政治経済レポート:OKマガジン(Vol.453)2020.12.27

https://facta.co.jp/article/202012017.html


1.米中逆転2028年

1998年創設のコンサルタント会社ユーラシア・グループ。創始者は米国政治学者イアン・ブレマー。同社が1月に公表する「世界の10大リスク」は毎年注目の的。

このメルマガ及び毎年1月開催の僕のセミナーでも紹介していますが、去年は第1位が「米国政治の迷走」、第2位が「米中テクノロジーデカップリング」、第3が「米中関係」。コロナ禍の前でしたので、2020年のベスト3はいずれも米中関連でした。

中国の技術力向上を警戒し、米国は緊張感を高めています。その根拠の一例が特許を巡る動向。特許情報の調査運営企業(アスタミューゼ)公表のデータをご紹介します。

AI、量子コンピュータ、再生医療、自動運転、ブロックチェーン、サイバーセキュリティー、VR(仮想現実)、ドローン、導電性高分子、リチウムイオン電池の先進10分野の特許出願数は2000年から19年までの累計で約34万件。

10分野のうち中国が9分野で首位。量子コンピュータのみ米国が1位。日本は2005年には自動運転など4分野で首位でしたが、現在は全分野で2位以下。

出願人の国別では中国が約13万件と全体の4割。日米(いずれも約2割)の倍。中国を牽引する「BATH(百度、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」4社の10分野出願数は2015年以降で6千件を上回ります。

2015年、中国は「中国製造2025」を打ち出すとともに、第13次5ヶ年計画で「知財強国」を目指す方針を顕示。研究開発費は2017年時点で日本の3倍(約51兆円)、首位米国(約56兆円)に肉薄。現時点では逆転している可能性大です。

何とも気の滅入る情報ばかりですが、上記の調査運営企業は特許内容の影響力、波及力を踏まえ、独自手法で特許の「質」も評価しています。

それによれば10分野の上位10社の全100社中、64社は米企業、18社の日本が続き、中国はファーウェイ1社。中国は多数の企業が出願数嵩上げに寄与している構造です。

WIPO(世界知的所有権機関)が公表する特許国際出願件数というデータもあります。国際特許はPCT(特許協力条約)に基づく制度。1つの加盟国への出願で複数国に出願するのと同じ効果があり、企業や研究機関、大学等の技術力を示す指標とされています。

2019年の世界全体の出願数は265800件(前年比5%増)で過去最多。中国が米国を抜いて初の世界トップになりました。

中国の出願数は58990件(同11%増)。米国は1978年以来40年間首位でしたが57840件(同3%増)で2位転落。日本は52660件(同6%増)で前年と同じ3位。

個別企業では中国ファーウェイが3年連続首位。中国スマートフォン大手オッポは前年17位から5位に躍進。2位の三菱電機は日本企業で唯一トップ10入り。

上位50社のうち6割以上を中国と日本、韓国が占め、アジア勢が技術革新を牽引。出願数全体の52%はアジア、欧米は23%です。

こうした情勢を受けて米中技術覇権争いは一段と激化。今年3月のWIPO事務局長選挙では米国が中国人候補者の当選を阻止。対決姿勢を強めていたトランプ政権からバイデン政権に代わり、今後の両国の動向から目が離せません。

12月10日、日本経済研究センターはアジア太平洋地域15ヶ国・地域を対象に2035年までの経済成長見通しを公表。コロナの影響が今後5年内で収束する標準シナリオと5年超となる深刻化シナリオの2つを想定して経済規模の推移を算出。

昨年時点では2035年までに中国が米国を抜くことはないとしていましたが、今回の調査では標準シナリオでは2029年、深刻化シナリオでは2028年に米中逆転を予測。

コロナの影響で米中の就業者数や研究開発(R&D)費等に差が出ることを想定。米国では感染が再拡大している一方、中国では感染が沈静化しているためです。

深刻化シナリオでは、2035年の中国の名目GDP(香港含む)は41.8兆ドル。日米合算規模(41.6兆ドル)を上回ります。

2035年の1人当り所得では、米国9.4万ドル、日本7万ドルに対し、中国2.8万ドル。しかし、中国は貧富の格差が日米以上に激しいことから、富裕層の所得水準は日米平均を相当上回ると推測できます。

