10月31日に党代表に就任しました。党の混乱を収拾すべく、その後は超過密日程。メルマガ月前半号がこんなに遅くなってしまいました。何とか後半号も月末までにお送りしたいと思います。党代表の責務を果たしつつ、メルマガは淡々と続けさせていただきます。
トランプ米大統領は、次のFRB(連邦準備制度理事会)議長にジェローム・パウエル理事を指名しました。第16代の議長になります。
現在の第15代ジャネット・イエレン議長は来年2月に1期4年で退任することになります。FRB議長が1期4年で交代するのは39年振り。近年では異例です。
第14代ベン・バーナンキは8年、第13代アラン・グリーンスパンは19年、第12代ポール・ボルカーは8年。
その前の第11代ウィリアム・ミラーがわずか1年強で退任しています。1978年から1979年にかけて、インフレ対策として積極的に利上げしたことに議会が反発。公聴会等で吊し上げられ、退任に追い込まれました。
1979年と言えば、エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が日本でベストセラーになった年。つまり、日本の貿易黒字が絶好調の時期。裏返せば米国は「双子の赤字(貿易赤字、財政赤字)」で議会や世論のストレスが溜まっていた時期です。
ミラーはそうした環境の犠牲になったとも言えますが、イエレンはそれ以来の短命議長となります。
その当時と比べると、現在の米国経済は好調。株価も最高値を更新しており、イエレンは別に失敗をしたわけではありません。市場との対話も円滑で、利上げも摩擦なく行っており、その手腕は評価されています。
イエレンがパウエルに交代させられる理由は、報道や市場関係者からの情報をもとに整理すると、以下のとおりです。
第1に、トランプが独自人事色を強めたいため。イエレンはオバマ前大統領の任命のため、金融政策も自分が任命した議長が運営するという姿をつくりたかったようです。
第2に、政策の路線変更はしないものの、スピードコントロールを意識した人選にしたこと。
上述のとおり、現在の米国経済はとりあえず順調。その面からはイエレンを交代させる理由はありません。そこで、理事就任以来、FRBの政策決定に反対票を投じたことがなく、現在のイエレン路線を踏襲するパウエルを指名。
パウエルは実業界出身のため、FRB生え抜きのイエレンに比べると利上げには抑制的。つまり、パウエルが議長になれば、イエレンよりは利上げのスピードが落ちると見られています。
第3に、その実業界出身ということ自体も大きな理由。トランプ政権の幹部は、他の政権に比べると、学者、官僚、有識者よりも、実業界出身者を顕著に登用。
トランプは元々「不動産王」。「低金利人間」と自称するほど金利に敏感な実業家であり、ブレーンも実業界関係者が中心。体質的にイエレンよりもパウエルを好むようです。
因みに、トランプ政権は別名「3G政権」。幹部に多く登用されている大富豪(Gazillionaire)、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)出身者、将軍(General)経験者の頭文字から命名されています。
第4は、金融規制に対するスタンスの違い。投資業務経験のある実業界出身のパウエルは、リーマンショック後に銀行等に課された規制の緩和に前向きと見られています。
つまり、パウエルはイエレンと比較すると、「基本的路線は踏襲しつつ、利上げには慎重であり、規制緩和には積極的」と目されています。
第5に、減税政策の観点からトランプ政権にとって適任であること。トランプ政権は減税が公約。中間選挙に向けて減税政策や税制改革法案等を具体化する時期に入りました。「利上げに慎重」で実業界出身のパウエルはそういう観点から適任。
テーパリング(徐々に量的緩和を縮小する金融政策運営)や利上げ等のイエレンの「出口路線」を踏襲しつつ、より一層、景気に配慮するパウエルは減税政策に親和的。
これから大統領と議会の「TAX Battle(税の戦い)」が始まる折から、利上げペースが速くなって景気に下押し効果が及ぶと、減税政策の障害となります。
そうした観点から、財務長官スティーヴン・ムニュチンもパウエル指名を好感しています。因みに、ムニュチンもゴールドマン・サックス出身です。
来年は今まで以上に、日米とも金融政策を巡る市場と政治の動きから目が離せない1年となるでしょう。主役となるFRB次期議長パウエルのプロフィールを整理しておきます。
パウエルは弁護士出身の64歳(1953年生まれ)。2012年にFRB理事に就任し、上述のとおり、以後1度も議長提案に反対票を投じたことのない「中道穏健派」との評価。
