政治経済レポート:OKマガジン(Vol.410)2018.11.24

メルマガ前号に続き、米中貿易戦争の話題です。今回はその深層を洞察するために、半導体産業の基本構造について整理しておきます。米中貿易戦争そのものの現状については、前号までのメルマガをホームページからご覧ください。


1.アナログ半導体

世界半導体市場統計(WSTS)が昨秋公表した今年の半導体市場成長率見込みは7.3%でしたが、年央に14.4%に上方修正。2019年予測も7.0%から12.4%%に上方修正されました。

半導体市場規模が2千億ドル(2000年)から3千億ドル(2013年)に達するのに13年、3千億ドルから4千億ドル(2017年)は4年。来年の5千億ドル超えが視野に入ってきました。

米国トランプ大統領は中国に対して既に3度に亘る制裁関税を発令。中国から米国への輸出額の半分、2500億ドル分に科されています。

主戦場は半導体。米国半導体産業の保護のためです。ところが意外なことに、当事者である米国の半導体関係者や業界アナリスト等は制裁関税に反対を表明しています。

7月24日、米貿易委員会(ITC)は制裁関税に関する公聴会を開催。半導体メーカーの業界団体である米半導体工業会(SIA)と半導体サプライチェーン企業が構成する半導体製造装置材料協会(SEMI)が出席し、証言しました。

日本ではあまり報道されていませんが、事前提出の陳述書及び証言記録を読むと、興味深い内容です。要約すると、ポイントは以下の3点。

「中国からの輸入製品に使用されている半導体のほとんどが米国で設計、製造されているものであるため、制裁関税は逆効果。米国の輸出と雇用に打撃を与え、米国の消費者向け製品の価格高騰につながる」

「米国企業が自社製品に対して関税を支払うことになる一方、中国国内では米国以外の企業に有利に働き、中国における米国企業の市場シェアを低下させ、半導体分野における米国のリーダーシップを損ない、米国半導体企業の競争力を低下させる」

「制裁関税では中国の知的財産権や産業政策に関する問題には対処できず、中国との貿易問題の改善にはつながらない」

上記の3点以上に、米中貿易戦争の結果、中国が半導体や半導体製造装置を内製化し、中国半導体のエコシステム(生態系)構築を加速させることの方がより深刻です。

半導体の種類を大きく分けると、アナログ、デジタル、メモリ、センサー、パワーの5つ。「アナログ半導体」と聞くと妙に思うかもしれませんが、実はデジタル機器にとって基礎的要素となっているのが「アナログ半導体」です。

「アナログ半導体」は、音声、圧力、温度、電気等の現実世界の情報を「1」と「0」のデジタル信号に変換し、原データを増幅・鮮明化します。

一般に、アナログは古く、デジタルが新しいという印象ですが、集積回路(LSI)の中では「アナログ半導体」と「デジタル半導体」が複合的に使用されています。そして、「アナログ半導体」は半導体市場の中で最大シェアを誇ります。

5分野ともに中国製が伸びています。とくに、基礎となる「アナログ半導体」「デジタル半導体」双方とも米欧日製に比べ、中国製のシェアが伸長。最近では「パワー半導体」も急伸。中国DJI製ドローンのモーター駆動系技術が起爆剤になっているようです。

また、今夏に日本でも発売され、好評の華為(ファーウェイ)のスマホ「P20」シリーズで使われている画像処理、AI系半導体はほとんど中国製と聞いています。

売れ筋の通信機能付き中国製ネットワークカメラ「C7823」には11個の半導体が使われており、6個が中国製、5個は台湾製、残り1個が米国製(このカメラ、誤作動して中国語の会話が聞こえてくる怪談話がネット上で話題になっています)。

これらの中国製半導体はハイシリコン製。同社はファーウェイ傘下であり、米クアルコムや台湾メディアテックと並ぶ高い技術力を有すると言われています。メルマガ前々号で紹介したホライゾン等、中国では半導体先進企業が着実に育っています。

既存分野では相変わらず米欧日メーカーの半導体比率が高いものの、スマートフォン、タブレット、ドローン、監視カメラ、AI(人工知能)関連機器等では、中国製半導体が漸増しています。

制裁関税や米国製半導体関係製品の輸出禁止では、中国半導体産業の成長傾向を押し留めることは困難です。

2.イレブンナイン

米中貿易摩擦の深層を洞察するために、今回のメルマガでは半導体産業について整理しておきます。

電気を流さないのは「不導体」、通すのは「導体」。通常は「不導体」ながら、ある状況下では「導体」になるのが「半導体」。その性質を利用してコンピュータが作られています。

