政治経済レポート:OKマガジン(Vol.449)2020.10.17

米大統領選挙も佳境ですが、トランプ政権が通信5分野で打ち出している中国企業排除策。同盟国に同調を求めていますが、日本は現時点では参加を見送ることを米側に打診。米国の同盟国であり、経済的には中国から離れられない状態に陥っている日本。米中対立が激化する中でどのように対応するのか。安全保障及び経済に深刻な影響を与える極めて困難な課題です。一議員としても隘路を模索しますが、コロナ禍で米中への渡航も叶わず、もどかしい状況が続いています。


1.サンドボックス

コロナ禍による各国経済への影響に格差が広がりつつあります。新規感染者数はほぼ皆無と喧伝する中国。真偽はともかく、4月から6月期が3.2%成長と復調。7月から9月期も5%強と見込まれています。

IMFの予測では2021年は8%成長。予測通りとなれば、2021年のGDPは米国21.2兆ドルに対して中国15.8兆ドル。中国のGDPはリーマンショック時の2008年には米国の約3割でしたが、2021年は75%に迫ります。

コロナ禍で観光、飲食等のサービス業の打撃が大きい中、製造業のウェイトが高い中国は他国比回復が顕著。7月から9月期の対米貿易黒字は何と過去最高を記録しました。

米国は中国に追い上げられているものの、2021年は3.1%成長の見込み。GAFAを中心とするプラットフォーマーやIT企業が、コロナ禍による在宅勤務、ライフスタイル、ビジネスモデルの変化を追い風に業績が好転。

いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の恩恵です。DXについてはメルマガ445号(2020年7月31日)をご覧ください。

一方、深刻なのは欧州。ユーロ圏の今年の成長率はマイナス8.3%の見通し。感染が再拡大しているスペイン、フランス、英国等では2桁のマイナス成長率となる公算大。中国への輸出が堅調なドイツはマイナス6%程度にとどまる見通しです。

新興国も厳しい状況。G20(20ヶ国・地域)財務相・中央銀行総裁会議は、途上国・新興国等73ヶ国の公的債務返済猶予を決定。コロナ禍による当該諸国の債務危機は、債権者である先進国に跳ね返ることを懸念しての対応です。

日本は欧米に比べれば感染が抑制されているにもかかわらず、今年も来年も経済は低迷見込み。そもそも潜在成長率が低いうえ、DXに適応できず、米中IT企業のような成長の牽引役も見当たらないためです。

規制改革を成長戦略の中心に据えた新政権の考え方自体は理解できますが、問題は実際にできるか否か。規制改革を隠れ蓑にした癒着等が起きるようでは、いつか来た道です。

前政権下で導入されたサンドボックス(英語の「砂場」)政策。子供が失敗を恐れることなく自由に砂遊びすることをイメージした規制改革の実験場の俗称です。

2014年に英国がフィンテックの技術革新を目的に導入。日本も2018年度から導入し、「地域域限定型」と「プロジェクト型」の2類型で運営されています。

ドローン、自動走行、フィンテック、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット化)、ロボット等の技術革新に関連して成果を挙げることが期待されています。

国全体が実験場とも言える中国は「サンドボックス」ならぬ「サンドカントリー」。人権保護や被害補償よりもイノベーションが優先される国です。

米国GAFAと並び称される中国BATHの一角を占める検索エンジン最大手バイドゥ(B)創業者、1968年生まれの李彦宏(りげんこう<ロビン・リー>)が一昨年「中国人はプライバシーより利便性を優先する国民性」と発言して物議を醸したことが象徴しています。

李彦宏は北京大学、ニューヨーク州立大学でコンピューター科学を専攻。卒業後はInfoseekで検索エンジンの設計を担当。2006年に米国「Business Week」誌でベストビジネスリーダー第4位にランクイン。当時、日本ではまだあまり知られていませんでした

2000年、シリコンバレーから帰国し、ベンチャーキャピタルからの融資120万ドルをもとにBaiduを設立。2005年に米ナスダック上場を果たしました。

コロナ禍で各国が悪戦苦闘している間に、中国では世代交代が進行中。アリババ(A)創業者の馬雲(ジャック・マー)が9月末で取締役を退任。経営の一線から退きました。

中国IT・ネット産業の黎明期を牽引した1964年生まれの馬雲(メルマガ281号<2013年2月12日>参照)。子供の頃に近所のホテルで外国人と話をして英語を学び、米国で知ったインターネット産業から着想してアリババを創業した「第1世代」の代表です。

深セン市を本拠とするテンセント(T)創業者、馬化騰(ばかとう<ポニー・マー>)は1971年生まれ。深セン大学コンピューター学部卒業後に通信会社で当時最先端技術だったポケベルのソフト開発に従事。株式投資で儲けた資金で1998年、テンセントを創業。WeChat(ウィーチャット)を普及させ、中国SNS界の先駆者となりました。

