大阪北部を中心に震度6弱の地震発生。お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしますとともに、負傷者ならびに被害に遭われた皆さんにお見舞いを申し上げます。国会は1ヶ月の延長が決定。災害対策や働き方改革等の法案審査にも全力を尽くします。一方、既に秋の臨時国会の重要課題も動き始めています。
先週(15日)、新たな外国人労働者受入れ策の方向性を盛り込んだ今年の「骨太の方針(経済財政運営の基本方針)」が閣議決定されました。新たな外国人受入れ制度を導入する入国管理法改正案等が秋の臨時国会に提出されるでしょう。
日本の雇用や社会に大きな影響を与える内容です。この件に関する新聞報道はかなり大雑把でしたので、厚労省、法務省等に改めて確認したところ、以下のとおりです。
まず、現在の技能実習制度はあくまで外国人労働者への技能移転。「建前」です。しかし、今やその実情は、中小・小規模事業者の中には外国人労働者なしでは経営が成り立たない先もあります。言わば、人手不足への対応が「本音」。
今回の「骨太の方針」では、その点を「中小・小規模事業者をはじめとした人手不足の深刻化」への対応と明記。その点では、「本音」を明らかにしています。
そのうえで、新たな就労目的の在留資格(最長5年間、以下「新資格」)を設ける方向性を示し、その取得方法として2つのルートを想定。
第1は、現在最長5年間の技能実習生のうち、3年を修了した者に「新資格」を付与するルート。
「新資格」による就労5年間(技能実習5年と通算して最長10年)を経た後も、一定要件を満たせばさらに就労できる別の在留資格(期限なし、以下「新々資格」)を付与。その場合には、母国から家族を呼び寄せることを認める方向で検討すると明記されています。
ここで、技能実習制度について振り返っておきます。創設の契機は、1960年代に海外進出した日本企業が現地社員を日本に招聘し、技術や知識を教育。現地に戻った現地社員が企業や母国で活躍したことに端を発し、1981年に「研修」という在留資格を創設。
これが発展し、1993年、労働者としての実践的な技能・技術を修得するための技能実習制度がスタート。当初は最長2年、1997年に3年に延長。昨年(2017年)5年に延長。
技能実習制度では、修了後に実習生は本国に帰国。その点が、人手不足に悩む受入れ企業側の悩みの種でした。今回、その悩みに対応する新たな制度を創設するということです。
見逃してはならないのは、技能実習生の賃金が相対的に低いこと。つまり、今や受入れ企業にとって安い労働力の供給源が技能実習制度になっているという実態です。
制度を所管する厚労省の公式説明はあくまで「国際貢献」としての「技能移転」。しかし、その実態は、全部ではないものの、安い労働力の供給源。こうした「建前」と「本音」の使い分けが、日本が諸課題に対処することが遅れたり、歪んだりする原因です。
さて第2は、一定の試験等に合格した者に直接「新資格」を取得するルート。報道では「特定技能評価試験」と記されていましたが、正式には名称等は決まっていません。
どのような業種や分野で外国人労働者を受入れるかの「政府基本方針」を定め、それを受け、対象となった業種や分野の所管省庁と法務省等が「業種別受入れ方針」を策定。業種・分野ごとの試験制度を業界団体等が企画・実施するという方向のようです。
報道では、新制度は来年(2019年)4月スタート、対象は建設、農業、宿泊、介護、造船業の5分野と特定されていましたが、「建前」は未定。「本音」では決まっているのかもしれません。
2025年頃までに5分野で50万人超の就業を想定。建設では25年に78万人から93万人程度の労働者不足見通しに対し、約30万人の外国人労働者を確保。農業では高齢化で23年までに4万6千人から10万3千人程度の労働者不足に対し、2万6千人から8万3千人程度を受入れ、介護でも25年度末に55万人の労働力不足に対し、年1万人程度の外国人労働者を受入れ、等々の具体的数字が報道されています。
また、「骨太の方針」では日本語能力についてもあまり高い要求を記していません。受入れ業種ごとに、業務上必要な日本語能力水準を考慮して定めるとの「建前」。
日本語能力試験の「N4」程度(5段階の上から4番目)、ゆっくりとした日常会話が理解できる水準を想定と非公式に説明しているようですが、同試験を運営する日本国際教育支援協会によると「300時間程度の学習で到達できる」水準。生活に追われる外国人労働者が300時間の学習時間を捻出し、かつ実際に学習することは容易ではないでしょう。
試験制度も日本語能力も業種ごとの自由裁量という「本音」が透けて見えます。10年以内に50万人超の外国人労働者が入国することの影響を、政府はどのように考えているのでしょうか。政府のみならず、国民も社会も熟慮が求められます。
日本の外国人受入れ政策の「建前」は、治安面等への配慮から高度な専門知識を持つ者に限定。しかし実態は、技能実習制度によって約70職種で実質的な単純労働受入れが行われており、既に外国人労働者なしでは成り立たない国になっています。
