政治経済レポート:OKマガジン(Vol.377)2017.2.10

安倍首相が訪米しました。このメルマガは日本時間10日朝に書いています。今回も引き続きトランプ大統領を取り上げざるを得ません。それほど、日本の政治、経済に与える影響は大きく、両国首脳が単に親密になるだけでは不適切です。会談内容は誇張・歪曲・取捨選択(一部を秘匿)して発表されると思いますが、報道に惑わされることなく、できる限りの情報収集と分析に努め、政治家として的確に対応していきたいと思います。


1.論理矛盾

就任早々、期待どおりの混乱を起こしているトランプ大統領。ハードルの高い公約を実現するために、どのような手法、どのような努力をするのかと注目していたところ、それは「大統領令」でした。

日本ではあまり馴染みのなかった「大統領令」ですが、今やすっかりニュースの主役です。

「大統領令(Executive Order)」は、議会の承認を得ることなく、連邦政府や軍に対して命令を出すことのできる大統領の行政権限。行政命令、執行命令とも言うそうです。

歴史的には、1789年(独立宣言から13年目、独立から6年目、初代大統領ワシントン就任の年)以降、「大統領令」が政治手法として活用されています。

1907年から「大統領令」に付番開始。リンカーン大統領が1862年に発令した「奴隷解放令」まで遡及して付番されています。

ルーズベルト大統領による1942年の「大統領令9066号」は、軍が国防上必要と認定した場合には強制退去を命じることを認めたもので、日系人の強制収用の根拠となりました。

君主制国家における「勅令」に相当し、法律と同等の効力を持つという説明も聞きますが、調べたところ、米国の「大統領令」は合衆国憲法で根拠や権限の範囲が規定されているわけではありません。

「大統領令」は、連邦議会が制定した法律の委任による場合と、そうではない場合があります。

前者の法的根拠は明白ですが、その場合でも、「大統領令」の内容如何によっては法律の授権の範囲内か否かが裁判で争われることもあります。

一方、後者の場合は法的根拠そのものが問われる場合があり、トランプ大統領が連発している「大統領令」はそのケースに該当しています。

そのため「大統領令」の権限は無制限ではなく、司法当局の違憲判決や連邦議会による立法(「大統領令」の内容を否定する内容の法律)によって無効化することができます。過去、司法当局の違憲判決によって無効化されたことが2回あるそうです。

今回、トランプ大統領が発したイスラム7ヶ国の国民に対する入国禁止を命じた「大統領令」はこの展開に入っています。

ワシントン州政府が「大統領令」は違憲の疑いがあるとしてシアトル連邦地方裁判所に申し立て。地裁はこれを認めて「大統領令」の一時差止を命令。

これを不服としてホワイトハウスは連邦高等裁判所に不服申し立て。高裁は申し立てを一旦却下したうえで、ホワイトハウスとワシントン州政府に意見陳述を求めている最中です。

電話による意見陳述の録音は公開されました。今後、高裁の判断が示されるものの、その後も最高裁まで争われる可能性が高いでしょう。

ワシントン州政府が申し立てをしたのは、州内にマイクロソフトやボーイングなどの有力企業を抱え、多くの外国人が働いているからです。その中には、対象になった7ヶ国関係者もいるようです。

そもそも、移民や外国人に寛容であることは、米国繁栄の基盤と言えます。それを否定しつつ「Make America Great Again」は論理矛盾しています。

前回のメルマガでお伝えしたように、グローバリズムを主導してきた米国で、グローバリズムの恩恵を最も享受した経営者のひとりである人物が、グローバリズムを否定することで米国の大統領になったことは大いなる論理矛盾。

さらに、米国を支えてきた勤勉な労働者には無縁の贅沢な暮らしをし、自らは地道な労働を(おそらく)経験したことのない人物が、労働者を守ると言って大統領になったことも大いなる論理矛盾。

今後、論理矛盾を解決していくのか。あるいは、論理矛盾が蓄積して破綻するのか。その顛末がはっきりしてくる時期は、以外に早いかもしれません。

因みに今朝の新聞報道によれば、トランプ大統領がフリン大統領補佐官(安保担当)に夜中に電話して「強いドルと弱いドルは、米国経済にとってどちらがいいんだっけ」と質問し、補佐官は「自分の担当外です」と回答したと報じられています。