「導体」の具体例は銀、銅、金、鉄、「半導体」は炭素、ゲルマニウム、シリコン、「不導体」はゴム、セラミックス、雲母。高校の物理・化学の授業のようで恐縮です。

半導体の生産工程は大きく分けると6段階。第1は原料の珪石採掘。第2は珪石から高純度シリコンの塊を精錬。第3は不純物を除いてシリコン(多結晶珪素)を製造。

第4はシリコンを砕いて溶かして単結晶シリコンインゴッドを製造。第5に、シリコンインゴッドを厚さ1mm程度に輪切りにしてウエハを作り、そこに回路を焼き付け(写真技術)。第6に、それを細断して半導体(チップ)を切り出し。以下、敷衍します。

第1段階。原料の珪石は地表岩石に約27%も含まれる元素。つまり、どこにでもありますが、主に中国、ノルウェー等で産出。精錬時の電力コストの低い国が主産地です。

第2段階。珪石から純度98%のシリコン塊を製造。珪石(SiO2)から酸素を除去してシリコン(Si)を抽出。加熱してC(カーボン)を加え酸素を引き離します(SiO2=Si+CO2)。

第3段階。シリコン塊をさらに高純度化し、多結晶シリコンを製造。純度は99.999999999%。9が11並ぶので、イレブンナインと呼ばれます。

第4段階。多結晶シリコンから単結晶のシリコンインゴットを製造。製法はチョクラルスキー(Czochralski)法(Cz法)、又はフローティングゾーン(Floating Zone)法(FZ法)に大別されますが、Cz法が主流。

Cz法では多結晶シリコンを砕き、石英坩堝(るつぼ)に入れて加熱炉で溶解。溶けたシリコンに種結晶を接触させ、回転させながら引き上げて単結晶のインゴットを作ります。

FZ法では、高周波電圧が流れるコイルで溶かし、種結晶を接触させつつ、コイルを上下に移動し、棒全体を単結晶化させます。

日銀時代に信越化学の半導体工場を見学した際、「FZ法の方が高品質で、FZ法で製造できるのは日本とドイツの2社だけ」と説明を受けました。

半導体と聞くとGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)、マイクロソフト等を想像しますが、原料やシリコンインゴットがなければ何もできません。

第5段階。半導体製造の「前工程」。ウエハ(薄い円盤)を切り出し、表面に回路を焼き付け。具体的には、成膜(ウェハ上に薄膜形成)、露光(回路図焼き付け)、エッチング(不要部分削り出し)、不純物拡散の5工程です。

第6段階は「後工程」。ウエハ上の半導体(チップ)を個々に切り出し、パッケージ化します。具体的には、ダイシング(切り出し)、マウント(基板にチップ固定)、ボンディング(チップとリード配線接続)、モールド(チップを樹脂等のケースに封止)、マーキング(実装・刻印・製品化)、そして出荷の6工程。

封止する樹脂にカーボン粉を入れているため、パッケージは黒色が一般的。チップに光が当たると誤動作するため、遮光しています。

前工程の作業対象はウエハのみ。一方、後工程ではウエハであったり、チップであったり、パッケージ化された製品であったり、多様です。

一連の工程における課題は清浄度。半導体はナノ単位で製造されるため、空気中のパーティクル(ゴミ)や不純物、汚染(英語のコンタミネーションを略してコンタミ)等は大敵。

人間はパーティクルやコンタミの発生源になるため、清浄化した製造室(クリーンルーム)に入る際にはエアシャワーを浴び、無塵服を着用。企業によっては化粧禁止や無塵服着用前の水シャワーを義務づけています。

クリーンルームの清浄度は「クラス1」。1立法フィート中に0.1μm以上の粒子1個程度。山の手線内に仁丹が1粒あるぐらいの清浄度を意味するそうです。凄い。

日本はかつて前工程、後工程とも世界を席巻していましたが、後工程は韓国等に競り負け。前工程では依然として世界のトップですが、油断大敵。海外企業も伸びています。

余談ですが、ウエハはウエハスという焼菓子に由来。英語のwaferの語源はドイツ古語で蜂の巣を意味する単語。蜂の巣状の凹凸のある焼菓子がウエハスであり、回路を焼き付けたシリコン円盤がそれに似ていることからウエハと呼ばれるようになったそうです。

3.上位5社の寡占市場

清浄度と並ぶウエハのもうひとつの課題は大口径化。ウエハは当初3インチからスタート(1インチ25.4mm)。ウエハ1枚から切り出せるチップ数が多ければコストダウンになるため、インゴットの大口径化が進んでいます。