BATHの「H」は今や世界が知るファーウェイ(Huawei)。創業者は1944年生まれの任正非(じんせいひ)。重慶大学卒業後、人民解放軍入り。1988年、軍の仲間と同社を創業。

聯想(レノボ)の柳伝志、海爾(ハイアール)の張瑞敏ほか、中国IT・ネット産業創生期の経営者には人民解放軍出身者がかなりいます。

2014年6月、任正非は中国で初めて開いた記者会見で「中国が発展するに従い、米国の攻撃性は強くなる。これからどんな困難に直面するか分からないが、何とか克服する」と発言。今日の状況を見通していたと言えます。

BATH以外でもスマホメーカー小米科技(シャオミ)創業者、1969年生まれの雷軍(レイ・ジュン)など、「第1世代」起業家が中高年になる中、「第2世代」が台頭しています。

2.第2世代

米シリコンバレーでキャリアをスタートさせ、中国に戻って起業するというのが典型的「第2世代」タイプ。既に巨万の富を得ている起業家が多数誕生。以下、代表的な4人です。

打倒アリババを掲げるのは「美団点評」の王興。1979年生まれ。清華大学、米デラウエア大学で電子工学を専攻し、2004年、博士課程の途中で中国に戻って起業。

米フェイスブックの成功モデルを研究し、2005年、大学内SNS「校内網」を立ち上げ。2006年、「人人網」と名称を変え、中国版フェイスブックを生み出しました。

2007年の中国版ツイッター「飯否網」に続き、2010年には「美団網」を開設。米グルーポンを模倣して共同購入型クーポンサイトを運営し、成功しました。

2015年、「美団網」と「大衆点評」が合併、飲食店・商品評価サイト「美団点評」を創業。2019年、「美団点評」は配送分野に進出し、ウーバーイーツを模倣した出前サービス「美団配送」創業。無人配送、非接触デリバリー分野に進出し、コロナ禍で拡大中です。

ネット通販大手「ピン多多(ピンドゥオドゥオ)」の創業者、黄×(コリン・ホアン)は1980年、アリババ本拠地の浙江省杭州市生まれ。浙江大学卒業後、ウィスコンシン大学でコンピューター科学を専攻。(「ピン」は手偏に「井」、ホアンの二文字目は山偏に「争」、いずれも日本の漢字表記にはありません)。

米留学中、マイクロソフト米中両拠点でインターンシップを経験。卒業後はマイクロソフトに就職せず、成長途上であった未上場のグーグルに入社。

2006年、グーグルの中国事業立ち上げのために母国に派遣されたものの、翌2007年に同社を退職。ECサイト運営会社、オンラインゲーム会社等を次々と創業。

2015年、「ピン多多」設立。「SNS機能を備えたショッピングサイト」というコンセプトで成功。ネットショッピングをする消費者に対して、商品について他の消費者と情報交換し、一緒に商品を購入すると割引が受けられる共同購入システムで成功。

「ピン多多」は中国版LINE「WeChat」に自社アプリを埋め込む戦略が奏効。利用者数は7億人を超え、アリババに肉薄しています。

トランプ米大統領の標的になっている動画投稿アプリ「TikTok」を運営する北京字節跳動科技(バイトダンス)創業者は1983年、福建省生まれの張一鳴(チャン・イーミン)。

南海大学で電子工学、ソフトウエア工学を専攻し、卒業後に企業向けIDアクセス管理システムを開発。しかし、当時の中国には需要がなく、最初の起業は失敗。

2006年、旅行検索サイト「Kuxun(酷訊)」に就職し、エンジニアとして研究開発を担当。自分の出張に際して列車の切符をインターネット予約するための自動検索、通知システムを作成。それが、その後のビジネスに役立ったと語っています。

2008年、マイクロソフトに転職。2009年、不動産検索エンジン「99fang(九九房)」を設立。2012年、「バイトダンス(ByteDance)」創業。「Toutiao(今日頭条)」というスマホアプリをリリースし、90日で1000万人ユーザーを獲得。

2017年にリリースした「TikTok」は2018年に若年層に大流行。2019年の広告収入はテンセントとバイドゥを凌駕。日本でもApp Storeから配信される無料アプリのダウンロード数ランキングで2018年第1位となりました。

タクシー配車サービス「DiDi」を運営する滴滴出行(ディディチューシン)創業者も1983年生まれの程維(チェン・ウェイ)。2005年、北京化工大学を卒業してアリババに入社。

2011年、程維は営業担当として多数の法人顧客と人脈を構築。さらにアリババの支払事業部門「支付宝網絡技術」(後のアリペイ)幹部となり、独立に向けた経験を積みました。