2.単独孤立文明

1993年、米国の政治学者サミュエル・ハンティントンが「文明の衝突」という概念を提唱しました。

ハンティントンは冷戦後の国際紛争は文明間の対立が原因となり、文明と文明が接する断層線(フォルト・ライン)で問題が発生すると指摘。

そのうえで、長く世界の中心であった西欧文明が、中華文明、イスラム文明に対して守勢に立たされ、西欧文明の基盤(領土、経済力、軍事力等)は衰退していくと予測しました。

1990年代以降のバルカン半島民族問題、イスラム原理主義台頭、同時多発テロ、アフガニスタン紛争、イラク戦争等を鑑みると、ハンティントンの予測は的中。

「文明の衝突」の主役である中国が2010年代に国際秩序の修正を露骨に求め始めましたが、その背景には過去からの経緯もあります。

中国は有史以来、大半の時代で世界の大国。しかし、アヘン戦争(1840年)で清が英国に敗戦し、香港を割譲したところから転落が始まりました。英仏アロー戦争(1856年)、清仏戦争(1884年)、日清戦争(1894年)と敗戦が続き、1912年に清が滅亡。

第1次大戦、日中戦争、第2次大戦を経て、1949年に共産党独裁の中華人民共和国として独立しました。

1989年、天安門事件が勃発。鄧小平は民主化を要求する学生等を軍に制圧させ、「経済は開放しても、共産党独裁は変えない」方針を内外に顕示。

1990年代、鄧小平は経済発展が先行する南部諸都市を巡り、先に富める者が国を牽引することを推奨する「先富論」を説く「南巡講和」に腐心。鄧小平は1997年に死去したものの、2001年に中国がWTO(世界貿易機構)に加盟したことで、経済発展は加速しました。

鄧小平は「韜光養晦、有所作為」という遺訓も残しました。前半は、能力や才能を意味する「光」を「韜(つつ)み」「養(やしな)い」「晦(かく)す」、すなわち「力を蓄える」の含意、後半は「やる時にはやる」と訳せます。

江沢民(国家主席在任1993~2003年)期、及び胡錦濤(同2003~2013年)期前半は遺訓を堅守。しかし、2009年7月の駐外使節会議(5年に1回開催される北京駐在大使会議)の演説で、胡錦濤は鄧小平の遺訓の前半、後半に2文字ずつ加えて「堅持韜光養晦、積極有所作為」と修正して発言。後半は「そろそろ討って出る」と解せます。

それに先立つ2008年、中国は米中海軍首脳会談でハワイを境に太平洋を東西分割統治することを提案。その事実は、会談に出席した米海軍司令官ティモシー・キーティングが翌年の議会証言で明らかにしました。

2010年、中国はGDPで日本を抜いて世界2位に浮上。2010年代以降、覇権国家への挑戦姿勢を明確にしています。

歴史上、最初の世界帝国は13世紀のモンゴル。以後、ヴェネチィア、ポルトガル、スペイン、オランダに続き、19世紀は英国、20世紀は米国が覇権を握りました。

ヴェネチィア以降、海軍力、基軸通貨、それらを駆使して得た植民地(あるいは事実上の属国)が覇権国家の3点セット。

第2次大戦後、敗戦国西ドイツのGDPが1960年に英国を上回り、1968年には日本が西ドイツを抜いて2位。

1979年、エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出版され、日本の経済力はバブル時代に全盛期を迎えました。

しかし日本は覇権国家にはなり得ません。当然です。海軍力も基軸通貨も植民地も有さず、国際秩序を維持する役割を担っていたわけではないからです。

ヴェネティア以降、米国に至るまで、西洋文明内での覇権交代でしたが、中国の台頭は文明間での覇権交代を意味します。

中国は覇権国家の歴史と要件をよく研究しています。米海軍出身の戦略研究家アルフレッド・セイヤー・マハンの「海軍戦略」、英海軍に属した軍事学者ジュリアン・コーベットの「海洋戦略」を理解し、米国に匹敵する海軍力を目指しています。

人民元の基軸通貨化、デジタル人民元の先行普及に腐心しているほか、「債務の罠」との批判も気にせず、巨額融資を駆使してアフリカや中南米諸国への影響力を拡大しています。