数年ごとに大きくなり、現在の主流は12インチ(300mm)。大口径化によって製造装置のほとんどを更新する必要があり、投資負担は大。

現在18インチ(450mm)の実用化過程ですが、開発コスト、初期投資コストが重く、本格的普及時期は見通せません。しかし、先行して18インチを実現した企業は、上流、下流のいずれでも半導体産業を制することになります。

インターネットが当初は米軍拠点間のネットワークだったことはよく知られていますが、半導体も航空機やミサイル制御等の軍需品として開発されました。

猛追したのは敗戦国日本。半導体に着目し、家電製品等の民生用として開発。1980年代以降はゲーム機等にも利用が拡大。

1990年代までは日本の半導体産業の存在感は向上の一途。しかし、その後は韓国、台湾等の追撃によって世界の業界地図は激変。とくに2007年のスマホ発売以降、日本のプレゼンスは低下。

それから既に10年以上経過。モバイル機器向けの半導体は成熟。今後は自動車向けが主戦場になるでしょう。自動運転のみならず、エアバッグ、エアコン、ワイパー、ETC、パワーウィンドウ等、自動車向け半導体は多種多様です。

メーカーは半導体そのものを作る半導体メーカーと半導体製造装置を作る製造装置メーカーに分かれています。かつては同じメーカーが半導体、製造装置双方を手がける場合もありましたが、小型化や高性能化につれて最近は分業化。

韓国、台湾等との低コスト競争の結果、日本の半導体メーカーは衰退。一方、製造装置メーカーは依然としてプレゼンスを維持しています。

しかし、製造装置も競争は熾烈。例えば、露光(焼き付け)装置はオランダ企業(ASML)が圧倒的優位。ニコンやキャノン等の日本メーカーの地位も安泰ではありません。

製造装置メーカーはジレンマも抱えています。半導体メーカーは高性能の製造装置を要求。それを実現するほど、チップ切り出しの歩留まりやエネルギー効率が向上し、製造装置の売れ行きが鈍るからです。

最後に市場動向を概観。2017年の多結晶シリコンの9割が太陽電池向け。技術障壁が低いため、価格競争力の高い中国GCLと韓国OCIで市場シェア6割超を占めます。

一方、残り1割の半導体向けの多結晶シリコンは技術障壁が高く、2017年現在では、大阪チタニウム、三菱マテリアル、トクヤマの日本3社と米ヘムロック、独ワッカーの5社で市場シェア91%を占有。

2017年のウエハ市場のシェア1位、2位は日本の信越化学とサムコ。両社で57%を占めます。3位・台湾グローバルウェハーズ、4位・シルトロニック(ワッカー子会社)、5位・韓国シルトロンの3社で41%。

つまり、多結晶シリコンもウエハも上位5社の寡占市場。ここでは、日本企業は依然健闘中。しかし、それより下流工程では苦戦しています。

2017年の半導体(チップ)の売上高トップは韓国サムスン(シェア14.6%)。1992年以来トップを守ってきたインテル(同13.8%)を上回りました。ベスト10に入っている日本企業は東芝(同3.1%)のみ。上位10社のシェアは58.4%の競争市場です。

世界の半導体製造工場の設備投資総額は4年連続増加。メモリを中心に中国における「爆買」ならぬ「爆投資」が寄与。

国別に見た前年比の伸びは、2016年まで台湾がトップ。2017年は韓国がトップとなり、その勢いは2018年も継続。しかし、2019年は中国がトップになる見込み。

2019年の投資予想額(2017年比)は中国の160%増が断トツ。しかし、2番手は意外にも日本の43%。主要企業が「3D・NAND」への投資を予定しているためです。

日本のみならず、今後生産能力が増えるのは「3D・NAND」。ちょっと専門的ですが、半導体の種類を論理構造で分類すると「Not AND(NAND)」(否定論理積)型と「Not OR(NOR)」(否定論理和)型に分かれ、かつ現在主流の2層(2D)から3層(3D)に高度化する局面。「3D・NAND」の設備投資が倍増するのに対し、「2D・NAND」は半減の見通しです。

以上の整理から推察できることは、日本企業のプレゼンス維持・向上のためには、上流工程及び製造装置分野での優位性を死守するとともに、シリコンインゴット及びウエハの大口径化において常に世界のトップを走ることがポイントと言えます。

技術流出には要注意です。産業政策や通商政策で支援するべく、頑張ります。

(了)

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