政治経済レポート:OKマガジン(Vol.420)2019.4.30

今日は平成の大晦日。明日は令和の元旦です。バブル崩壊で始まった平成経済史。都銀12行、長信3行、信託7行の22行。全て、合併・倒産等で名前が変わり、原形をとどめていません。異常な金融政策も常態化。出口が見えません。自然災害の多かった平成と回顧されていますが、経済災害、政策災害という観点からも検証が必要です。


1.大根役者

日銀による異常な金融緩和が始まって丸6年以上が経過。「マネタリーベースを2年で2倍にするとインフレ率が2%になる」と大見栄を切ってのスタートでした。

マネタリーベースは目標の2倍を遥かに超え、既に4倍以上。金融緩和の行き過ぎと長期化に対する懸念が高まっています。

大見栄を切ったひとりは岩田前日銀副総裁。「2年で2%を達成できなかったら辞任する」と豪語していましたが、5年の任期中に未達成のまま、堂々と退職金を受け取って遁走。

もうひとりの見栄切り役者の黒田総裁。先週25日の金融政策決定会合で、短期金利マイナス0.1%、長期金利ゼロ%程度の金融緩和を「少なくとも2020年春頃まで」続ける方針を決定。記者会見では「それより先でもかなり長い期間にわたって継続する」と発言。

同日発表された「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、それでも2021年度のインフレ率(消費者物価指数上昇率中央値)は1.6%の見通し。

黒田総裁は、長期間に亘り異常な金融緩和を継続することをコミットメント(約束)したことについて「政策効果をより一層高める意味がある」と説明。効果よりも副作用が懸念される中で、効果が出ているかのような表現は茶番、不誠実です。

さらなる異常な金融緩和及びその長期化は、金融機関の収益悪化や市場機能の低下といった副作用を拡大させ、修復不能の事態にひた走っています。

日銀もそのことは認識しているからこそ、異常な金融緩和の長期化に伴う副作用を和らげる施策も決定しました。

日銀は財政赤字の2倍の国債を毎年購入し、既に国債発行残高の4割強を保有。銀行が保有する国債残高は、黒田総裁が登場する前の4割まで低下しました。

市場では日銀による大量買入れで国債が足りず、市場取引に影響が出ています。そのため、日銀が資金供給する際に受け入れる担保の要件緩和を決定。

ETF(上場投資信託)も年間約6兆円購入しているため、現在は時価ベースで約28兆円保有。ETFの約8割を日銀が保有している異常さです。

このペースが続くと来年末には日銀が日本株の最大株主に浮上。異常な金融政策が異常な資本主義を生み出しています。

市場のETF枯渇は証券会社による売買を困難にするため、日銀保有のETFを証券会社に貸し出す制度も新設することを決定。

大見栄を切ってスタートした異常な金融緩和でしたが、今や大根役者の感を否めません。客にウケないので、熟度の低い代わりの演技を次々と繰り出しています。気分転換に大根役者の語源を調べてみました。

大根は滅多に食中り(しょくあたり)しない食材であることから、当たらない役者のことを大根役者と言うようになったとする説。

役を外されることを「舞台を下ろす」と表現するため、「おろしがね」を用いて大根をすり砕く「大根おろし」にかけて大根役者という言い方が生まれたとする説。

演技が下手だと「人」の役が得られず、大根を連想させる「馬の脚」役を当てられることから転じて大根役者と言われるようになったとする説。

下手な役者は素人(しろうと)同然、あるいは下手な役者は白粉(おしろい)を多用するという文脈から、「白い」大根にかけて大根役者となったとする説。因みに、下手な役者の登場で場が「白ける」の「白」の由来も同じだそうです。

六代目尾上菊五郎が弟子に対して「大根はうめえ(美味え)ぞ、おめえは大根にもなってねぇ」と言ったことから生まれたとする説。

大根役者の語源にもいろんな説がありますが、異常な金融緩和が有効であること、さらに続ければいずれ効果が出ること、インフレ率2%が適切であること、等々の根拠を度々質問していますが、黒田総裁から説得力のある説の答弁を一度も聞いたことがありません。

連休明け、5日9日の財政金融委員会で改めて質問してみます。

さて、日銀が迷走する中、米国では異常な金融緩和を是認するMMTという理論が論争になっています。日本でもMMTに便乗する向きがありそうです。

2.ケルトン理論(MMT)