ハンティントンはフォルトライン紛争の発生を予測しています。そして、フォルトライン上に位置するのが日本。

ハンティントンは、日本を中華文明から派生した単独国の孤立文明と類型化しました。フォルトライン上の単独孤立文明日本は、難しい局面に直面しています。

3.牛に引かれて善光寺参り

最後に年末恒例の干支シリーズ。干支は十干十二支で構成されますので「十」と「十二」の最小公倍数「六十」でひと回り。六十歳で自分の誕生年の干支に戻るので「還暦」。十干は「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」、十二支は「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」です。

また、干支は「陰」「陽」の2つ、及び「木」「火」「土」「金」「水」の5つの性質との関連で様々な解説がなされます。陰陽五行説(陰陽思想及び五行思想)です。

水は木を育み、木は火の元となり、火は土を作り、土は金を含み、金が再び水を生む。「五行」の組み合わせにより「相生」「比和」「相剋」「相侮」「相乗」に分類され、相互に強め合ったり、弱め合ったりします。

2021年の干支は「辛丑(かのとうし)」。干支の38番目。陰陽五行では、「辛」は陰の金、「丑」は陰の土。両者は「相生(土生金)」、すなわち相互に強め合う関係です。

十干は太陽の巡りと生命の循環サイクルを表わします。「辛」は8番目なので、初秋、結実の含意。十二支は植物の循環を表します。「丑」は2番目なので、発芽、萌芽の含意。

つまり「これまでの循環が終わり、新たな循環が始まる」しかも「それは相互に強め合って大きな変化につながる」という解釈が成り立ちます。

コロナ禍でこれまでの常識が通用しなくなり、アフターコロナ、ウィズコロナが叫ばれる中、何となく言い得ているような気がします。

「辛」の「金」は冷徹、「陰」は静かに事態が進行する含意。さらに「辛」という漢字は針を表した象形文字。苦痛につながり「つらい」「ひどい」などの含意。静かに辛く大きな変化につながることを想起させます。

「丑」の「土」は発芽の含意。しかも「陰」なので静かに芽吹きます。「丑」という漢字は指に力を込めて曲げた形を示す象形文字。発芽直前の曲がった芽が種子の硬い殻を破る様子を表しています。

十二支の漢字は本来動物とは関係ありませんが、人々が覚えやすいように動物が当てはめられました。「丑」は「牛」です。

古来、牛は人間とともに生きてきた動物であるため、諺や慣用句の多い動物です。いくつかご披露します。

いち押しは「牛に引かれて善光寺参り」。何かの出来事によって、思いがけなく良い方向に導かれることを意味します。

善光寺近くに住む信仰心のない老婆が、外に干していた布を牛が角に引っ掛けて走り去りました。牛を追って行くと善光寺に来てしまい、そこで説法を聞いたのを機に老婆は信仰心を持つようになったという言い伝えです。

現在のコロナ禍が、結果的に世界が良い方向へ転換する契機になれば不幸中の幸いです。

次は「牛耳を執る」。「牛耳る」という日常用語の語源であり、中国の歴史書「春秋左氏伝」の故事に由来します。

春秋戦国時代に諸侯が同盟を結ぶ際、牛の耳を裂いて流れた血を飲んでお互いに忠誠を誓い合ったそうです。その儀式を執り行う盟主を「牛耳を執る」と称するようになり、転じて「支配する」「制する」意味になりました。

米中対立が激化する中、世界を牛耳る国はどちらか。フォルトライン上の単独孤立文明日本が米中の狭間で生き抜くためには、技術覇権を牛耳ることが不可欠です。

日本の未来を担う若者には「食牛の気(しょくぎゅうのき)」「牛を食らうの気」で頑張ってほしいと思います。虎や豹は子どもの時から自分より大きな牛を食べようとするという意味から、幼い頃から大きな目標を持つことの喩えです。

その若者の「角を矯(た)めて牛を殺す」ことは避けなくてはなりません。曲がっている牛の角をまっすぐに矯正しようとして、牛を死なせてしまっては意味がありません。

欠点が長所になる場合もあります。先輩世代の価値観や過去の常識を若者に押し付け、結局才能を潰すようでは日本の復活はありません。

60年前の「辛丑」は1961年。ソ連のガガーリンが有人宇宙飛行に成功し、米国も追随。同年8月「ベルリンの壁」が建設されて東西往来禁止となり、米ソ対立が激化。

2021年「辛丑」の米中対立の帰趨は如何に。衰退気味の日本を立て直すために、努力したいと思います。それでは皆様、良い年をお迎えください。

(了)

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