政治経済レポート:OKマガジン(Vol.441)2020.5.13

本日(13日)、新型コロナウイルス感染症の「抗原検査」キットが薬事承認されました。通常は1年以上要する審査を短縮しての異例の認可。この状況ですから当然のことですが、治療薬アビガンや「抗体検査」キットも早期承認が必要です。欧米諸国に先んじて1月中旬から感染者が発生していたにもかかわらず、PCR検査数の少なさ、野戦病院準備の遅れなど、問題山積の日本です。


1.抗原検査の特異度

「抗原検査」は「抗体検査」と間違えそうですが、「抗原」は細菌やウイルスのこと、「抗体」は細菌やウイルスに対抗する免疫グロブリンのこと(メルマガ438・439・440号参照)。

「抗原検査」は感染の有無を調べる検査なので「PCR検査」と同じ役割。つまり「抗原検査」「PCR検査」は現在の感染の有無を知る検査、「抗体検査」は既に感染済か否かを知る検査です。

では「抗原検査」と「PCR検査」の違いは何か。それは検査方法の違いです。

「PCR検査」はウイルスの遺伝子を増幅して感染の有無を確認、「抗原検査」はウイルスの突起部分の蛋白質を検出して感染の有無を確認します。

なぜ当初から「PCR検査」とともに「抗原検査」が話題にならなかったのでしょうか。

新型コロナウイルスが未知の「抗原」であったため、専門家は「まず遺伝子レベルの解析が必要」と判断。徐々に構造が判明しウイルス突起部分の固有の蛋白質も特定、「抗原検査が可能になった」ということでしょうか。素人なりに推察です。

ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策チームの中心であるバークス博士もCNNインタビュー(4月28日)で「PCR検査不足を打開するのは抗原検査」と発言。

具体的には、鼻腔から綿棒で検体を採取して溶液を加え、試験紙を浸します。試験紙には新型コロナウイルス固有の蛋白質に結合する人工抗体が含まれており、結合すると視覚的に感染を読み取れます。

診療所や病院でお馴染みのインフルエンザ検査キット。あれと同じです。

「抗原検査」のメリットは簡単なうえに結果が15分から30分程度で判明すること。「PCR検査」は分析に装置と技師が必要なため、結果が判明するのに数時間、確定に約1週間要するのと対称的です。

自宅や診療所、病院でも検査可能であり、早期発見、早期隔離、医療者感染抑止、早期治療、広域悉皆検査、医療資源準備に寄与。検査数増加にもつながるでしょう。

一方、デメリットは「PCR検査」より精度が低い点。インフルエンザの「抗原検査」の場合、「感度」60%、「特異度」98%程度と言われています。

「感度」「特異度」は医療用語。ちょっと難しいですが、「感度」は発症者の「真陽性率」、「特異度」は無発症者の「真陰性率」です。

新型コロナウイルスは「感染している無発症者」にも感染力があることが問題になっていますので、「無発症者を検査して陰性になった場合の正確性」を示す「特異度」が重要。もちろん「発症者を検査して陽性になった場合の正確性」を示す「感度」も大切です。

4月8日、WHO(世界保健機関)は「抗原検査」の精度を34%から80%の低水準と推定。「抗原検査は研究段階であり、医療現場で使われるべきではない」と指摘。WHOの推定どおりであれば、被検査者の半分近くは誤診断を受けることになります。

とくに、実際には感染している無発症者のウイルス量が少ない場合は陰性になる確率が高いと言われており、「特異度」の低さが問題になるかもしれません。

こうした「抗原検査」のメリットとデメリットを鑑みると、引き続き「PCR検査」の体制拡充も進め、両者を併用するとともに、感染済か否かを調べる「抗体検査」も含め、3つの検査を適切に運用していくことが望ましいと考えます。

新聞やTVで連日「PCR検査」「抗原検査」「抗体検査」が報道される状況になりました。それらを理解する努力が、政府の施策や医療関係者の説明を受け止める素養、鵜呑みにしない冷静さにつながります。改めて整理しておきます。

「PCR検査」は「抗原(細菌やウイルス)」の遺伝子(DNA)断片を約100万倍に増幅して、感染の有無を調べます。専門の装置と技師を要し、結果判明に時間がかかります。

「抗原検査」は「抗原」固有の蛋白質を検出し、感染の有無を調べます。30分以内で結果が判明しますが、「PCR」検査に比べて精度が低いのが難点。なお「PCR検査」「抗原検査」とも検体(粘液)は喉や鼻を綿棒でこすって採取します。

