岐阜県に続いて、愛知県でも「豚コレラ」の感染が確認されました。感染ルートの特定、拡大防止、消費者対策、生産者保護等、対策は急務です。国会でも議論し、適切な対応を図ることに協力、注力したいと思います。「豚コレラ」とは別のウィルスによる「アフリカ豚コレラ(ASF)」も中国で拡大し、外国人旅客の持ち込み食品から陽性反応が出ています。ASFについても対応します。
昨年9月に岐阜市の養豚場で感染が確認された家畜伝染病の豚コレラ。日本では1992年以来、26年ぶりの感染です。
今年に入って複数の府県で確認。今回発見されたウィルスは欧州や中国等で検出されており、国内では初。海外から侵入したようです。
人間には感染せず、感染豚の肉を食べても健康に影響ないと報道されています。感染豚は高い確率で死亡します。
豚が感染すると、高熱、食欲不振、うずくまり、白血球減少等の症状が出て、約1ヶ月で死亡。治療法は見つかっていません。
接触、または鼻汁等の体液や排泄物が付着したり、飛沫することで感染。ウィルスが付着した泥や糞尿等を豚が舐めて感染することが多いようです。
感染ルートを特定し、拡大防止を図ることが急務。豚コレラは中国や東南アジアに多く、今回の感染源と疑われているのが中国ルート。
中国全土から週約1000便の日本直行便が就航する中、昨年、全国の空港や港で没収された肉製品の半数約50トンは中国人旅客の持ち込み品。
加熱処理が不十分な豚肉製品を持ち込み、それが捨てられて野生猪が摂食。その後、豚に感染というルートが推察されています。
家畜伝染病予防法は十分に加熱されていない豚肉製品の日本への持ち込みを禁じていますが、検疫や税関で膨大な旅客の手荷物を全て調べることは不可能。
岐阜県内で働く中国人を家族や友人が中部国際空港経由で訪問。その際に感染源の食品が持ち込まれたのではないかと推察されています。
1例目が発生した農場近くにバーベキュー場があり、そこで捨てられた持ち込み豚肉製品を野生猪が摂食感染。1例目の豚が確認される前から、周辺では野生猪の感染が確認されていました。
昨年、日本への訪日外国人は前年比8.7%増の3119万2000人、統計開始(1964年)以来最多。中国から838万人と初の800万人超え。政府は来年の年間4000万人超えを目標にしていますが、インバウンドのリスクにも対処が必要です。
岐阜市と豊田市の養豚場には同じ飼料運搬トラックが出入りしていたものの、検査の結果、感染豚のウィルスのDNA配置は異なり、感染ルートは複数あるようです。
感染が確認された場合、発生養豚場の豚は全頭殺処分が基本。今回も既に1万頭以上を殺処分しています。合掌。
豚コレラの抗体ワクチンは養豚農家のコスト負担が大きいため、日本国内では2006年4月から使用中止。
また、ワクチンを家畜豚に投与した場合、獣疫に関する国際組織(国際獣疫事務局)が定める「清浄国」認定から外れ、豚肉輸出に影響が出ます。そのため、農水省は殺処分で徹底対処し、ワクチン投与を回避したいようです。
殺処分に対して、豚の市場価格から算出した補償金が畜産農家に支払われます。現在、1頭約3万円。平均的養豚農家の飼育頭数は約2000頭。殺処分費用と合わせて約8000万円の税負担が必要になります。
家畜疫病対策の家畜防疫互助基金(国半額負担の保険制度)に入ってない農家が感染被害に遭えば、数千万円単位の損失。再び子豚を仕入れて養豚し、経営を軌道に乗せるのに約3年。農場主が高齢化する中、廃業せざるをえない農家も出るでしょう。
近年、耕作放棄地増加やハンター減少等を映じて野生猪が増加。ウィルス媒介の危険性が高まっており、猪対策も急務。
農水省は猪にワクチン入りの餌投与を検討したり、罠の設置、養豚場に防護柵設置等の囲い込み対策を実施。しかし、野生猪は段差や塀を飛び越え、川や海を泳ぐことから、囲い込みは容易ではありません。
一方、中国では豚コレラとは別のウィルスによるアフリカ豚コレラ(ASF)も拡大中。感染豚の致死率はほぼ100%だそうです。
訪日中国人観光客の持ち込み肉製品等に対するASF対策が急務。検疫官増員や肉製品の「探知犬」導入も行われていますが、多勢に無勢の感が否めません。
豚コレラと同様、人間には感染しませんが、ワクチンも治療法もなし。ASF を制御、撲滅する方法は、感染豚や猪等の殺処分以外にありません。
ASFウィルスは環境への適応力が高く、低温(摂氏4度程度)血液や常温排泄物の中で1年半、骨付き肉で150日、ハムやベーコン等の加工肉で140日、生存し続けます。零下20度の冷凍肉でも数年間生存。解凍した段階で感染力が再生します。
