電通新人社員の違法残業に起因する自殺がクローズアップされ、改めて日本企業、日本社会の構造的問題が浮き彫りになっています。自覚症状のある企業は是正が急務です。しかし、これは「氷山の一角」。ひとつの重大な労災等の背景には約300倍の潜在的危機があることを示した「ハインリッヒの法則」。潜在的危機を自覚することが肝要です。
「氷山の一角」の氷山自身も、地球温暖化で解凍、消滅の危機。氷山だけでなく、多くの動植物も乱獲等による絶滅の危機に直面しています。
今月初めに話題になった「ワシントン条約」。正式名は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する国際条約」。
1973年の採択以来、条約の締結国会議が断続的に開催され、保護対象動植物の選定や、具体的な保護ルールを決めています。
象牙目当ての密猟によって絶滅危機にあるアフリカ象。1989年、締結国会議は象牙の国際取引を禁止。反対した南部アフリカ4ヵ国(ナミビア、ジンバブエ、南アフリカ、ボツワナ)の象牙取引は例外的に認められています。
象牙取引が犯罪集団やテロ組織の資金源になっているとの指摘もあり、その後も、国際取引のみならず、国内取引禁止の国際世論が拡大。
先月末からヨハネスブルク(南アフリカ)で開催されていた締結国会議では、象牙の国内取引禁止を求める決議を採択。
当初は日本や南アフリカ等が反対。対象を「密猟または違法取引の原因となるような国内市場」に限定する修正を加えて採択されました。
採択後、日本政府代表は「日本の国内市場の閉鎖を求める内容にはなっていない」と発言し、日本は対象外との認識を表明。
日本は、国内に禁止前の輸入在庫があること、取引時の届出や登録を義務付けていること等を理由に「違法品は排除されている」との主張です。
日本では、江戸時代以降、象牙は印鑑、三味線のバチ、装飾品等の材料として利用されてきました。市場規模は約20億円と言われています。
「違法品はない」との政府の主張とは異なり、先日も無登録の象牙を売買した業者が摘発されました。売買の舞台になったのはネットオークションサイト「ヤフオク」。
国際動物保護団体がヤフオクでの象牙売買の実態調査結果を公表。それによれば、年間落札額は7億円超。ヤフオク全体の落札件数が頭打ちとなる中、象牙落札件数は10年前の7倍増。象牙の量は象約7千頭分に相当するそうです。
同調査によれば、最近ヤフオクに出品された象牙のうち、半分以上が届出や登録の履歴が未開示。同団体はヤフオクに象牙売買の中止を要求。一方、ヤフオク側は「違法な取引は一切ない」と弁明しているそうです。
決議を採択した締結国会議に先立ち、9月に各国政府や環境保護団体が加盟する国際自然保護連合が象牙の国内取引禁止を求める勧告を採択。
日本とナミビアが反対したものの、南部アフリカ4ヵ国の一角、ボツワナに加え、米国やEU(欧州連合)、主要消費国である中国も賛成。「日本包囲網」が敷かれていたようです。
どうも日本は国際会議における情報収集に遅れをとっている感じがします。今後も、ウナギやマグロ等、日本にとって難題が続きます。
「食」に関わる種については賛否相半ばでしょうが、少なくとも「食」に関わらない種については日本も積極的に賛成していくべきだと思います。個人的には、「食」に関わる種であっても、漁獲制限等の資源保護には協調的に臨むべきと考えます。
それにしても人間という種は地球にとって破壊的な種です。愚かで傲慢と自覚すべきでしょう。保護すべき動物で生業を立てている人々の事業や生活をどうするか等、検討すべき課題をクリアしつつ、動植物と共生する種でありたいものです。
「氷山の一角」と言えば、今月は地球温暖化対策に関するパリ協定も話題になりました。このパリ協定は、1994年に発効した国連気候変動枠組条約(別名「地球温暖化防止条約」)の昨年末の締結国会議での合意です。
COP(コップ)は締結国会議の愛称。「Conference of the Parties」の頭文字。他条約の締結国会議も同様ですが、なぜかこの条約の固有名詞のようになっています。
発効翌年の1995年から毎年開催。1997年の京都でのCOP3では、2000年以降のルールとして法的拘束力のある数値目標を定める京都議定書を採択。しかし、京都議定書は米国が批准せず、カナダも脱退。残念な顛末となりました。
