政治経済レポート:OKマガジン(Vol.440)2020.4.30

緊急事態宣言がどうやら延長されるようです。今日、補正予算も成立します。しかし、感染症対策、経済対策ともに遅れ気味。行動制限、営業自粛をいつまでも続けると、経済が崩壊します。「命あっての経済」ですが「経済なければ命はもたない」のも事実。感染症対策と経済対策は表裏一体です。政府任せ、専門家任せにせずに、感染症や対策についての理解を深めたうえで協力することが肝要です。過去のメルマガも参考にしてください。


1.ゲームチェンジャー

英国ジョンソン首相が「ゲームチェンジャー」と称した「抗体検査」。日本でも連日報道されるようになりました。

メルマガ438号(4月1日)で取り上げ、4月3日の参議院本会議で安倍首相に重要性を伝えました。その後のFbライブ(4月10日)及びそのダイジェスト版(4月18日)が多少でもお役に立ったなら幸いです。ダイジェスト版URLは下記のとおりです。

https://www.youtube.com/watch?v=2FRPlauUd38&t=19s

メルマガ前々号、前号で取り上げたように、「PCR検査」は「今感染しているか否か」を知る検査、「抗体検査」は「既に感染済みであるか否か」の検査です。

「PCR陰性、抗体陽性」であれば「感染回復後の抗体保有者」と推定され、行動制限を解除して経済活動に復帰可能との想定が可能になるからです。だからこそ、ジョンソン首相は「ゲームチェンジャー」と称したのでしょう。

しかし、上記の想定は「感染したら抗体を有する」「抗体によって免疫機構が働く」「抗体は長期間持続して再感染を阻止する」という既知の感染症対策の常識を前提としたものです。

新型コロナウィルスは未知のウィルスです。この前提が適切か否か確証はありません。しかし、この前提で検討を行う以外に現時点では途がありません。完全解明まで行動制限を続ければ、感染で滅びる前に経済崩壊で滅びます。

最終的にはメルマガ前号で取り上げたゲノム解析を行わないと完全解明には至りませんが、当面は引き続き上述の前提に基づいて考えます。なお、細菌やウィルス等の病原体を総称して「抗原」と言いますが、以下はウィルスと記します。

ウィルスに感染した場合、人間の体はウィルスと戦い、ウィルスを分析します。そしてウィルスに対応した「抗体」を生成してウィルスに結合させ、有毒性や増殖を抑止します。「抗体検査」はその「抗体」の血液中の有無を調べる検査です。

ウィルスに対抗する「抗体」のメカニズムも解説してほしいとのご要望をいただきましたので、簡単に素人なりの説明をしてみます。

「抗体」を形成する物質は「免疫グロブリン(immunoglobulin)」と呼ばれるものであり「Ig」と略されます。「免疫グロブリン」はリンパ球から分かれて合成される蛋白質です。

この「免疫グロブリン」には5種類あります。そのうち2種類が今回の新型コロナウィルスの「抗体」と関係があります。

ひとつは「IgM」。感染初期に出現してウィルスと戦います。もうひとつは「IgG」。感染中期以降に現れ、さらに激しくウィルスと戦います。いずれも血液中に存在します。

残る3つのうち、「IgA」は唾液や消化液、痰などの中に存在して、粘膜での防御機構の主役を演じます。「IgE」はアレルギー反応や寄生虫の排除に関与。最後の「IgD」はリンパ球に関係すると言われていますが、実態はまだよくわかっていないそうです。

人の体内にウィルスが侵入すると、それらを攻撃して身を守ろうとするメカニズムが働きます。それを「免疫機構」と呼び、白血球の一種であるリンパ球がその主役です。

「免疫機構」の仕組みは次のとおり。ウィルスが侵入すると白血球の一種である「マクロファージ」がウィルスを喰べ、ウィルス侵入をリンパ球「ヘルパーT」に伝えます。

「ヘルパーT」は別のリンパ球「Bリンパ球」に活動命令を出し、「Bリンパ球」は「抗体(免疫グロブリン)」を出動させてウィルスを攻撃させます。

喩えて言えば、「マクロファージ」は偵察部隊、「ヘルパーT」は司令部、「Bリンパ球」は大隊、「抗体(免疫グロブリン)」は小隊(戦闘部隊)のイメージです。

「ヘルパーT」は、別の攻撃部隊でありウィルスを殲滅する「キラー細胞」にも命令を出します。今回の新型コロナウィルス感染症では「キラー細胞」が話題になっていません。新型コロナウィルスとは初遭遇であり、「キラー細胞」が形成されていないからです。

