本日(8日)日経新聞1面トップは英ファンドから東芝への買収提案の記事、その左側は日立金属の米ファンドへの売却の記事。1980年代の日本の産業全盛期を知っている世代としては複雑な気持ちです。一方、40歳代以下の世代は別の受け止め方をしていることでしょう。過去を知り、現在を客観的に認識し、未来に戦略的な臨むことが肝要です。
英投資ファンドCVCキャピタルパートナーズ(以下CVCCP)による東芝への買収提案は、前日7日にスクープ。実際の提案はその前日6日にあったようです。
深刻な経営危機から脱した東芝は今年1月、約3年半ぶりに東証1部に復帰。総合電機メーカーから、発電、水道、鉄道システム等のインフラサプライヤーへの転換を目指していると聞きます。
買収提案に合意すれば同社を非公開化。「モノ言う株主」対策に翻弄されることなく、本来の事業経営に集中できるとの触れ込みです。
と言うのも、昨年7月定時株主総会では旧村上ファンド系投資ファンドが独自の取締役選任議案を提出(結果は否決)。今年3月臨時総会では定時総会運営に関する旧村上ファンド系の株主提案が可決されるなど、「モノ言う株主」対策に経営リソースが割かれているためです。
提案の帰趨は全く予測できません。障害は多々予想されますが、そのひとつは昨年5月施行の改正外為法。国の安全保障に関係する事業や技術を担う東芝に対する外国資本の買収は、同法に基づく事前審査が必要となるためです。
ところで、CVCCPの前半の「CVC」はコーポレートベンチャーキャピタルの頭文字。CVCCPはもちろん企業名ですが、CVCには一般名詞的な意味もあります。
VCはベンチャー企業やスタートアップ企業など、成長が期待できる未上場企業に出資する投資会社を指します。簡単に言えば、未上場企業に投資して上場時に株式売却益を得る、つまりキャピタルゲイン狙いの投資ファンドです。
パターンは大きく2つに分けられます。第1はVC創始者の自己資金による投資ファンド。第2は投資事業組合を組成して他の投資家から資金を集め、VC創始者が当該投資ファンドのマネージャーになる場合です。
VCの中には投資するだけでなく、具体的な経営支援を行うこと(通称「ハンズオン」)で企業価値向上を図り、キャピタルゲインを高める場合もあります。
日本のVCは金融機関系、事業会社系、独立系、政府系、大学系に大別されます。このうち、事業会社が自己資金等でファンドを組成し、自社の事業内容と関連性のあるベンチャー企業等に投資するファンドのことをCVCと呼びます。
つまり、CVCは一般的VCと異なり、自社の事業内容と関連性があり、本業の収益につながることが期待できるベンチャー企業に投資します。
ここ数年、大企業によるCVC設立が相次いでおり、ベンチャー企業側も有益な資金調達手段として歓迎しています。
2018年1月にはルノー、日産自動車、三菱自動車がCVC設立。5年間で最大10億ドルの投資を行うと発表して話題になりました。他にも、KDDI、ヤフー、パナソニック、三井不動産、さらには日本郵政もCVCを設立しています。
今回東芝に買収提案したCVCCPの出資者の詳細は不詳。社名冠のCVCが一般的意味のCVCであることを主張しているのか、単なる社名、固有名詞の一部であり「CVCっぽさ」を演出しているに過ぎないのか、よくわかりません。
仮に一般名詞的意味でのCVCであれば、CVCCPの出資元、あるいはその背後に存在する企業が気になるところです。
CVCの定義からすれば、その運営は出資元企業の投資部門や子会社が担いますが、実際は外部VCに任されることが多いようです。CVCCP経営幹部のプロフィールを見ると、要するにプロのVC。CVCCPが一般的意味でのCVCなのか、いわゆるVCなのか、やっぱりよくわかりません。
これまでの投資実績リストを見る限り、特定の事業分野を想定して投資しているようには見えません。
CVCの目的は本業の成長。したがって、協業することで新たな利益を生み出し得るベンチャー企業、スタートアップ企業が投資対象です。
出資者である大企業(CVC)側は、ゼロベースから自社で研究開発を行うよりも、低リスク、低コストで新規事業を立ち上げることが可能です。
