政治経済レポート:OKマガジン(Vol.362)2016.6.25

英国国民投票でEU(欧州連合)離脱派が勝利。世界の金融市場は週明けも不安定な展開になるでしょう。EU残留を希望するスコットランドの英国からの独立運動が現実化すると、混乱に拍車がかかります。もともと世界一深刻な問題を抱えている日本経済。今年後半は日本経済の正念場です。専門家のひとりとして、しっかり仕事します。


1.ホバリング

キャメロン英国首相が辞意を表明。オバマ大統領も残り任期は半年。主要国指導者の顔ぶれが変わり、国家間の力学も変化が予想されます。

サミットで来日したオバマ大統領は、移動に大統領専用機(エアフォースワン)のほか、オスプレイに先導された大統領専用ヘリコプター(マリーンワン)を使用しました。

ヘリコプターはメインローターと呼ばれる回転翼で揚力を発生させる飛行体。ギリシャ語の螺旋(へリックス)と翼(プロテン)の合成語です。

ヘリコプター的な飛行体の研究起源は紀元前、中国の竹トンボまで遡ります。15世紀にはレオナルド・ダ・ヴィンチが有名なヘリコプター図案を作成。

18世紀以降、複数の研究家が模型や試作機を製作しましたが、完成に至らず。トーマス・エジソンも挑戦したそうですが、爆発事故を起こして断念。実際にパイロットを乗せて浮上したのは20世紀に入ってからです。

1901年、ドイツのヘルマン・ガンズヴィントが15秒間の浮上に成功。その後、フランスやオーストリア=ハンガリー帝国の研究家が相次いでホバリング(空中停止)に成功したものの、飛行可能な最初のヘリコプターは1937年、やはりドイツのハインリッヒ・フォッケによって開発されました。

1939年、ロシアから米国に亡命したイゴーリ・シコルスキーも開発に成功し、第2次大戦末期、米軍が実戦に投入。

しかし、レシプロエンジン(内燃式のピストンエンジン)では十分な垂直離着陸やホバリング性能を得ることができず、本格的な実用化は推力重量比(重量当たりの出力)の大きいガスタービンエンジンが登場した1950年代以降です。

ヘリコプターは垂直離着陸、ホバリング、超低空地形追従飛行などが可能な反面、低速で航続距離が短いのが欠点。一方、その逆の特性を有する通常の固定翼機(航空機)は、長い滑走路が必要という致命的欠点を抱えています。

両者の長所を融合した飛行体が実用化されれば、軍事戦略上、非常に有用であることは明々白々。そのため、第2次大戦直後から米軍が本格開発に着手。

紆余曲折を経つつ、1985年、新たな開発機体の名称を「オスプレイ」と決定。日本語では、鷹目猛禽類である「ミサゴ」を意味します。

開発は難航を極め、計画中止や事故を繰り返しつつ、2000年代に実用化、実戦配備が始まり、今日に至っています。

固定翼機としての垂直離着陸機はオスプレイより早く実用化されました。英国のホーカー・シドレー社が開発した「ハリアー」です。初飛行は1960年。

因みに「ハリアー」は小型猛禽類「チュウヒ」のこと。前身の実験機「ケストレル」は同じく小型猛禽類の「チョウゲンボウ」。これらの鳥は、向かい風の中でホバリングすることが可能なため、愛称として採用されています。

2.財政ファイナンス

今回のメルマガは何の話題かとご心配の皆さん、テーマはヘリコプターです。最近、経済の分野でもヘリコプターが話題になっています。その名も「ヘリコプター・マネー」。

米国経済学者ミルトン・フリードマンが著書「貨幣の悪戯」の中で用いた用語です。上空にホバリングするヘリコプターから現金をばらまくように、中央銀行や政府が対価なしで大量の通貨(紙幣、貨幣)を世の中に供給する政策を指します。

FRB(米連邦準備制度理事会)前議長のベン・バーナンキはヘリコプター・マネーに対して肯定的な考えを示し、「ヘリコプター・ベン」の異名がつきました。

リーマン・ショック後の対策として、バーナンキは大規模な量的緩和を行ったものの、ヘリコプター・マネーには踏み切らず、FRB議長を退任。

後任のジャネット・イエレン議長は極端な金融緩和やヘリコプター・マネーは指向せず、出口戦略を模索。言わば、ヘリコプターを軟着陸させようとしています。

推奨者ですら自らは採用しなかったヘリコプター・マネー。日本で話題になっているのはなぜでしょうか。

そうでもしないと、もはや日本のデフレ脱却、財政再建、経済再生はできないという切迫感に起因する論調です。しかし、昨今のヘリコプター・マネー論は、かなりその内容が混沌としています。

単純なヘリコプター・マネー論では、中央銀行が対価なしで紙幣を発行したり、政府が政府紙幣を直接発行するケースが想定されています。

一方、現在日本で懸念されているヘリコプター・マネーは、デフレ脱却のための金融緩和を隠れ蓑にした財政ファイナンス(マネタイゼーション)です。

6月7日・8日の経済教室(日本経済新聞)で、アデア・ターナー元FSA(英国金融サービス庁)長官、池尾和人慶大教授が次のように定義しています。

ターナー氏曰く、中央銀行が紙幣を増発して将来の財政赤字を直接ファイナンスするか、中央銀行が既発債を買い入れ、バランスシート上に無利子永久債として計上し、事実上消却すること。

