政治経済レポート:OKマガジン(Vol.469)2021.8.22

7月及び8月上旬の異常な猛暑の後は、台風の連続と長雨と豪雨。今週後半には猛暑復活の予想ですが、気候変動の影響を例年以上に実感する今年の夏です。世界各国が21世紀半ばのカーボンニュートラルを目指し始めた中で、日本も遅れを取ることのないよう、技術開発と実用化に腐心することが重要です。


1.マトリョーシカ的構造

日本(2018年)のCO2排出量は、電力部門で4.5億トン、非電力部門で6.1億トン、合計で10.1億トンです。これを実質ゼロにするカーボンニュートラル実現のハードルは当然低くはありません。

非電力部門の内訳は、産業3.0億トン、運輸2.0億トン、民生1.1億トンであり、それぞれの分野が努力しなければなりません。

例えば、非電力・運輸に目を向けると、一番身近なのが自動車です。EV(電気自動車)や水素によるFCV(燃料電池自動車)は非常にわかりやすい努力の事例です。

しかし、最近はそのEVのバッテリーやFCVの水素を製造する過程でのCO2排出量も勘案するLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)という概念も登場し、カーボンニュートラルを巡る戦略構築は非常に輻輳しています。

話が拡散しないようにFCVに目を向けます。例えば2017年に政府は、2020年までにFCV4万台、水素ステーション162ヶ所整備を計画しました。水素ステーションは実現されたものの、肝心のFCVは3800台。なかなか思い通りにはいきません。

こうした状況下、昨年秋、政府は水素を活用したカーボンニュートラル対策のウェイトを非電力部門から電力部門にシフトさせました。

それは、仮に水素ガスタービンによる発電所1基(出力100万kw)が実現すれば、FCV400万台に相当するからです。

しかし、水素発電も「LCAの呪縛」からは逃れられません。発電に使う水素をどのように入手するか、あるいは製造するかという課題に直面します。

海外から入手(輸入)するというのはひとつの考え方ですが、その際には輸送手段とコストがポイントになります。

輸送手段については、LNG(液化天然ガス)の技術やノウハウが似ていることから、日本はその経験を活かせそうです。

コストについては、輸入する場合であっても、国内で生産する場合であっても、課題解決は容易ではありません。

水素は製造方法によって3つに分類されます。製油所や化学プラントで副次的に発生する水素は、その過程でCO2を排出することからグレー水素と呼ばれます。現在、国内で使用されている水素のほとんどがグレー水素です。

天然ガスや褐炭等の化石燃料から水素を製造し、その過程で発生するCO2を回収・貯留(CCS)する場合はブルー水素と呼ばれます。CCSは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略。因みにこれに「Utilization」を加えたCCUSは、回収・貯留したCO2をさらに利用することを意味します。

CO2を排出せずに製造する水素はグリーン水素です。太陽光や風力などの再生可能エネルギーの電力を使い、水の電気分解によって水素を製造します。

蛇足ですが、太陽光や風力のインフラを製造する際にもCO2を排出します。そういう「マトリョーシカ的構造」を言い出すと、カーボンニュートラルは戦略が難しくなります。

ご存じのとおり、マトリョーシカは何重にも重なるロシアの木彫り人形のことです。「マトリョーシカ的構造」は筆者の造語ですが、要は「終りがない」というイメージです。

水素発電を実現するために必要なのは、原料の水素と水素ガスタービンエンジン。後者は既に存在しますので、問題は原料水素の確保です。

輸入するか、製造するか。輸入する場合の水素の液化温度がマイナス253度(天然ガスはマイナス162度)という技術的ハードルはあるものの、LNG等の経験を活かせば問題なさそうです。

しかし、原料コスト、つまり「海外製造コスト+輸送コスト」が高ければ、結局、既存の発電より優位にはなりません。

輸送コスト分だけでも安くしようと思えば、国内製造という結論に至ります。しかも、それがグリーン水素であれば一番望ましい展開です。

そのためには、水素を太陽光、風力等の再生可能エネルギー、あるいは原子力で製造するという発想に至るでしょう。

すると今度は再生可能エネルギーや原子力のコスト問題にぶつかります。エンドレスになりますので、ここではこれ以上の「マトリョーシカ的構造」には踏み込みません。

2.逆転の発想

電力部門のエネルギー構成(2018年)は、天然ガス37.1%、石炭31.9%、石油等6.8%、原子力6.2%、再生可能エネルギー18%です。

再送可能エネルギー比率が低いという構造をなかなか変えられない日本。変えられないならば「変えないまま何とかする」という「逆転の発想」から個人的に注目しているのがアンモニアです。