真実かどうか知る由もありませんが、前号のメルマガでお伝えしたとおり、自らは弱いドル路線の主張を繰り返しながら、強いドルを指向するウォールストリート出身のゴールドマンサックス(GS)関係者を6人も入閣させているのも論理矛盾。

為替にとどまらず、経済政策でも深刻な論理矛盾を抱えています。

2.IoT&IoS

米国が追求し、守ってきた価値との論理矛盾は、グローバリズム、移民、労働者の観点にとどまりません。技術革新もそのひとつです。

上述のマイクロソフトが良い例ですが、米国の先進性に寄与してきたのは、米国人のみならず、移民や外国人の才能や向上心に支えられてきた進取の企業。これらの企業の技術革新が世界をリードしてきました。

今回の移民の入国制限や、典型的な製造業を強引に国内に呼び戻すことは、そうした技術革新の潮流に逆行するかもしれません。

技術革新で今、最も注目が集まっているのはAI(人工知能)。もちろん、AIも米国企業が世界をリードしていますが、AIは労働者の職を奪い始めています。

労働者を守るという主張と、技術革新を常に先導してきた米国の価値を、今後どうやって調整または共存させていくのか。

トランプ大統領及びその側近がこのことを深く洞察しているとは考えがたい難いですが、この問題も潜在的な論理矛盾として顕現化するかもしれません。

メルマガ338号(2015年6月26日号)でも取り上げましたが、最近では「シンギュラリティ(Singularity)」という概念が徐々に普及しています(バックナンバーはホームページからご覧になれます)。

「シンギュラリティ」はコンピュータの知能が人間を超え、それに伴って発生する大変革を意味する造語。日本語では「技術的特異点」と訳されていますが、AIの急速な進歩によって「シンギュラリティ」は現実味を増しています。

世界的に有名なコンピュータ研究者である米国のレイ・カールワイツは「シンギュラリティは2045年頃」と予言していますが、人間に対する影響は既に急拡大しています。その原因がAIです。

2013年、英国オックスフォード大学が「米国の労働市場における仕事の47%がAIもしくはロボットに置き換え可能である」との推計結果を発表し、衝撃が走りました。

2015年には、野村総研がオックスフォード大学の推計方法を用いて日本の労働市場について分析したところ、置換可能率は何と50%。

その推計を裏付けるかのように、2016年中はAIの普及が急速に進んだような気がします。データで確認できる段階ではありませんが、ニュースや企業視察等から受ける印象では、加速している実感がします。

今年1月15日の日経新聞5面の記事の見出しは「賢い工場(スマート工場)広がる」「IoTで故障察知」「AI、熟練の技代替」。

IoTは「Internet of Things(モノのインターネット接続)」。これもメルマガ327号(2015年1月5日号)で取り上げています。

AIはIoTにも関係しますが、AIはサービスの機械やロボットへの代替・置換を急速に進めることから、メルマガ367号(2016年9月12日号)では「IoS」すなわち「Internet of Service」という概念(造語)もお示ししています。

例えば、警備ロボット市場。既に大手警備会社が人型巡回警備ロボットを実用化していますが、ドローンの普及もあって、飛行型警備ロボットも登場。

産業用機械がAIと結びついて生産現場での労働を人間に代替し始めたのに続き、警備ロボットがAIと結びついて警備というサービス労働を人間から代替し始めています。

もちろん、今年から全国数ヶ所で公道走行実験の始まる自動運転車もIoTでありIoSでもあります。政府は自動配車システムを提供するウーバー等を活用したライドシェアの解禁を検討しているようですが、自動運転車によるライドシェアは、IoT&IoSの典型です。