独創的な技術やアイデアを有するベンチャー企業との連携は、大企業側に新製品や新市場開拓をもたらす可能性があります。
大企業が確保しているM&Aや研究開発予算の一部をベンチャー企業に提供することで、イノベーションや新たな市場獲得につながることを期待しています。
ベンチャー企業は様々なリスクを抱えており、計画通りに事業が進捗しないことが多々あります。不確実性の高いベンチャー企業をM&Aによって自社内に取り込むより、CVC経由で出資することでポートフォリオ構築とリスク軽減の一石二鳥です。
ベンチャー企業、スタートアップ企業側にとって、自社の事業内容と関連の深い大企業とパイプができることは大きなメリットです。
日本企業は長く続いた系列型産業構造の影響が残り、系列外のベンチャー企業、スタートアップ企業との連携は活発とは言えません。情報も不十分です。
ベンチャー企業、スタートアップ企業と連携するためには、インターフェイスとなる人や組織が必要であり、それがCVCです。ベンチャーの技術やアイデアを理解し、速いスピードでビジネスを進める機能が求められています。
CVCを使うメリットとしては、第1に有望ベンチャー企業へのコンタクト、第2に新事業の立上げ、新市場参入のリスク低減。大企業は低リスクで新しいビジネスに着手できます。
CVCの組成は、出資元である事業会社が子会社としてジェネラルパートナー(無限責任組合員<GP>)を作り、自社がリミテッドパートナー(有限責任組合員<LP>)として出資するパターンと、VC等をGPに指名し、自社はLPとして参画する2人組合形式の2つのパターン。それぞれ一長一短があります。
前者は、自社の方針をCVCの投資判断に反映させ易いので、自社の戦略が明確な場合に有効な選択です。その反面、投資先発掘や投資判断が主観的かつ近視眼的になり易い懸念があります。また、ベンチャー企業の発掘、投資、売却、ファンド管理等のVC業務を自力で行う必要があるため、人材等のリソースが必要です。
一方後者は、委託するVCの情報網や知見を活用できるため、客観的かつ自らは気づかない視点から投資できるという効果が期待できます。GPに業務委託することで、自らは投資対象との事業検討に集中できます。
ところでPEF(プライベート・エクイティ・ファンド)という呼称もあります。VC、MBO(マネジメント・バイアウト)ファンド、企業再生(ターンアラウンド)ファンド等と呼ばれているものの総称というイメージです。
VC、CVC、PEFは、投機筋とも言われるヘッジファンドとは異なります。欧米では、これらの投資ファンドは銀行と並ぶリスク資金のサプライヤーであり、ファンド・オブ・ファンズも少なくありません。経済のエコシステムの一員です。
投資先の事業発展を企図するため、LBO(レバレッジド・バイアウト)すなわち買収先の資産やキャッシュフローを担保として資金調達する場合が多いのも特徴です。
日本は金融緩和の長さと程度が世界で突出していますが、主要国の金融緩和もコロナ対策で深堀りされています。
その結果、レバレッジ効果はリーマンショック前を超える水準となっているほか、LBOファイナンスの金利水準も極端に低下しています。金余り状態の証左です。
世界の国債の4分の1がマイナス金利状態の異常な環境下、投資家は利回りを求めてPEFに出資しています。
おまけに日本は、「失われた30年」とも揶揄される企業や産業のガラパゴス化から脱しておらず、人材や技術の潜在力はあるものの、次の戦略が見い出せない状態が続いています。
超金融緩和で彷徨うマネーにとって、日本の企業や産業は垂涎の投資対象です。最先端であるために投資されているのではなく、磨けば光る品が骨董品屋の店の奥に散在しているイメージです。
投資ファンドの歴史も振り返っておきます。バブル期の資金力の余韻が残っていた1990年代前半に、最初に登場したのは金融機関系の投資ファンドでした。
バブル崩壊が鮮明化してきた1990年後半から企業全体や部門単位のバイアウト案件が増え始め、それを狙ったファンドが組成され始めました。
海外ファンドの参入も活発化。不動産と不良債権投資を主体としたローンスターやサーベラスに続き、リップルウッドやカーライルが日本上陸。