MMTはModern Monetary Theory(現代金融理論)の頭文字。米ニューヨーク州立大学ステファニー・ケルトン教授が主張する異端の理論です。

独自通貨を有する国は通貨を限度なく発行できるため、デフォルト(債務不履行)の懸念なし。インフレにならない限り、財政赤字は気にしなくてよいとする理論です。

ギリシャ等は独自通貨を有せず、共通通貨(ユーロ)を使用していたためデフォルトリスクが顕現化したと考えます。一方、独自通貨を有する米国にとって政府債務増加は問題なし。政府債務残高が22兆ドル(2200兆円)に達する米国も、MMTに基づけば国債発行に限界はありません。

政府支出の原資を税金で賄う必要なし。税金は政府が収入を得る手段ではなく、政府が経済に供給するお金の量を調整し、インフレを抑える手段と考えます。

MMTが注目され始めた契機は前回大統領選。ケルトンはサンダースの顧問を務めました。サンダースは次期大統領選再出馬を表明しており、MMT論争はまだ続きます。

昨年秋に女性史上最年少(29歳)で下院議員に当選したアレクサンドリア・オカシオコルテス。将来の大統領候補との呼び声も出ているオカシオコルテスがMMTを支持したことも注目を集める一因になっています。

次期大統領選の政策論争において、国民皆医療保険や温暖化対策「グリーン・ニューディール」の財源確保の理論的裏付けとしてMMTが取り沙汰されています。

MMTに対して、FRB(米連邦準備理事会)パウエル議長が議会証言で「間違っている」と明確に否定。ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンやローレンス・サマーズ元財務長官もツイッターやテレビ、新聞等で反論。政策当局者や有識者が論戦に参戦したことが、かえってMMTに注目を集めています。

クルーグマンは「支離滅裂」、サマーズは「ブードゥー(魔術のような)経済学」と表現。一方、ケルトンはツイッターに「論争に負ける気がしない」と投稿。白熱しています。

MMTに基づいて考えると、米国政府債務(財政赤字)の活用法、FRBの果たす役割等も根本的に変わってきます。

MMTに影響を受けている人々の間では、FRBによる大規模な債券買い入れや政府が大型減税を実施しているのに物価や金利が上昇しない局面では、さらに借金をして生産的公共事業に投資しても問題ないという論調が広まっているそうです。

オバマ前政権でCEA(大統領経済諮問委員会)委員長を務めたジェーソン・ファーマンもそのひとり。ファーマンは在任中に公共事業を拡大したものの、政府債務対GDP(国内総生産)比は一定に保つ努力をしました。

しかし最近では、対GDP比を低くすることの必然性について経済理論的な確信が揺らいできたと述べ、投資効果のある財政支出は積極的に行うべきと主張しています。

ケルトンは日本をMMTの有益な実例として取り上げています。政府債務の対GDP比は米国の3倍以上ですが、超インフレや金利高騰が起きていないことを根拠にしています。また、自国通貨建て債務は返済不能にならない好事例と述べています。

日本の物価が上がらない理由は、政府債務がインフレを引き起こすレベルまで達していないためと断じていますが、その一方、将来も大丈夫とは言えないとも発言。単に「今は何も起きていないから大丈夫」と言っているにすぎない印象です。

一方、政府債務が異様に膨張しても経済が上向かない日本はMMTの反例ではないかという指摘に対しては、「日本国民の将来不安が消費を鈍らせている。それを補う財政支出が必要であり、自国通貨建てである限り、それに制限はない」として、循環論法に陥っています。

サマーズと同様に筆者も「ブードゥー経済学」という印象を抱きますが、日銀の演技が大根役者化している状況下、大胆な財政拡大を肯定する根拠としてMMTを利用する主張が広がる可能性はあります。

財政拡大の限界点が不明瞭なMMTの懸念は市場の「ダメ出し」です。政府や中央銀行への信認が失われ、物価や金利が急騰する場合、MMTは一気に崩壊します。

国債を大量発行し、インフレにならない限り財政拡大を続ける政府の「過激な意思」が伝わると、かえって企業や国民を委縮させ、政府や中央銀行に対する市場の信認が揺らぎ、物価や金利が急騰、通貨が暴落するリスクが顕現化します。

3.シムズ理論(FTPL)

MMTに先立って話題になったのはシムズ理論。米プリンストン大学クリストファー・シムズ教授が提唱したFTPL(Fiscal Theory of the Price Level、物価水準の財政理論)です。

2016年8月、シムズ教授は主要国政策関係者が集ったジャクソンホール会議でこの理論を説明。翌年、日本でも話題になりました。

ゼロ金利下では金融政策が有効性を失い、インフレ実現のためには財政拡大が有効。財源はインフレ実現後の財政赤字目減りによって捻出されることを想定。

インフレは国民の現預金価値を目減りさせるため、別名「インフレ課税」。つまり、将来のインフレ課税で財源調達して現在のインフレを実現するという考え方がシムズ理論。インフレで価値が増す資産を有していない平均的国民には負担増です。

