政治経済レポート:OKマガジン(Vol.403)2018.7.25

第196通常国会が閉会しました。与野党の勢力格差が大きいことは、民主主義にとって良いことではありません。国民が政権選択可能な状況を再構築するために、引き続き全力を尽くします。財政健全化目標が簡単に先送りされたことも、与野党の勢力格差が大きい故です。しかし、この問題も看過できません。秋の国会に向けて、整理しておきます。


1. 丸々5年先送り

6月5日、「骨太の方針(経済財政運営の基本方針)」が発表され、PB(プライマリーバランス、国と地方の基礎的財政収支)黒字化の目標時期が2020年から2025年に先送りされました。

2020年の目標達成が困難になった理由として、低成長による税収伸び悩み、消費増税延期と補正予算の影響、2019年の消費税増収分の使途変、の3つを指摘。

景気回復による税収増が財政健全化を実現すると謳って異常な金融緩和を5年継続し、財政拡大とともに2度に亘って消費増税を先送り。そのうえでPB黒字化を丸々5年先送りしたことは、結局アベノミクスが財政健全化には寄与しなかった事実を示しています。

この間、日銀のMB(マネタリーベース)の対GDP比は29%から90%へ、総資産の同比は33%から99%へ、MB実額は146兆円から493兆円へ(3.4倍)、総資産は165兆円から541兆円へ(3.3 倍)。国債の50%近くを日銀が保有。異常な事態に陥っています。

新しい財政健全化シナリオのポイントは5つ。第1に2025年度PB黒字化。第2に21年度に進捗状況を3指標で中間点検。第3に19年10月に消費増税を実施。第4に消費増税を睨んだ景気対策を19年度から20年度に実施。第5に19年度から21年度を社会保障の「基盤強化期間」と位置づけ。

2021年の中間点検の3指標は、PB赤字対GDP比を17年度から半減(1.5%)、財政赤字対GDP比を3%以下、債務残高対GDP比を180%台前半。

このうち財政赤字と債務残高の対GDP比は、1月に公表された「中長期経済財政試算」(内閣府)でも達成可能と見通されており、実現が容易な指標。PB目標が達成されなくても、財政健全化が進んでいることを主張するための代替策。

安倍首相が自民党総裁選で3選されても、任期は2021年秋まで。財政健全化の目標時期を2025年度に先送りし、21年度までは甘い指標で財政運営の自由度を確保する意図が透けて見えます。

安倍内閣後になる「2025年」の新たな目標は達成可能なのか。結論的に言えば、限りなく困難です。その理由は主に3つ。

第1に団塊の世代(1940年代後半生まれ)との関係。団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる「2020年」までにPB黒字化を果たすことに意味がありました。「2025年」は団塊の世代が既に後期高齢者入りし、社会保障費急増は必至。その「2025年」にPB黒字化を実現することは困難です。

第2に歳出抑制姿勢が見られないこと。国の歳出の5割近くを占める社会保障費については2019年度から21年度を財政健全化の「基盤強化期間」と位置付けたものの、中身はなし。逆に、消費税率引き上げによる増収のうち1.7兆円は歳出拡大に転用するほか、消費増税後の景気対策を実施することを明記するなど、歳出拡大傾向が目立ちます。

第3に前提の甘さ。「骨太の方針」では成長率の前提を名目3%、実質2%と置いていますが、安倍政権の5年間の実績は名目2%、実質1%。

因みに、「骨太の方針」前の「中長期経済財政試算」(上述)では、2025年のPB黒字化は実現できない見通し。同試算の「ベースラインケース」では2020年どころか25年から27年時点でもまだ赤字。楽観的な「成長実現ケース」でも27年にわずかな黒字が見込まれているに過ぎません。

しかも、「ベースラインケース」は民間シンクタンクより高い成長率を前提としていたうえ、「成長実現ケース」では2020年から27年の名目成長率を3.1%から3.5%として試算していますが、これはバブル崩壊後の日本では達成したことのない高水準です。

財政健全化を法的枠組みによって実現しようとした1997年の財政構造改革法は、金融危機によってわずか1年で停止されました。財政健全化が逃げ水のように先送りになる中、改めて財政構造改革法のような法的対応が必要と考えます。

2.禁断の政策

戦後初めて赤字国債が発行されたのは山一不況の昭和40年(1965年)。その後10年間は発行されませんでしたが、昭和50年(1975年)に再発行。時の大蔵大臣は大平正芳氏。以後、継続的に赤字国債が発行され、残高も累増。