昨年末にパリで開催されたCOP21。2020年以降の温室効果ガス削減目標を定め、世界全体で産業革命前に比べて気温上昇を2度未満(極力1.5度以内)に抑える内容に合意。
今世紀後半に温室効果ガス排出量を実質ゼロにするのが目標です。発効には、批准国55ヵ国、かつ批准国の温室効果ガス排出量合計が世界の55%以上になることが条件です。
米国大統領選挙の共和党候補トランプ氏は早くからパリ協定に反対。これに対し、ホーキング博士等を含む世界の科学者400人がトランプ氏を非難する公開書簡に署名。
公開書簡は「トランプ氏が当選してパリグジット(パリ協定離脱)を現実化すれば、地球環境と米国の信頼にとって厳しい結果がもたらされる」と警告していました。
9月3日、意外にも、排出量世界1位の中国(シェア約20%)と2位米国(同約18%)が同時批准を発表。
米国は退任するオバマ大統領のレガシー(遺産)として批准。さらに、トランプ氏がパリ協定反対を明言しているため、トランプ氏当選を阻止し、京都議定書での迷走(クリントン政権で締結、ブッシュ政権で批准見送り)再現の回避に向けて早めの対応に出ました。
中国は自国に課される削減目標が「2030年頃に排出量増加頭打ち」と甘い内容のうえ、南シナ海問題等で対立する米中の数少ない「協調カード」。両国の思惑は一致しました。
9月21日時点で批准60か国、合計排出量約48%に到達。排出量4位のインドの動向に注目が集まっていましたが、インドも10月2日に批准。
英国離脱への対応もあって出遅れたEU(欧州連合)。米中印の動きに焦り、加盟国の国内手続優先の原則を棚上げし、10月5日、異例の一括批准。面目を保ちました。
10月5日時点で批准74か国、合計排出量約59%に到達。発効条件をクリアし、国連はパリ協定の11月4日発効を宣言。
発効決定により、11月7日からマラケシュ(モロッコ)で開催されるCOP22で具体的な実務会議がスタート。2020年までに先進国が1000億ドルの対策資金を投入することから、温暖化対策ビジネスの争奪戦も始まります。
さて、排出量5位の日本。今国会での承認を目指し、現在審議中。完全に世界の動きに取り残されました。
各国の動向を見誤った原因は「2つの低さ」。アンテナの低さ(情報収集活動の失敗)と政府の関心の低さ。米国の両大統領候補が反対を表明しているため、急ぐ必要のないTPP承認になぜか血眼になり、パリ協定を失念。優先順位付けが間違っています。
COP22で開催される実務会議には、未批准の日本もオブザーバー参加できるものの、議決権も発言権もありません。日本に不利な議論が進展しても、異議を表明できません。
21世紀の国際社会の覇権構造は「G0(覇権国家なし)」とも「G2(米中)」とも言われる一方、「G4(米中印露)」と予測する向きもあります。
「G4」の米中印に無視された日本。EUも米中印に追随。「G4」時代の日本の遊泳術の拙さと難しさを垣間見せた展開です。残る頼りはロシアでしょうか。
そういう文脈もあってか、最近の日本はロシアに擦り寄っています。日露経済協力担当大臣を設置する入れ込み様です。
もちろん、北方領土問題を睨んだ対応でしょうが、その根底には、米中を牽制するためにロシアに接近して日本のバーゲニングパワーを高める意図があるそうです。ある会合で、官邸某氏が筆者に直接そう説明しました。
このメルマガで何度も述べていますが、「自国の利益を犠牲にして他国の利益を守る国はない」のが国際社会の現実。同盟国米国も例外ではありません。
そういう意味では、上記の官邸某氏の発言は理解できないわけではありませんが、自国のバーゲニングパワーを高める戦略としては熟慮が必要です(後述)。
再登板以来、東南アジア諸国を歴訪し「中国包囲網」構築に腐心する安倍首相。南シナ海を巡って中国と対立する沿岸国との関係強化を図っています。
とくにフィリピンは、南シナ海の資源や領有権を巡り、中国を国連海洋法条約違反等の疑義でハーグ(オランダ)仲裁裁判所に提訴。
7月、中国の主張を退ける判決が出たことで、安倍首相は、南シナ海に関して「法の支配」に従わない中国への非難を強めています。
そのフィリピンで、判決直前の6月、ドゥテルテ大統領が登場。元検察官、元ダバオ市長(7期)の71歳。「放言外交」ですっかり有名になりました。
現在訪日中のドゥテルテ大統領。直前に訪中し、習近平国家主席と会談。南シナ海問題解決に向けた2国間協議開始で合意。中国の主張を退けた7月の判決を棚上げしました。
