国連安保理における北朝鮮制裁決議が全会一致で採択されました。しかし、原案の石油全面禁輸は中国、ロシアの反対で修正され、石油供給の3割削減で決着。制裁決議は既に9回目ですから、その効果には懐疑的にならざるを得ません。米中露3ヶ国の水面下の駆け引きが激しさを増しています。
日本時間9月6日午後9時頃、太陽表面で大規模な「太陽フレア」が発生。日本でも北海道周辺で低緯度オーロラが観測できるかもしれないと話題になりました。
「太陽フレア」は太陽表面で起きる爆発。1859年、英国の天文学者リチャード・キャリントンによって発見され、「太陽風」とも言われます。
オーロラは「太陽フレア」に伴ってプラズマが地球の磁力線に沿って極地圏に降下し、大気中の酸素原子や窒素原子と衝突して発光する現象です。
プラズマは固体・液体・気体に続く物質の第4の状態。気体を構成する分子が電離し、陽イオンと電子に分かれて運動している状態。つまり「電離した気体」です。
今回の「太陽フレア」は大規模であったために、極地圏よりも低緯度の北海道等でも発生する可能性がありました。
同時にニュースになったのが「太陽フレア」の影響。電気を帯びた微粒子が地表近くに到達し、GPSや電子機器等に障害を引き起こすことが懸念されました。結局、低緯度オーロラが発生しなかったとともに、磁気障害も起きず、事なきを得ました。
「太陽フレア」による磁気障害の実例は、カナダでの大規模停電(1989年)、日本の人工衛星故障(2003年)等があります。
「太陽フレア」による磁気障害は、奇しくも、時同じくして話題になっている北朝鮮による「電磁パルス攻撃」と同じ現象です。
9月3日、朝鮮中央通信は水爆実験の成功を報じるとともに、水爆は攻撃目標地域の高高度上空で核爆発を起こす「電磁パルス攻撃」にも使用できると伝えました。
核爆発によって発生するガンマ線が酸素原子や窒素原子に衝突。電子がはじき飛ばされて雷のような巨大電流が発生。強力な電波である電磁パルスが地上に到達します。
電磁パルスは送電線経由でコンピューター等の電子機器に侵入。超高圧電流がIC(集積回路)等を損壊し、電子機器等の障害や停電を発生させます。
官房長官は7日の記者会見で「電磁パルス攻撃への対策の検討を急ぐ」と発言。8日には関係省庁会議が開かれました。
防衛省は来年度予算概算要求で「電磁パルス攻撃」対策研究費14億円を計上。2020年の試作弾完成を目指しています。
防衛大臣は5日の記者会見で「対策を研究中」とした一方、10日には「電磁パルス攻撃」の現実性に疑問も呈しています。
この際ですから、「電磁パルス攻撃」に関する事実関係、論点、考え方等について整理したいと思います。
「電磁パルス攻撃」は別名「EMP攻撃」または「HANE攻撃」。「EMP」は電磁パルスの英語(Electro Magnetic Pulse)の頭文字。一方、「HANE」は「高高度核爆発」の英語(High Altitude Nuclear Explosion)の頭文字。
米国は1945年、ソ連は1949年、中国は1964年に核実験に成功。当初より核爆弾を高高度で爆発させる「EMP攻撃」の可能性について、各国とも研究を進めてきました。
1958年、米国ネバダ州で核爆弾を気球によって上空まで運び、高度26.2kmで爆発させ、世界最初の高高度核爆発実験を行いました。その後、ミサイルやロケットを使用しての実験を重ね、1962年には太平洋上(ジョンストン島)でも行っています。
1962年には、ソ連もカザフスタン(カプースチン・ヤール)で高高度核爆発の実験を行っています。
米中露3ヶ国は既に通常爆弾でEMPを発生させる技術を確立しており、「EMP攻撃」を行うのに核爆弾は必須ではないとの情報も聞きます。
現にユーゴスラビア紛争(1991年から2000年)終盤の1999年、NATO(北大西洋条約機構)のユーゴスラビア攻撃を巡って米ロ協議が対立した際、ロシア側がNATOに対する「EMP攻撃」の可能性を示唆したようです。