安倍政権下で約60万人の外国人労働者(就労者)が増えています。ここで、外国人の在留資格を整理しておきます。
大きくは3つに分かれます。第1は、就労目的の在留資格。学術、芸術、経営等の専門家が対象ですが、高度専門職という分類もあります。日本の大学卒等の事項にポイントを付し、ポイントが一定以上になると在留資格を得られます。政府は高度専門職の要件も緩和するようですので、このルートでも外国人労働者は増えるでしょう。
第2は、非就労目的の在留資格。ここには、技能実習や留学が含まれますので、非就労目的と言いながら、技能実習や短時間労働(留学生等に認められている資格外活動)によって実質的な外国人労働者を生み出しています。
第3は、身分に基づく在留資格。永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、定住者の4分類です。
以上の大きな3つのほかに、特定活動(外交官の使用人、ワーキングホリデー、経済連携協定に基づく外国人看護師・介護福祉士候補等)、及び外交・公用の2つも加え、外国人の在留資格は5つに分けることができます。
この分け方で外国人労働者数(昨年10月末、外国人雇用状況の届け出ベース<法務省データ>)を見ると、第1の就労目的が約23.8万人、第2の非就労目的に含まれる技能実習が約25.8万人、同資格外活動(留学生のアルバイト等)が約29.7万人、第3の身分に基づく在留就労者(この在留資格は活動制限がないため、就労は自由)が約45.9万人、特定活動が約2.6万人、合計127.8万人です。
日本の労働力人口は約6600万人。外国人労働者約127.8万人という規模は、労働力の約50人に1人が外国人という割合です。
生産年齢(15歳から64歳)人口は2040年度に18年度比で約1500万人減る見込みであり、これを全部外国人労働者で補うと、労働者の4人に1人が外国人。米国並みの移民国家です。
人手不足に対応する今回の「骨太の方針」。単純労働分野における外国人への事実上の門戸開放。ところが、「骨太の方針」には「移民政策とは異なる」と明記され、安倍首相も国会答弁等で再三「移民政策とは異なる」と発言。本当にそうでしょうか。
国際的に合意された「移民」の定義はありません。最もよく引用される定義は、国連統計委員会に提出された国連事務総長報告(1997年)に記載されたもの。すなわち「通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12ヶ月間当該国に居住する人のこと」です。
国際移住機関(IOM)は「自発的に他の居住地に移動する人」を「移民」としています。戦争・内乱や政治的弾圧による難民は「移民」ではありません。
日本の外国人労働者のほとんどはこれらの基準に該当します。統計上は明らかに「移民」に含まれます。技能実習生や資格外活動の留学生はもちろん、「新資格」「新々資格」による外国人労働者も「移民」に該当します。
「移民政策とは異なる」と詭弁を弄することは、ここでも「建前」と「本音」を使い分けているにすぎません。問題を正面から見据えるべきです。
人手不足対策として外国人労働者を受入れることが不可避だとすれば、実質的な移民政策の拡大による問題も直視し、その対策を講じることこそ重要です。
旧西ドイツでは1960年代に労働力不足に直面し、トルコから労働者を大量に受入れ。ドイツ語をほとんど話せないトルコ人が多く、言語・文化の違いによる地域における孤立、就労環境の劣悪さを映じた不満等、トルコ人問題が重要な政策課題となりました。
ドイツは最近もシリア等の中東難民を受入れたことで、さらに外国人労働者対策に苦慮しています。もちろん、難民と外国人労働者は異なりますが、ドイツ等の経験に学ぶべきでしょう。
政府は2006年に「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を策定。日本語教育の充実に注力していますが、「新資格」「新々資格」による外国人労働者急増に向けて、新たな対策が必要です。
日本人社会と分断された外国人コミュニティの拡大、低賃金と孤立感に起因する外国人労働者による治安問題等を、「建前」ではなく「本音」で議論することが急務です。
外国人労働者受入れ増加を目指しているのは日本だけではありません。高齢化が進む中国、韓国に加え、タイ等は外国人労働者の供給国から需要国に転換しつつあります。
加えて、米国を筆頭にした欧米諸国の多くは、多寡の差はあれ、移民や外国人労働者の存在を前提にした国の運営を行っています。
中でも、中国が国策的に外国人労働者を受入れ始めると、日本は外国人労働者の需要を満たせなくなる可能性が高いと言えます。
既に中国からの技能実習生が2013年以降、減少傾向に転じています。中国の経済発展に伴い、従来は海外出稼ぎ労働者となっていた層が国内に滞留。沿海部への労働力供給源であった内陸部も経済発展し、沿海部の人手不足が顕著になっています。
労働需給逼迫を映じ、中国国内賃金が上昇。2012年から17年の5年間の最低賃金上昇率は、日本13%に対し中国95%。つまり、中国では最低賃金が倍になりました。