「抗体検査」は「抗原」の侵入に対して活動を開始する「免疫グロブリン」を検出し、既に感染済か否かを調べます。血液を採取して15分程度で結果判明。「免疫グロブリン」には種類があり、それを正確に測定できれば「感染していない」「感染したことがある」「感染している」の判別がつきます(詳しくはメルマガ440号参照)。

2.死亡者数

5月9日、米食品医薬品局(FDA)はクイデル社の「抗原検査」キットを認可。検査件数を1日数百万件に引き上げ、感染者の早期発見を企図しています。

もっとも、認可時の記者会見でFDAは「陽性結果は正確だが、偽陰性の可能性も高い」とコメント。つまり、上述の「特異度」が高いということです。

そのうえでFDAは「陰性が出た場合にはPCR検査で確認することが必要」との考えを示していますので、結局PCR検査の体制拡充は不可避です。

ところで、本日(13日)薬事承認された日本の「抗原検査」キットのメーカーは「富士レビオ」(東京)。初めて知った企業ですので、調べてみました。

1950年設立の「富士臓器製薬」という企業がルーツ。2005年以降は臨床検査企業の持株会社「みらかホールディングス」の傘下企業。

興味深いのは持株会社「みらかホールディングス」の幹部はソニーミュージック等の出身で医療専門家ではないことです。

株主構成は、外国法人が43.37%、金融機関が42.83%。開示されている株主10社は全て外国投資ファンドと金融機関。

持株比率10.94%の筆頭株主は「SSBTC CLIENT OMNIBUS ACCOUNT」。日本企業の大株主として知られ、2011年頃に各社の有価証券報告書に突如登場した投資ファンドです。

このファンドは、中国の政府系投資ファンド(中国投資)と当局(国家外貨管理局)によって運営されているようです。「抗原検査」キットでも米中間の攻防激化が予想されます。

いずれにしても「PCR検査」「抗原検査」「抗体検査」の3つを的確に運用し、感染実態を正確に把握することが重要です。

そうした中、最近では感染者数の減少が報じられています。本当のところ、実態はどうなのか。国民のみならず、政治家も官僚も半信半疑が本音でしょう。

PCR検査を希望した人数、そのうち実際にPCR検査を行った人数、その中で陽性となった人数、これらが継続的かつ一定の定義で公表されていないため、実態は不明です。

東京都内の感染者が連日100人を切り、感染縮小ムード。しかし、例えば5月5日の陽性者数58人に対して検査数は109人。感染率でみると53.2%です。

政府が客観的、定量的データに基づいた説明をしないため、様々な専門家が独自に情報発信しています。メルマガ339号でも触れましたが、その中でも東大伝染病研究所(現医科学研究所)出身の黒木登志夫博士の分析は非常に示唆に富んでいます。

感染症病床を削減してきた(1995年9974床、2018年1882床)ために、PCR検査に対応可能な医師、検査技師等が圧倒的に少ないことが、PCR検査対象を重症者に絞らざるを得ない状況、つまり実態を把握できない状況を生み出していると指摘しています。

その黒木博士が感染状況の変化を「倍加時間」を用いて分析しています。「倍加時間」とは「感染者数が2倍に増える時間」です。政府が発表している感染者数に基づいているので、無発症の潜在的感染者、非検査の発症者は含まれていません。

2月24日から3週間の「倍加時間」は6日から8日でしたが、3月16日からの2週間は16?に好転(長期化)。

3月30日から3週間は再び6日から7日に悪化(短縮化)したものの、4月6日の緊急事態宣言後は徐々に自粛効果が顕現化。4月27日からの1週間は40日まで好転しました。

その一方、死亡者数には減少傾向がみられないことも指摘。死亡者数の「倍加日数」は3月16日からの4週間は14.4日であったのに対し、直近の4月20日からの2週間は12.5日と悪化しています。

つまり、感染者数の「倍加日数」が好転している一方で、死亡者数の「倍加日数」が悪化。

論理的に考えると、感染者数と死亡者数は相関関係にあるとすれば、実際は感染者数がもっと多いか、死亡率が上がっているかのいずれかです。

死亡率が上がっているとすれば、介護施設等におけるクラスターによって高齢者の死亡者数が増加していることが考えられます。

死亡者数の動向に関して4月21日のNYタイムズが興味深い記事を掲載しています。NYの死亡者数が毎年の傾向線を大きく上回り、しかも新型コロナウイルス感染症による死亡者数を加算した水準よりも多いと報じています。