ロシアが核爆弾使用を示唆したとは思えませんので、上記の情報が事実であるとすれば、通常爆弾による「EMP攻撃」のことと推察できます。
CIA(米中央情報局)元長官(在任1993年から95年)ジェームズ・ウールジーは、2004年にロシアの科学者からEMP技術が北朝鮮に流出したと発言しています。
北朝鮮やインド、パキスタン等が核開発に固執するのは、米露中英仏の核保有国が存在するからです。「EMP攻撃」についても、現に米露中等がその能力を有しているならば、北朝鮮も既に保有している、または保有しようとしていると想定せざるを得ません。
「EMP攻撃」は、核爆弾を上空数10kmから数100kmの高高度(高層大気圏)で爆発させ、EMPを発生させて地上の電子機器及び防衛網を麻痺させる攻撃手段です。
広島、長崎に投下された原爆は上空約500mで爆発。核爆発で生じた熱線、爆風、放射線が悲惨な被害をもたらしました。
「EMP攻撃」の場合、核爆発が高高度であるため、熱線、爆風、放射線による直接の人的被害は発生しません。
しかし、核爆発によるEMPは下方の広範な領域に及び、電子機器等に障害を発生させます。電力システム、防衛システム、金融システム、行政システム等、今や電子機器やネットワークに依存していないインフラは皆無。障害が現実になれば、社会は混乱に陥ります。
防衛省防衛研究所の報告書(2016年)では、「EMP攻撃」による社会インフラの停止を「ブラックアウト事態」と表現しています。
北朝鮮のICBM(大陸間弾道弾)完成に関して、大気圏再突入技術が最終関門、最難関と指摘されています。しかし、「EMP攻撃」は核爆弾を高高度で爆発させるため、大気圏再突入技術を要しません。
韓国の世宗研究所(安全保障関係の有力民間シンクタンク)では、1.5tの核爆弾が韓国中部上空で爆発すると、ソウル首都圏を含む広範囲の電力システム、防衛システム等で障害が発生すると指摘しています。
東京上空135kmで10キロトンの核爆発(広島型原爆は15キロトン)が起きると、障害発生地域は半径約1300km。沖縄を除く日本列島全域が入ります。
直接的な人的被害が生じないため、攻撃実施に抵抗感が少ないとの指摘もあります。しかし、実際に電力システムや電子機器に障害が発生すれば、間接的な人的被害が生じます。
例えば、医療システム。人工呼吸装置等の電子機器が停止すれば人的被害が出ます。電力システムに障害が発生すれば、生活インフラ(テレビ、冷蔵庫等)、交通インフラ(信号、鉄道等)も麻痺し、医療以外でも間接的な人的影響につながる危険性があります。
「EMP攻撃」によって通信システム、防衛システム等が障害に陥り、無力化されないような防衛ラインのことを「電子マジノ線」と称することがあります。
「マジノ線」は第2次世界大戦時の独仏国境沿いに作られたフランスの対ドイツ防衛ライン(要塞線)。フランス陸軍大臣アンドレ・マジノの名を冠して命名されました。
絶対死守の防衛ラインでしたが、フランス軍は虚を突かれてドイツ軍に突破され、あえなく降伏。ノルマンディー上陸作戦後、連合軍反撃の際にはドイツ軍の防衛ラインとして機能しました。
「007ゴールデンアイ」でも登場する「EMP攻撃」。映画やコミックの世界では「対策不可能な最終兵器」として描かれています。しかし、冷静に考えると現実的ではありません。「EMP攻撃」の戦略的合理性には疑問があります。
例えば、核兵器を米国や日本の上空で爆発させれば、事実上核攻撃を行ったのと同じ。米国に反撃能力が残っていれば、北朝鮮は徹底的反撃を受けます。そうであるならば、「EMP攻撃」という間接的第一撃ではなく、核攻撃そのものを実施するのが合理的です。
米露を筆頭に核保有国は核ミサイルの一部を潜水艦に搭載し、敵国が所在を把握できないように海洋展開しています。「EMP攻撃」で先制しても、核兵器による報復を完全に封殺することはできません。
