政治経済レポート:OKマガジン(Vol.365)2016.8.9

広島、長崎の被爆者、全ての戦没者、戦争犠牲者に哀悼の意を表します。天皇陛下が生前退位を言外に求められるお気持ちを述べられました。厚労副大臣時代に御所で天皇・皇后両陛下に東日本大震災に関するご進講を長時間させていただき、両陛下の国民を思う慈愛の深さに感銘したことが昨日のことのように思い出されます。陛下のお気持ちを深く受け止め、国会として適切に対応しなければなりません。


1.上海MWC

最近の中国共産党総書記は10年(2期)交代が慣行。来年秋の第19回党大会で習近平総書記の後継者が事実上決まるはずですが、事態は不透明。

習近平総書記就任時の権力闘争の余波が収まっていないうえ、習近平総書記自身も慣行を破って3期目続投を模索しているとの観測も絶えません。

毎年夏に中国共産党幹部が集結し、党と国家の運営方針を内々協議する「北戴河(ほくたいが)会議」が始まっており、虚々実々の駆け引きが行われているでしょう。

こうした動きの深層については、毎年恒例の年初のセミナーで詳述しましたほか、過去の複数のメルマガ(342号<2015年8月27日>等)でも解説しています。ご興味がある方は、ホームページでバックナンバーをご覧ください。

因みに「北戴河」は北京から車で約3時間の避暑地。毛沢東時代から夏に党幹部や長老が集結する慣行が続いています。中国メディアは「北戴河会議」のことは一切報道しません。

こうした中で、中国の日本に対する示威行為(尖閣諸島での領海侵犯、ガス田へのレーダー設置等)が先鋭化。政府は中国に抗議の姿勢を示す一方、日本国内への中国人受入れには寛容です。

観光客のみならず、今や定住外国人の最多も中国人。不動産や企業も条件次第で中国人に売却。矛盾と屈折に満ちています。政治と経済は別ということでしょう。

もっとも、中国も政治の混迷を横目に経済は別次元の動き。「政経分離」が中国の特徴。土地や株のバブル崩壊、不良債権問題はあるものの、13億人市場の経済成長は継続。成長率鈍化が不安視されつつも、良くも悪くも、世界経済に強烈な影響を与えます。

様々な産業分野のビジネスショー等も、アジア開催は日本から中国にシフト。残念ながら、それが現実です。

6月末から7月初めにかけて上海で開催された「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」もそのひとつ。世界最大級の携帯電話関連の展示会。世界中の通信キャリア、端末メーカー、コンテンツ企業、スタートアップ(ベンチャー)企業等が集結する一大イベントです。

GSM(Global System for Mobile Communications)方式のモバイル通信システムを採用する企業が中心的に参加。

GMSとは1993年に英国で利用開始された通信規格。欧州各国での携帯電話相互乗り入れを企図して標準化され、その後、欧州以外にも普及。現在では、米国、中国を含む世界のほぼ全域に対応しています。

日本は通信規格の標準化でGMSの後塵を拝し、日本の3大通信キャリア(NTTドコモ、ソフトバンク<SB>、KDDI<au>)は別々の通信規格を使用しています。

そのため、上海MWCに参加する企業も中国や欧米諸国が中心で、日本企業はごくわずか。上海MWCに参加した友人曰く「寂しいかぎり」。

なお、元祖MWCは毎年バルセロナ(スペイン)で開催されており、スタートは1987年(2006年までは仏カンヌ開催)。上海MWCはMWCアジア版です。

今回の上海MWCでは「プロジェクター付スマホ」「インターネットカー」「360度カメラ」をはじめ、中国が世界生産シェア9割超とも言われる「ドローン」とスマホの連動商品など、様々な新製品が紹介されていたそうです。

もちろん「5G」対応のイベントやブースも活況。「5G」とは現在規格化が進行中の次世代通信システム「5th Generation」の略記です。

「5G」では急増する通信トラフィックへの対応が課題。そのため、周波数帯の確保が重要なポイント。欧州でも日本でも2020年頃の実用化を目指して「5G」の技術開発や標準化を競っています。