ウィルスに感染したか否かは血液中の「IgM」と「IgG」を測定することで推測可能です。「IgM」は感染初期に出現するので感染の有無の診断に有用であり、「IgG」は感染中後期に出現するので「免疫機構」の有無の推測に役立ちます。

ウィルスによって「免疫機構」そのものが損なわれると、「免疫グロブリン」が生成されにくくなり、ウィルスに対抗できず、感染しやすく、また症状が悪化しやすくなります。

2.「抗体検査」の留意点

ジョンソン首相に「ゲームチェンジャー」と称された「抗体検査」。医療従事者の負担とリスクが小さいことは利点です。

「PCR検査」は被検者の咽頭や鼻腔から検体を採取するため、エアロゾル(浮遊する飛沫や粒子)によって医療従事者が感染するリスクがあります。「抗体検査」は指先の少量の血液を利用し、被検者本人でも対応可能。医療従事者の感染リスクは低下します。

しかし、新型コロナウィルスの特異性が徐々に明らかになっており、「抗体検査」が本当に「ゲームチェンジャー」になり得るか否か、まだ予断を抱けません。

特異点の第1は無発症感染者が多いこと。メルマガ前号で示したとおり、「発症者対応」つまり発症者だけを対象にした「PCR検査」では無発症感染者を把握できません。

第2は無発症感染者も感染力を有していること。つまり、誰もが無自覚のまま感染源となり得ること。このことが事態を深刻化させ、対策の困難度を高めています。

こうした新型コロナウィルスの特異性を踏まえると、「抗体検査」を活用しつつも、留意点も意識しなければなりません。

第1に、新型コロナウィルスの特性や遺伝子構成等が未解明のため、感染後に確実に抗体を有する保証はありません。若年層に抗体が少なく、高齢者に多い傾向など、他の既知のウィルスでは観察できない特性の解明が急務です。

第2に、上記第1の留意点とも関係しますが、再感染のリスクがあること。現に中韓等の諸外国では再感染が発生しています。

第3に「抗体を有すること」と「免疫機構が働くこと」は同義ではないこと。抗体を有することが、項番1で説明した免疫機構の存在と働きを保証するものではありません。

第4に「検査キット」の質(信頼性)と量。米食品医薬品局(FDA)は約100社に未審査の「検査キット」販売を許可したものの、多くが中国製であり、「検査キット」正答率についての虚偽説明があること、FDAは正式承認したわけではないことを警告しています。

テキサス州が使用した「検査キット」の企業申告正答率は93%から97%でしたが、現実は約20%。警察が捜査に入り「検査キット」は連邦政府に押収されたそうです。

英国やインドでも中国製の「検査キット」を導入。英国350万個、インド5億個の膨大な量ですが、信頼性が低く、使用中止、返品騒動に発展しています。

現状、FDAが正式承認したのはセレックス、ダイアグノスティックス、チェンビオ、マウントという4社だけのようです。

そのうちのセレックスの「検査キット」でも偽陽性率は約5%と申告。5%の誤差は、人口の5%が感染している地域で検査を行う場合、同程度の偽陽性が出ることを意味します。

偽陽性の検査結果を信じた人が行動制限を止めて活動すると、感染拡大リスクを高めることになります。

こうした「検査キット」の質(信頼性)に加えて量の確保が難題です。量確保のために性急に進めれば、結果的に不良品が増えて質を低下させるという悪循環に陥ります。

第5は「抗体検査」の有用性です。「抗体検査」によって判明する陽性率(感染率)が高ければ、社会的隔離政策、緊急事態の出口を検討するうえで有用性があります。

しかし、「集団免疫」効果が顕現化するのは人口の60%から70%が感染した場合(メルマガ438号参照)。現在は国や地域によって差があるものの、感染率は数%から20%程度。「抗体検査」に膨大なリソースを投入しても、その結果を有効活用できる保証はありません。

欧米では「PCR陰性、抗体陽性」の判明者に「免疫パスポート」を発行して経済活動再開につなげようという動きもありますが、「PCR検査」「抗体検査」のいずれも完璧ではないことを念頭に置く必要があります。

