明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。「酉(鳥)」年の2017年。「国鳥」が共に「鷲(わし)」の米国とロシア。新年早々、両国の動向から目が離せませんが、その話題は最後に。まずは、英国のEU離脱問題に絡んで年末に訪問した欧州情勢からです(詳細は上記セミナーで報告します)。
英国EU離脱省は、メイ首相就任直後に発足。外務省、財務省、内閣府等からの出向者を中心とした約400人の組織です。国防省の中に間借りしている同省を訪問。
面談したフィリップソン国際局長曰く「国民投票にかける前に政治家は具体的なことを何も決めていなかった」「今も何も決まっていない」。率直に語っていたのが印象的でした。
同局長によれば、EU離脱の主戦論者はデービッド・デイビス(EU離脱省大臣)、ボリス・ジョンソン(外務大臣、元ロンドン市長)、リアム・フォックス(国際貿易大臣)の3人。
昨年12月に高裁が「EUへの離脱通告には議会承認が必要」との判決を下し、政府は上告。今月にも最高裁の判決が下る予定です。
同局長は「おそらく高裁と同じ内容。しかし、とくに問題ない。離脱承認が行われ、離脱は予定どおり行われる」との見通しを示していました。
英国としては、EU単一市場へのアクセスは可能としつつ、移民受入制限と労働者の自由移動制限を獲得し、主権制限とEU負担金供出を回避するという目標です。
ところが、ロンドンから鉄道(ユーロスター)で3時間弱。EU本部のあるブリュッセルで見通しを聞くと、雰囲気は様変わり。
EU本部のフローレス経済財政局長は「英国とEUの交渉は困難を極める」との表現にとどめていましたが、ブリュッセルの有識者(シンクタンク・大学関係者)は辛辣。
「英国にメリットがあるような離脱交渉にはならない。してはいけない」「リスボン条約50条に基づく離脱通告後の交渉期間(2年間)内に交渉は纏まらない。結果的にハード・ブレグジットしかない」との指摘。
ブリュッセル側の見通しが現実となれば、在英日本企業への影響も小さくありません。単一市場へのアクセス権や関税優遇がなくなり、在英拠点移転等を余儀なくされます。
英国側から見れば、外国企業撤退や投資減少により、景気後退と雇用不安に直面するでしょう。
ブリュッセルの有力シンクタンク、ブリューゲル研究所のウォルフ所長が非常に印象的な発言をしていました。
曰く「日本の政府やマスコミはFT(フィナンシャル・タイムス)やガーディアン、エコノミスト等、ロンドンの新聞・雑誌から情報収集している。それでは欧州情勢は正しく伝わらない」。
「なるほど、そう言われればその通り」という印象です。この情報格差に留意が必要です。正確かつ客観的な情報がなければ、適切な対応はできません。加えて、様々な可能性(シナリオ)を虚心坦懐に予測することも肝要です。
例えば、メイ首相が国民投票を覆す(EU離脱を止める)可能性も否定できません。なぜなら、英国はEU離脱後も単一市場へのアクセス継続を想定しているからです。
言わば虫の良い話。その交渉が纏らなければ、2年後に英国は単にEUを離脱。英国とEUの関係はWTO(世界貿易機構)ベース(EUよりも自由度の低い関係)になります。ハード・ブレグジットです。
既にメイ首相は、日産自動車のゴーン最高経営責任者(CEO)に英国への投資を渋られたり、産業戦略省のクラーク大臣から自動車に関する単一市場アクセスを維持することを求められるなど、ハード・ブレグジットの困難さに直面しています。
筆者のブリュッセル入り直前の12月15日、欧州理事会(EU首脳会議)がメイ首相抜きで開催されました。現時点では英国はEU加盟国。異例のことです。
そのうえで、欧州理事会は「単一市場アクセスには4つ(人・物・資本・サービス)の自由移動を全て受け入れることが前提」との声明を発表。2017年、英国は前途多難です。
EU側に妥協の兆しはなく、英国にとって圧倒的に不利な交渉です。こうした点が、日本には正しく伝わっていないという印象を強く受けました。
英国側、ロンドンの楽観論の背景には彼らなりのもうひとつの根拠がありました。それは、安全保障上の観点です。
EU離脱省フィリップソン局長のみならず、ロンドンのシンクタンク関係者曰く「英国はNATOの一員であり、安全保障上、EU加盟国と英国は不可分の関係。その観点も勘案すると、ハード・ブレグジットにはならない」との論理です。
しかし、この淡い期待に関してもブリュッセル側は「安全保障とEU問題は別」と断じ、英国が期待するような展開になる保証は全くありません。
欧州理事会のトゥスク議長も「ハード・ブレグジットに代わる唯一の選択肢は、ブレグジットを止めること」と発言。