通信トラフィックは過去5年間で10倍。ウェアラブル端末、M2M(Machine to Machine)、IoT(インターネット・オブ・シングス)等の普及により、2020年には現在の1,000倍になる見込みです。

「5G」では通信速度が高速化され、より高い周波数帯(電波の直進性が高いマイクロ波)を使用する予定。そのため、携帯電話基地局の足元では電波が届きにくく、多数の携帯電話小型基地局(マイクロセル)を数10メートル単位で設置する必要があります。

通信速度高速化は消費電力増嵩につながるため、モバイル端末の電池容量確保も技術的な課題。メルマガ前号でお伝えしたSBによるアーム社買収の理由も頷けます(詳しくはホームページからメルマガ前号をご覧ください)。

上海MWCでも欧米企業や中国企業の「5G」対応の技術や製品が展示されていたそうです。世界のモバイル市場において存在感を増す上海MWC。今後も注目が必要です。

2.非通信分野

ところで、今回の上海MWCのキーノートセッションに登場した日本のKDDI(au)田中孝司社長の講演内容が関心を呼んでいます。

セッションのテーマはモバイルにおけるID(Identification、身分証明)の重要性について。田中氏は「auID」関連の様々なサービスやKDDIの戦略について講演したそうです。

KDDIの前身を知らない人も増えていますので、少し敷衍しておきます。KDDIはいわゆる「新電電」の最大手(「新電電」ももはや死語かも<笑>)。

2000年にKDD(国際電信電話)と京セラ主体のDDI(第二電電)、トヨタの子会社IDO(日本移動通信)の3社が合併して誕生。その後も数社を吸収して今日に至っています。

そして、3社の中核KDDは1953年に国際通信網整備のために旧電電公社から分離独立した特殊会社。事実上、NTTの兄弟企業と言えます。

田中社長はスマホ依存経営からの脱却を目指し、物販や金融等の非通信分野に注力し、KDDIの売り上げを今後3年間で現在の約3倍(約2兆円)にすると公言。

しかし、通信分野の利益率が10%超である一方、非通信分野は3%弱。にもかかわらず、非通信分野へのシフトを目指すのはなぜでしょうか。その背景には様々な要因がありますが、主因は2つ。

第1は、国内スマホ販売台数の頭打ち。米アップルのiPhone発売でスマホ時代がスタートして約10年。販売台数頭打ち対策、非通信分野強化は各国関係企業共通の課題。KDDIも例外ではありません。

国内のスマホ販売代数は17年3月期に前年比4%減の730万台と予測。人口減も相俟って、2020年頃にはマイナス成長(台数減少)に転じると言われています。

KDDIが薄利の非通信ビジネスに染手するのは、それを見越した経営戦略。因みに、田中社長は今後の最大のライバルは楽天であると明言しています。

第2は、国の通信政策の転換。通信料金引き下げを巡って、政府と業界の神経戦が続いています。

政府の成長戦略や景気対策が奏効しない中、世界の通信産業分野における日本のプレゼンス低迷、及び国内消費低迷の原因を、政府は大手通信キャリアによる寡占とそれに伴う高い通信料金にあると考えています。

そのため昨年秋、安倍首相が「官製値下げ」を指示。端末の「実質ゼロ円」、多額のキャッシュバック(現金還元)等による販売促進(通信料金維持対策)を禁止。

これによる通信料金引き下げを企図したものの、大手通信キャリア3社は相次いで割安通話定額プラン等を発表し、通信料金引き下げを回避。

現在の料金体系は、端末を頻繁に買い換える「スイッチングユーザー」に有利な一方、端末をあまり使わない、換えない「ライトユーザー、ロングユーザー」には不利。

巧みな割安通話定額プランが奏効し、最近では安倍首相の発言も「ユーザー間の不公平感解消」と変化。通信料金引き下げは容易ではありません。

それでも、仮想移動体通信事業者(MVNO、他社の通信インフラを利用し、自らは無線局を開設しない事業者)の普及や、契約携帯電話会社以外の端末も使えるようにする「SIMロック解除」を義務化するなど、変化は進みつつあります。