首相になった大平氏は財政再建のために消費税導入を提唱。その方針が響いて、昭和54年(1979年)の総選挙で自民党が過半数割れ。

総選挙後、自民党は主流派と非主流派が分裂状態に陥り、「40日抗争」に突入。直後の総裁選挙で大平氏と福田赳夫氏が争い、138票対121票で大平氏が辛勝。第2次大平内閣がスタートしました。

大平内閣は事実上の「少数与党内閣」となり、翌昭和55年(1980年)5月、野党が提出した不信任決議案採決の際に非主流派が欠席。不信任決議案が可決されます。

大平首相は衆議院を解散。同年に予定されていた参議院選挙との衆参ダブル選挙を選択。総選挙が公示された5月30日、新宿での第一声直後に体調を崩し、6月12日に急死。衆参ダブル選挙は「弔い合戦」の様相を呈し、自民党が圧勝。

しかし、大平首相の逝去によって消費税導入構想は頓挫。鈴木内閣、中曽根内閣を経て、竹下内閣の昭和63年(1988年)に消費税法案が成立。翌平成元年(1989年)4月、3%の消費税導入が実現しました。

消費税導入後、財政状況の悪化は歴代内閣の下で加速。安倍内閣によって財政健全化が逃げ水のようになる中、その経緯を確認しておきます。

赤字国債が再発行された直後の昭和51年(1976年)から平成2年(1990年)までは、赤字国債(特例公債)脱却が財政再建目標となりました。

赤字国債脱却が叶わぬ中、橋本内閣当時の平成8年(1996年)から平成10年(1998年)にかけては、国・地方の財政赤字対GDP比を3%以下とすることを追求。

それも困難となり、小泉内閣時代の平成15年(2003年)、PB黒字化目標が登場。達成目標時期は「2010年代初頭」。小泉内閣は消費増税を封印したため、財政健全化は困難と判断し、目標ハードルを下げたということです。達成時期も「2010年代初頭」という「10年近く先」程度の曖昧な設定でした。

小泉内閣末期の平成18年(2006年)に「2011年度」と特定。以後、低いハードルのはずだったPB黒字化目標は徐々に高いハードルと化していきました。

平成20年(2008年)のリーマン・ショックの影響で、麻生内閣の平成21年(2009年)、目標時期は「10年以内」に仕切り直し。つまり「平成31年(2019年)」。さらに菅内閣の平成22年(2010年)に、目標時期は「平成32年(2020年)」とされました。

そして第2次安倍内閣。当初は「2020年」目標を踏襲したものの、消費増税(税率10%への引き上げ)を平成26年(2014年)、平成29年(2017年)の2度見送り。目標達成は困難となり、成長率と税収を過大に見積もって辻褄合わせに腐心。

平成25年(2013年)は「平成27年(2015年)PB赤字半減」の中間目標を置いたうえで「2020年」目標を堅持したものの、平成27年(2015年)には同目標に加えて「債務残高対GDP比の中長期引き下げ」という新目標を設定。要するに、PBよりも緩い目標への転換を模索し始めました。

平成29年(2017年)には、当該目標の表現を「安定的引き下げ」とさらに軟化。同年の総選挙に当たり、2019年10月の消費増税(税率10%への引き上げ)後に財政健全化原資の増収分の一部を歳出拡大に回したうえで、「2020年」目標を先送りし、新たな目標を今回の「骨太の方針」でまとめることを表明しました。

そして平成30年(2018年)、今回の新たな目標設定に至りました。「5年先送り」「新たな緩い目標」「甘い試算」の3点セットです。

その間、それでも日本国債が市場の信用を維持しているのは、「日本にはまだ増税余力がある」という市場の認識の故です。暗黙の了解、または意図的な共同幻想、国債取引という「ゲームの前提」と言ってもよいでしょう。

すなわち、欧州諸国の付加価値税率20%前後と比較すると、日本にはまだ増税余力があり、かつ日本国債の買い手の9割以上は国内勢。したがって、国内増税によって国内保有者の国債は償還可能という論理です。財政破綻したギリシャ等と異なり、日本政府は最終的に財政健全化を実現するという「ゲームの前提」です。

しかし、安倍内閣の下で財政は一層悪化。政府の債務残高対国内総生産(GDP)比は250%超。財政破綻したギリシャでも180%、欧州の劣等生とされてきたイタリアは130%。日本はいまや世界一の借金大国。