さらに、今年は資産運用業務におけるAIの活用が加速しそうです。他社に先んじて資産運用業務に2008年からAIを投入し始めた米国ゴールドマンサックス(GS)。

日本でも一部の大手金融機関がAIを導入し始めていますが、AI運用老舗のGSが今年から日本市場に参入します。

既にベテラン投資家は金融機関のヒューマンサービス(担当者による投資アドバイス)よりもAIを嗜好する傾向が強まっており、運用のみならず、投資アドバイスの分野でもAI導入が加速するでしょう。

そのGS出身者を6人も閣僚入りさせたトランプ大統領。製造業のみならず、サービス業でも労働者の雇用を代替・置換し始めている技術革新とどう向き合っていくのかが注目されます。

トランプ大統領自身をAIに代替させた方が賢明かもしれませんが、いずれにしても、AIの普及、進歩の動向から目が離せません。

3.強いAIと弱いAI

AIには「強いAI」と「弱いAI」があります。米国の哲学者、ジョン・サール(1932年生、元UCLA教授)によって提唱された概念です。サールは科学者ではなく、哲学者です。

ここでは深入りしませんが、英国の数学者、アラン・チューリング(1912年生、1954年没)による「チューリングテスト」とサールによる「中国語の部屋」の話は、AIを語るうえでは避けて通れません。

深入りしないと言いながら、このままやり過ごすと消化不良でしょうから、筆者が理解している範囲において、ごく簡単に概要を述べておきます。

「チューリングテスト」とは、機械と人間が通常の言語で対話した時に、多くの人がその機械を「人間かもしれない」と錯覚させることができれば、その機械は知的であると判定するというチューリングが考え出した基準です。

一方、「中国語の部屋」とはサールが考え出した基準です。それは、チューリングの基準に哲学者として納得できなかったからと言われています。

中国語を理解していない英国人を部屋に閉じ込め、紙に書いた中国語のメッセージを部屋の中に投入。英国人は部屋の中にあるマニュアルに従って回答を書いて紙を投げ出すと、対話が成立しているように思えます。

しかし、現実には英国人は中国語を理解していないので、中国語を学習したとは言えません。単にマニュアルに書いてある指示に従って、意味はわからず対応しただけです。

つまり、この英国人はチューリングテスト的な知的機械にすぎません。サールは、本当の知的存在、人間を代替する機械とは、紙のやり取りから中国語を学習し、マニュアルがなくても自らの判断で対話ができるようになる存在であると考えたのでしょう。

そのサールが定義した「強いAI」と「弱いAI」。前者は人間を代替し、凌駕するAI。後者は、人間を補完し、補助するAI。概ね、そんな区別で良いと思います。

上述のシンギュラリティは「強いAI」が登場する瞬間というような概念ですが、そのタイミングが現実には2045年よりも早いだろうという認識が広まりつつあります。

こうしたAIの急速な進歩に対して、あのスティーブン・ホーキング博士は「AIの発明は人類史上最大の出来事だったが、同時に最後の出来事になるかもしれない。完全なAIは人類を終末に導く可能性がある」(2014年12月)と発言しました。

電気運転車のテスラモーターズ、宇宙ロケットのスペースXの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスクも「AIは悪魔を呼び出すようなもの」(2014年10月)と述べています。

そのイーロン・マスクは昨年、AI技術の独占と暴走を防止することを目的として非営利企業を設立し、AI技術のオープン化に取り組み始めたそうです。

現時点でのAIの最先端企業と言えば、検索エンジン市場を席巻するグーグル。イーロン・マスクはこうした企業にAI技術が独占されると対抗技術の進歩の妨げになると考え、AI技術をオープン化することで、暴走するAIへの対抗AIが開発できる社会環境や産業環境を整えることを企図していると聞きます。

今年日本では、立体映像のホログラムをユーザーとのインターフェイスに使用するAI的な製品が発売されます。

少女アニメキャラの立体画像がユーザーと会話し、指示に従って屋内の電気機器等のオンオフや管理を行います。グーグル検索結果を音声でユーザーに知らせたり、電話の発着信も自動で行うようになれば、ユーザーはスマホを持つことすら必要なくなります。

日本の先行きを考えるうえで、国際政治と技術革新の動向が一段と重要になっています。政治家も経営者も、この2点の動向を十分に把握、理解、洞察することが不可欠です。

(了)


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