パウエルを紹介した米紙Wall Street Journalの記事(11月2日)の見出しは「Mr.Ordinary, Who Is Jerome Powell, Trump’s Federal Reserve Pick?」(ミスター普通、トランプがFRB議長に選んだジェロミー・パウエルって誰?)。
記事に中に記されているFRB理事としてのパウエルの基本姿勢は「Keep you head down and work hard」(目立たず、勤勉に)。なるほど、「中道穏健派」と言われる所以です。
ワシントンD.C.生まれ。プリンストン大学で政治学を専攻した後、ジョージタウン大学法科大学院で法学修士を取得。その後、「ジョージタウン・ロー・レビュー」という学内法律専門誌の編集長を務めていたそうです。
地区連銀総裁12人中、経済学博士号取得者は7人。PhDを有しない議長も珍しいですが、そもそも法学部出身ですから経済学の学位もありません。経済学位のないFRB議長は上述の短命ミラー議長以来。因みに、ミラーも実業界出身でした。少々気になります。
ジョージタウン大学を辞した後は、投資銀行「ディロン・リード」に就職。「ディロン・リード」は、いわゆる「White shoe(ホワイトシュー)」の筆頭格。
「White shoe」は読んで字の如く「白い靴」。米国金融界の隠語で、毛並みの良い「大手法律事務所、大手投資銀行、及びその従業員」のことを指します。
「白い靴」は、19世紀末から20世紀初頭の米国上流階級の人々の装いを象徴する言葉でした。何度も映画化されている米国作家スコット・フィッツジェラルドの1925年の名著「グレート・ギャツビー」(映画邦題「華麗なるギャツビー」)の世界です。
「白い靴」に列せられる投資銀行は、ディロン・リード、ファースト・ボストン、モルガン、ソロモン・ブラザース、ウォーバーグ等々です。富裕層のWASP(ホワイト、アングロサクソン、プロテスタント)というイメージです。
パウエルが入った頃のディロン・リードでは、ニコラス・ブレディーが活躍していました。ブレディーはその後、レーガン政権と父ブッシュ政権で財務長官に就任。人脈の系譜が想像できます。
パウエルはディロン・リードの次に有力投資ファンド(プライベート・エクイティー・ファンド)「カーライル・グループ」に移籍。同社は政権や防衛産業とパイプが太く、パウエルは同グループのパートナーに上り詰めました。
というプロフィールですから、要するにウォール・ストリート派。リーマンショック後の金融規制には反対であり、規制緩和派です。トランプ大統領の路線と一致しています。
米国マスコミはこの人事に総じて好意的。11月2日のNew York Timesの記事のタイトルは「Shocking, Trump Makes the Right Choice With Jerome Powell」(ショック、トランプはパウエルを選ぶという正しい選択をした)。皮肉を込めた見出しですが、珍しくトランプの判断を評価しています。
同日Washington Post社説も同趣旨。見出しは「Trump’s Fed pick is incredibly important. And he made a good call」(トランプのFRB議長指名は非常に重要で良い判断をした)。やはり、トランプの判断を珍しく前向きに評価しています。
ワシントン批判、ウォール・ストリート批判を繰り返し、米国の製造業を担ってきた白人中間層の不満を吸収して大統領選に勝利したトランプ。
しかし、発足した政権は「3G政権」。ウォール・ストリートの象徴のようなゴールドマン・サックス出身者を大量に幹部に登用し、今度はFRB議長に「ホワイトシュー」を登用。
米国が「世界の警察官」を演じることに後ろ向きで、モンロー主義(孤立主義)を思わせる内向きの外交安全保障スタンスを主張していたトランプ。
しかし、最近では南シナ海や北朝鮮等を巡って、過去の政権以上に対外関与に積極的な姿勢を示しています。
内政も外交も、トランプ政権の今後の動向は、まだまだ予測が難しい状況が続きます。大統領選の時の主張とあまりに変わるようであれば、支持率もさらに低下することでしょう。
過去14人のFRB議長の中で、最長任期は第9代ウィリアム・マーチン。1951年4月から1970年1月まで務めました。
その次が、上述の第13代アラン・グリーンスパン。任期は1987年8月から2006年1月まで。ふたりとも、約19年。足かけ20年です。
グリーンスパンはニューヨークのジュリアード音楽院を卒業したサックス奏者という異色の経歴の持ち主。
やがて、経営や金融に関心を抱き、ニューヨーク大学、コロンビア大学に入学して、経営学や経済学を専攻。とくにコロンビア大学では、後に第10代FRB議長を務めるアーサー・バーンズに師事。
