代表就任後、メルマガは月に1本のペースになってしまいました。前号と合わせて、労働生産性と「働き方改革」について整理します。予算委員会で使用したグラフはホームページにアップしますので、ご興味がある方はご覧ください。森友問題については、ツィッターで発信しています。そちらもご覧ください。
前号の復習からスタートです。労働生産性の定義式は、売上げ(分子)を労働力(分母)で除します。国全体の労働生産性を算出する場合、分子はGDPとなります。
中学生でもわかるように(と言うと中学生に怒られそうですが)、分子が大きくなれば労働生産性は上昇、分母が大きくなれば労働生産性は低下します。
最近、GDPのデータの作り方が変更され、GDPが嵩上げされているとの指摘もあります。もはや、中国の統計の信頼度の低さを批判できません。
とは言え、分子のGDPデータの信頼度はとりあえず脇に置き、分母の労働力のデータの信頼度に集中して整理します。
労働生産性の計算式における分母、すなわち労働力は、就業者数に労働時間を乗じたものです。そこでまず、就業者数のデータがどのように作られているのかを調べます。
就業者数のデータは、総務省の労働力統計に掲載されています。そう聞くと、いかにも信頼度が高そうですが、諸外国との比較で不思議なことに気づきました。
人口に占める就業者数の割合を先進7ヶ国で比較すると、日本はトップで唯一50%超え。フランスやイタリアは30%台です。
何か統計の作り方に違いや問題があるのではないかと思い、総務省の労働力統計の実際の調査方法を聞いてみました。
総務省が全国を11ブロック、46の職業特性に分け、統計調査員がサンプル地域を戸別訪問して調査票に記入してもらうという方法です。
調査票の質問項目に「月末1週間に仕事をしたかどうか」という内容があり、その回答として8つの選択肢が用意されており、そのうち次の4つを選択した者が就業者にカウントされます。
1番目は「おもに仕事」、2番目は「通学のかたわらに仕事」、3番目は「家事などのかたわらに仕事」、4番目に「仕事を休んでいた」。
1番目が就業者に含まれるのは当然として、2番目から4番目の回答者が就業者に含まれるのはなぜでしょうか。とくに、4番目の回答者が就業者に含まれるは不可解です。
つまり、就業者数が実際よりも嵩上げされている可能性があり、そうであれば、計算上、労働生産性の低下要因となります。
就業者数については、もうひとつ留意が必要です。労働力調査は上述のように、統計調査員が実際に戸別訪問してデータを集めます。訪問先が外国人だった場合はどうしているのかが気になり、調べてみました。
今や相当数の外国人が日本に居住しています。就学ビザで日本に来ていても、週28時間以内であれば就労可能です。都市部では、既にコンビニの従業員の多くは就学ビザの外国人で占められていることはご存知のとおりです。
労働力調査では、訪問先の外国人も含まれるそうです。そうすると、法務省の在留外国人統計ベースで日本に居住する外国人約247万人全体が潜在的労働力に加算されます。なお、正式な外国人雇用者である厚労省の「外国人雇用状況」統計による最新の外国人労働者数は約108万人です。
この点に関し、他の先進国の状況を調べたところ、例えば、米国やフランスでは外国人は含んでいないようです。日本のような統計調査員の戸別訪問方式ではなく、自国籍国民に対する調査票の送付方式のようです。
就業者数に外国人を含む場合、就業者数が嵩上げされるため、計算上、公表される日本(日本人)の労働生産性は低下します。就業者数に外国人を含んでいない他の先進国の労働生産性と単純比較するのは不適切です。
つまり、就業者数が嵩上げされている可能性の高いデータが使われているため、日本(日本人)の労働生産性は他国比、不当に低く算出されている可能性があります。
それを前提に、日本(日本人)の労働生産性は低い、だから「働き方改革」が必要だという論理は合理的ではありません。
次は労働時間。厚労省の毎月勤労統計調査(毎勤統計)のデータが使われています。毎勤統計もサンプル調査です。
毎勤統計は常用雇用者を常時5人以上雇用するサンプル事業所を対象に調査が行われています。小規模事業者(零細事業者や個人事業者)は対象外です。
しかし、就業者のかなりの割合が常用雇用者5人未満の事業所で働いています。そうした就業者の労働時間が勘案されていないことは、毎勤統計のデータの信頼性を低下させています。
さらに、国際比較においては、諸外国の労働時間調査の実態を知る必要がありますが、必ずしも明らかではありません。小規模事業者を対象としているか否かは、日本との比較の正当性、信頼性に関して重要なポイントですが、実態は厚労省も把握できていません。