欧州諸国も同様です。新型コロナウイルス感染症による死亡者数を加えた人数よりも大勢が死亡していることは、他の死因として報告された死亡者の中に新型コロナウイルス感染症による死亡者が含まれている可能性を示しています。

日本では死亡届は市町村から保健所に集約され、厚生労働省が死亡者数を発表しています。1月は132,622人(前年141,292人)、2月は117,010人(前年119,039人)と例年並みですが、最近では死亡後に感染が判明する事例が報道されています。

3月のデータは5月20日過ぎに発表予定。注目していきたいと思います。緊急事態宣言解除のためにも、政府は指数関数の底値、再生産数、感染率、死亡者数等、定量的、客観的なデータを用いて説明責任を果たすことが肝要です。

3.命の選別

緊急事態宣言延長時の大臣会見で、政府の基本方針を示す「ハンマー・アンド・ダンス(The Hammer and the Dance)」という表現が紹介されました。

この表現は今年3月末にトマス・プエヨというフランス人が提唱。プエヨ氏は1982年生まれ、シリコンバレーに拠点を置くIT関係の実業家です。

プエヨ氏は、ロックダウン(都市封鎖)のような強い対策で感染者数を劇的に減らすことが必要と主張。このことを、ハンマーでウイルスを叩きのめすイメージで「The Hammer」と表現しました。

しかし、新型コロナウイルスのワクチンはなく、決定的治療薬も未開発のため、今後しばらくは共存していく必要性を主張。共存を「The Dance」と表現したようです。

メルマガ438号で、感染症対策の第1段階は「封じ込め」、第2段階は「感染速度抑制」、第3段階は「根絶」と整理し、現状はワクチンや治療薬がないために第3段階は困難であり、当面は第1段階、第2段階に取り組むしかないことを記しました。

その間に急いでワクチンや治療薬の開発を進めなくてはなりません。その時間を稼ぐための第1段階、第2段階の対応によって劇的に感染者数を減らすこと、言わば顕現化するウイルスを「もぐら叩き」のように撃退することが「ハンマー」です。

「ハンマー」はともかく、医療関係者やエッセンシャルワーカーの苦闘、国民の経済的苦境を鑑みると、「ダンス」という表現は違和感があります。

外出自粛、営業自粛は新型コロナウイルスに対する静かな「反撃」、今後も生活習慣変更等により感染拡大抑制を図ることは「防御」。「カウンター・アンド・ブロック」と表現する方が適切でしょう。

医療崩壊が起きると「命の選別」を余儀なくされることが報道されています。しかし、「命の選別」は医療現場にとどまりません。

医療崩壊を防ぐために経済活動自粛を続ければ、経済的苦境で自殺する人が出ます(既に出ています)。感染者間の「命の選別」ではなく、感染者と困窮者間の「命の選別」です。

5月10日の米CNNで社会福祉事業に関わる米財団(ウェルビーイングトラスト)が「今後の経済的苦境によって最大75,000人が自殺と薬物中毒死に至る危険性がある」との分析結果を公表したことが報じられました。

1929年に始まった大恐慌時代、2008年以降のリーマン・ショック不況時にも自殺と薬物中毒死が失業率悪化とともに増加しました。

5月8日発表の米国の4月の失業率は14.7%。1948年の統計開始以来、最悪の水準です。米国ほどの水準にはならないと思いますが、日本も悪化は必至。

感染者と困窮者の「命の選別」という悲惨な事態を極力回避するためにも、経済対策は「早く」「大きく」「簡便に」行うことが必須です。現実は「遅い」「小さい」「面倒くさい」。この状況は打開しなくてはなりません。

新型コロナウイルス感染症は現在のパンデミックで終息する保証はありません。自らも感染してしまったホワイトハウスの対策責任者ファウチ博士が「冬にはインフルエンザと新型コロナウイルスのダブル流行になるリスクがある」と公言。

しかも、現在はアフリカ、中南米で感染が急拡大。日本の夏(南半球の冬)にアフリカ、中南米由来の新型コロナウイルスが再度日本に持ち込まれる危険性があります。

ドイツの研究機関GISAIDと日本の国立感染症研究所が公開した動画によれば、日本での第1波は武漢由来、現在流行している第2波は欧州由来。いずれも「水際対策」「封じ込め」に失敗しました。

アフリカ、中南米由来の第3波を起こさないためにも「カウンター・アンド・ブロック」の徹底とともに、第3波に直面するリスクに備えて、「遅い」「小さい」「面倒くさい」現在の経済対策を是正しなければなりません。

下記のURLから動画もご覧ください。

https://youtu.be/ZXQfLGlf5QI

(了)

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