昨日から首都圏の緊急事態宣言が延長されました。さらに、大阪府、愛知県等7府県にも発令。結局、ゴールデンウィーク中の行動自粛は感染収束にあまり寄与しなかったことになります。一生懸命協力してくれた皆さんからすれば、何か腑に落ちない展開だと思います。行動自粛しても感染拡大が続いている原因としては、ウイルスの感染力が強くなっていることが主因でしょう。専門家や研究機関のレポート、関連報道等は極力目を通すようにしていますが、感染力の強い変異株の影響だと思います。前号に続いて、ウイルスに関して整理します。前号も一緒にご覧ください。
国立感染症研究所、米ジョンズホプキンズ大学、英ケンブリッジ大学等、専門機関のレポートを参考にしています。国内では、東大・熊本大等の研究レポートも参考になります。
新型コロナウイルスの感染爆発に見舞われているインド。今月1日には1日当たり感染者数(以下、同じ)が40万人を突破。医療用酸素不足等、悲惨な状況はニュースでご承知のとおりです。
インドは昨年9月に第1波に見舞われ、10万人近くまで増加した後、自国製ワクチン接種によって今年2月中旬には1万人まで減少。
ところが3月から感染増加に転じ、4月5日に再び10万人突破。15日20万人、22日30万人とまさしく感染爆発。そして5月1日40万人超え。2ヶ月間で30倍になりました。
その原因は変異株(以下、インド型)の影響です。日本でも21件のインド型感染者が確認されていますが、おそらく他にもインド型感染者(感染判明者のうちのインド型未確認者、未発症未判明の感染者)が存在すると想定されます。
日本では英国型が関西中心に広がっていますが、インド型も空港検疫だけでなく東京都内で見つかっており、今後主流が英国型からインド型に置き換わる可能性があります。
3月の空港検疫で判明した感染者157人のうち、インドでの行動歴がある者は8人。4月は24日段階で242人中56人まで増加。4月の月間実績はまもなく発表されます。
ウイルスに変異はつきものですが、新型コロナウイルスの変異率は通常よりも高いと言われています。もっとも専門家によっては、感染力が強い(感染者数が多い)ので変異が発生する件数も多いにすぎず、変異率が高いとまでは言えないとの主張も聞きます。
いずれにしても、変異株をフォローするためにWHO(世界保健機関)がVOC(variant of concern<懸念される変異株>)とVOI(variants of interest<注意すべき変異株>)を指定しています。
VOCには英国型、南ア型、ブラジル型、VOIにはフィリピン型、カリフォルニア型等が指定されています。
VOC、VOIに指定されるかどうかは、感染力、重症化率、再感染率、免疫力低下率、ワクチン有効性低下率等を加味してWHOが指定します。
4月下旬、WHOはインド型をVOIに指定。5月11日、インド型を4番目のVOCに指定。言わば危険度の格上げ。同時に、現時点では既存のワクチン、診断法、治療法は有効との見方を示しました。
インド型はE484QとL452Rという2つの変異がある二重変異株です。まだ完全に分析されていませんが、感染力、毒性、ワクチン効果等に影響が出る可能性はあります。
メルマガ前号でも解説しましたが、英国型はN501Yの単変異。南ア型、ブラジル型はN501YとE484Kの二重変異です。
これに対してインド型はE484QとL452Rという別の場所のタンパク質が変異した二重変異。感染力を高める場所が変異したと見られており、それがインドの感染爆発の原因と見られています。
インド型はグローバルデータベース(GISAID)に2020年10月に初めてインドから登録されました。つまり、インドが最初に登録(インドで最初に発見)されたのでインド型です。
インド以外からでは、英国が2021年2月22日、米国が同2月23日に検出し、GISAIDに登録。4月25日時点で日本を含む世界19ヶ国から登録されています。
国立感染症研究所等のレポートを読むと、インド型にはタンパク質の変化(アミノ酸の変化)が13ヶ所発生していますので、正確に言えば二重変異ではないとの指摘もあります。
しかし、E484QとL452Rが主要な変異であり、この2つがウイルスの性質(感染力等)に影響を与えていることから、俗に二重変異と言われています。
E484Qはスパイクタンパク質の484番目のアミノ酸がE(グルタミン酸)からQ(グルタミン)に置き換わったことを指す変異です。抗体から逃避し、ワクチン効果を低減させ、再感染リスクを高めると分析されています。
英国型、南ア型、ブラジル型のE484Kは、EからK(リシン)に置き換わったものであり、同様にワクチンの有効性低下、再感染リスク増加等が懸念されています。詳しくはメルマガ前号をご覧ください。
E484Qの免疫逃避性については現在分析が進んでいます。実験室レベルでは、新型コロナに感染した人が持つ中和抗体による中和活性が低下したことが報告されています。
もうひとつのL452Rはカリフォルニア型等でも検出された変異です。この変異は、新型コロナに感染した人が持つ中和抗体の中和活性やワクチン効果を低下させることが懸念されています。また、感染力が高まるとの報告もあります。
インドでは4月時点で、ゲノム解析が行われたうちウイルスの8割以上がインド型に置き換わっていました。全数調査ではありません。
東京大や熊本大等の研究チームは、インド型のL452R変異は日本人の6割が有する白血球HLA(ヒト白血球抗原)A24がつくる免疫細胞から逃れる能力があるという実験結果を報告しています。