なお、通常爆弾での「EMP攻撃」も可能と前述しました。通常爆弾であっても「EMP攻撃」が核攻撃同様の扱いをされれば、要するに「EMP攻撃」による先制は戦略的合理性に欠けることに変わりありません。
「EMP攻撃」が騒がれている理由は何か。もちろん、直接の原因は9月3日の平壌放送で北朝鮮自身が水爆実験の報道の中で言及したためです。
北朝鮮が「EMP攻撃」を意識し始めたのは、上述のウールジーが過去に「北朝鮮がEMP攻撃をやりかねない」とラジオで語ったが契機と言われています。
ウールジーは2014年の議会証言で「EMP攻撃で米国の電力網が破壊され、国民の3分の2が飢餓や病気、社会機能停止によって死亡する。国民の90%が死亡するとの専門家の意見もある」と発言。
ウールジー発言が北朝鮮の「EMP攻撃」言及インセンティブを高めていますが、ウールジー発言は時々物議を醸し、米メディアは懐疑的に報道しています。
そう言えば、ウールジーは一昨年話題になったマイケル・ピルズベリーの著書「100年マラソン(邦題「チャイナ2049」)」の中でも過激な扉書きの寄稿をしていました。詳しくはメルマガ349号(2015年12月4日号)をホームページB/Nからご覧ください。
ウールジーをはじめ、「EMP攻撃」の危険性を主張する論者の根拠として、前述の過去の実験が引き合いに出されます。しかし、実験結果については諸説あります。
1962年の太平洋上の実験はソ連のレーダー網等無力化が目的。上空約400kmで長崎型原爆の約100倍の核爆弾を爆発させ、約1300km離れたハワイで停電が発生。同年、ソ連のカザフスタン実験では電力や電話網が故障したものの、詳細は不明。2008年、米議会EMP脅威評価委員会の実験では55台の車両に「EMP攻撃」を行い、6台のエンジンが停止。
専門家はウールジーの言うような「米国民の90%が死亡する」ことを肯定していません。「EMP攻撃」の効果は改めて検証する必要があります。
いずれにしても、米国が示唆したレッドライン(核実験)を超えた北朝鮮。トランプが軍事行動に踏み切る環境が整い、世界の注目を集めています。
核実験直後、トランプは記者団に軍事行動の可能性を問われ「そのうちわかる(We’ll see)」と返答。その後1週間以上経過しましたが、今のところ何も起きていません。
2つの見方があります。ひとつは「そのうちわかる」はトランプの常套句。結局、何もしない、何もできないとの見方。この場合、北朝鮮の挑発行動はエスカレートし、北朝鮮懐柔策のハードルが上がり、北朝鮮に有利な譲歩が行われることが予想されます。
もうひとつは準備時間確保、あるいは北朝鮮が決定的行動に出るのを待っているとの見方。国連安保理は一枚岩ではありません。そのため、世界が米国の反撃、軍事行動を認めざるを得ない事態が起きるのを待っているとの見方です。
準備時間確保の意味を理解するためには、「部分攻撃」と「飽和攻撃」という概念を知る必要があります。
「部分攻撃」は基地や軍事施設等への局所的攻撃。一方「飽和攻撃」は相手に反撃の余力と機会を与えない徹底的第一撃。
今年4月、米国がシリアに対して突如巡航ミサイル攻撃を断行。これは「部分攻撃」。シリアがミサイル発射艦船や米国本土への反撃能力がないことを前提としていました。
しかし、北朝鮮への軍事行動の場合、反撃余力があれば米国への核攻撃等が想定されるため、第一撃で当該能力を喪失される徹底的な「飽和攻撃」が必須となります。
つまり、「飽和攻撃」とは敵国の軍事力、反撃能力を無に帰する、飽和状態に追い込むほどの徹底的な第一撃を意味します。
そのため「飽和攻撃」には綿密な計画と完全な実行力が必要。その準備をしていることが、トランプの「そのうちわかる」という言葉の意味だと解されます。