アンモニアは肥料(全体の8割)及び化学製品材料(同2割)として広く利用されています。肥料のうち半分強は尿素の材料となっています。

常温常圧で無色透明の気体であるアンモニアの分子式は「NH3」で、水素(H)と窒素(N)から構成されています。アンモニアは多くの国で生産されていますが、アンモニア合成のために必要な水素の大半は天然ガス等の化石燃料由来です。

そのアンモニアを発電燃料として使用することが研究されています。アンモニアは燃焼時にCO2を排出しない「カーボンフリー」の物質です。発電燃料として使用してカーボンニュートラルにつなげるという発想です。

既に技術開発が進んでおり、石炭火力のボイラーにアンモニアを混ぜて燃焼させる「混焼」は実証実験中。その先にあるのが、アンモニアだけで燃焼させる「専焼」です。

脱硝装置や脱硫装置等は既存設備を利用することができ、投資負担を抑えながらCO2排出を削減できます。ボイラーにアンモニアを送り込むパイプラインを増設し、専用のバーナーに改造すれば燃焼可能です。

火力発電のCO2排出量は日本国内のCO2排出量の約4割を占めているため、アンモニア「混焼」「専焼」が実用化されれば、削減効果は甚大です。

アンモニアは既に多用途で利用されており、生産・輸送技術や安全対策も確立しています。陸上ではパイプラインやタンクローリー、海上ではタンカーで運ばれるほか、サプライチェーンも確立しており、既存インフラを活用できることから、水素よりも初期コストが抑制できます。実用化に向けたハードルが低いことは、次世代エネルギーとして大きな優位性です。

窒素を含むアンモニアは燃焼すると窒素酸化物(NOx)を排出する難点がありますが、アンモニアを20%「混焼」しても、石炭「専焼」と同じ程度に保てることが確認されています。

逆に、アンモニアを火力発電が排出するNOx対策に利用可能です。NOxにアンモニアを結びつけて化学反応を起こせば、窒素(N2)と水(H2O)に還元できるからです。

現在実証実験中の石炭火力「混焼」以外では、ガスタービン「専焼」、燃料電池(船舶用SOFC)、アンモニア工業炉等があります。燃料アンモニアの用途は、発電・産業・輸送の三分野に幅広い可能性があります。

世界のアンモニア生産量(2019年)は約2億トンです。生産国は上位から中国、ロシア、米国、インドの4ヶ国で全体の半分以上を占めます。これらの国はアンモニア生産に欠かせない化石燃料の資源国です。

世界の輸出入量(2018年)は約2000万トン。生産量の1割ほどしかありません。つまり、生産されたアンモニアの9割は、生産国内で主に農業用肥料として消費されています。

輸出第1位はトリニダードトバゴ、以下、ロシア、サウジアラビアと続きます。この3ヶ国で輸出量の約半分を占めます。

輸入第1位は米国。トリニダードトバゴの最大輸出先です。以下、インド、モロッコ、韓国、中国と続き、この4ヶ国で輸入量の約半分を占めます。

日本のアンモニア消費量は2019年で約108万トン。うち約8割を国内生産、約2割をインドネシアとマレーシアから輸入しています。

石炭火力の発電コストは1kWh10.4円。現在のアンモニア価格でアンモニア発電のコストを試算すると、20%「混焼」では12.9円、100%「専焼」では23.5円。

化石燃料にはコスト的に対抗できませんが、水素「専焼」の97.3円と比べれば4分の1程度です。

アンモニア発電実現のためには、高効率の発電技術の開発とともに、製造・輸送コストの安いサプライチェーンの構築が必須です。

3.LCAの呪縛

CO2排出ゼロのアンモニア発電は是非実現したいところですが、既に具体的な取り組みが始まっています。

東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資するJERAが2024年度から碧南火力発電所(愛知県)でアンモニア20%「混焼」に転換する計画です。中部電力が2016年度から進めてきた技術開発をJERAが継承したものです。

国内に27ヶ所の火力発電所を有するJERAは国内のCO2排出量の1割強を占めていることから、昨年10月、同社が2050年CO2排出実質ゼロを宣言したことは画期的です。

