008年北京、2020年東京の4回。冬季は1972年札幌、1998年長野、2018年平昌、2022年北京の4回。北京は夏季冬季両方を開催する初めての都市になります。
中南米開催(夏季)は、1968年メキシコシティー、2016年リオデジャネイロの2回。南アフリカが候補に挙がったことはありますが、アフリカでは未開催。
この間、歴史の波に翻弄されています。第1次大戦の影響で1916年ベルリンが中止。1936年ベルリンでは、ナチスが国威発揚に利用。聖火リレーが始まったのもこの時です。
第2次大戦の影響で2度流会した後、1948年ロンドンで再開。敗戦国のドイツと日本は招待されませんでした。
1952年ヘルシンキにソ連が初参加。東西冷戦の影響から、米ソのメダル争いが過熱。中国と台湾、東西ドイツ、韓国と北朝鮮等の対立も競技を過熱させました。
1968年メキシコは黒人差別反対運動の場となり、1972年ミュンヘンではアラブゲリラによるイスラエル選手に対するテロ事件が発生。
1976年モントリオールでは、ニュージーランドのラグビーチームが南アフリカに遠征したことに反発し、アフリカ諸国22ヶ国がボイコット。
1980年モスクワでは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して米国・西ドイツ・日本等の西側諸国がボイコット。1984年ロサンゼルスでは東欧諸国が報復ボイコット。
冷戦終結後の1996年アトランタでもオリンピック公園を標的としたテロが発生。2008年北京では貧富の格差を放置しての開催に反対するデモが頻発。
2014年ソチでは、ロシアの「ゲイ・プロパガンダ禁止法」に抗議して、米国・ドイツ・フランス等の欧米諸国首脳が開会式欠席。
大会規模の巨大化に伴い、開催国の財政負担も増大。1976年モントリオールでは大幅な赤字発生。以後、立候補都市が減少しました。
1984年ロサンゼルスの大会組織委員長ユベロス氏がオリンピックのショービジネス化を推進。スポンサーを「1業種1社」に絞り、スポンサー料を吊り上げ、黒字を達成。
国際オリンピック委員会(IOC)委員長にサマランチ氏が就任後、商業主義が加速。利権の温床となり、放映権の高騰、IOC委員へ賄賂提供等、問題が深刻化しました。
現在のIOCの収入構造は、47%が世界各国での放映権料、45%が「ワールドワイド・パートナーまたはTOP(The Olympic Programme)」と呼ばれるスポンサーからの協賛金です。
クーベルタン男爵の強い勧めによって、日本は1912年ストックホルムに初参加。1928年アムステルダムから女子選手も参加。1940年東京(夏季)、1940年札幌(冬季)招致に成功したものの、日中戦争激化の影響下、自ら開催権を返上。
戦後、1960年開催に立候補するも、わずか4票で落選。1964年東京(夏季)、1972年札幌(冬季)、1998年長野(冬季)招致に成功する一方、夏季は1988年名古屋、2008年大阪、2016年東京招致に失敗。2020年東京は、通算10回目の招致挑戦でした。
ところで、スクープ報道で知られる某月刊誌が2月に「東京五輪招致で電通買収疑惑」と報じました。
それから3ヶ月、5月11日に英紙「ガーディアン」も招致委員会(以下、招致委)が裏金(賄賂)を関係者に渡していたと報道。月刊誌も英紙も同じ英国人記者の記名記事です。
東京開催決定は2013年9月。その前後の7月と10月、招致委がシンガポールのブラックタイディングズ社(BT社)に約2億2300万円を送金。これが開催地決定の票買収の賄賂だったとの指摘です。
5月12日、フランス検察当局がこの事実を追認し、BT社は国際陸上競技連盟(IAAF)前会長ラミン・ディアク氏、パパマッサタ・ディアク氏親子に関係するとの声明を発表。