離脱後に英国がEUに復帰する場合、改めて加盟申請や交渉が必要です。そのうえ、現在英国が確保しているマーストリヒト条約(単一通貨)やシェンゲン協定(移動の自由)に関するオプトアウト(拒否権)や予算還付制度が再度認められることもないでしょう。
ロンドンとブリュッセルの認識ギャップは他にもありました。リスボン条約50条2項但し書き(2年以内に交渉が纏まらない場合の延長規定)に対する認識です。
英国側は「それも選択肢のひとつ」という見解でしたが、ブリュッセル側は一笑。「但し書きの適用などあり得ない」との反応です。
さらにブリュッセルでは、そもそも離脱協定とその後の経済関係を定める新協定(例えばFTA<自由貿易協定>)の同時締結は保証していないとの指摘も聞きました。
この指摘に従えば、英国はEU離脱後に初めてEUとその後の経済関係の交渉ができるということ。つまり、ハード・ブレグジットしかないということです。因みに、EUとカナダのFTA交渉には7年を要しました。
こうした現実を認識している一部の英国国民の間では、再国民投票や総選挙実施を求める声もあるそうです。
もっとも、メイ首相は再国民投票の可能性を否定。また、英国ではキャメロン政権時代に首相の解散権を制限。したがって、余程のことがなければ次の総選挙は2020年5月。
余程のこととは、内閣不信任案の可決(過半数で成立)、または全議員の3分の2以上の賛成で解散を認める場合。首相の解散権濫用防止のために新たに設けられた制約です。
メイ首相が今年3月末に離脱通告を行うと、2年間の交渉期限は2019年3月末。そこで巷間静かに語られているのが、離脱通告のリスケ(後ろ倒し)。来年5月以降に離脱通告を遅らせれば、2年間の交渉期間中に総選挙を迎え、民意を問うことができます。
そこで重要になるのが今月の最高裁判決。高裁の「離脱通告には議会承認が必要」との判決が維持されれば、メイ首相が3月末までに承認を取れるか否かがポイントとなります。
上下両院の意思が食い違う場合、下院の意思が優越するものの、上院(貴族院)は1年間だけ法案通過を遅らせることができます。上院はEU残留が多数派と言われています。
それでもギリギリのタイミングですが、離脱条件の内容とともに、離脱の最終判断を総選挙で問えるかもしれないという淡い期待です。
しかし、離脱通告後の話なので、総選挙で離脱条件にノーの判断が下っても、離脱そのものは回避できず、要するにハード・ブレグジット。英国の進路は袋小路です。
メイ首相はこうしたシナリオを否定すべく「議会承認は上下院一括で可能」と発言。その法的根拠は明らかではありません。
英国のハード・ブレグジットは英国、EU、どちらにより影響が大きいのか。仮に後者であれば英国とEUの歩み寄りに一縷の望みも想定可能ですが、それも淡い期待。
いずれにせよ、淡い期待がいくつも語られていること自体が、英国が様々な現実に気付き始めている証左でしょう。
日本は、英国のEU離脱問題の現地情勢及び日本への影響について、より正確かつ客観的な情報収集に努めなくてはなりません。
今年の日本は「酉(鳥)」年。欧州情勢を実感して帰国した直後、「鳥」に纏わる諺を連想せざるを得ないニュースが飛び込んできました。
12月29日、米国がロシアからのサイバー攻撃に対する報復措置を発表。オバマ大統領は声明でプーチン大統領の関与を示唆。ロシアの2つの情報機関と同幹部4人、関係企業3社に対して制裁を科すとのことでした。
さらに、ロシア国内での米国外交官に対する警察等による嫌がらせ行為急増への対抗措置として、米国駐在ロシア外交官・政府当局者35人の国外退去を命令。
今月20日の任期切れを控え、10日に地元シカゴで国民向け「お別れ演説」を行うオバマ大統領。ロシアに対する厳しい措置は、現職大統領として責務を果たす「立つ鳥、跡を濁さず」なのか。それとも次期トランプ政権にとって「立つ鳥、跡を濁す」なのか。
この制裁措置は、10月に米国が公表したロシアによるサイバー攻撃に対するもの。具体的には、ロシアが米大統領選への介入を企図し、ヒラリー陣営の選対本部長の電子メールを盗んだり、民主党サーバーにクラッキング(侵入)していたことです。
その後も連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省等が捜査を継続。12月29日、ロシア情報機関が民主党を標的としたサイバー攻撃を過去2年間に亘って行っていたとする報告書を発表。米国へのサイバー攻撃自体は10年以上続いているとしています。
実行組織は、ロシアの軍参謀本部情報総局(GRU)や連邦保安局(FSB)と関係のあるAPT(Advanced Persistent Threat)と断定。