リップルウッドは新生銀行(旧日本長銀信用銀行)買収で知れ渡りました。日銀在職時の出来事であり、不良債権問題を担当していた立場として直接間接に関係しました。
2000年代に入って不良債権処理が佳境を迎え、海外ファンドの参入が加速。CVCCP、ゴールドマンサックス、シティック、ペルミラ、KKRなどです。
CVCCPは2003年に日本オフィス開設。シティックは2004年、丸紅、新生銀行とともにファンドを組成しました。
国内企業でも野村、日興、大和等大手証券会社がプリンシパルインベストメント(自己資金投資)業務に参入。幅広い案件を手掛け、投資コンソーシアムを組成しました。
2000年代中盤になると、再生ファンドという新しい形態が登場。債務超過先や法的整理企業に投資。2003年には産業再生機構が設立され、カネボウやダイエー等の大企業から地方企業まで幅広い案件に染手。日本政策投資銀行も民間再生ファンドや特定企業への出資をスタート。こうした動きには政府の方針も影響していました。
2000年代中盤以降になると、J-STAR、ニューホライズン、CLSA、ヴァリアント等々、初めて聞く名前の海外ファンドが続々参入。リーマンショックによって一時停滞し、クローズしたファンドもありますが、その後も案件数も参入ファンド数とも漸増。
2010年代に入ると、金融機関系、政府系、大手商社系に加え、大手ファンド出身者が続々と新たなファンドを立ち上げ。
その後は事業会社系のCVCが顕在化し、今日に至っています。日本の産業や企業が構造転換に失敗し、世界の潮流から取り残された現実とも表裏一体。CVCによって、事業再生と新分野開拓に腐心しているということです。
日本におけるCVCやVCの投資ボリュームゾーンは200億円から500億円規模が中心。大企業のカーブアウト(事業部門切出し)やMBOも活発化しています。
MBOは企業が自社株や一事業部門を買収し、自社から独立する手法のこと。資産や将来のキャッシュフローを担保として投資ファンド等からの出資、金融機関からの借入れを受けます。事業継承にも多用されています。
株式公開メリットが薄れた上場企業が、自ら株式非公開に踏み切るための手段としても活用されています。厳しいコーポレートガバナンス等々、上場にデメリットを感じて非公開化を考える企業が増えており、PEFが関与する余地が広がっています。
因みに、企業が社員と一体となって株式を取得する場合はMEBO(マネジメント・エンプロイメント・バイ・アウト)と言います。
金融緩和とガラパゴス化の影響もあり、日本では投資対象企業の価格が高騰するなど、過熱感も出ているほどです。
日本にもVC、PEF、CVCという手法が登場して約四半世紀。当初はハゲタカファンドと忌避された存在も今や経済のエコシステムの一部になっています。
2000年代前半頃から企業買収を狙うファンドをハゲタカと呼ぶようになりました。安値で買い叩いてキャピタルゲインを得るファンドへのネガティブなイメージです。
死に体の企業に群がって買い叩く姿が、死肉を漁る貪欲な「禿鷹(コンドルやハゲワシの俗称)」を連想させることに由来します。
余談ですが、ハゲタカはハゲワシ類またはコンドル類の俗称であり、生物学上ハゲタカという鳥は存在しません。
小説「ハゲタカ」(著者真山仁氏)は2004年発表のベストセラー。バブル崩壊後の日本を舞台に、外資系ハゲタカファンドのマネージャーと銀行員から企業再生家(ターンアラウンドマネージャー)に転じた主人公を中心に、不良債権処理と企業買収の舞台を描いています。テレビドラマ化、映画化もされています。
外資と国内資本の対立がテーマのように受け取られがちですが、真山氏は取材の中で「言い訳をしながら生きることを止めること」「勇気を持って日本の国が抱える問題を正視すること」がテーマと語っています。
登場するハゲタカファンドのモデルはリップルウッド、ユニゾン、ゴールドマンサックス、コールバーグ、カーライル。
買収対象先にも日本企業のモデルがあります。長くなるので割愛しますが、2020年代の日本が、小説「ハゲタカ」の続編の舞台とならないことを祈ります。
(了)