政治経済レポート:OKマガジン(Vol.430)2019.10.27

度重なる台風、豪雨により、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りしますとともに、被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。今日は地元で陸上自衛隊第10師団の創立記念式典及び訓練展示がありましたが、災害派遣の最中、お祝いムードも自粛。災害や豚コレラ対応に当たっている隊員及び関係者各位に敬意を表します。立法府も行政府も、復旧、復興に全力を尽くさなくてはなりません。


1.2025年問題と2040年問題

9月26日、厚労省が全国の公立・公的病院(以下、公共病院)1455のうち、再編・統合が必要と考える424病院(全体の29.1%)のリストを公表しました。

公共病院の総数は1652。そのうち高度急性期・急性期病床を有する病院が1455です。

今回の対応の背景は、2025年(令和7年)の実現を目指す「地域医療構想」。2014年(平成26年)に成立した「医療介護総合確保推進法」によってスタートしました。

「2025年問題」は団塊世代全てが後期高齢者となる時期への対応、さらに「2040年問題」は高齢者数が絶対数で最多になる時期への対応です。

地域医療構想は2025年を見据え、病床数適正化、医療機能の連携・分化、縮小・撤退を含む再編・統合を模索。各地域の高齢化に見合った地域医療を実現することを企図しています。

多くの公共病院が赤字体質となっていることから、厚労省は、公共病院は同じ地域内の民間病院が担えない機能・役割に重点を置くことを標榜。

これを受け、各都道府県は2016年(平成28年)度末迄にそれぞれの地域医療構想の計画を策定しました。

全国を339の「区域(原則は2次医療圏、三重県のみ例外)」に分けて必要病床数を推計。高度急性期、急性期、回復期、慢性期ごとに、過剰病床の他機能転換、在宅医療への移行等を期待しました。

地域医療構想の計画に沿って、各地に設置された「地域医療構想調整会議(以下、調整会議)」が具体案を検討。

2018年(平成30年)度末までに「新公立病院改革プラン」「公的医療機関等2025プラン」を策定。2025年の地域医療構想実現に向けた各地の具体的方針が報告されました。

報告された内容を集約すると、公共病院の2025年度急性期病床数見込み数は、現在と比べて微減または横這い。事実上の現状追認に留まっています。

厚労省は2013年に全国で135万床あった病床を2025年には119.1万床に減らす意向。しかし、2018年時点で5.5万床が過剰。現在の計画のままでは、2025年の病床数見込みは121.8万床で2.7万床過剰。

特に、高度急性期、急性期病床が過剰。今後、高齢化に伴って必要数が増える回復期、慢性期病床への転換は立ち遅れています。

中でも、高齢者のニーズが高いリハビリ向けは現時点で20.4万床不足。病院・病床機能の見直しは喫緊の課題です。

なぜ、こうした状況が続くのか。それは、高度急性期、急性期の診療報酬が高く、公共病院の経営上の観点から、回復期、慢性期への転換が進みにくいからです。

地域医療構想の制度化から5年以上経過したものの、公共病院の再編・統合に関する具体的議論を行っているのは339地域中わずか24地域。議論は停滞。そこで、今回の統合・再編対象病院の公表に至りました。

病院の存廃は地域住民にとって死活問題。病院の統合・再編、縮小・撤退は、医療過疎、地域荒廃を加速させることから、病床数削減ありきの病院名公表や、地域の実情を無視した選別方法等に批判が噴出しています。

因みに、愛知県は9病院が対象となりました。列挙しておきます。

津島市民、あま市民、木曽川市民、愛知県心身障害者コロニー中央、みよし市民、碧南市民、中日、国立病院機構東名古屋、ブラザー記念の9病院です。

2.合わせ技1本

今回の検討作業は次のような枠組み、考え方で行われ、地域医療構想の区域別に対象病院を決定しました。

まず、各病院の診療件数を集約。がん、心疾患、脳卒中、救急、小児、周産期、災害、僻地、研修・派遣機能の9領域16項目について、診療件数の多寡を確認。全ての領域で「診療実績が少ない」とされる病院を認定。