HLAは白血球の血液型と呼ばれるものです。つまり、日本人に多い白血球型であるHLAA24の有する免疫機能が効きにくくなることを意味します。
換言すると、6割の日本人がインド型に対して免疫低下の可能性があることを意味します。また上記研究チームは、L452R変異が人の細胞に付着しやすく、感染力が高いことも指摘しています。
上述のとおり、L452Rはカリフォルニア州で発見され、全米に拡大。直近のデータではカリフォルニア州の感染者の56%を占めており、日本でも3月に沖縄県で1例見つかっています。
研究チームは、HLAA24が東アジア人に多いこと、カリフォルニア州は米国で最も東アジア人が多いこと等から、L452R変異は東アジア人の免疫から逃避するために発現したとも仮定できると指摘しています。日本で感染拡大すると厄介です。
HLAと言っても数万種類あり、今回はそのうちのHLAA24がL452Rに対して免疫力が弱いことが明らかになったものの、まだ試験管の中の細胞実験の段階。人間の体の中で実際にどんな反応が起きるかは完全には解明されていません。
新型コロナウイルスが侵入しても、HLAA24以外の抗原が感染を防ぐ可能性もあります。したがって、単純に日本人の6割の感染リスクが高まるとは言い切れないとの意見も聞きました。
ケンブリッジ大学の研究では、ワクチンへの影響については、L452R等の変異によって、感染予防効果は6分の1から3分の1程度に減少するそうです。
インドでは他の変異株も検出されています。ベンガル州を含む4州で検出されたE484QとL452Rに加えP681Rという変異がある三重変異株もそのひとつ。現地ではベンガル株と呼ばれています。
ケンブリッジ大学の研究では、P681Rは感染力が高いうえに感染が速く、免疫システムから逃れることをサポートするエスケープ変異という特徴を有しているそうです。
また、ワクチン接種等で抗体を有する人の方が抗体のない人よりもインド型に感染しやすいとの驚くべき見解も含まれています。ベンガル株のことか、従来のインド型のことか判然としません。現在確認中です。
本当に免疫回避力があるならば、現在のワクチンでは効かなくなる可能性があり、由々しき事態。ワクチンの構造変更、改良が必要でしょう。
なお、インドでの三重変異はもう1種類検出されているとの情報があり、これも確認中です。
さらに、インド細胞分子生物学研究所(CCMB)の論文がN440Kという新たな変異を有する株を取り上げています。最初に確認されたインド南東部アーンドラ・プラデーシュ州の頭文字を取ってAP型と呼ばれています。
潜伏期間が短く、3日程度で重症化。感染力は極めて強く、初期の変異株より少なくとも15倍も毒性が強いと伝わります。実験では10倍から1000倍とも指摘。この数字がそのまま人の感染に当てはまるとは思いませんが、要注意です。
AP型は英国型や従来のインド型を駆逐すると想定されているようですが、ウイルスの複製力と感染力等は分析中。現時点では、N440K変異株は複製力が弱い一方、感染力は強いと見られているようです。
同論文によれば、1年前は複製力の強いウイルスが席巻していたそうですが、その後、感染力の強い変異株に取って代わられたことを記しています。
ウイルス量が少なくても、感染力が強ければ感染しやすいと言えます。複製力と感染力は必ずしも比例しません。この2つの両方に秀でた変異株が出てきたら厄介です。
世界で接種が進むワクチンが効かない変異株の出現も懸念されます。新たな変異株に対応したワクチンに作り変えることが必要になります。
さて、日本。政府はGW直前にインドからの入国者の水際対策を強化。しかし、入国禁止にしたわけではなく、待機日数を伸ばしたのみ。
現在の変異株に対するPCR検査は英国型、南ア型、ブラジル型のN501Y変異しか検出できません。メルマガ前号でお示ししたとおり、E484Kはスクリーニング対象外。
新しいE484Q、L452R、P681R、N440K等は当然対象外。したがって、インド型の検査には1週間から2週間かかるゲノム(全遺伝情報)解析が必要。国立感染研はインド型を検出できるPCR検査導入を検討中だそうです。
東大医科学研究所はインド型が拡大した場合、感染者数や死亡者が増える可能性を指摘しています。
現在の諸対策に関わる問題はいろいろありますが、ひとつは空港検疫。空港検疫では15分から30分で結果が出る抗原検査を使っています。
PCR検査は検体中に5個以上のウイルスが存在すれば感知しますが、抗原検査では100個以上必要です。
無症状の感染者はウイルス量が少なく、抗原検査では偽陰性となるケースが少なくありません。検査で偽陰性の感染者が相当数入国している可能性があります。
抗原検査をすり抜けたインド型感染者が既に感染を広めていても不思議ではありません。この状態では、ベンガル株やAP株もやがて上陸するでしょう。
空港検疫での感染者の傾向は先行きを暗示しています。英国型と同様に数ヶ月後、あるいは夏頃には流行の主流がインド型に置き換わっていく可能性があります。
政府は強い危機感を持って水際対策を強化すべきであり、インドでの行動歴がある渡航者の入国をより厳しく規制することが適当と考えます。
首相が言う通りにワクチン接種が進捗しても、インド型が主流になればワクチンも効かなくなる可能性があります。
昨年冬は、春節で中国人観光客が押し寄せ、第1波につながりました。本気で感染を防ぐためには、あらゆる入国を止めるしかありません。中途半端な対策のままでは、同じ失敗を繰り返すでしょう。
なお、政府は変異株が海外から流入したと想定していますが、国内で同様の変異株が自然発生している可能性も否定できません。今後の監視ポイントです。
(了)