シリア政府軍による化学兵器使用を理由に米英仏軍がシリアをミサイル攻撃。米国はシリアの後ろ盾、ロシアに対する制裁にも言及。北朝鮮の動向も含め、国際社会は不透明感を増しています。メルマガ400号の今号は、深層で連動する極東・中近東情勢を整理します。
3月8日、米国は北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)からの申し出を受け入れ、米朝首脳会談開催の方針を発表。金正恩は核・ミサイル実験凍結を示唆しました。
米朝首脳会談が実現すれば史上初。朝鮮半島情勢に変化をもたらす可能性が高いでしょう。現時点では5月から6月初開催の見込みです。
その後、3月25日から28日にかけて金正恩が電撃的に訪中し、習近平(シー・ジンピン)と会談。北朝鮮を巡る駆け引きは新たな局面に入りました。
直後の30日、北朝鮮と韓国は金正恩、文在寅(ムン・ジェイン)の南北首脳会談を4月27日に板門店で行うことを合意。11年振りの首脳会談です。
米中韓朝4ヶ国の駆け引きの中、日本は蚊帳の外に置かれている感が否めませんが、安倍首相は訪米し、明日(17日)以降、トランプと会談予定。
首相は何を主張し、どのような交渉をするのでしょうか。帰国後、国会に可能な限り報告をする義務があります。
金正恩は2011年末に指導者となりましたが、訪中は初めての外国訪問。就任から6年以上、国家指導者が全く外国訪問をしていなかったのは異例です。
初の外国訪問に踏み切ったのは、それだけ追い込まれていたのか。核・ミサイル開発を含め、交渉カードが整ったので外交に打って出たのか。見極めが必要です。
金正恩は28歳で指導者に就任。国内には独裁への反発もあることから、過去数年間、反対派粛清に腐心。体制が固まったということかもしれません。
最初に選択した訪問先が中国。朝鮮戦争以来の特別な友好国であり、隣国であることに鑑みれば、当然のように思えますが、実はそれほど単純ではありません。
1990年代以降、中朝関係は冷え込んでいました。その原因は冷戦終結後の1992年、中国が韓国と国交を樹立したこと。さらに2014年、習近平が国家主席として初めて韓国を訪問したこと。北朝鮮にとって衝撃的屈辱だったと言われています。
最近では、中国も核・ミサイル実験に対する国連制裁決議に呼応。過去に見られなかった厳しい姿勢を示し、北朝鮮は激しく反発。こうした中で初の外国訪問先として選択した中国。深層は単純ではないでしょう。
ところが、中国は金正恩を大歓待。報道によれば、金正恩の宿泊に充てられたのは釣魚台迎賓館。先客を急遽退去させ、敷地全体を提供したそうです。
全日程に習近平が同行。金正恩の訪中は非公式でしたが、中国は異例の超厚遇。北朝鮮中央通信も習近平に対する感謝報道を行うなど、急転直下の蜜月ぶりです。
北朝鮮の動きは、今になって振り返ると整然としています。思い起こせば昨年の11月29日。参議院予算委員会での質問当日の未明、北朝鮮がまたミサイルを発射。
予算委員会で「ミサイルは最新型大陸間弾道弾(ICBM)火星(ファソン)15号ではないか」と質問。小野寺防衛大臣は「未確認」との答弁でしたが、後日、北朝鮮が「火星15号」であったことを発表。
ミサイルはロフテッド軌道で高度4475kmに達し、53分後に960km先の日本海に落下。後に、通常軌道で発射された場合は1万3000km以上飛行可能であったことが判明。
同日の北朝鮮国営中央テレビ(KCNA)は「核武力完成」を宣言。米国も米本土全域が射程圏内に入ることを追認。米朝の緊張関係は新たな局面に入りました。
その後、国連安保理や米中の北朝鮮への対応が厳しさを増す中で越年。すると、年が明けた1月9日、北朝鮮は韓国との南北閣僚級会合において、2月開幕の平昌五輪に参加することを表明。新たな外交カードを切ってきました。
北朝鮮は韓国との五輪実務者協議において、政治的駆引き抜きで誠実に対応。金正恩は実妹の金与正(キム・ヨジョン)、韓国は国家安保室長を大統領特使として相互派遣し、南北首脳会談開催に合意。米国への首脳会談申し入れに先立ってのことです。
そして電撃的訪中。さらに直後の4月3日、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相が訪露行程で立ち寄った北京で中国の王毅外相と会談。
同日の中国国営中央テレビ(CCTV)は「首脳会談の合意を早期に実行すべき」(王毅)、「上層部の相互訪問や意思疎通を強化したい」(李)との両外相発言を報道し、蜜月ぶりを演出。
そして4月6日、金正恩は6ヶ国協議復帰の意向を表明。中朝首脳会談で内々合意されていたとの文脈・演出です。
中国は会談の模様をSNS微博(ウェイボ)で速報する異例の対応。11年振りの南北首脳会談、史上初の米朝首脳会談に向けて、北朝鮮の後ろ盾としての存在感を誇示しました。