因みに欧州では、自分の端末のSIM(Subscriber Identity Module、契約者識別)カードを渡航時に外国で調達した端末に装填すれば、当該端末をそのまま使用可能です。

メルマガ前号でお伝えしましたが、SBの孫社長は通信キャリアの「土管化」を懸念しています。販売台数頭打ち、通信政策転換に対応し、SBはアーム社買収で新たな展開を模索する一方、KDDIは非通信分野強化で局面打開を図ろうということです。

内外の産業や経済の動きは目まぐるしく、急速に変化が進んでいます。政治や行政がそれに的確に対応することが必要ですが、的確に対応できないのであれば、余計な口は出さないというのが成長戦略の要諦でしょう。

3.ポケモノミクス

的確に対応するという観点から、最近のポケモンGO騒動も気になります。これもスマホがもたらした新たな社会現象。

今さらポケモンの説明はしませんが、名古屋市以外の読者の皆さんに「ポケモンGOの聖地」についてご紹介します。

名古屋市昭和区「鶴舞(つるま)公園」は市公会堂がある緑豊かな憩いの場。その中心にある噴水を上空から眺めると「モンスターボール」にそっくり。園内にはポケストップもたくさんあることから、いつしか「ポケモンGOの聖地」と呼ばれています。

ご多分に漏れず、ポケモンGOリリース後はプレーヤーが殺到。賑やかになったと言えば聞こえは良いですが、騒音、ゴミ等の問題も発生。

国内外で、歩きスマホ、私有地・立入禁止地への侵入、公園や道路の占拠、追加アイテム購入に伴う高額課金(とくに子どもへの高額課金)等の問題が指摘されています。

ビジネスにも影響が出ています。例えばマクドナルドは、全店にポケストップを誘致して、集客に役立てることを企図。契約内容によっては、ゲームメーカー側の優越的地位の濫用を指摘する法曹関係者もいます。

また、ポケモンGOと無関係の企業があたかも関係があるようにセールストークをする不正競争行為や不当勧誘行為も懸念されています。

任天堂の株価は、ポケモンGOリリース前は1万5千円前後で推移していましたが、リリース後は2万8千円前後まで急騰。時価総額が2兆円近く増加。

ポケモンGOは現実世界とスマホゲームをAR(Augmented Reality、拡張現実)で融合したVR(Virtual Reality、仮想現実)。任天堂の株価もまさしくAR・VR的です。

ポケモンGO関連アプリのダウンロード急増、通信トラフック急増、便乗ビジネスの活況、株価高騰等を囃して「ポケモノミクス」という造語も登場。

「ポケモン」と「エコノミクス(経済学)」の合成語ですが、少々異なる角度からも「ポケモノミクス」を論じておく必要があります。

現実世界にポケモンが現れるのがポケモンGO。それを撮影したり、ゲットすることにプレーヤーは歓喜。つまり「現実世界」がなければこのアプリは成立しません。

その現実世界は、道路、公園、建物等々、様々な公共インフラや民間インフラから構成され、ポケモンGOはそれらを勝手に使っていると言えます。

公共インフラを巡っては混雑や混乱や安全等に対応するコスト(警備コスト等)が発生しているほか、元々の利用者の妨げにもなっています。

民間インフラも、ポケストップになったことによって混雑や人の往来増加に直面。それを望まない人たちにとっては迷惑です。

こうした観点から考えると、「ポケモノミクス」とはよく命名したものです。経済学的に言えば、公共インフラや民間インフラを無コストで使っている「フリーライド(ただ乗り)問題」と同じです。

自動車ユーザーが道路に関する税金を負担したり、私有地や私有物の使用に使用料を払うのと同様に、ポケモンGOのサプライヤー(供給企業)やポケモンGOそのものにも、相応の課税や課金がなされるべきでしょう。

公共経済学等の観点から、ポケモノミクスは十分に議論されなければなりません。

(了)


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