台風被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。臨時国会会期がまだ明確ではありませんが、復旧・復興に関する議論もしなくてはなりません。また、温暖化等の影響から、今後も台風の規模拡大が懸念されます。今回の千葉県での被害の原因、長期化している背景等を把握し、今後に備える対策も急がれます。サウジでの油田攻撃等、国際情勢の緊迫化、経済への影響も必至。議論のための議論ではなく、現実問題の改善に寄与できる議論を目指します。
徴用工問題は、大戦中に日本企業が朝鮮人を拘束し、強制的に働かせた問題です。当事者及びその家族・遺族(子弟等)が未払い給料や賠償金等の支払いを求め、提訴しています。
2018年10月30日、韓国大法廷が日本の新日鉄住金・三菱重工に、徴用工に対する未払い給料及び賠償金の支払いを命じる判決を下し、問題が再燃しました。
徴用工問題を考えるうえで、理解しておくべき2つのポイントがあります。第1は、日本は既に支払い原資を韓国に渡していることです。
独立を回復した日本政府は、1960年代に入り、徴用工に個別対応する方針を明示。つまり、日本政府が徴用工に未払い給料等を直接支払うことを考えていました。
ところが、1963年に就任した朴正熙大統領(朴槿恵前大統領の父)が「個別対応は韓国政府が行う」「その原資を日本が韓国に提供する」ことを主張。
1965年、日韓は基本条約と請求権協定を締結。徴用工への個別対応は韓国政府が行うと定め、原資として5億ドル(無償3億ドル、有償2億ドル、ほかに民間借款3億ドル)を日本政府が韓国政府に供与。徴用工問題は「完全かつ最終的に解決した」としました。
ところが、朴大統領は当該資金を徴用工対応には使用せず、復興や産業政策に投入して「漢江(ハンガン)の奇跡」を実現。
つまり、日韓間では徴用工問題は解決済。しかし、韓国政府と徴用工の間では未解決というのが理解すべき史実です。
第2は、提訴している原告には強制徴用された人達以外が含まれている点です。つまり、自ら応募した人達。この点を鑑み、日本では両者を区別し、自ら日本企業の募集に応じた人達を朝鮮半島労働者と呼んでいます。
韓国は「韓国政府、日本政府、新日鉄住金、三菱重工が基金を設立し、徴用工への支払いを行う」ことを主張しています。しかし、上記の2点を踏まえると、そうした対応はかえって問題を複雑化させ、混迷を深める危険性があります。
韓国大法廷は「支払いが行われない場合、新日鉄住金・三菱重工の資産を差し押さえる」と言っていましたが、強行されれば日本政府による韓国の日本国内資産差し押さえも必至。現実的には無理な話であり、徴用工問題は膠着化しています。
徴用工問題を巡る韓国の国内事情はかなり複雑ですが、日本の報道はその状況を十分に伝えきれていません。韓国関係者等にもヒアリングした内容を整理すると、以下のとおりです。
何点かあります。第1に、世論が文在寅政権を全面的に支持しているわけではない点です。
徴用工問題に関与している韓国の主な労働組合全国組織(ナショナルセンター)には全国民主労働組合総連盟(民主労総)と韓国労働組合総連盟(韓国労総)の2つが存在。前者がより左派的、急進的です。
そうした立ち位置を反映し、民主労総が左派的な文政権と良好な関係かと言えば、そうでもないそうです。
文政権は米国の要求を受けて高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を推進中。このこと等に反発する民主労総は、徴用工問題でも文政権に必ずしも同調的ではありません。
それは、過去の歴代政権が、左派政権も含め、徴用工問題に前向きに対応してこなかったからです。それが第2です。
朴政権が5億ドルを流用したのみならず、左派の盧武鉉政権も同じでした。同政権は「強制動員犠牲者等支援委員会」による補償を行ったものの、審査は厳しく、徴用工被害者から反発を買ったそうです。
つまり、徴用工問題への対応に関し、どの政権も支持されていません。その証拠に、2015年には遺族が韓国政府を提訴。信用できないのは日本政府も韓国政府も同じということです。