翌7日、遠く離れたシリアのドゥーマでシリア政府軍が化学兵器を使用した疑惑が浮上。トランプは化学兵器使用が事実であれば、シリア政府軍を攻撃する旨、再三の警告(予告)発言。シリアの後ろ盾、ロシアのプーチンに対しても名指しで批判。
13日、トランプはシリア政府軍の化学兵器使用を断定し、米軍に攻撃命令を発出。ミサイル105発をシリアの化学兵器工場に打ち込みました。
核兵器や化学兵器の保有・使用への報復措置を辞さない米国。米朝会談を控え、シリア攻撃は北朝鮮に対して強いメッセージになったことは事実です。
しかし、極東と中近東における米中露の水面下の駆け引きは単純ではありません。深層は複雑です。一連の動きを改めて整理してみます。
北朝鮮は核・ミサイル開発によって米国全土を射程圏内に入れたことで外交カードを獲得。逆に米国は北朝鮮を武力攻撃する口実を得たという外交カードを獲得。双方が都合よく考えていることでしょう。
また、北朝鮮は韓国に「抱きつき」戦術を展開、さらに中国を電撃訪問。11年振りの南北首脳会談を決定し、6ヶ国協議復帰も打ち出し、米朝首脳会談前に自国に有利な環境整備に腐心。「第2のイラク」「第2のシリア」になることを回避する道筋を模索。
中国にとって北朝鮮を巡る交渉は、韓国内に配備された米韓軍のTHAAD(高高度防衛ミサイル)撤去に向けた外交カード。
米朝会談では、米国は「核・ミサイル廃棄」を要求する一方、北朝鮮は「朝鮮半島の非核化」を主張するでしょう。
「朝鮮半島の非核化」は、在韓米軍の核兵器撤去、及び北朝鮮がミサイル廃棄に同意すればTHAADも不要になるわけですから、当然撤去を要求。北京等も射程圏内に入る韓国のTHAAD撤去は中国の利益になります。
米朝首脳会談は「核・ミサイル廃棄」対「朝鮮半島の非核化」の構図。北朝鮮(及び後ろ盾の中国)は再び「行動対行動の原則」、つまりギブ・アンド・テイクを主張するでしょう。
交渉の場は2国間協議(バイ・ラテラル)と多国間協議(マルチ・ラテラル)。後者の中心は6ヶ国間協議。そこにはロシアも入ります。
ロシアは、英国における元ロシア外交官(英国との二重スパイ)毒殺未遂事件を巡り、英米両国と外交官退去命令の応酬を続けています。
また、ロシアはシリア情勢を巡ってはシリア政府(アサド政権)の後ろ盾。極東・中近東を巡る米露の駆け引きは連動しています。
そもそも、事業家としてのトランプはロシアとパイプが太く、大統領選でロシアが暗躍して投票に影響を与えたことが米国内の政治問題になっているのは周知のとおり。
ロシア・ゲート事件ではトランプとプーチンは盟友。マイケル・フリン大統領補佐官が駐米ロシア大使とウクライナ問題を巡る対ロシア制裁解除を交渉した越権行為で解任されたほか、トランプの娘婿(ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問)は現在捜査対象。極東・中近東を巡る米露の動きを額面通りに受け取ることは危険です。
時を同じくして、米中間で「貿易戦争」が激化。トランプの公約は「アメリカ・ファースト」。米国の経済・産業・雇用は諸外国(とくに中国やメキシコ、日本等)との不当な競争に晒されており、これを米国の利益優先で是正するというものです。
ロシア・ゲート事件等の影響で支持率が低迷する中、中間選挙も近くなり、昨年末頃から「貿易戦争」に関する発言もエスカレート。1月のダボス会議で不公正貿易に対する対抗措置の可能性に言及したトランプ。3月1日、ついに鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品に10%の追加関税を課すことを発表。
この決定に反発し、自由貿易主義者のギャリー・コーン国家経済会議(NEC)議長が3月6日に辞任表明。前日の5日、やはりこの決定に強い懸念を示した共和党のポール・ライアン下院議長。とうとう4月1日に引退表明。ライアン以外にも、トランプ批判に端を発する共和党への逆風を背景に引退表明した議員は30名を超えています。
トランプはそんなこともどこ吹く風。4月2日に中国が対抗措置として米国からの輸入品30億ドル相当に対する関税導入を発表した翌3日、USTR(米通商代表部)が中国による知的財産権侵害への対抗措置として25%の追加関税を課す1300品目(約500億ドル相当)のリストを発表。
4日、反発した中国もさらなる報復措置を明言。5日、トランプは追加関税25%の対象中国製品を1000億ドル分積み増す意向を表明。まさしくチキンゲーム。
在ワシントン中国大使館は「一方的で保護主義的な行動はWTO(世界貿易機関)の基本原則と価値に反し、世界経済の利益を減少させる」との声明を発表。共産主義国家と資本主義国家が逆転しています。
一方のトランプ、「中国の不公正貿易が長年ワシントンに無視されてきた」と述べ、歴代政権との違いを強調。中間選挙を控え、不公正貿易による被害を受けている米労働者を守る大統領像を演出する思惑が見え隠れしています。