または、がん、心疾患、脳卒中、救急、小児、周産期の6領域において、同じような診療を行っている近隣病院の有無を確認。全ての領域で近隣病院がある場合に「類似かつ近接」と認定。

前者の9領域全て「診療実績が少ない」、後者の6領域全て「類似かつ近接」とされた病院、つまり「9・6」のフルマークの病院は「A」と認定。一方「9未満・6」の場合は「B」と認定。

少々わかりにくいかもしれませんが、「9未満・6未満」でも、両方を合体すると前者の9領域でフルマークになる場合は「合わせ技1本」で「B」に認定されています。

診療実績が少ない「A」、類似かつ近接「B」と認定された病院は再編・統合の必要があるとして、その病院名が公表されたのです。

再編・統合は、病院そのものを統合するという狭い意味に限らず、縮小・撤退、機能分化・連携、集約化、機能転換・連携等も含まれるそうです。要するに何らかの改革案の策定、実行を促しています。

もう少し敷衍します。「診療実績が少ない」の分析においては、人口が多い地域の公共病院ほど診療件数が多いことから、人口規模別に検討。

具体的には、人口100万人以上、50万人以上100万人未満、20万人以上50万人未満、10万人以上20万人未満、10万人未満の5区分に分け、各区分で地域内平均の一定水準(下位33.3%)に満たない項目について「診療実績が少ない」と認定。

「類似かつ近接」の分析においては「横並び型」と「集約型」に分類。少々難解ですが、定義を紹介しておきます。

同一区域内で診療件数が上位50%以内に入っている病院を上位グループと類型化。上位グループの中で「診療件数占有率が最低位」の病院の実績と下位グループの中で「診療件数占有率が最高位」である病院の実績を比較。

上位と下位で明白な差がある場合を「集約型」、上位と下位であまり差がない場合(1.5倍以内)を「横並び型」と分類しています。

「類似」病院が自動車で20分程度の距離にある場合は、似たような病院が近接しているとして「類似または近接」と認定。但し、全国で25ある人口100万人以上の区域については、類似病院が多数に及ぶことから検討対象外。

「A」つまり「診療実績が少ない」と認定されたのは277病院(うち「A」のみ該当117病院、「B」も該当160病院)。

「B」つまり「類似かつ近接」と認定されたなおは307病院(うち「B」のみ該当147病院、「A」も該当160病院)。

対象となった病院は、遅くとも2020年9月末までに2018年度策定の計画を変更する前提で再検討を求められました。

具体的変更策として、急性期病床等の削減・転換、夜間救急の中止、周産期の他病院移管等の例が示されています。

再検討の要請対象が多いのは、北海道54病院(域内公共病院の48.6%)、新潟22病院(同53.7%)、宮城19病院(同47.5%)、山口14病院(同46.7%)、岡山13病院(同43.3%)と続く一方、沖縄県はゼロ。

厚労省は今後、全国に10数ヶ所の「重点区域」を設定し、統合・再編を直接助言する方針。また、今回対象外の公共病院についても、2025年時点の機能転換等の見通しが現状計画と変わりがない場合、統合・再編の再検討を要請するとのことです。

厚労省は民間を含めた医療機関の統合・再編の検討に当たり、まずは財政と税制で優遇されている公共病院を対象としました。

しかし今後は、民間病院の診療件数も公表する意向。それによって地域医療構想の議論が活発化するよう促す方針です。

なお、今回の分析から外れた高度急性期、急性期機能を有しない197の公共病院については、診療件数の再確認を行ったうえで改めて統合・再編の検討を要請するようです。

3.5つの論点

予想以上の批判が出ているため、厚労省は「強制ではない」「病院そのものの統廃合を機械的に決めるものではない」等々のコメントを公表して沈静化に躍起。統合・再編が難航すれば、結果的に現状が継続、深刻化。ジレンマです。論点を整理しておきます。