池尾氏曰く、国債発行でファイナンス(資金繰り)された財政出動ではなく、中央銀行信用(現金と準備預金の合計であるベースマネー)でファイナンスされた財政出動のこと。

単純なものから、ターナー氏、池尾氏が定義したものまで、ヘリコプター・マネーにはいろいろな形態があります(バリエーションがあるということです)。

いずれにしても、現在の日本で現実化しつつあるのが、日銀が大量に購入・保有している国債を、永久債化するなどの対応により、日銀が消却する(政府に返済を求めない)こと。

日銀が国債を大量に購入・保有している表向きの理由はデフレ脱却のため。黒田総裁は、質・量・金利の3次元緩和と称してマイナス金利政策も行っていますので、国債金利もマイナス。

国債を発行して借金した政府が、購入相手から金利を受け取るという異常な事態。政府はドンドン国債を発行しますが、これまで主たる購入先であった銀行等は本音ではもう買いたくありません。

だから、東京三菱UFJ銀行が国債プライマリーディーラーの資格を返上する(義務的購入を止める)ような事態に発展しました。

そこで、代わりに日銀が国債を大量購入。つまり、政府が国債を発行すると、日銀が事実上それを引き受け、政府の資金繰りをつけます。これが財政ファイナンスです。

3.アルバトロス

デフレ脱却のために金融緩和を徹底して行う、そのための日銀による国債購入だと聞けば、何やらもっともらしいですが、日本経済を鳥瞰(ちょうかん)すると、一体何が起きているのでしょうか。

鳥瞰は、鳥が空から見おろすように、高い所から広い範囲を見おろすこと。転じて、全体を大きく見渡すこと。俯瞰(ふかん)とも言います。

鳥瞰は「鳥の目」。経済学で言えばマクロの視点です。では、ミクロの視点を表す表現は何かと言えば「虫の目」。

「虫の目」は複眼です。個体や事象に接近して、さまざまな角度から物事を見るということです。

もうひとつの目もあります。「魚(さかな)の目」です。魚、とくに回遊魚等の硬骨魚類は、非常に早いスピードで泳ぐため、遠方を見る必要があり、水晶体を後方に動かして視点を調整し、潮の流れや干満、水温、獲物や危険を感知しながら進路を選択します。

膨大な数の個体を含む魚群が、猛スピードで上下左右、時に逆向きに急転回する水中映像には驚かされます。

こうした魚の特性から、「魚の目」は流れを読む、先を読むという比喩で使われることがあります。

ヘリコプターから見える景色は「鳥の目」から見る下界。遠目にはヘリコプター・マネーでデフレ脱却、財政再建、経済再生につながるように思えても、「虫の目」で地上を見ると別世界です。

賃金が物価と同じペース以上のスピードで上昇しないと、結局、国民という「虫」は貧乏になって購買力を失い、デフレ脱却に逆行します。

過去債務を帳消しにし、財源調達を容易にすれば、政府という「虫」は一層放漫になり、結果的に財政再建に逆行します。

日銀の信用が失墜すれば、通貨暴落、物価高騰、金利高騰につながりかねず、そうなれば企業という「虫」はパニック状態です。

それでも、先を見通す「魚の目」の観点から、中長期的に良い結果をもたらすのであれば、一時の混乱も甘受すべきという主張もあるでしょうが、それは誰も保障できません。

いずれにしても、ヘリコプターである日銀自身が墜落しては元も子もありません。しかし、何やら操縦が危なっかしいと思う人が増えています。

メインローターの回転反動で機体に逆回転力(逆トルク)がかかるため、機体を安定させるテールローター(逆回転方向の動きを止めて安定化させるための空気流を生み出す後部ローター)が必要です。

テールローターがないと機体がグルグル回転し、墜落します。最近は合議によって政策の安定性を担う日銀審議委員の人事を恣意的に行っているため、日銀にはもはやテールローターがない状態です。

ダウンウォッシュ(垂直揚力による下降気流)が巻き上げる砂塵で視界が遮られる「ブラウンアウト」によって、パイロットが空間識失調を起こすことも度々です。自画自賛、イエスマンの情報しか耳に入らない現在の日銀パイロットはブラウンアウト状態。

日銀政策決定会合の直前は「ブラックアウト」と称して、幹部発言やマスコミ取材ができないルールになっていますが、日銀パイロットは「ブラウンアウト」。

この際、日銀ヘリコプターにも鳥の愛称、アルバトロスを進呈しましょう。ホバリングは得意です。

孤島で繁殖したため、警戒心が育たなかったアルバトロス。仲間が捕獲されても逃げず、簡単に捕獲されるため、絶滅の危機に瀕しました。

こうした特性から、愛嬌のある顔立ちながら、何故か日本名「アホウドリ(阿呆鳥)」という不名誉な名前を付けられてしまいました。ブラウンアウトのアルバトロス。軟着陸に失敗して、自ら岩礁に激突しないことを祈ります。

異常な金融緩和に依存することはもう止めて、産業政策や人材育成策を地道に行うべきです。しかし、黒田総裁が異常に増やしてしまったベースマネーや日銀保有国債は、もはや短期間で元に戻したり、減らしたりすることは不可能です。

善後策を、次期国会でしっかり議論したいと思います。

(了)


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