今回も同様でした。8月17日、徴用工問題について「私的請求権は残っている」と強硬姿勢を示した文大統領。
1週間後の25日、一転して徴用工問題は日韓基本条約で解決済みという判断を確認。このような一貫しない姿勢に、徴用工及び遺族等は批判的です。
第3に、盧政権の厳しい対応の背景にあった遺族会との向き合い方です。複雑な構図ですので、少し解説します。
徴用工やその遺族の運動は、元軍人・軍属を含む遺族会の下で行われてきました。そして、元軍人・軍属は自ら日本統治に協力した者として親日派と認識される傾向があり、戦後補償を受ける権利も否定されがちでした。
盧政権は対日厳格姿勢を顕示するために親日派と目される遺族会に厳しく対応。その遺族会に徴用工も含まれていたため、結果的に徴用工にも厳しく対応しました。
遺族会・徴用工にとって、朴政権以下の右派は5億ドルを搾取した勢力であり、左派は彼らを親日派として虐げる勢力です。
第4に、徴用工問題に関わる人達は慰安婦問題と距離を置いてきた人が多いそうです。その背景は、慰安婦には大きな注目が集まり手厚い保護がなされる一方、上述のとおり、元軍人・軍属や徴用工に対する政府の姿勢は厳しいからです。
慰安婦と徴用工の運動の背景には構造的な違いもあるそうです。例えば、慰安婦問題では支援組織の力が大きい一方、徴用工問題では当事者の力が大きい点。
慰安婦の生存者数が少なくなっているのに対し、軍人・軍属・徴用工の生存者数は多いことが影響しています。
徴用工問題では当事者に加え、その遺族が運動を継承しているのに対し、慰安婦問題の主力は挺対協をはじめとする支援組織です。
慰安婦は問題の性質上、遺族が運動を継承し難いようです。また、慰安婦や遺族の中に多様な意見があるものの、支援組織がそれを反映しないことも問題を複雑化させています。
定番的な韓国情勢の見方も、慰安婦・徴用工問題の複雑な構図を見えにくくしています。例えば、左派の文大統領は反日的であり、増え続ける慰安婦像や新たな徴用工像設置はその表れという定番的な見方です。
韓国の政治・社会を左派と右派(韓国国内的には「進歩」と「保守」)に二分し、左派を「反日反米親北親中」、右派を「親日親米反北反中」と断定する単純化した見方です。
しかし、現実は複雑です。そもそも韓国の右派が単純に「親日親米反北反中」と言えないことは朴槿惠政権が証明しました。慰安婦問題で日本に強硬な姿勢を突きつけ、日韓首脳会談も長らく拒否し、中国に接近しました。
その結果、これを不快とする米国の圧力に屈し、日韓慰安婦合意と高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を受け入れざるを得なくなり、中国の反発を買い、米中の板挟みになって政権は崩壊しました。
徴用工問題を複雑化させた理由は日本側にもあります。それは、キャッチオール規制(補完的輸出規制<Catch All Controls>)の対応です。
同規制は外為法及び貿易法を根拠として2002年4月に導入。兵器開発に使われる可能性のある製品・技術の輸出・提供を行う際、国への届出及び許可を受けることを義務付けました。
同規制における優遇措置対象国を「ホワイト国」と呼称。2019年8月2日より「ホワイト国」は「グループA」、「非ホワイト国」は「グループB・C・D」に名称変更されました。
グループAは今夏までは27ヶ国。欧州21ヶ国、北南米3ヶ国、アジア・オセアニアは豪州、ニュージーランド、韓国の3ヶ国でした。
そうした中、所管の経産省が7月1日(4日)に韓国をホワイト国から除外する手続きを開始。8月2日に除外は閣議決定され、28日施行。文大統領が「盗人猛々しい」「重大な挑戦」等の激しい言葉で日本を非難しました。
当該措置は、韓国による慰安婦・徴用工問題蒸し返し、レーダー照射事件等で反韓・嫌韓感情が高まっていた日本の国内世論が総じて支持。政府高官も「徴用工問題等への対応」という趣旨の発言を行い、マスコミもそう報じました。
しかし、日本政府は「海外で日韓対立がどう報道されているか」という視点に欠けていました。欧米では「日韓対立の原因は歴史問題。日本が韓国を追い込んでいる」という報道が多いのが現実です。例えば、典型例は以下のとおりです。