第1に、地域住民への影響。地域の公共病院の統合・再編、縮小・撤退等は住民の不安に直結。地域事情を無視した一律基準での検討は不適切との批判は共通しています。

例えば地理特性。対象病院の抽出は診療件数に基づいているため、小規模病院ほど対象になりやすく、現に対象病院の7割強が200床以下。広域行政、積雪寒冷、交通事情悪化等の影響から小規模病院が多い北海道や東北の病院が多数対象になりました。

病院の統合・再編、縮小・撤退は、人口減少地域や中山間地の医療崩壊、人口減少を加速させます。地方創生と言いながら、逆行する医療政策を推進することは矛盾しています。

「B」分類では自動車で20分程度の距離を「近接」としていますが、それは自動車で通院することが前提。運転できない高齢者、障害者、家族のいない傷病者には無理な話です。

第2に、対象抽出の考え方(ロジック)。例えば、周辺に大学病院等があれば、近くの地域病院の診療件数は低く、「A」判定。地域病院が担う軽度な手術や回復期対応、開業医が利用できる開放型病床の提供等の役割は考慮されていません。

抽出基準となった疾病特性も偏向。がん、心臓・脳疾患系が基準となったため、神経疾患・整形外科・リハビリ等を主体とする病院、難病患者・障害者医療を担う病院等も対象となるなど、疾病特性偏向の影響が出ています。

第3に、公共病院、民間病院、双方への影響。公共病院が先行して検討対象となったのは、前述のとおり公的資金が投入されているため。自治体一般会計からの投入額は2017年度で8083億円。民間病院側は、医療設備、医師・看護師の給与等々の官民格差、公的資金による赤字補填等を問題視しています。

その一方、民間病院側は「公共病院同士の統合・再編は民間病院をさらに不利な立場に追い込む」ことも懸念。統合・再編された公共病院による患者の抱え込み、寡占化が進み、民間病院の経営を圧迫。民間病院側は、公共病院は民間が担えない機能・役割に特化することを求めています。

公共病院側にも言い分があります。病院ごとの投入公費、税制優遇、経営努力等々の格差を考慮せず、「公立」「公的」という括りで一律に扱われていることに不満を示しています。

第4 は民意。公共病院の運営方針は公選首長・議会で決定されています。今後の検討を担う調整会議も法律に基づく仕組みであり、民意といえば民意。どちらを優先するか難しい問題です。調整会議が厚労省の意向を忖度すれば、非民主的、独断・専横の誹りを免れません。

一方、首長や議員は選挙を意識して公共病院の統合・再編には消極的。統合・再編、撤退・縮小が適当な場合でも「新改築、医師増等で患者が増える」と主張し、公的資金で不採算病院を建て直し、地域の民間病院の経営を圧迫している事例も少なくありません。

公共病院を保有・運営している自治体は医療に熱心という印象を与えがちですが、僻地等の不採算地域以外は民間病院に地域医療を任せることも一理あります。自治体の運営能力の低さ、他の行政サービスの犠牲等も考慮し、判断すべきでしょう。

第5に代替病院や要員確保。北海道や東北等の過疎地では、統合・再編でなくなる病院を代替可能な病院はほとんどありません。

統合・再編の対象となれば、廃止される病院と見なされ、医師・看護師が離職。病院存続が困難になるという悪循環に陥ります。

現実の事例です。2022年の新病院スタートを目指している弘前市民病院(342床)は、国立病院機構弘前病院(342床)と統合・再編して新中核病院(142床)となる予定ですが、処遇悪化を懸念して医師・看護師の退職が続出しているそうです。

次のような事例もあります。10病院が対象となった東京都。そのうちのひとつが国家公務員共済組合連合会(KKR)九段坂病院。

2015年、地元の千代田区役所新改築に合わせて同建物内に移転し、約250床の病院・介護施設として再スタート。

土地を見つけにくい都心部での公有地有効活用。同病院は整形外科・リハビリに定評があり、高齢化対応の介護施設併設は的確との評価。地域包括ケアシステム実現を目指した動きとして注目されています。しかし、それでも数値基準で機械的に対象となりました。

地域や個別病院の事情を肌理細かく把握・反映した統合・再編の検討が必要です。

(了)

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