香港での「逃亡犯条例」改正を巡る当局(親中国派)と反対派の衝突が続いています。昨年秋、深圳・香港間に高速鉄道(新幹線)が開通した直後に香港を訪問。香港側に中国入管が設置されたことに香港関係者が憤慨していたのを思い出します。米中貿易戦争に目を奪われがちですが、台湾、香港への中国の圧力も高まっています。
6月3日、金融庁の金融審議会が「高齢社会における資産形成・管理」という報告書をとりまとめました。「人生100年時代」に備え、計画的な資産形成を促す内容です。
人生を現役期、退職前後、老後高齢期に分け、それぞれの時期に適した資産形成や運用等の自助努力を薦めています。
現在の60歳世代は4人に1人が95歳まで生きると予想されており、退職金や公的年金だけでは老後高齢期を支えきれないことに警鐘を鳴らしています。
公的年金の限界を政府が認め、国民に自助努力を求めている構図。一見、もっともで正直な説明ですが、報告書の中で例示した数字が波紋を呼んでいます。
具体的には、男性が65歳以上、女性が60歳以上の夫婦世帯を想定し、公的年金を中心とする収入約21万円に対し、支出は約26万円とし、月5万円の赤字になると試算。
赤字は20年間で約1300万円、30年間で約2000万円と明示。退職後、95歳まで暮らしていくために、公的年金以外に夫婦で約2000万円の貯蓄の必要性を訴えたのです。
長寿化に伴う生活費増大、マクロ経済スライドによる年金受給額の減少が予想されることから、必要貯蓄額(生活費の不足額)はさらに拡大すると想定しています。
2004年の年金国会。政府が謳う「100年安心」の真偽を巡って大論争となり、最後は関連法案が強行採決で可決されました。
以後も「100年安心」の信憑性に関して度々議論が繰り返される中での今回の報告書。「100年安心」とする一方で「貯蓄2000万円の自助努力」を求めるのは論理矛盾。
6月10日の参議院決算委員会で、安倍首相に「結局、『100年安心』の『安心』は国民の『安心』ではなく制度の『安心』ということですね」と質しました。
明確な答弁はありませんでしたが、マクロ経済スライドを適用し、かつ国民に「貯蓄2000万円の自助努力」を求めれば、制度が「100年安心」なのは頷けます。
日本の年金は賦課制度です。少子高齢化で「支える側」が減り、「支えられる側」が増え続ければ、現役の負担は際限なく膨らみます。
それを防ぐため、2004年の改革で、現役が負担する保険料率の上限を定め、保険料と積立金、国庫負担で賄える範囲で年金を支給する仕組みにしました。
支給額を調節するために導入されたのがマクロ経済スライド。現役世代の減少や平均余命の伸びにあわせて、自動的に受給額を引き下げていく仕組みです。
保険料や積立金等の財源と年金給付額をバランスさせて100年間の「制度」の「安心」を図るもの。国民の「安心」ではありません。
それをいかにも国民が「100年安心」と喧伝したから今も混乱が続いています。その矛盾が露呈し、国民に「貯蓄2000万円の自助努力」を求めたというのが今回の構図です。
ところが不可解なのは、報告書の表現が最終段階で相当修正されたことです。金融庁の職員に聞いたところ、修正の対象になったのは公的年金の見通し部分です。
審議会では公的年金の所得代替率が漸減するデータが示され、報告書最終決定前の5月22日の会合では「公的年金の水準は中長期的に低下」「公的年金だけでは満足な生活水準に届かない」等の率直な表現が入っていたそうです。
ところが、6月3日の最終報告書ではそれらは削除。「公的年金の水準は今後調整されていく」等の曖昧な表現に変更されました。
民間シンクタンクの試算によると、世帯主が85歳になった時点で貯蓄がマイナスに陥る「貯蓄枯渇世帯」は2014年時点の年金給付水準で約4割。遠くない将来に約5割に達し、高齢者世帯の生活費は家族や公的扶助(生活保護)に依存することになります。
金融庁の金融審議会なので、「だから貯蓄や運用が必要」という論理を展開し、国民の金融資産運用を勧奨する狙いがあったと推測できますが、投資・運用には元本割れリスクがつきもの。報告書の結論が適切か否か、難しいところです。
報告書では「現役期」に少額でも長期・積立・分散投資による資産形成を行うことを勧奨。公的年金とともに老後の生活資金の柱だった退職金も直近は大卒で平均2000万円程度。ピーク時から約4割減です。
