米中間選挙でトランプ政権苦戦。上下院の第1党が異なる「ねじれ議会」になりました。トランプ大統領の今後の動きを世界各国が注視。これまでの経緯も含め、冷静な米国動静分析が必要です。今回は米国版「3本の矢」から始めます。因みに、元祖「3本の矢」は戦国武将、毛利元就の3人の息子に因む歴史秘話。アベノミクスではありません。
新年恒例のBIPセミナーでは、毎回、年初に公表されるユーラシア・グループの「世界10大リスク」を紹介しています。ユーラシア・グループは国際政治学者イアン・ブレマーが創った国際シンクタンク。
2017年のリスク1位は「わが道を行くアメリカ」、2位は「中国の過剰反応」、7位は「ホワイトハウス VS シリコンバレー(トランプ政権VSハイテク企業)。2018年の1位は「真空を愛する中国(米国迷走の間に国際的覇権を目指す中国)」、3位は「世界的なテクノロジー冷戦」、7位は「保護主義2.0」。
現実の展開に照らすといずれも的を射た予測であり、2019年の「世界10大リスク」が楽しみです。また、年初のBIPセミナーで取り上げます。
ダニエル・ヤーギンは1992年、「石油の世紀」でピューリッツァ賞を受賞した米国の経済アナリスト。1998年の著書「市場対国家」も話題となり、インターナショナル時代からグローバル時代への本格的転換を予測。
しかし、インターナショナルとグローバルの区別がついていない人も少なくありません。インターナショナルの語源はインターネイション。つまり国家(ネイション)が主役。国家間で国際交渉が行われる国際主義。
一方、グローバルの語源は地球(グローブ)。国家や国境を超越した多国籍企業やイノベーターが主役。言わば地球主義。グローバルな世界を支配する原則は自由貿易と多国間交渉。
グローバリズムを先導して先行メリットを享受していた米国は、改革開放を目指した中国のWTO(世界貿易機構)加盟を承認。グローバリズムの中で、中国が自由化、民主化されることを想定していました。
ところが、中国は共産主義を維持しつつ、資本主義を追求。つまり、国家資本主義です。米国の思惑に反して中国は急成長。むしろ米国の覇権を脅かしつつあります。
皮肉なことに、今では、習近平が自由貿易を主張し、保護主義を批判し、WTOの意義を強調。一方、トランプが自由貿易を批判し、保護主義を標榜し、WTO離脱を仄めかす状況。本末転倒、天地が逆転した様相です。
米中対立が過熱する中、8月、米国では、外国投資リスク審査近代化法、輸出管理改革法、国防授権法の3法律が成立。米国通商政策の「3本の矢」と言えます。
第1の外国投資リスク審査近代化法では、中国資本による米ハイテク企業の買収阻止を企図。具体的な法執行を担うのは対米外国投資委員会(CFIUS)。議長は財務長官。1970年代から存在する組織ですが、新法で権限が大幅に強化されました。
企業の買収や事業売却に対して事前届出を義務づけ。出資比率に関係なく、米企業の実質支配につながる直接投資はCFIUSの審査対象になります。
守るべき対象として「重要技術」「産業基盤」「センシティブ個人情報」の3つを明示。安全保障の観点から、航空機、コンピューター、半導体、バイオ等、対米投資の事前審査対象の27産業を列挙しました。
法律成立前から事実上の防衛策は始まっています。今年1月、中国アリババ系金融会社による米フィンテック企業の買収が破談。3月、中国と関係が深い半導体大手ブロードコムによる同業米クアルコム買収が差し止められました。
日本にも波及。3月、建材を扱うLIXILのイタリア子会社の中国系企業への売却をCFIUSがストップ。同社売上の4割は米国であり、建材納入先に米国内の重要なビル等が含まれるため、安全保障上の懸念から差し止められました。
先月来日したCFIUS関係者に聞くと、日本企業の中国企業との提携は深化しており、日本企業経由で中国に技術や情報が流出することを懸念していると明言。
第2の輸出管理改革法に基き、商務長官をトップとする省庁横断組織を新設。最先端技術や基盤技術を用いた製品の輸出には認可が必要となりました。上述の27産業が対象ですが、当然、ロボット、AI(人工知能)、自動運転、バイオ等が中心となるでしょう。
日本企業の製品でも、米国の製品や技術が一定以上含まれるものは、同法の輸出管理の対象となります。内政干渉、治外法権とも言える強権法です。
こうした米国の動きから、筆者の世代は東芝機械事件を想起します。1987年、米国は同社の輸出する工作機械が対共産圏輸出統制委員会(ココム)規制違反と認定。当該工作機械がソ連原潜のスクリュー音を極小化し、米海軍の脅威を増したとの指摘。同社及び東芝本社が米国から厳しい制裁を受けました。
1994年、ソ連崩壊に伴いココムは解体されましたが、今回の米国版「3本の矢」は新ココムの様相を呈しています。