その後、シンクタンクで経済アナリストを務めた後、自ら経済コンサルティング会社を主宰し、複数の企業の役員等を歴任。その間にフォード政権で大統領経済諮問委員会議長を務めるなど、ワシントンで一目置かれる存在になりました。
そして、1987年にレーガン大統領からFRB議長に指名されたグリーンスパン。就任2ヶ月後にブラックマンデーに直面。
ブラックマンデーでは1日にNYダウが22.6%下落。1929年大恐慌の時でも初日の下落率は12.8%でしたので、世界は震撼しました。
翌朝、グリーンスパンが発表した「FRBは流動性を提供する準備ができている」との短い声明が奏効。市場は徐々に落ち着きを取り戻し、グリーンスパン神話が始まりました。
音楽家にして、実業家。経営や経済の専門家。就任直後に株価暴落を修復したグリーンスパン。その風貌とも相俟って、神秘的なイメージを伴うFRB議長として以後19年間に亘って市場に神通力を及ぼしました。
神通力。急に日本的な言葉が登場して恐縮ですが、2000年末まで日銀に勤務し、市場や金融と向き合ってきた私として、グリーンスパンを連想する言葉は「神通力」。
当時は1970年代まで全盛であった財政政策中心のケインズ理論が「神通力」を失い、その後市場を席巻した金融政策中心のマネタリズムも「神通力」が怪しくなり、市場や経済に対する理論の説明力が徐々に低下しつつある局面でした。
理論が説明力を失う中、「神通力」を持つ異色のFRB議長グリーンスパンは数々の名言(迷言)を生み出し、「マエストロ」と呼ばれるようになりました。「マエストロ」はイタリア語及びスペイン語における芸術家や専門家に対する敬称。言わば「巨匠」。
1995年のWindows95発売を契機とするITバブル。通信技術やインターネットの普及と相俟って、従来の経済理論では説明不能の好況が出現。
マエストロ・グリーンスパンは、「ニューエコノミー」と称して全体をフワッと説明すると同時に、一方では「根拠無き熱狂」と言って説明不能であることを醸し出しました。
しかし、冷静に考えると何が「ニュー」だったのかよくわからず、後で考えると単なるバブルでした。
当時日本でも新興IT起業家が勃興し、20歳代の若き社長が続々誕生。某通信機器企業の社長は世界第5位の富豪にランキングされました。
そうした企業の株はPER(株価収益率)が異常に高く、日本の新興企業でも100倍超。米国AOLに至っては700倍。グリーンスパンが「根拠なき熱狂」と称したのも当然でした。
任期終盤の2005年2月、利上げしても長期金利が上昇せず、市場が徐々に過熱しつつあった状況を「コナンドラム(謎)」と称しました。結局、2007年サブプライム危機、2008年リーマンショックの前兆であったことは、後になってわかったことです。
翻って現在。鳥瞰すると、リーマンショック以降、株価は一貫して上昇して既に8年目。もっともPERは高くなく、金融緩和してもインフレ率も上昇せず。この不思議な状況を、グリーンスパンであれば何と表現するでしょうか。
現議長イエレンは「ミステリー」と表現しています。市場や景気の循環の観点、確率論的に言えば、そろそろ節目が来てもおかしくない状況です。
節目の契機は北朝鮮有事かもしれません。しかしその場合、市場には戦争特需を期待する向きもあり、むしろさらにバブル的状況が続くかもしれません。
とは言え、イールドカーブ(金利曲線)がフラット化していることが、市場の先行き疑念を反映しています。
FRBは金融緩和の副作用を十分に認識していることから、既に金融政策の正常化に踏み出しています。しかし慎重に進めています。
そうした中でのパウエル就任。しかも、トランプは正常化とは逆方向、つまり緩和継続または拡大の期待をパウエルにかけることでしょう。
「穏健中道派」「Mr.Ordinary」のパウエル。イエレン路線の単なる踏襲、継承であれば問題ないと思いますが、危機に直面した際の対応力は未知数です。
低金利下で市場混乱や景気後退が生じた場合、大胆かつ積極的に対応できるか否か。因みにパウエルは、理事就任直後に非伝統的金融政策に否定的な考えを示していたと言われています。
一方、正常化に踏み切れない日本。都心を中心にバブル期を超え始めた地価。ビッドコインの急速な値上がり。異常な水準まで膨張したマネタリーベース。上昇しない物価。
家計所得が伸びず、実質賃金が低下する中、それでも物価上昇を目指し続けるのか否か。政策の合理性が揺らぐ「コナンドラム」に直面しています。
黒田日銀総裁の任期は来年4月まで。コナンドラムを解くことができるマエストロのような次期総裁は誰か。与野党間でも意見交換を進めたいと思います。
(了)