「日韓対立は歴史認識について両国が長年一致しないことに起因する。日本は、輸出制限は安全保障政策上は正当と主張しているが、一般的には徴用工問題に関する韓国大法廷判決に対する報復と考えられている」(8月1日ワシントンポスト)。
国際的にみると「韓国大法廷が徴用工問題で変な判決を下した」ことを理由に「輸出管理を強化する」というのは筋違い。両者は関係ない問題という受け止め方が一般的でした。
日本政府の対外広報のあり方には工夫が必要です。調べた限りにおいては、1965年の日韓基本条約・請求権協定の締結、5億ドル供与等には言及していない海外報道がほとんどです。
アジアで唯一の西側先進国、欧米の窓口という20世紀後半の日本の固定観念から脱却し、世界に向けて日本の立場、歴史的事実を丁寧かつ粘り強く広報することが不可欠です。
ところがGSOMIA(日韓秘密軍事情報保護協定<General Security of Military Information Agreement>、略してジーソミア)で状況がさらに変化しました。
日韓両国は直接の同盟関係にないことから、GSOMIAは日米韓3ヶ国の軍事的連携及び米国極東戦略にとって非常に重要な協定です。経緯を整理します。
2009年1月に日韓首脳が合意した「日韓新時代共同研究プロジェクト」に基づいて、2010年12月、日韓外相会談で安全保障・防衛分野における協力推進を確認。
2011年1月、日韓防衛相会談において自衛隊と韓国軍が軍事物資・役務協力を定める物品役務相互提供協定(ACSA)、及びGSOMIAについて意見交換。防衛協力・交流を拡大・深化させていくことで合意。
2012年6月29日に締結される予定だったGSIMIAは韓国側の事情で締結予定時刻1時間前に延期。条約締結が韓国内で明らかになって反対運動が発生したためですが、韓国側は延期の理由を日本が米ニュージャージー州の慰安婦記念碑の撤去運動を行ったためと説明。
2016年、交渉再開。11月23日にソウルで署名式が非公開で行われ、即日発効。韓国側は2012年の展開を踏まえ、協議プロセス(仮署名、次官会議、閣議決定、大統領裁可等)及び協定文を公表しました。
2018年に発生した韓国海軍レーダー照射問題で日韓防衛当局が対立。協定延長の可否が焦点に浮上。その中で起きた徴用工問題とキャッチオール規制問題の展開を受け、2019年7月18日に青瓦台(韓国大統領府)が協定破棄の可能性に言及。
協定は1年毎の自動更新。終了させる場合は更新期限90日前(今年は8月24日)までに相手国に通告するルール。日本は両国関係が悪化しても朝鮮半島の安全保障上の観点から協定維持の意思を見せたものの、青瓦台は8月22日、国家安全保障会議(NSC)を開いて協定破棄を決定。11月23日午前0時に効力を失います。
韓国は破棄の理由について「日本が韓国をホワイト国から外したため。日本の不当措置が撤回されれば、韓国もGSOMIAを再検討する」と言及。
韓国も日本と同じミスを犯しました。キャッチオール規制とGSOMIAを差し違いにすることはお門違い。
韓国がGSOMIA延長問題に言及した7月18日、米国務省は「ボイス・オブ・アメリカ」を通じて「GSOMIA維持を全面的に支持」と発表。8月9日に訪韓したエスパー国防長官も国防部長官に対し「協定継続の必要性」を訴えました。
破棄を発表した8月22日は米国防総省とポンペオ国務長官、続く28日には国防総省シュライバー次官補が強い懸念と失望を表明し、再考を要求。次官補は「韓国が米国に破棄の事前通告を行い、了承を得ていた」との韓国の説明も事実無根と否定しました。
米国は同盟国である日韓の対立に中立の立場を貫いてきましたが、韓国は米国の要求を完全無視。トランプ大統領はフランスG7の席で「文大統領は信用できない。なぜあんな人が大統領になったのか」と発言し、各国首脳が驚いたと報道されています。
事実を確認すること、事実を国際的に周知すること、そのうえで冷静かつ合理的に対応すること。文政権のミスによって救われていますが、日本外交も立て直しが必要です。
(了)