シムズ理論より前には、米ニューヨーク市立大学ポール・クルーグマン教授の理論も話題になりました。簡単に言えば、大胆な金融緩和を主張。ゼロ金利や量的緩和によって人々のインフレ期待を高めることを推奨しました。

対比的に表現すれば、クルーグマンは「中央銀行が無責任になればインフレ実現が可能」、シムズは「政府が無責任になればインフレ実現が可能」という主張です。

インフレ実現に重きを置く点では、異常な金融緩和を先導した岩田前日銀副総裁を含むリフレ派の主張も共通しています。リフレ派の根拠は戦前の高橋財政にありました。メルマガ378号(2017年2月23日)で取り上げた高橋財政について再述しておきます。

「高橋財政」とは、戦前の犬養毅内閣、斎藤実内閣、岡田啓介内閣(1931年12月から1936年2月)で蔵相を務めた高橋是清による経済政策の手法を指しています。

高橋是清の蔵相就任は4回目。日銀総裁(1911年から13年)と首相(1910年から11年)も経験しており、首相、蔵相、総裁の3つを務めた人は高橋是清ひとりです。

「高橋財政」は「日銀の国債引受による超金融緩和と財政拡大」というイメージで受け止められていますが、実際はそれほど単純ではありません。高橋是清が4回目の蔵相を務めた期間、その政策対応は前半と後半で大きく変化しました。

前半(就任時から1935年6月)は、「金輸出再禁止、超緩和の金融政策、財政拡大」によって、高い成長率と物価上昇率を実現。

しかし、過度の予算拡大と物価上昇を是正すべく、1935年6月25日、翌年度(1936年度)の予算及び国債発行(日銀引受)の縮減方針を発表。軍事費も対象となり、軍部との対立が先鋭化。1936年2月26日の「二・二六事件」で暗殺されるまでが後半に当たります。

「二・二六事件」後の広田弘毅内閣の下、1936年3月9日、高橋是清が前年6月25日に発表した予算・国債発行縮減方針は撤回されました。

リフレ派の主張はこの前半の状況を成功と評価し、それに類する政策を現在の日本において行うことを提言していました。

これらの論者は、国債の日銀引受からの出口が「二・二六事件」以後、軍部によって塞がれたことが前半の政策の事態収拾を困難化し、それがなければ高橋財政は成功裡に終わっていたはずとの論理で組み立てられています。

この組み立てに従えば、そうした軍部が存在しない現在、日銀の異常な金融緩和は収束可能との含意を含んでいるように思えますが、事態はそうなっていません。対GDP比が既に当時を上回る超金融緩和状態になっており、軍部が存在しなくても収束は困難です。

現在の日銀の政策と類似した対応は、「二・二六事件」以後に採用されています。つまり、現在の日銀は「戦時財政」下に採用された対応を行っているということです。

「高橋財政」期に財政拡大をしたのは1932年(当初予算の前年比はプラス32.0%)、1933年度(同プラス15.6%)のみ。翌1934年度は前年比マイナス。1935年には予算・国債削減方針を打ち出して暗殺されてしまいました。

暗殺後の1937年度以降は「戦時財政」期入り。終戦まで予算が急膨張。マネタリーベースも「高橋財政」期は緩やかな伸びであったのに対し、「戦時財政」期はやはり急膨張。

要するに、アベノミクスの後ろ盾になった「高橋財政」推奨論者、リフレ派は「高橋財政」の史実を誤解し、むしろ「戦時財政」期の政策を推奨してしまったのです。

それが現在行われていると考えると、事の深刻さに戦慄せざるを得ません。安倍首相、黒田総裁、岩田前副総裁は、後世、責任を問われることになるでしょう。

人々がこの異常さを認識し、将来の税収で政府債務を返済できないと認識し始めると、非連続的な市場の変化に直面。臨界点を超え、インフレが始まります。

具体的なタイミングのひとつとして考えられるのは、団塊世代が75歳を迎え、医療費が急増する2025年前後。資本取り崩しが始まり、潜在成長率がマイナス領域入り。

資本輸入で成長を維持することも可能ですが、資本流入を促すための金利上昇は、政府の予算編成を不可能とし、巨額の国債を抱えた日銀に含み損を発生させます。

そうならないうちに、方向転換、出口戦略に着手するためには、千両役者が必要です。

(了)

戻る