ビジネスマン出身のトランプ。最近は開き直って自らのビジネス手法を駆使しているように思えます。本質は金儲け。最終的に損することは回避するかもしれません。課税措置は実務的には早くても6月中旬以降。それまでに交渉余地があります。
極東・中近東を巡る緊張、貿易戦争の深層は複雑です。日本は如何に対応すべきか。与野党の垣根を越えて、国会内外で十分に議論しなければなりません。
米中露の動きを最近の日本のマスコミは「国家主義」と表現しています。「国家主義」とは、国家(政府)の権威や繁栄を第一に考える立場。マスコミの表現方法は一見正しそうに思えますが、正確な使用方法とは言えません。
「国家主義」は国家利益を国民や個人の利益より優先させるため、全体主義的、国粋主義的な傾向を伴いがちです。
「国家主義」は、英米等の先進国を追随するため、近代化を急いだ20世紀前半のドイツや日本が典型例と解釈されています。
「経済的国家主義」という概念もあります。「経済的国家主義」は国有企業等によって経済を支配し、計画経済を軸とする国家。米国は該当しません。
「国民国家」は、言語・文化・歴史等を共有する民族を基盤に形成され、対内的には国民の生命・自由・財産の安全確保、対外的には外敵からの侵略防止を目指します。
「国民国家」では、「国家発展を優先させて国家権力の拡大強化を図る」「国民の人権や自由を尊重したうえで国家発展を図る」という2つの路線が対立。「国家(優先)主義」と「国民(優先)主義」です。第2次大戦前の独日は前者、米英仏は後者の路線を選択したとの解釈が一般的ですが、それほど単純化はできないでしょう。
トランプ外交を「モンロー主義」と評する向きもあります。「モンロー主義」は第5代大統領ジェームズ・モンローが1823年に議会で行った年次教書演説に由来します。
本来の意味は、米国が欧州諸国に対して主張した相互不干渉主義。具体的には、米国は欧州諸国の紛争に干渉しない、欧州諸国によるさらなる米州植民地化を認めない、独立運動が始まっている旧スペイン領への欧州諸国の干渉は米国に対する脅威と見做す。
要するに、米国は欧州に口を挟まない代わりに、欧州もこれ以上米州に干渉するなという米国の意思表示です。
当時、米国はもうひとつ懸念に直面。それはアラスカ(当時はロシア領)からのロシアの南下。モンローの演説はロシアの米州進出への牽制という意味もありました。
このような本来の意味からすると、トランプ外交は「モンロー主義」とも異なります。では、トランプ外交とは何か。要するに、単なる「自国利益第一主義」。本音を正直に述べているにすぎず、「国家主義」「モンロー主義」という表現は誤訳、誤用です。
「孫子」は中国春秋時代の思想家、孫武の作とされる兵法書。「孫子」は世界各国で翻訳され、クラウゼウィッツの「戦争論」と並び、兵法書の二大古典と言われています。
「孫子」は、軍事力行使は下策と断じます。「上兵は謀を伐つ、次は交を伐つ、次は兵を伐つ、その下は城を攻める」。上策は敵の謀を破ること、次は同盟関係を崩壊させること、軍事力行使は最後の下策です。
「孫子」は次のようにも云います。「軍を全うするを上と為し、軍を破るはこれに次ぐ」「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」。戦わずに相手を屈服させる「不戦屈敵」が最良の上策。そのための「三戦(心理戦、世論戦、法律戦)」を説きます。
中国外交は「不戦屈敵」の「三戦」を実践しています。例えば、対日本。日本製品不買運動、日本製品通関遅延、対日暴動、人的交流・友好行事中止、公船・官用機による領海・領空侵犯、海軍艦艇によるレーダー照射、高官の威嚇発言、政府系メディアによる威嚇社説・論説等々は、全て心理戦です。
メディアやインターネットを利用し、自国に有利な情報を流し、国内外の世論を誘導。国連での対日非難演説、米国有力メディアにおける高額予算での意見広告等々は「交を伐つ」、つまり同盟分断工作の世論戦です。
法律戦は自国に有利な国際ルールや法解釈を導くもの。領海・領土問題、通商ルール等における国際機関や国際司法裁判所等におけるロビー活動による法律戦です。
「孫子」は「兵は詭道なり」と教えます。意表を突き、裏をかく。様々な分野で奇策・詭弁を用いて、法的根拠を捏造します。その都度反論することが重要であり、それを怠ると「嘘も百篇繰り返せば本当になる」事態を招きます。
トランプ外交も中国と似た傾向があります。トランプは米中貿易戦争を仕掛ける一方で、習近平を評価する発言を繰り返しています。似た者同士で、一目置いているのでしょう。
「戦争は血を流す外交であり、外交は血を流さない戦争である」と言われます。ナポレオンも「外交とは華麗な衣装を纏った戦争である」と語っています。
極東・中近東情勢、貿易戦争を巡る米中露の駆け引きの深層は誰にもわかりません。日本も「不戦屈敵」の「三戦」を怠ってはなりません。
(了)