さらに奇妙な問題点もあります。それを理解するために、まず毎勤統計(厚労省)での年間労働時間を確認しておきます。最新データでは1713時間です。
労働力調査(総務省)にも労働時間のデータがあります。但し、「非農林業従業者の週間就業時間」です。
これを年率換算するために直近データに年間換算値(52.143)を乗じると、2034時間になります。1713時間とは321時間の差があります。
統計がともに正しいとすると、農林業従事者や小規模事業者の労働時間が相当長いということになります。
労働人口に占める割合を前提とすると、全体の年間労働時間を321時間も引き上げるためには、農林業従事者や小規模事業者の年間労働時間は3000時間近くにならないと整合性がつきません。
以上のとおり、労働生産性を算出するうえで重要なデータである就業者数と労働時間の信頼性には問題があります。安倍首相はその点を理解できていません。
労働生産性の定義と本質を誤解したままま経済政策、労働政策、社会政策を続けることは、国民や経済にとって不幸なことです。
昨年12月8日に発表された「新しい経済政策パッケージ」の3―1頁には、「我が国の生産性を2015年までの5年間の平均値である0.9%の伸びから倍増させ、年2%向上」させるという目標が明記されています。
しかも、当該文中の「生産性」を脚注でわざわざ「労働生産性」に限定しています。1月25日の代表質問で「なぜ労働生産性と限定しているのか」と質すと、首相は「賃金に直結する労働生産性の上昇を目標として掲げた」と答弁しました。
賃金が上昇しないのは労働生産性が低いため。労働生産性が低いのは「働き方」が悪いから。労働生産性が上がれば賃金が上がる。労働生産性は企業業績や経済成長の「原因」であり、「結果」ではないという考え方が色濃く感じられる論理を展開しています。
昨年3月28日の「働き方改革実行計画」の2頁には「働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段」と記されているほか、昨年11月27日の衆議院予算委員会で厚労大臣が「生産性を上げ、そしてそれが我が国の経済成長につながっていく、それをしっかり目指していきたい」と述べ、首相はそれを受け「基本的な考え方については、ただいま厚労大臣から答弁したとおり」と続けました。
つまり、労働生産性の低さを経済成長が低迷する「原因」と位置づけ、労働生産性が低いのは労働者の働き方に問題があるとして「働き方改革」を推奨しています。
行間に「日本の労働者が怠慢である」という底層主張を感じるのは筆者だけでしょうか。日本人は勤勉です。根拠を精査することが必要です。
労働生産性が本当に低いとすれば、企業業績やGDPが伸びない「原因」を整理する方が適切です。
企業の経営や戦略の稚拙さによって収益が伸びないこと、国の経済政策・産業政策・科学技術政策・教育政策等が適切でないこと、それに伴い、生産性の低い分野や利権事業に無駄な予算が投入されていることの影響が大きいでしょう。
つまり、労働生産性を算出する場合の分子である企業売上やGDPの増加こそが、労働生産性向上の鍵と言えます。
なお、上記の「新しい経済政策パッケージ」の「0.9%」の算出方法も信頼性が低く、「2%」目標の合理的根拠も全く示されていません。
以上のとおり、現在の「働き方改革」は重大な錯誤(認識の誤り)が前提となっています。ひとつは労働生産性が低いという前提、もうひとつは労働生産性が企業業績や経済成長の「原因」であるという前提です。
この2つを合体すると「労働生産性が上がれば賃金が上がる」という論理が導き出されます。しかし、現実にはそうなっていません。再度紹介しておきますが、1月22日の日経新聞1面の見出しは以下のとおりです。
「日本の賃金、世界に見劣り」「生産性の伸びに追いつかず」「国際競争力を左右」「G7のうち日本だけが賃下げ」「人材流出の恐れ」。
記事と一緒に併載されたグラフは良い出来でした。安倍政権の5年間で労働生産性は9%上昇しましたが、実質賃金上昇は僅か2%。差の7%分は企業の内部留保です。
1月25日の代表質問、3月1日の予算委員会で、繰り返し安倍首相にこの点を説明しましたが、どうもピンときていないようです。困ったものです。
因みに、日経新聞のグラフと類似したグラフが、日銀が1月に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の図表39として掲載されています。
労働生産性は「原因」か「結果」か、労働生産性は「操作変数」か「目標変数」か。ここがポイントです。賃金は企業収益の結果として決まり、企業収益は企業の戦略やイノベーションの結果として決まると考えれば、労働生産性は「結果」であり「目標変数」です。