ASFウィルスはアフリカ在来の猪やダニに潜伏し続けていますが、これらの種では発症せず。欧米人入植者が持ち込んだ豚がASFに感染。欧米人入植者の間では「アフリカでの養豚は必ず全滅して失敗する」と伝承されているそうです。
最近まで、アフリカ以外の感染国はポルトガル(1957年、1960年)、マダガスカル(1998年)、ジョージア(旧グルジア、2007年)の3ヶ国のみ。
しかし、2017年にロシアでの感染確認を契機に中東欧に拡大。ロシアは養豚が盛んなEU諸国と接しており、猪等を介してルーマニア、チェコ、ウクライナ、ポーランド等に伝染。
さらに昨年8月、中国で感染確認。今年1月末までに北京市、上海市、遼寧省など全土121ヶ所の農場等で感染確認。既に100万頭以上を殺処分したそうです。
中国は、養豚数(約7億頭)で世界全体の半分、豚肉消費量は同6割強、豚肉生産量は同5割の養豚・豚肉王国。その中国にASFが感染したことは一大事です。
中国への感染ルートはおそらくロシア経由。ウィルスのDNA配置が2017年ロシア株、2007年ジョージア株と一致したと報道されています。
直接アフリカから感染した可能性もあります。中国のアフリカへの経済進出は著しく、資源開発やインフラ建設のために多くの中国人技術者や労働者がアフリカ入り。現地の食品等を土産として持ち帰り、感染源になっている可能性があります。
ロシアルートに関しては米中貿易戦争の影響も指摘できます。中国は昨年、米国産豚肉の輸入を停止。それを補うためにロシア産豚肉の輸入を再開。しかし、中国政府はその事実を否定。輸入再開を伝えた情報をネット等から削除しました。
ロシア産豚肉は報復関税(25%)課税後の米国産豚肉よりも高値。感染リスクを認識しながら、高値のロシア産豚肉の輸入再開に踏み切ったのは対米国の政治判断。その結果としての感染を認めるわけにはいかず、報道管制を行っているようです。
ASF感染が公表されたのは8月ですが、既に3月には確認されていたようです。公表後の当局(農業農村部)は「ASF感染豚肉を食べても感染しないので摂食可能」という発信を継続。その後、国連食糧農業機関から警告を受け、感染豚摂食勧奨の情報発信を停止。ASF感染の可能性のある東北・華北・華東地域の豚肉流通禁止措置がとられました。
ASFに関する情報は国家機密扱い。SNS上に「豚肉は食べない方がいい」とコメントを書き込んだ女性が逮捕される事件も発生したようです。
ASF感染豚は殺処分して焼却あるいは無害化処理、豚舎は消毒して最低半年使用停止、感染豚と接触した豚も処分あるいは最大潜伏期間19日間は隔離観察が原則。
成豚の販価は約1600元(原価1200元)。一方、感染豚殺処分による公的補償は800元。その上、感染地域の豚及び豚肉価格は下落。政府が摂食勧奨したこともあって、生産者が感染隠蔽や感染豚の不正販売に染手することを助長した可能性があります。
中国の豚飼育方法も影響しています。中国の農村では豚に人間の残飯を餌として与える地域が多く、感染豚肉を含む残飯経由で感染した可能性が考えられます。
ASFウィルスは摂氏60度以上で30分以上加熱すると死滅しますが、豚に与える残飯をわざわざ加熱しないでしょう。
糞尿処理等、養豚の衛生管理が杜撰であることも感染拡大の一因。また、中東欧から感染豚肉が密輸入もされているようです。昨夏は高温が続き、ASFウィルスが繁殖し易く、豚の免疫力が弱っていたとの見方もあります。
政治的メンツを優先させた判断ミス、誤った情報管制、杜撰な養豚管理。中国でのASF拡大にはそれなりの理由があります。
そして世界7位の養豚頭数を有する日本。インバウンドや外国人労働者が急増する中、既に羽田空港、関西国際空港、中部国際空港、新千歳空港で中国人旅客が持ち込もうとした豚肉製品や餃子からASFウィルスの陽性反応を検出。検疫体制や対策について、国会でも議論が必要です。
豚コレラ、ASF等の感染症の拡大は、地球温暖化との関連が懸念されています。
ひとつは、温暖化による感染媒体(昆虫、鳥等)の分布の変化。気温上昇によって昆虫等の分布が北上。自然宿主である鳥類の分布や渡り経路も変化し、感染症が伝播する地域や時期が拡大しています。
もうひとつは、温暖化による感染媒体の個体数増加。温暖化によって水温上昇、雨量増加が進むと、汚染源となる菌・昆虫等が増殖。エルニーニョ現象が発生した1998 年には世界各地で感染症被害が増加しました。
鼠等の齧歯(げっし)類の糞尿に含まれるウィルス等も感染源。温暖化は鼠等の個体数のみならず、雨量増加によってその餌も増加させ、個体数増加を助長します。
昨年12月、ポーランドのカトヴィツェでCOP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)が開催されました。