具体的運用方法として、年40万円を限度に投資利益が最長20年間非課税となる「積立てNISA」や個人加入の確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」等を例示。
「退職前後期」においては、住居費や生活費が相対的に安い地方への移住も選択肢のひとつとして提案。「高齢期」については、医療費や老人ホーム入居費等の準備の必要性を指摘。認知症や判断能力の低下に伴う対策にも言及しています。親切なことです。
しかし、その親切な報告書。金融審議会に諮問した麻生金融担当大臣が受け取らないと発言。諮問された金融審議会の委員のメンツは丸潰れです。
公的年金の財政検証とは、5年に1回、公的年金の財政状況と維持可能性を一定の経済前提を置いて試算する作業。現役世代の収入に対する年金額の割合を示す「所得代替率」の将来推移を算出します。
65歳で年金受給を始めるモデル世帯(40年間働いた会社員と専業主婦)の厚生年金が、その時の現役世代の平均収入の何%になるか(所得代替率)を点検。政府は「所得代替率50%以上」を維持することを約束しています。
2004年の小泉政権による年金国会までは「財政再計算」と呼ばれていましたが、以後「財政検証」と改称。2009年、2014年に続いて、今年が3回目です。
毎回、現役世代も平均寿命まで生きれば年金生涯収支で損はしないという計算結果が算出されます。
今回も夫婦2人のモデル世帯の所得代替率が当面50%を上回る結果を算出するでしょう。しかし、その結果を導き出すために非現実的な経済前提が置かれます。
経済成長率、物価上昇率、賃金上昇率、運用利回り。財政検証が「非現実的な前提」で埋め尽くされるのは、結果から逆算しているからとしか考えられません。
この点も決算委員会で質しました。詳しくは議事録を読んでいただきたいのですが、概要は以下のとおりです。
直近の2014年財政検証時の前提(標準ケース)は、物価上昇率1.2%、実質賃金上昇率1.3%、実質経済成長率0.4%。
2014年以降5年間の安倍政権下での実績は、物価上昇率0.9%、実質賃金上昇率マイナス0.6%、実質経済成長率1.2%。2つは前提を下回り、1つは前提を上回りました。
安倍首相に「非現実的な前提(例えば、安倍政権下での実績を大きく上回る前提)であれば、財政検証結果を差し戻していただけますね」と質しましたが、曖昧な答弁。どうも雲行きが怪しいです。
「非現実的な前提」で計算しないと、現役世代の年金生涯収支がプラスにならないということは、現実的な前提では採算割れするということです。年金生涯収支がマイナスになれば、公的年金に加入し続けることは無駄と考える人が増えるでしょう。
こうした中、今年の財政検証の公表が遅れています。厚労省は「検証作業を終え次第公表する」と言っていますが、それは何時のことでしょうか。
前回は2014年6月3日公表。厚労省は当初、2014年の日程を意識して財政検証作業を進めていたため、5月末までは2014年のほぼ同じスケジュールで進んでいたそうです。
ところが、前回の発表時期の今月になっても、財政検証の結果を報告する社会保障審議会年金部会の開催日程が決まりません。
厚労省は「作業中」と説明。毎月勤労統計の不正調査などの影響でデータを精査しなければならないことは理解できますが、理由はそれだけではないと思います。
検証結果が「非現実的な前提」でもなお芳しくなく、参議院選前に公表しても政府・与党にとっていいことはないとの判断が働いている可能性があります。忖度(そんたく)です。
3年前の参院選前も、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が公的年金の運用成績の発表を遅らせました。
例年7月上旬だった前年度成績の公表が参院選後の7月末に遅延。年5兆円を超す損失が出ていたことから、「損失隠し」との批判を浴びました。
厚労省は財政検証を受けて年金改革関連法案を2020年の国会に提出することが見込まれます。検証結果公表が参院選後になれば、最新データに基づく年金についての論争が参院選でできないことになります。
6月10日の決算委員会で「財政検証の公表がなぜ遅れているのか」と問われた厚労省年金局長が「繰り下げ等の影響も精査しているため」という趣旨の答弁をしました。
「繰り上げ」「繰り下げ」とは、通常65歳の年金受給開始を、それより早く繰り上げたり、それより遅く繰り下げることです。
「繰り上げ」「繰り下げ」は1ヶ月単位で可能。1ヶ月繰り上げるごとに受給額が0.5%減少、1ヶ月繰り下げるごとに0.7%増加。繰り上げも繰り下げも最長5年(60ヶ月)です。