もちろん、労働者がより効率的、生産的、創造的に働くことは良いことです。その方向の努力を続けることは理解できます。しかし、現在の「働き方改革」の論理は、日本経済の中長期的低迷の「原因」を労働者に転嫁し、企業や国の問題を直視していません。
これでは「働き方改革」も、中長期的な日本の経済政策、労働政策等も失敗必定。「失われた20年」は「失われた30年」「失われた40年」になるでしょう。
日銀の「経済・物価情勢の展望」の図表29は労働分配率の推移を示しています。安倍政権の5年間は労働生産性の伸びに実質賃金が追いついていないのですから、なるほど労働分配率が下がっています。
少し難しいですが、定義上、GDP(国内総生産)は3項目で決まることになっています。第1は「(1―α)資本投入」、第2は「α労働投入」、第3は「全要素生産性」。「α」は労働分配率です。
したがって、定義上、労働分配率が下がる場合、「資本投入」量が多ければGDPは増加することになります。
労働生産性が上昇し、労働分配率が低下する中、安倍政権下では異常な金融緩和と大規模な財政出動を行ってもGDPが伸び悩んでいます。その理由は「資本投入」が少ないからです。
「資本」の中心は設備であり、つまり、設備投資量や資本装備率が低いことがGDP低迷の「原因」。要するに、企業の問題。過剰な内部留保の副作用、マイナス効果を改善しない限り、「錯誤」に基づく「働き方改革」を行っても低迷を脱することはできません。
「資本」には土地や資金も含まれます。不当に高い地価、異常な金融緩和に基づく過剰資金の生産性の低さも、GDP低迷の「原因」となっています。
1月25日の代表質問に対して、首相は「大胆な投資などを行うことで、結果として1人1人の働く皆さんが生み出す付加価値をしっかりと高める」と答弁しています。この部分は的確です。つまり、生産性は「原因」ではなく「結果」。答弁は的確ですが、答弁者である首相が答弁の内容を十分に理解できていないことが問題です。
平成28年版の労働白書のコラム2-1「労働生産性について」(80頁)は次のように記しています。曰く「現実の労働生産性は、潜在的な生産能力ではなく、あくまで実現された生産性ということになり、言い換えれば、生産性を考える際には需要面も考慮する必要がある」。
まったくそのとおり。つまり、労働生産性は「原因」ではなく「結果」。生産性を考える際には需要が重要であり、実質賃金を下げ、労働分配率を低下させ、家計所得が伸びなければ消費も増加せず、GDP低迷を脱することはできません。
労働生産性の意味を考えるうえで、前号で「レジ打ち」の例を示しました。3月1日の予算委員会で首相にも質問しましたが、理解してくれたか否かは定かではありません。
労働生産性が「原因」ではなく「結果」であることを理解するために、もうひとつ例をあげておきます。
直近の「県民経済計算」統計に基づくと、1人当たり労働生産性の全国平均は494万円、東京都は752万円、その差は258万円。課税分込みでは、東京は1100万円、沖縄は610万円、約2倍の開きです。私の住む愛知は840万円です。何か変です。
東京の人は地方の人よりそんなに生産性が高いのでしょうか。愛知の人は東京の人の76%の生産性しかないのでしょうか。そんなわけがありません。
愛知の「製造品出荷額等」は38年間全国一。2位の神奈川の2倍以上ありますが、「地域内総生産(GDP)」は東京が全国一。その理由は、「製造品出荷額等」と「地域内総生産」の差額である「賃金」「利潤」の部分が東京に集中しているからです。「地域内総生産」は上述の「県民経済計算」統計に基づきます。
とくに「利潤」は、大企業の本社登記地の東京に計上されるため、統計上、東京の労働生産性が高くなります。つまり、企業の「利潤」が何県に計上されるかによって、労働生産性の都道府県間の差が決まります。実際の労働者の「働き方」とは何の関係もありません。
因みに、法人税を蔵出税(工場や事業所の立地県に納税)化したら、労働生産性の都道県格差は縮小するでしょう。愛知と東京の比較で言えば、愛知が上回ると思います。
なお、東京は生活物価が高いこと等も反映し、東京の労働者の「賃金」が相対的に地方の労働者より高いことも、統計上の都道府県格差に影響しています。
以上の内容は、平成27年2月2日の予算委員会でも安倍首相に指摘しましたが、これも理解できていないと思います。安倍首相だけでなく、経団連幹部や官僚も理解していないと思います。
安倍首相は、日本(日本人)の労働生産性が低いという印象を与える主張は止めるべきです。勤勉な日本の労働者の失礼なばかりでなく、これからの日本を担う若者の自信喪失にもつながっています。
長時間労働を是正し、労働者が豊かで十分な教育を受け、心に余裕を持てることが、創造的な人材を育て、経済や産業や社会を発展させることにつながり、「結果」として労働生産性も向上します。
(了)