気候変動枠組条約は温暖化防止のために大気中の温室効果ガス濃度を安定化させることを目的とする国際的枠組みを定めた条約。同条約に基づき、1995年から毎年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されています。
その歴史を遡ると1972年、環境問題に取り組む国際機関として国連環境計画(UNEP)が設立され、「持続可能な開発」という概念が登場したのが始まりです。
1987年、環境と開発に関する世界委員会(WCSD)の報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」とは「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、現在世代の欲求を満たすような開発」と定義。
同時代の国や人間同士の対立にとどまらず、世代間の対立、現在と未来の対立が意識され始めたことは画期的でした。
1992年、国連加盟国、国際機関、NGO等が参加して、リオ・デ・ジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開催され、「気候変動に関する国際連合枠組条約」を締結。155ヶ国が署名し、1994年に発効。
先進国と開発途上国の利害対立はあったものの、同条約では「締約国の共通だが差異のある責任」「開発途上国等の国別事情の勘案」「迅速かつ有効な予防措置の実施」等の原則の下、先進国の温室効果ガス削減を義務化。
1997年、COP3が京都で開催され、締約国は「京都議定書」に合意。1990年対比平均5.2%削減の全体目標と国別目標を決定。排出権取引(ET)やクリーン開発メカニズム(CDM)等を含む政策パッケージは「京都メカニズム」と呼ばれました。
ところが2001年、温室効果ガス排出量世界1位の米国が、開発途上国の不参加を不満として「京都議定書」から離脱。本音は排出量規制が米国経済に悪影響を及ぼすと考えた故です。
2005年、発効要件である1990年の温室効果ガス排出量の少なくとも55%を占める55ヵ国の締結国が批准し、「京都議定書」は発効しました。
2015年にパリで開催されたCOP21 では「パリ協定」が成立。2000年代に入り、地球温暖化に伴う気候変動による被害が拡大。干ばつ、海面水位上昇、感染症拡大、絶滅種増加等、温暖化や異常気象に対する危機感から、温室効果ガス排出量削減の必要性が再認識された結果です。
「パリ協定」では、各国に排出量削減目標の作成・提出、及び目標達成のための国内対策を義務づけ。画期的な国際合意ですが、各国の排出削減実績に対しては強制力がありません。また、各国の目標値を合計しても平均気温2℃引下げ目標には達していません。各国の事情に配慮した結果であり、成否は今後の対応如何です。
「パリ協定」は2016年、中国や米国の批准によって55か国以上及び世界の温室効果ガス排出量の55%を超える国の批准という要件を満たし、発効。
ところが同年秋、米国大統領にトランプが当選。トランプは温暖化そのものを否定し、2017年に「パリ協定」離脱。トランプの主張は2001年の米国の主張と同じです。
さて、人間は20世紀半ばにローマクラブが鳴らした警鐘に応え得るでしょうか。
ローマクラブは1970年に設立された民間シンクタンク。イタリアのオリベッティ社会長アウレリオ・ペッチェイと英国人科学者アレクサンダー・キングが、資源・人口・軍拡・経済・環境破壊等の地球的課題に対処することを目指して設立。
1968年、世界各国の科学者・経済人・教育者・各分野の学識経験者等の約100人がローマで準備会合を開催したことからローマクラブという名称になりました。
ローマクラブが資源と地球の有限性に着目し、1972年にまとめた研究報告書の中で言及した概念が「成長の限界」。
同報告書は、人口増加や環境汚染等の傾向が改善されなければ、100年以内に「成長の限界」に達すると警鐘を鳴らしました。
人間は「成長の限界」を超えるため、科学技術を進歩させ、開発と貿易による発展を追求し、結果的に問題をさらに深刻化させ、むしろ「成長の限界」リスクを高めています。
報告書の中の有名な一文。曰く「人は幾何級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しない」。人口増加による食糧危機への警鐘です。
この文のオリジナルはトマス・ロバート・マルサスの著書『人口論』に登場します。豚コレラやASFの拡大を深刻に受け止め、人間はマルサスやローマクラブの警鐘に応え得るでしょうか。
(了)