2012年、退職してタクシー配車サービス会社「小桔科技」を設立。AIを活用した配車アプリ「滴滴打車」を作成し、2012年9月に運用スタート。

2014年、「滴滴打車」は約300都市をカバーし、利用タクシー運転手数100万人、乗客ユーザー数1億人、1日の配車回数500万回を突破。同年、テンセントを含む複数企業から総額1億18百万ドル(約124億円)の出資を受けました。

2016年には米国ウーバーの中国事業を買収。日本でもソフトバンクとの合弁会社を設立し、昨年、サービスを開始しています。

3.域外適用とツキディディスの罠

こうした「第2世代」企業も含め、中国では新興企業が勃興。2020年現在、世界のユニコーン企業(非上場、企業価値10億ドル超)490社のうち、中国企業は米国に次ぐ119社。「第2世代」の成功者も続々と誕生しています。

なぜ中国で新興企業が勃興するのか。その背景には当然、理由があります。

第1に、技術力。中国はもはやかつてのアセンブリー(組立)中心の国ではなく、電子製品の産業集積地、イノベーション拠点となっています。

第2に、モバイル社会の浸透。インターネットが劇的に普及し、プラットフォーム企業を主役とするイノベーションが浸透するデジタル経済、モバイル社会が構築されています。

第3に、産学連携の取り組み。清華大学を筆頭に、大学持株会社等が学生や学者の研究の事業化を後押ししています。

第4に、資金調達を含めたエコシステムの確立。「第1世代」企業やベンチャーキャピタル、政府系銀行がスタートアップを支援する枠組みが定着し、充実しています。

第5に、国家の目標と戦略の明確化。中国製造2025に続いて2030年にAI世界最先端となることが必達目標。それを踏まえた政府の対応が、人権保護や被害補償よりイノベーション優先の「サンドカントリー」を可能にしています。

第6に、巨大な国内市場。上記第1から第5の恩恵で起業しても、ビジネスが成功する最大要因は需要、市場があること。米国等の先行成功事例を模倣したビジネスを展開すれば、人口13億人の中国国内では必ず大成功するという傾向が観察できます。

第7に、ハングリーで優秀、有能な人材。起業や産業勃興の核心は人材。100万人とも言われる米国等への中国人留学生。日本の大学生の半分近い人数が留学し、その過半が英語に堪能で、ハングリー精神旺盛と考えると、日本との人材格差は深刻です。

北京、上海、杭州、深セン、西安、成都、武漢を含む7都市はチャイナセブンと言われています。そのうち一昨年訪問した深センの「ソフトウェア産業基地」。

ベンチャー企業が集まっているほか、テンセントの本社ビルがあり、バイドゥ、アリババ、ファーウェイも拠点を構え、BATHが勢ぞろい。しかもベンチャーキャピタルが集まる「創設ビル」もありました。

北京の「創業大街」と同様にハッカソン(メルマガ428号<2019年9月29日>参照)等のイベントが催されるネットカフェもあり、ベンチャー企業によるプレゼン、大企業・外国企業・投資家・銀行とのマッチング等が行われ、英語、中国語が飛び交っています。

こういう状況だからこそ、米国は危機感を抱き、中国への対抗を本格化。国内法を「域外適用」し、外国企業や外国人に米国の方針に従うことを強制し、中国抑え込みに躍起です。

20世紀後半、グローバリズムの下で目指してきた国際秩序に逆行し、欧米強国が他国に不平等条約を押しつけた19世紀の治外法権に似ています。

しかし、米国の「域外適用」は従来も行われていました。それが可能であるのは米ドルが基軸通貨である故。金融決済の多くが米国の金融制度と連動しているからです。

カナダで逮捕されたファーウェイ副会長はイラン制裁法違反の疑い、香港政府の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官等は香港民主化運動支援法違反の疑いで制裁対象としてロックオン。長官は米国系クレジットカードが使えなくなったそうです。

しかし、中国も黙っていません。「域外適用」で応戦。香港国家安全維持法は、海外で反中発言をした外国人も「国家転覆罪」の罪に問います。中国の国家安全保障を脅かす外国企業を禁輸対象にする中国版「エンティティー・リスト」も策定中です。

ビジネスモデルだけでなく、「域外適用」も米国を模倣しているようです。

米中以外の各国は、米中双方の相反する「域外適用」の要求にどう対処するのでしょうか。冒頭に記した日本政府の通信5分野での米国非追従方針が、今後どのような展開を招くのか、政府は十分なシミュレーションを行っているのでしょうか。

古代ギリシャの歴史家トゥキディデスは「強者は好きなように振る舞い、弱者は耐えるしかないまま苦しむ」と記しています。

米国の政治学者グレアム・アリソン(ハーバード大学ケネディ行政大学院初代院長)は、戦争が不可避な状態まで覇権国家と新興国家が衝突する事態を「トゥキディデスの罠」と表現しました。

「域外適用」と「ツキディディスの罠」。当分、頭から離れそうにありません。

(了)

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