それでも日本の国債価格が暴落せず、低金利が維持されているのは、日銀が国債を買い支えているからです。事実上の財政ファイナンスであり、「禁断の政策」。その顛末は超インフレや大増税というかたちで国民に転嫁される危険性のある「亡国の政策」です。

3.ブランシャールの警鐘

2年前の2016年4月、元IMFのチーフエコノミストで高名な理論経済学者オリヴィエ・ブランシャール氏のインタビュー記事が話題になったことを思い出しました。

同氏は日本財政の「最終局面」に言及。原文タイトルは「Olivier Blanchard eyes ugly ‘end game’ for Japan on debt spiral」。同氏は次のように述べています。

「日銀に対し、国家予算に直接マネー投入を求める政治圧力が益々高まることとなり、そうなった時に、日本は突如としてデフレからインフレへと転換するリスクを冒す」

「ある日、財務省から日銀に『我々のことを考えて欲しい。生きるか死ぬかの問題なのだ。ゼロ金利を維持してくれ。』という電話がかかってきたとしても決して不思議ではない」

「最終的に高インフレへつながる財政的支配(fiscal dominance)のリスクが存在することは確かだ。5年ないし10年以内にそうなったとしても私は驚かない」

「国内に投資家がいなくなるにつれて、日本は、本格的な支払不能危機(solvency crisis)へと向かいつつある。捨て身の最終局面では、インフレによって債務を帳消しにせざるを得なくなるかもしれない」

「ゼロ金利が日本の公的債務に内在する危険を覆い隠している。今年(2016年)、政府債務は対GDP比250%に達し、持続不可能な軌道を描きながら急上昇する可能性が高い。」

「日本人の退職者がこれまでゼロ金利の国債を快く保有してきたことには驚かされたが、限界投資家は間もなく日本人退職者ではなくなる。」

「日本の財務当局は海外ファンドを受け入れざるを得なくなるだろうが、コストは遙かに高くつき、長年懸念されてきた資金調達の危機が現実味を帯びる恐れがある」

「こうした状況が日本の債務ダイナミクスを一変させ、支払能力にまつわる幻想を、恐らく突然、非線形に消滅させるだろう」

「議論の余地はあるかもしれないが、それが既に現実のものとなり始めている。究極の量的緩和策を追求する黒田東彦総裁の下、日銀は財政赤字を全額引き受けている」

「大規模な年金基金や生保が市場から撤退していく中で、アベノミクスの極めて重要な目的は、債務を引き受けて資金調達の危機を回避することだ」

「日本政府が、インフレというステルス・デフォルト(stealth default)によって10兆ドルの公的債務の罠から抜け出そうと意図的に画策しているのではないか、と市場が一旦疑い始めたら、瞬く間に制御不能な事態に陥りかねない」

「これが、世界の他の地域で、公的債務リスクの再評価を突如として引き起こすかもしれない。世界中で、おおよそ7兆ドルの債務が、マイナス金利で取り引きされており、債券市場でいつアクシデントが発生してもおかしくはない」

2015年に著書「21世紀の資本論」で一躍有名になった経済学者トマ・ピケティは、「歴史的教訓として、1945年の仏独は対GDP比で200%の公的債務を抱えていたが、1950年には大幅に減少した。それは物価上昇が原因である。物価上昇なしに公的債務を減らすのは困難である」と指摘しています。戦後の日本も同様でした。

インフレになると、政府債務が実質的に減少し、課税と同じような効果があります。インフレは、実質的に国民が保有する現金や資産の価値を目減りさせるため、「インフレ課税」と呼ばれます。

ピケティはまた、「英国は19世紀に公的債務対GDP比が200%になったことがある。19世紀の英国は歳出削減によって公的債務を減らすというオーソドックスなやり方で危機を乗り越えた。但し、解決に1世紀を要した。今日の日本や欧州に『同じ轍を踏まないように』と考えさせる重要な教訓である」と指摘しています。

FRB(連邦制度準備理事会)、ECB(欧州中央銀行)は超金融緩和の弊害を直視し、金融緩和の修正過程に入っています。世界で最も異常な金融緩和を続ける日本。財政健全化も先送りし、財政ファイナンスを続ける日本。

「禁断の政策」は「亡国の政策」であることを、秋の国会でも議論していきます。

(了)

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