第3の国防授権法は、より一層直接的。同法に基づき、米連邦通信委員会(FCC)は米国企業に対して安全保障上の懸念がある外国企業からの通信機器調達を禁止。中国の華為(ファーウェイ)や中興通機(ZTE)を念頭に置いているようです。
10月29日、同法に基づき、米商務省は中国半導体メーカーに対して米企業との取引制限を発表。関税に留まらず、あらゆる手段で中国への圧力を強めています。
制限対象になったのは半導体メモリー(DRAM)を生産する福建省晋華集成電路(JHICC)。同社は世界最大手のアプライドマテリアルズやラムリサーチ、KLAテンコールといった米国企業の半導体製造装置等を使っていましたが、今後は調達不能。
JHICCは2016年、半導体国産化のために福建省政府系企業等が中心になって設立。もちろん、北京政府も関与しており、「中国製造2025」の中核企業です。台湾の半導体大手、聯華電子(UMC)の技術と米国製製造装置を使って、今秋から試験生産の予定でした。
米商務省は、JHICCによるDRAM生産は、安全保障上の直接的脅威のみならず、需給緩和に伴う米国内同業他社の経営を圧迫。米国軍事システムに必要な半導体を十分に国内生産できなくなるという間接的脅威にも言及しています。
米通商代表部(USTR)は今年3月、中国が産業スパイやサイバー攻撃、技術移転の強要など様々な手法で米国企業の知財を侵害していると断定する報告書を公表し、制裁関税発動に踏み切りました。
そもそもJHICCは、2017年に米半導体大手マイクロン・テクノロジーから技術盗用の疑いで提訴されています。しかし、今年1月に中国で逆提訴され、7月には米社に対して中国側が販売差し止めの仮命令発動。今回の措置はそれへのカウンターと言われています。
米国版「3本の矢」に先立ち、「中国製造2025」を問題視した米国の対応は始まっています。とくに話題になったのは、4月の前述ZTEに対する半導体部品等の輸出禁止措置。同社は部品調達ができなくなり、操業停止に追い込まれました。
前項でも紹介したユーラシア・グループの創業者、国際政治学者のイアン・ブレマーは最近「ジオテクノロジー(技術地政学)」という新しい造語を使っています。
10月4日、米ペンス副大統領は講演(ワシントン、ハドソン研究所)で「米国は本気で中国と対決する」と発言。中間選挙で苦戦したトランプ大統領としては、国民(とくに支持者)に本気度を示すためにも、当面はジオテクノロジーの視点も踏まえ、厳しい対応を続けるでしょう。
米国と歩調を合わせる動きも顕現化。8月、豪州は第5世代移動通信システム(5G)への中国通信企業の参入禁止を発表。日本も同調を求められれば、ファーウェイやZTE等との関係の深い通信事業者は影響を免れません。
もちろん、中国も手を拱いてはいません。半導体の自主開発に向けた動きを加速。半導体製品はメモリーと大規模集積回路(LSI、演算チップ)に分かれますが、加速させているのは後者の領域。とくに、特定用途向けLSIの開発に注力しています。
百度(バイドゥ)とファーウェイは人工知能(AI)向け半導体の開発、量産に着手。両社とも、演算能力は米半導体大手エヌビディアの製品を上回る世界一の水準を目指すとしています。
ZTEへの輸出禁止措置発動直後、アリババも参入を表明。上述の米エヌビディア等から人材を引き抜き、半導体製造の新会社を設立。ビッグデータの解析用AI向けで、来年から出荷開始の計画。
家電メーカーも参入。康佳(コンカ)は5月に半導体事業部を新設。格力はエアコン用半導体を内製化するとともに、8月に半導体製造の100%子会社を設立。両社ともZTE問題に触発されたとしていますが、北京政府からの指導という説もあります。
メルマガ前号で紹介した10月訪中時に訪問した中関村(北京)のIT企業「地平線(ホライズン)」のような企業もあり、中国がどこまで半導体内製化に成功するか否か、目が離せません(詳しくはメルマガ前号参照)。
現在の米中関係は1980年代の日米関係と似ています。冷戦終結が見え始めた当時、日本はバブル絶頂期。経済力を高めた日本に対し、米国内の雰囲気は「冷戦終結後の敵は日本」という感じでした。
護送船団方式の下で高収益をあげる金融界は得意の絶頂。金融のみならず、自動車、通信、工作機械等、軍事技術にも関わる主要産業が米国の地位を脅かしていました。
1887年の東芝機械事件、1989年の三菱地所による「米国の魂(ロックフェラーセンター)」買収等に対して米国の議会やマスコミが激しく反発した一方、日本では「戦争に負けて、経済で勝った」等の自己陶酔的な表現が聞かれた時期です。
翻って現在。米ペンス副大統領は「中国製造2025」を米技術の「略奪」と断じ、「米国は中国と本気で対決する」と表明。1980年代の日本に対する米国の雰囲気に似ています。