ディアク親子は五輪開催地選考に強い影響力を持ち、IOC委員を兼任していたラミン氏は「アフリカ票」のとりまとめ役。つまり、ラミン氏に働きかけるためにBT社に資金提供したという構図です。
フランス検察当局の声明を受け、BBC、CNN等の海外主要メディアが続々と疑惑を報道。シンガポール現地紙によると、BT社登録地は集合住宅内。BT社代表(イアン・タン・トン・ハン氏)の母親を名乗る女性が居住。BT社は2014年7月に廃業。資金洗浄(マネーロンダリング)目的のペーパーカンパニーだったと報じています。
英紙等によると、ハン氏は日本の電通と関係が深く、上記の資金授受に介在したのも大会組織委員会理事である電通元専務と報じられています。
5月13日、竹田恒和日本オリンピック委員会(JOC)会長(招致委理事長を兼任)が、本件に関して「資金はコンサルタント料」「賄賂等の不正はなかった」と釈明。
5月16日、国会に参考人招致された竹田氏は「正式な業務の対価」「票獲得に欠かせなかった」「BT社から売り込みがあった」「BT社は電通に紹介された」という趣旨の発言。要するに、事実関係を認めたということです。
一方、竹田氏は、BT社がディアク親子と関係が深いこと、ペーパーカンパニーであることは「知らなかった」と弁明。竹田氏の発言は信じ難いですが、招致委にBT社を紹介した電通はこの事実を知っていたと考えるのが普通です。
竹田氏は「支払いは公認会計士の監査・指導を受けた」「送金先について詳細は承知していない」「事務局が必要と判断した」「招致活動はフェアに行われたと確信する」と抗弁。
しかし、「詳細は承知していない」のならば、なぜ招致活動がフェアであったと「確信する」ことができるのか。論理矛盾した発言です。
2億2300万円のコンサルタント料でどのようなコンサルティングを受けたのか、説明と証拠提示が必要です。監査法人の関与は不正否定の根拠にはなりません。
さらに深刻な問題は、日本のマスコミがこの事件を詳細に報道しようとしないこと。その理由は「マスコミが電通に頭が上がらないから」と言われています。
今年1月、朝日・毎日・読売・日経の全国4紙はJOCと15億円の「オフィシャルパートナー契約」を締結。その仲介はもちろん電通。及び腰の背景が透けて見えます。
五輪エンブレム盗用問題、白紙撤回となった新国立競技場のザハ・ハディド氏案を巡っても電通が関与。開閉屋根式の競技場にこだわったのは、電通がコンサート会場への転用を計画していたからとの情報もあります。
菅官房長官は記者会見で「フランス検察当局の開示した事実を政府として把握に努める」と述べるのみ。本来であれば、第三者か政府による独自調査が必要ですが、ヤル気なし。
五輪規則では招致を巡る不正行為を禁止していますので、賄賂が事実であれば、開催辞退という展開も否定できません。
英国「デイリー・ミラー紙」は五輪招致で東京に敗れたトルコ(イスタンブール)オリンピック委員会のアクソイ副事務総長のコメントを報道。
曰く「不正が認定された場合、東京の開催権を剥奪すべき。敗退したイスタンブールとマドリードの代替開催は間に合わないので、ロンドンで開催すべき」と言及しています。
1970年開催が決まっていた米国デンバーでは、地元住民の反対運動から1972年10月の住民投票で開催返上が決定。1973年2月、インスブルックに開催地が変更されました。1940年東京も日中戦争激化の影響で開催返上。「幻の東京オリンピック」と言われました。
それにしても、なぜ五輪を開催したいのでしょうか。経済効果が目的とも言われますが、本当に経済効果はあるのでしょうか。
インフラ整備の遅れている新興国であれば理解できます。高速道路や新幹線を整備した1964年東京はその典型例。しかし、先進国での経済効果は期待薄。インフラ整備は進んでおり、新興国ほど投資は伸びず、経済規模も大きいのでプラス効果もわずか。