現在欧米各国が取り組み始めたのはメルマガ前号で紹介した「迅速検査」。結果は単純に陽性か陰性かで示されます。

必要なのは信頼性が高い「定量検査」。酵素免疫測定法(ELISA)という手法を用いて「igG」の分量を示すことができます。

世界保健機関(WHO)は現在の「検査キット」による「即時検査」の信頼性が低く、実施を推奨していません。もっとも、WHOの信頼性も低下しています。

3.パルスオキシメーター

特異性の第3は致命的肺炎の早期発見ができないこと。欧米で死者数が急増する中で、その傾向が顕著に観察されているそうです。

新型コロナウィルスによる肺炎を罹患しても、かなり重症になるまで患者本人に肺炎の自覚症状がないそうです。

自覚症状が出てからレントゲンを撮ると既に深刻な状況に陥っており、「飽和酸素度」は異常値の域に達しているそうです。ここで登場した「酸素飽和度」。この後の内容の鍵となりますので少し説明します。

「酸素飽和度」は「SpO2」と表現され、「S」は「飽和(Saturation)」、「p」は「脈(pulse)」、「O2」は「酸素(Oxygen)」を示します。

動脈を流れる血液に含まれるヘモグロビンの何%が酸素を運んでいるかを示す値が「酸素飽和度」であり、正常値は96%以上。95%未満は呼吸不全の疑い、90%未満は在宅酸素療法の適用対象となる症状です。

この「酸素飽和度」が90%未満、時には50%前後の重症であっても、患者本人に自覚症状がないと聞きました。

米国では新型コロナウィルスによる肺炎を「サイレント」と呼んでいるそうですが、それは「サイレント(無症候性)低酸素症」という意味に加え、本人が自覚しにくい、医師が認識しにくい性質からも「サイレント」と呼ばれているそうです。

通常の肺炎症状である胸部不快感、呼吸時の痛み、息切れ等を自覚することなく、発熱、咳、胃もたれ、倦怠感等の風邪のような症状が約1週間続いた後に容態が急変するそうです。

なぜそうなるのか。ここから先は素人の理解を超える専門領域ですが、新型コロナウィルスは肺が正常に機能するために重要な役割を果たす「界面活性剤物質(サーファクタント)」を生成する肺細胞を攻撃するからのようです。なぜ攻撃するのかを含め、早期の解明とその治療法の確立が期待されます。

容態急変後は著しく呼吸が苦しくなり、人工呼吸器が必要となる事例が過半を占めます。息切れを感じることなく突然死亡する症例は「サイレント低酸素症」が急速に呼吸不全に進展する場合と聞きます。

人工呼吸器の使用に至らない症状にとどめることは、医療崩壊抑止のための重要なポイントです。人工呼吸器を装着した患者のケアには膨大な医療リソース(医師・看護師のマンパワー、器材、医薬品)を必要とするからです。

そのためには新型コロナウィルス感染症の患者を早く特定し、効果的な治療を早期に開始することです。

その鍵となるのが「パルスオキシメーター」。血中の「飽和酸素度」を測定するための機器です。体温計と同様に安価で簡単な機器であり、ボタン操作で起動します。

最近では利用者(患者)の指先に装着するタイプが主流で、数秒で「飽和酸素度」と「脈拍数」が表示されます。「パルスオキシメーター」は低酸素症や高心拍症を検知する信頼度の高い機器です。

医療機関や自宅で「パルスオキシメーター」を積極活用し、利用者(患者)の自覚症状とは関係なく「飽和酸素度」をチェックし、測定値が正常値を下回っていれば「サイレント低酸素症」が疑われます。

「PCR検査」や「抗体検査」の精度(信頼性)が低いこと、無発症感染者が多いこと、抗体生成が確実ではないこと、再感染事例が出ていること等を勘案すると、できる限り多くの人が「パルスオキシメーター」を活用することが合理的と考えられます。

「パルスオキシメーター」による測定も万能ではないと思いますが、「サイレント低酸素症」の兆候を常に観察することにより、新型コロナウィルス感染症の患者を早期に発見し、人工呼吸器や集中治療室の逼迫、医療崩壊を回避することに寄与します。

なお、指先に装着するだけで血中の「酸素飽和度」をどうして測定できるのか不思議でしたが、酸素飽和度によって血液の色に影響が出ることを利用し、センサーで血液の透過光や反射光を測定して分析するそうです。素人なりに納得しました。

ちなみに「パルスオキシメーター」は1974年に日本光電工業の青柳卓雄氏等が発明し、ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)が初めて製品化。つまり日本発の技術です。

医療に大きな進歩をもたらした青柳卓雄氏は、今月18日に逝去されたそうです(享年84歳)。「パルスオキシメーター」が新型コロナウィルス感染症の克服に寄与することを願っておられると思います。合掌。

(了)

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