再生可能エネルギー拡大のほか、火力発電におけるアンモニア「混焼」や水素「混焼」を導入するとのことです。将来的な「専焼」も想定しているようです。

仮に国内電力会社が保有するすべての石炭火力発電所で20%「混焼」を行うとCO2排出削減量は約4000万トン、将来的に「専焼」が実現すると削減量は約2億トンです。

但し、石炭火力発電1基(100万kW)でアンモニア20%「混焼」を行うと年間約50万tのアンモニアが必要になります。国内全ての石炭火力で20%「混焼」を行うには2000万t必要になり、これは現在の世界全体の貿易量に匹敵します。

こうした事情も見越してか、ノルウェーの肥料大手ヤラ社が豪州で再生可能エネルギーを使ってアンモニアを製造し、日本の火力発電所向け燃料として販売することを計画中です。

同社は仏電力エンジーと提携し、豪州北西部ピルバラの既存プラントで太陽光発電を利用して水素を製造すると報道されています。再生エネでつくるグリーンアンモニアです。日本への供給が実現すれば、発電燃料用グリーンアンモニアの初の国際取引になります。

アンモニアを利用するプロジェクトは、調べてみると他にもあります。例えば、水素の「キャリア」つまり輸送媒体としての利用です。

大量輸送が難しい水素を、輸送技術の確立しているアンモニアに変換して輸送し、利用する場所で水素に戻すという手法です。

アンモニアを石炭火力のボイラーで「混焼」する以外にも、アンモニアを直接燃焼させてガスタービン発電に使う手法も検討されているそうです。

仮に50万kWh級の大型ガスタービンでアンモニア「専焼」が実現すると、1基で年間110万トンのCO2排出削減効果があると試算されています。

ほかにも、固体酸化物形燃料電池(SOFC)と呼ばれる燃料電池で利用される水素を燃料アンモニアに置き換えることや、船舶?ディーゼルエンジンや工業炉で燃料アンモニアを利用する技術開発も行われています。

今後が期待されるアンモニアですが、冒頭の水素と同様にアンモニアをどうやって製造するのかという課題に直面します。

アンモニアも「グレー」「ブルー」「グリーン」に3分類されます。アンモニア燃焼の際にはCO2を排出しないものの、アンモニア製造の過程でCO2を排出すれば意味がないという「LCAの呪縛」です。

やはりここでもCCSやCCUSが鍵になるほか、再生可能エネルギーを使ってアンモニアを製造したとしても、その再生可能エネルギーのインフラ製造時のCO2排出が問われる「マトリョーシカ的構造」です。

日本だけのカーボンニュートラルを考えるのであれば、カーボンリサイクルやクレジット(排出枠)によるオフセット、すなわち排出権取引なども利用可能ですが、世界全体、地球単位では「LCAの呪縛」と「マトリョーシカ的構造」から逃れられません。

以上のとおり、水素とアンモニアは、製造、輸送、利用の各段階で密接に関係しています。水素と空気中の窒素を合成すればアンモニアが生成されるし、アンモニアを水素化することもできます。水素とアンモニアは極めて近い関係です。

そのために、産官学各界の中で、FCV等を念頭に置いた水素中心派と、発電を念頭に置いたアンモニア中心派に分かれているような気がします。

コロナ禍で創薬やデジタル等、日本の科学技術が遅れていることが白日の下に晒されましたが、その原因のひとつに、関係者の利害対立によって遅々として物事が進まない、匍匐(ほふく)前進でしか物事が運ばない日本社会の構造や体質があると思います。

カーボンニュートラル対策における水素とアンモニアの鬩ぎ合いが同じ轍を踏むことにならないよう、微力ながら努力したいと思います。

大雑把に言えば、小型輸送はEV、大型輸送はFCV、発電はアンモニアという棲み分けを関係者が共有し、政府も支援して、技術開発と実用化を一気呵成に進めることが肝要です。

スウェーデンとノルウェーのエネルギー企業が主導するオランダの水素火力発電は2025年稼働予定です。天然ガス火力発電から水素への転換です。天然ガスから水素を作る時に発生するCO2は船でノルウェーに送り、CCS処理すると聞いています。

既に再エネ価格が大幅に低下し、コストメリットで先行する欧州等に引き離されないよう、水素とアンモニアでは日本が先行することが期待されます。

(了)

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