東京都の試算では、2020年東京の経済的な直接効果は1兆2200億円、波及効果は2兆9600億円。直接効果の対GDP(国内総生産<約500兆円>)比はわずか0.24%。ほとんどゼロと言っても過言ではありません。
逆に大会後の「オリンピック不況」が懸念されます。公共投資、それに付随した民間投資、民間消費が落ち込むためです。観光客増も大会中のわずかな期間。
2008年北京の場合、前年に14%を超えた経済成長率が開催年と翌年は9%台に鈍化。1988年ソウル以降の夏季6大会で、開催年より翌年が上昇したのは1例だけです。
一方、莫大な費用が重荷になります。1976年モントリオールは大幅な赤字を出し、2006年までの30年間、特別税を徴収して債務を償還しました。
大量失業と債務危機に直面していた中での1992年バルセロナでは、オリンピックは「飢えの競技会」だと酷評されました。
2004年アテネは施設建設費等を国債で賄ったことが、2010年のギリシャ危機、財政破綻につながりました。ユーロを導入したことで、簡単に借金できたことも一因です。
こうした懸念に対し、東京都の招致決定前の説明では「既存施設を改装して活用」「運営費はチケット収入やIOC予算等で賄い、税金は使わない」としていましたが、決定後の費用見積もりは急膨張。
意外にも、五輪開催の経済効果に関する専門家の定説は「招致決定都市より、最終候補都市(次点都市)の方が良い経済効果が得られる」ということです。
五輪開催の経済効果を研究テーマとしているビリングズ教授(ノースカロライナ大学)、ローズ教授(カリフォルニア大学)、マセソン教授(ホーリークロス大学)、ジンバリスト教授(スミス大学)等の分析によって、いくつかの特徴が明らかになっています。
共通するのは、最終選考まで残った都市は既に勝者との結論。最終選考に残るための先行公共投資等が奏効する一方、実際に開催するための費用負担を回避できるためです。
1950年から2006年までの五輪開催地となった国々を分析した結果、選考過程の対策として行った貿易や為替取引の自由化等の効果によって貿易量が30%増加したそうです。
五輪は非常に費用がかかるイベントであり、開催都市が費用を埋め合わせるだけの経済効果は得られないとの評価で一致。
将来の維持管理を要する施設建設費用が嵩み、開催が近づくと例外なく追加費用が発生。また、9.11後、警備費用が膨張。1984年ロサンゼルスのように黒字になる五輪開催は難しいとしています。
さらに、五輪招致に成功する都市とは、特別な利益を追求する不透明な利害関係者の結束の強い都市であるとの警鐘を鳴らしています。
招致を勝ち取るのは、建設会社、広告代理店、競技団体等、多くの利害関係者が招致決定に向けて努力する都市。今回の賄賂騒動を鑑みると、もっともな指摘です。
2020年東京が日本の財政に与える影響も注視が必要です。東京圏以外でも、観光客を当て込んだ諸事業が活発化し、各地でインフラ整備等が加速するでしょう。
1964年東京の際も、翌年の「昭和40年不況」対策で戦後初の国債発行に至りました。たしかにインフラ整備は進みましたが、日本の財政悪化の端緒だという指摘もあります。
オリンポスの主、ゼウスは宇宙や天候を支配する天空神。強力なケラウノス(雷霆<らいてい>)を武器とし、ゼウスがケラウノスを使うと世界を一撃で破壊します。
オリンポスで4年に1度開催される古代競技会はゼウスを讃える大祭。開催期間中、戦士は戦争を止め、競技会に参加するためにオリンポスに向かい、「不正を決して行わない」という宣誓「ゼウス・ホルキオス(誓いのゼウス)」を捧げ、競技に参加したそうです。
ゼウスは弱者の守護神、正義と慈悲の神、悪者を罰する神。不正を行った者には容赦のない荒ぶる神。経済効果試算や招致活動に不正がなかったことを祈ります。
(了)