日米関係、日中関係の変遷を理解するうえで、英経済学者ジェフリー・クローサー、米経済学者チャールズ・キンドルバーガーが提唱した「国際収支発展段階説」は興味深い内容です。
「国際収支発展段階説」は、国家の国際収支構造は、経済発展に伴って段階的に変化していくとする考え方。具体的には6段階に分かれます。
海外資本に依存する「未成熟の債務国」。資本収支は赤字ながら、産業が育って貿易収支が黒字化する「成熟した債務国」。やがて海外債務返済に至る「債務返済国」。蓄積された外貨が海外投資に向かう「未成熟の債権国」。競争力は低下するものの、海外投資の所得収支黒字に支えられる「成熟した債権国」。さらに競争力が低下し、海外債権を取り崩す「債権取り崩し国」の6段階です。
1982年、米国が「債権取り崩し国」に転落する一方、日本は「債務返済国」から「未成熟の債権国」へ。貿易収支の黒字が続く一方、巨額の海外投資は欧米諸国の脅威でした。
現在の中国も「債務返済国」から「未成熟の債権国」になる段階。米国は「債権取り崩し国」状態が続いていますが、ドルが基軸通貨であることに救われています。
日本はバブル崩壊を経て米国の脅威ではなくなりましたが、現在の中国はその点が違います。人民元の基軸通貨化を企図し、軍事的にも米国と対立。米国の中国に対する警戒感はかつての対日本とは別次元であり、「新冷戦」という表現も理解できます。
しかも、米国債の最大保有国は中国(シェア1割弱)。米議会予算局(CBO)は、2023年に利払い費が国防費を上回ると予測。債権国中国から国防費圧縮を迫られても仕方なく、覇権争いのライバルが現覇権国の最大債権者という世界史的に前例のない事態です。
ジオテクノロジーの地殻変動と世界史的に前例のない事態が起きる中、日本はどう行動すべきか。そう思案している中、トヨタとソフトバンクの提携という興味深いニュースが飛び込んできました。
日本の株式市場で時価総額1位と2位の巨大資本同士の両社は、今年度中に「MONET(モネ)テクノロジー」という新会社を設立するとともに、新規分野等で連携していくとの戦略。「MONET」の意味は「全ての人に安心・快適なモビリティを届ける」という意味の「Mobility Network」の略称だそうです。
米中対立が激化し、日本の自動車や通信機器、人工知能(AI)等の技術にも米国版「3本の矢」が影響する事態が予測される中、日本の両雄が米中と一線を画した独自の技術的・ビジネス的世界を築くのであれば、それは日本の戦略としてあり得る選択肢です。
ソフトバンクの孫社長は「AIは全ての産業を再定義する」と発言。全く同感です。同時に、国際政治や国際経済の力学も再定義されるでしょう。だからこそ、イアン・ブレマーの新造語「ジオテクノロジー」が意味を有します。
しかし、留意点もあります。ソフトバンクは米国のUber、Cruise(GM自動運転開発部門)、NVIDIA(AI開発)、Light(3D空間認識技術開発)、Nauto(AI運行管理サービス)、英国の半導体大手Arm等と提携する一方、中国の滴々(DiDi、配車アプリ)、ファーウェイ(スマホ)、レノボ(PC)等、中国企業とも提携。トヨタも中国自動車メーカー等と取引関係を深化させています。
こうした複雑なビジネス関係が、米国版「3本の矢」やジオテクノロジーの観点から、想定外の制約に遭遇する事態も考えられます。当事者や国(日本)がどのように対処するのか、十分に戦略を練っておく必要があります。
さらに別の留意点もあります。「新冷戦」は主に米中対立を指しますが、ロシアとサウジアラビアも密接に関係しています。ロシアやサウジアラビア等を含む「新冷戦」の全体構造を注視しなくてはなりません。
孫氏はロシア、サウジアラビア両国とも関係が深いようです。10兆円の「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」もサウジアラビアとの共同出資。だからこそ、サウジアラビア皇太子の関与が疑われているトルコのジャーナリスト殺害事件の影響も受けました。
さらに、サウジアラビアは国家としても王族個人(例えば皇太子)としても、米中のIT主要企業やスタートアップ企業に相当規模の投資を行っているようです。米国版「3本の矢」やジオテクノロジーと複雑に絡み合ってくることは必定。
日本の両雄の提携が、かえって既存の提携先(中国企業等)や複雑な国際関係の呪縛に絡まれ、「トロイの木馬」に攻められるような事態にならないよう、留意が必要です。
余談ですが、サウジアラビアは「サウド家によるアラビア王国」を意味します。石油資源に依存した絶対君主制国家であり、国連の中では欧州のリヒテンシュタインと並び、統治王家の名前を国名に冠した特異な存在です。
(了)