同期間の円安も影響しています。5年間に円は対元で約3割下落。つまり、中国人技能実習生の日本での労働対価は元建てで約3割減。中国国内の賃金上昇とも相俟って、日中間の平均賃金格差は急速に縮まっています。
因みに、以上は出稼ぎ労働者の話。大企業同士を比較すると、既に中国企業の方が日本企業よりも高賃金。管理職以上は日中間格差が広がる傾向にあります。
以前のメルマガでも取り上げましたが、日本に進出している中国IT系大企業が、初任給約40万円で新卒を採用しています。中国国内でも、博士課程修了または博士号取得技術者を年収約2000万円で採用。これでは、日本の理工系新卒者も中国企業に流出します。
話を出稼ぎ労働者に戻します。日本以外の国での中国人労働者に対する賃金も日本より高く、結果的に日本に来る中国人労働者が減っています。
入手した中国山東省の労働者派遣組織(威海国際経済技術有限公司)の資料によると、日本での技能実習の平均賃金は約15万円。一方、韓国・ドバイ・シンガポール等に出稼ぎに行った場合(建設・製造・サービス業)は約17万円、看護師では約20万円。
欧米諸国での賃金は高く、豪州・ニュージーランドはサービス業で約30万円、建設・製造業で約40万円、ドイツでの看護師は約40万円で外国人労働者を募集しています。
こうしたデータから言えることは、外国人労働者を安く使い倒す対象と考えているようでは、いずれ外国人労働者が日本を選ばなくなるということです。
要するに、外国人労働者には相応の賃金を保証することが必要です。外国人労働者の所得は日本の実質GDP(国内総生産)に含まれるため、理論上は外国人労働者を厚遇すると日本の経済成長につながります。
もっとも、気になる分析結果もあります。米国で「移民の政治経済学」の専門家として知られるジョージ・ボージャス教授(ハーバード大学)の分析では、外国人労働者の所得を除くと、外国人労働者活用によるGDP押し上げ効果はほとんどないという結果です。
ボージャス教授の分析結果は、外国人労働者の所得増加分は、国内の競合労働者の所得減少によって経済効果が相殺されることを示しています。
同様の傾向は英国でも確認されています。イングランド銀行のレポート(2015年)は、移民増加による国内労働者の平均賃金低下を指摘。移民比率10%増加によって、非熟練労働者の賃金は1.88%下落、熟練労働者の賃金は1.68%下落と分析しています。
米英とも、低賃金の外国人労働者増加が国内競合労働者の賃金に下方圧力をかけるという結論です。その結果、国内労働者の格差拡大も助長すると指摘しています。
賃金水準と並ぶ重要な問題は社会保険です。外国人労働者を社会保険に加入させない(雇用主が社会保険に加入しない)など、外国人労働者への不当な扱いが問題となっています。
「新資格」「新々資格」では、外国人労働者に日本人並みの賃金支払いを義務付け、社会保険を含む賃金以外でも不当な扱いをしないことを求めています。
一方、外国人労働者の社会保険加入に関しては、別の問題も抱えています。それは、医療、年金等の制度に与える影響、及び制度悪用です。
例えば、技能実習生は実習先の組合健保または協会けんぽに加入しますが、被保険者の3親等内親族も保険対象。つまり、母国在住家族の医療費も組合健保や協会けんぽが負担します。
その際、対象親族の年収制限は年間130万円。国によってはかなりの高額であり、母国で普通に働いている親族が全て保険対象になります。技能実習生のみならず、就労ビザで入国している外国人労働者のうち、企業勤務者は同様です。
一方、就労ビザで入国した企業勤務者以外の者(経営者等)、及び非就労ビザで入国している留学生等は国民健康保険に加入できます。この場合、親族は保険対象にならないものの、母国への帰国時や海外渡航時に受けた医療費が海外療養費として保険対象となります。
そのため、日本の国民健康保険を利用することを目的に、まずは他の理由で就労ビザまたは非就労ビザを取得して入国するケースが増加。中国では、そうした入国及び国民健康保険加入を斡旋する業者も存在するようです。
安倍首相は日本が外国人労働者に「選ばれる国」を目指すとしています。そのためには、賃金水準や賃金以外の待遇面の是正が必要です。しかしそれは、外国人労働者が国内労働者の賃金低下傾向を助長することや、社会保険の悪用や財政悪化への対策等とセットでなければなりません。
なお、技能実習制度では、昨年11月に監理団体(受入れ団体)が登録制から許可制に移行。一方、「骨太の方針」によれば、「新資格」「新々資格」による就労者の監理団体は登録制を想定。しかも、個人でも監理団体登録が可能。かなり緩い仕組みです。
この仕組みでは、外国人労働者が相当早いペースで急増し、不法・不当な受入れ等、様々な問題が発生することが容易に想像できます。
長い間、日本の国際化は日本人が外に出る「外への国際化」でした。国内の賃金慣行や社会保障制度は、外国人労働者がいないことを前提にしていました。
外国人労働者の本格的受入れに舵を切る以上、今後は、その影響に対する耐性のある社会と制度をつくる「内なる国際化」が必要です。
日本語教育のみならず、賃金慣行や社会保障制度も、外国人労働者増加が国内労働者や社会保障制度に悪影響を及ぼさない仕組みに転換していくことが求められます。
(了)