この合意の見返りに、中比は農業、観光、麻薬対策、海上警備等13分野で協力文書に署名。訪中に同行した経済界は期間中に135億ドル(約1.5兆円)の契約に調印。ドゥテルテ大統領も共産党序列1位から3位全員と会談する異例の厚遇を受けました。
勝訴の当事国フィリピンが中国との対話路線に戻り、判決順守を中国に強く求める日米両国は梯子をはずされた格好です。
中国は判決を前提とした協議には応じない立場。フィリピンとの協議再開は、判決を事実上無効化し、日米等の域外国の介入を防ぐ狙いです。
ドゥテルテ大統領の「放言外交」、実はよく計算されているかもしれません。国内に米軍基地を抱えるフィリピン。南シナ海問題を梃子に中国を自国寄りにする一方、麻薬対策を揶揄する米国への反発姿勢を演じ、米中間における自国のポジションをニュートラル化。
フィリピンが中国寄りにならないように、やがて米国も何らかの懐柔策をドゥテルテ大統領に提示せざるを得ないでしょう。米中間での自国のバーゲニングパワーを高めています。
さて、訪日中のドゥテルテ大統領。もともとフィリピンを懐柔しようとしていた日本からは、さらなる支援策を引き出すために見事な演舞を展開中です。
日中に対しては等距離を演じる「両面外交」を展開。「中国包囲網」構築に腐心する一方、最近の中国の対日強硬姿勢に内心不安を感じている安倍首相には魅惑的です。
既に新造巡視船10隻の供与を決めていた日本。今回の訪日でさらに大型巡視船2隻、自衛隊の航空機貸与、その他の経済支援を確約。
もちろん、判決尊重も謳っていますが、先の中比合意とは明らかに矛盾。また、ドゥテルテ大統領は南シナ海での日米共同パトロールには参加しないことを既に表明済み。
巡視船や航空機の提供効果が不透明な状況に追い込まれています。巡視船は日米に対して使用される可能性もあり、「中国包囲網」には穴が開いています。
ドゥテルテ大統領への諫言を期待していた同盟国米国の深層心理も複雑です。そうした中、米中接近を牽制するためにロシアと接近するという官邸某氏の発言。米国もその程度のことは想定の範囲内。その心象は推して知るべし。
ロシアも日本の意図は見透かしているでしょうから、北方領土問題や日露経済協力のハードルを上げてくることが予想されます。
フィリピンと日本のバーゲニングパワーの高め方の根本的違いは、自国の置かれている立場に対する認識に起因します。
フィリピンは、日米中それぞれが懐柔したい対象。その立場を認識したうえで、「放言外交」と「両面外交」によって日米中各国からさらなる懐柔策を引き出しています。
日本は、米中露のいずれの国からも、懐柔したい対象ではありません。かつ、米中、中露、露米、それぞれの2国間は、水面下で日本の知らない対話と交渉を行っていることでしょう。3国を手玉に取るつもりでいると、逆に手玉に取られます。
21世紀は「G4」時代とも言われる世界。インドの動向も気になりますが、パリ協定でのインドの動きに対する日本の情報不足を鑑みると、関係構築は不十分。むしろ、米中露印4ヵ国は、日本の知らない関係構築が進んでいると考えるべきでしょう。
「吾が以て待つ有るを恃むなり」。孫氏の兵法「九変編」に登場する言葉です。他人を当てにするのは愚かなことと戒めています。戦前の日本はドイツが欧州で勝利することを当てにして戦略を組み立てていました。
官邸某氏の言う日本のバーゲニングパワー強化戦略は、相手の出方に依存した自己制御不能の戦略。一方、フィリピンの戦略は、自国の立場を十分に活用して相手を操縦する相手国翻弄の戦略。ドゥテルテ大統領の「放言外交」「両面外交」、ここまではお見事。
翻って、日本。中国AIIB(アジアインフラ投資銀行)への対応も出遅れ。筆者はこのメルマガや国会質疑で当初からの参加を推奨していましたが、今だに未参加。
その間、米国は出資こそ行っていないものの、国際金融機関幹部を経験した米国人のAIIBへの協力を黙認。当然、米中両国政府合意のうえでのことでしょう。
孫氏の兵法に曰く「人に取りて敵の情を知る」(用間編)、「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而るを況や算無きに於いてをや」(計編)。情報収集と塾考の重要性を説いています。
パリ協定等で具体的な失態が顕現化している日本。外交でも「ハインリッヒの法則」に留意すべきです。顕現化した事案のほかにも、外交上の潜在的危機が蓄積されている可能性があります。すなわち「氷山の一角」。日本外交、修正の余地が大いにあります。
(了)