「飽和攻撃」が失敗すると、韓国、日本、フィリピン等は北朝鮮の攻撃対象になります。北朝鮮と米国本土の距離を考えると、米国に「一矢報いる」ために日韓比の米軍基地や大都市は現実的な標的。北朝鮮労働新聞は「核の照準を韓国と太平洋区域の米国侵略的基地に合わせている」と報じています。
これまでに北朝鮮がミサイルを発射した飛行域には、青森県三沢基地、北海道泊原発等が存在します。米軍基地、大都市以外に、原発等も攻撃対象であることを暗示しています。
北朝鮮からミサイル発射後、韓国には数10秒から数分、日本には約8分、グアムには約18分で着弾するものの、日韓両国、グアムもミサイル防衛システムを有しており、迎撃可能との見方もあります。
ロフテッド軌道で打ち上げられたミサイルは、落下過程では自然落下の固定軌道。日韓の「PAC3(地上配備型迎撃ミサイル)」や「THAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)」の迎撃命中率は高いと言われています。一方、迎撃可能時間は短く、実際に迎撃できるか否かは現実に起きてみないとわかりません。
因みに「ロフテッド」の「ロフト」は住宅等の中二階(ロフト)と語源は一緒。高く上げるという意味。対語は最短距離を表す「ミニマムエナジー軌道」です。
北朝鮮はグアム沖30kmから40km、米国領海近接の「接続水域」に向けてミサイルを発射すると予告。米国領海「寸止め」の挑発行為です。
米国はグアム近海にイージス艦約10隻、さらに「THAAD」も配備。イージス艦は迎撃命中率の高い「SM3(海上配備型迎撃ミサイル)」を装備しています。自然落下固定軌道上のミサイルは「SM3」や「THAAD」の迎撃を回避することは困難。米国は「接続水域」着弾の場合は放置するかもしれませんが、領海内着弾の場合は迎撃するでしょう。
グアムに向かうミサイルは日本上空約380kmを発射約4分後に通過。定義上は宇宙空間のため、領空侵犯にはなりません。日本のイージス艦の「SM3」は最高到達高度500km。そこで、集団的自衛権を行使してミサイルを迎撃すべきとの意見もあります。
双方のミサイル速度から判断して、能力的、技術的可否については両論ありますが、集団的自衛権を発動すれば、直ちに日本自身が北朝鮮からの攻撃対象になります。米国が迎撃対応可能な事態に対して、日本が安易に行動すべきではありません。
日本は弾道ミサイルより現実的で困難な課題に関心を集中すべきです。それは、日本を射程に収めているノドン(準中距離弾道ミサイル)。既に約300基が配備されています。
ノドンは移動式や山中配備のため所在が明確でなく、これらを排除することは容易でありません。日本に向けて発射された場合、ダミー弾やロフテッド軌道弾などを織り交ぜた変則攻撃や数10発の同時発射攻撃では、その全てを迎撃することは不可能です。
日本は外交的解決にも腐心すべきでしょう。北朝鮮が核・ミサイル開発を止めないのは、米国等が北朝鮮の体制破壊、指導者排除を企図していると捉えているからです。
開発阻止の唯一の道は、北朝鮮の体制破壊、指導者排除を行わないことを確約すること。もちろん、簡単ではありません。だからこそ、米朝間を調整できるのは近隣国の日本の役割。米国と歩調を合わせるだけでは、独立国としての存在意義が感じられません。
米中露にとって東アジアの緊張は決してマイナスばかりではないという現実も理解することが必要です。安全保障上の緊張は武器大国である米中露、さらには英仏等にとって、ビジネスチャンス。米中露の水面下の交渉に関して思慮深い洞察が必要です。日本自身も、緊張状態は国内が引き締まる、内政への関心を逸らすことが可能という感覚は、万が一にもあっては困ります。
北朝鮮のICBMと言われる「火星12」。現実的な問題として、切り離されたミサイルブースターの破片が落下してくる危険性もあります。長さ15m、重さ3tという小型旅客機並みの大きさなので、完全に燃え尽きる保証はありません。
北朝鮮情勢を注視し、適切な国会対応に努めます。
(了)