最も早い60歳から受給すると0.5%に60ヶ月を乗じて30%減額。最も遅い70歳から受給すると0.7%に60ヶ月を乗じて42%増額。繰り上げは基礎年金と厚生年金を同時に行いますが、繰り下げは別々にできます。
その繰り下げについて、昨年2月16日に閣議決定された「高齢社会対策大綱」の中に気になる記述があります。
第1は「繰り下げ制度の周知に積極的に取り組む」と記載されていること。第2は「現在70歳の繰り下げ制度の上限を70歳以上に引き上げる」と記載されていること。
第1については、具体的な動きが出ています。今年4月以降に送付されている「ねんきん定期便」の「年金請求書」に繰り下げの説明等が記載されています。
ところが、その内容に問題あり。決算委員会で指摘しました。制度どおり65歳から受給するか、繰り下げをするかを、「Yes」「No」チャート的な質問で誘導しています。詳しくは決算委員会の議事録をご覧いただきたいですが、概要は次のとおりです。
最初の質問は「受け取る年金額を増額させますか」。そう聞かれれば「増額したい」の矢印に進むのがふつう。安倍首相にも聞いたところ「自分も増額させたいと思う」と意外に正直な答弁。
次の質問は基礎年金と厚生年金に関して「両方を増額させる場合」「どちらかを総額させる場合」の二択。前者を選択するのが人情というもの。再び安倍首相に聞くと「自分も両方増額させたいと思う」と再び正直な答弁。
「両方増額」を選択すると年金請求書の書類は「提出不要」に進み、めでたくゴール。両方増額されて、書類提出も不要。「よかった、よかった」と思うとそこに落とし穴があります。
何とその結果、受給開始年齢は最も遅い70歳になります。そして、それ以前に受給開始したい場合には、改めて自分で申請しなくてはならないと小さな字で書いてあります。
70歳になるまでに認知症になったら、70歳受給開始になっていることも、それ以前に受給開始する場合には申請が必要なことも、覚えているはずがありません。家族は、当然年金を受給していると思うのが普通でしょう。
日本年金機構や政府のこうした対応、年金請求書の内容は「年金詐欺」と言われても仕方ありません。
第2については、繰り上げ上限年齢を75歳まで引き上げる案が検討されているようです。現在の増額率(1ヶ月0.7%)を前提にすると、75歳受給開始の場合は年金額が84%(0.7%に120ヶ月を乗じる)増加。何となく得な気がします。
しかし、80歳で死亡すれば5年間しか受給できません。生涯受給総額は65歳からルールどおり受給する場合より少なくなります。日本年金機構や政府はそういうことを念頭に置いている疑義があります。
とは言え、84%増を魅力的と思えば、働けるうちは働くという傾向が強まり、繰り下げる人が漸増する可能性があります。労働力確保、年金財政のためには合理的かもしれませんが、だからといって年金請求書で詐欺的誘導をすることは許されません。
別の理由で繰り下げが漸増する可能性もあります。今後のマクロ経済スライド適用による受給額減少により、繰り下げによって受給額を増やさないと生活できないという切実な理由です。
現状では繰り下げより繰り上げを利用する人の方が多いのが実情。しかし、次のような理由でも繰り下げ利用者が増えるかもしれません。
それは公的年金にかかる所得税(税率は一律5.105%)の所得控除枠との関係です。所得控除枠は65歳未満70万円、65歳以上120万円です。
年金受給額が控除額より少なければ所得税は課税されません。年金額が70万円を下回る可能性が高い国民年金だけの人は、この観点からは繰り上げに躊躇しません。
厚生年金のある人は70万円以上の受給額が見込まれ、65歳以降で受給すれば課税されない70万円から120万円のゾーンの節税をしたいと思えば、繰り上げはしません。
また、公的年金以外のiDeCo等は合算されます。iDeCoの老齢給付金(年金タイプ)の支給開始も60歳から70歳の間で選択可能ですが、65歳前に受給しても減額されません。65歳後に受給しても増額もされません。
iDeCo等の受給額を年間70万円以上かけている人は多くないでしょうから、所得税控除の観点から、iDeCo等を65歳以前から受給し、公的年金を繰り下げる人が増えるかもかもしれません。
日本年金機構や政府の術中にはまらないようにするとともに、他の商品や税制にも留意して、老後の生活設計を考える時代になりました。
(了)