米当局者の間で「グリズリー・ステップ(Grizzly Steppe、灰色地帯)」と呼ばれているロシアのサイバー攻撃は、マルウェア(Malware)を侵入させ、データの盗難・改竄・破壊等を実行。「スピアフィッシング」を含むサイバー攻撃は今も続いているとしています。
因みに、2010年頃から存在が知られるようになったAPTは国家レベルのサイバー攻撃を行う組織の呼称。経済的利益が目的ではなく、国家の指示・依頼等によるインテリジェンス(情報収集、スパイ)活動を行う組織です。
マルウェア (malware) とは「不正ソフト」の総称。「malicious(悪意のある)」「software」を接続した造語。クライム(crime、犯罪)ウェアとも呼ばれる。
「スピア」は「銛(もり)で魚を尽く」こと。「フィッシング」は「釣り」。スピアフィッシングは特定先に狙いを定めたクラッキングです。
報告書では、ロシアの実行犯が使用した「シグネチャ(IPアドレス、マルウェア・コード等)」のリストも公開。
ロシア側は当然反発。コサチョフ上院議員(外交委員会委員長)は「オバマ政権の断末魔。去りゆく政権に米露関係を破滅させる権利はない」と非難。
大統領府ペスコフ報道官も「根も葉もない濡れ衣。制裁措置は国際法違反であり、侵略的な対外政策」と断じて、報復(対抗)措置を示唆。
これを受け、プーチン大統領はラブロフ外相に報復措置案を提示させたものの、それを却下したうえで「報復措置は行わない」と発表。
さらに、ロシア駐在の米国外交官の子供達をクレムリンに招待することを表明。米露関係改善に向けた布石を打ちつつ、虚々実々の駆け引きを行っています。
トランプ次期大統領が親露的と見られていることから、それを意識した見え見えの大芝居。ヒラリー陣営を攻撃したことが事実であれば、トランプ当選を期待したということです。
トランプ政権は、国務長官、財務長官、商務長官、国家経済会議議長に就任予定のティラソン(エクソンCEO)、ムニュチン(ゴールドマンサックス)、ロス(投資家)、コーン(ゴールドマンサックスCEO)等、ロシアとビジネス上のパイプがある経済人が勢ぞろい。
彼らはウクライナ問題絡みの制裁解除も示唆しているとの情報もある中、オバマ大統領としては、今回の制裁措置は「一石二鳥」の心境でしょう。
つまり、ロシアのサイバー攻撃に対して毅然とした態度を示すとともに、トランプ政権が急にロシア融和策を取れないような環境を築くということです。
一方、トランプ次期大統領は「ロシアが報復措置を取らなかったことは賢明。米国はもっと有益なことに取り組むべき」と発言。敵はロシアではなくオバマとの印象です。しかし、それで米国内の対露強硬派が黙っているでしょうか。
米国の国内情勢も米露関係も波乱含みですが、昨年は米国自身の電話盗聴も露呈。その点から言えば、ロシアへの制裁措置は説得力を欠いています。
すなわち、各国の米国大使館を拠点として、携帯電話の電波傍受や、相手の携帯電話にマルウェアを侵入させて盗聴していたことが発覚。
因みに、盗聴スキャンダル暴露の中心人物、元CIAのスノーデン氏の情報によれば、米国のスパイ拠点は全世界約80カ所。アジアでは、香港、北京、マニラ等の12拠点。
スノーデン情報では日本は含まれていませんでしたが、内部告発サイト「ウィキリークス」は、少なくとも第1次安倍政権(2006年から07年)当時、米国が日本政府や日本企業を対象に盗聴を行っていたことを暴露。
盗聴対象の電話番号リストには、内閣官房、財務省、経産省、日本銀行、三菱商事、三井物産等が含まれていたとされています。
「立つ鳥、跡を濁さず」なのか「一石二鳥」なのか。米露の駆け引きは虚々実々ですが、メルマガ前号でお伝えしたとおり、両国とも「国鳥」は「鷲(わし)」。米国は「白頭鷲」、ロシアは「双頭鷲」。
鷲の諺(格言)と言えば「上見ぬ鷲(うえみぬわし)」。他の鳥を恐れず、上空に気を配って用心しない性質に由来して、「他を憚らない、やりたい放題」を意味します。米露とも、どっちもどっち。国際政治とはそういうもの。困ったものです。
メルマガ前号でお伝えしたとおり、「酉」年の「酉」は厳密には「鶏」。
米国では「一つの鶏小屋で二羽の鶏は上手に歌わない(二人が争って結局どちらも決定的な勝利を得られない)」「鶏の鳴くのは聞こえるがどこか分からない(噂だけで真相がよく分からない)」という諺(格言)があるそうです。
一方のロシアでは「鶏にはドクハギ(雑草)も小麦も見分けがつかない(愚かな者には善悪の区別がつかない)」との諺があるそうです。
再び米国。「上手に鳴く鳥が上手に餌をつつくとは限らない(大言壮語する者は得てして何もできない、不言実行を勧める諺)」。トランプ・プーチン両大統領のお手並み拝見です。
激動を予感させる2017年。日本は、偏った舵取りをすることなく、正確かつ客観的な情報に基づいて冷静な判断をすることが求められます。
(了)