まもなく誕生する新政権のカーボンニュートラル政策に注目したいと思います。1970年代の石油ショックで日米欧各国は困難に直面。米カーター政権はホワイトハウス屋上に太陽光パネルを設置して国民や産業界の意識転換を促しました。日本では民間主導で省エネ技術が蓄積され、アラスカから発電用LNG輸入開始。エネルギー確保は安全保障の観点から「国策民営」が基本ですが、政府の動きが鈍く、不適切であれば、民間主導で推進するしかありません。支援できるように努力します。
日本の2018年CO2排出量は、電力部門4.5億トン、非電力部門6.1億トン、合計10.1億トンです。これを実質ゼロにするカーボンニュートラル実現のハードルは低くありません。
非電力部門の内訳は、産業3.0億トン、運輸2.0億トン、民生1.1億トン。それぞれの分野が努力する必要があります。
9年前のメルマガ271号(2012年9月14日付)で発電分野における再生可能エネルギー(以下再エネ)について「末広がりの八類型」と題して8つの有力選択肢を記しました。
記載順に太陽光、風力、水力、地熱、海洋エネルギー、バイオマス、その他(振動発電等)、燃料電池です。
このうち、地熱と海洋エネルギーは、火山国家、海洋国家という日本の特徴を有効活用する観点から上位に掲げています。
海洋エネルギーは潮流、海流、波力、潮汐力を活用した発電。「海の地熱発電」と言われる海洋温度差発電もあります。
冷たい深層水(5度程度)と表層水(25度以上)の温度差を活用して蒸気を発生させ、タービンを回します。近海に海溝の多い日本周辺の温度差発電の潜在能力は大きく、波力の8倍、海流の15倍、潮流の25倍以上という試算もあります。
風力については9年前のメルマガで次のように記しています。「1990年代から風が強い北海道などを先駆けに普及し、既に全国417発電所1832基(2.5GW)が稼働。福島県沖の太平洋上では143基の浮体式風車を設置する産学官共同計画も進行中です。」
という内容でしたが、その後の日本の対応は世界に大きく遅れました。NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)公表データによれば、2017年までの世界全体の風力累積導入量は539GW。うち中国188GW(34.9%)、米国89GW(16.5%)、ドイツ56GW(10.4%)。
この間、日本は3.4GW(0.6%)で国別では19位。民間データサービス公表の2020年順位は21位。世界との格差は開き続けています。
風力の中でも今後の主戦場は洋上風力。この分野では日本はさらに遅れをとり、関係者に聞くと「20年遅れ」という衝撃的な状況です。
洋上風力の2020年までの累積導入量は世界全体では35GW。2010年時点が2.9GWでしたから、10年間で10倍以上の増加です。
世界18ヶ国(欧州12、アジア5、北米1)で導入され、英10.4GW、中国10GWに次いでドイツ、オランダ、ベルギー、デンマークと欧州勢が続き、欧州勢シェアは70%です。
当然風車メーカーや風力発電の有力企業が勃興。シーメンスガメサ(スペイン)、ヴェスタス(デンマーク)の2強を筆頭に、エクイノール(ノルウェイ)、オーステッド(デンマーク)、RWE(ドイツ)等。これら企業は株価も好調。2019年末の発電能力は22GW、年商1兆円超市場に拡大しています。
欧州各国は2000年頃から洋上風力導入に着手。最初の約10年間は拠点港湾を含むインフラ整備等が嵩んで発電コストは上昇し続けました。
発電コストが低減傾向に転じたのは年間新設出力0.9GW、累計出力3GWに拡大した2010年以降です。
例えば、2019年開始の英国プロジェクト(5.5GW)稼働時売電価格は5円台(kWh<以下同>)の見込み。英国全体の平均価格と同水準です(1ポンド130円換算)。
2019年10月、IEA(国際エネルギー機関)も世界の洋上風力平均コストが2024年までに6.5円(1ドル108円換算)に低減するとの予想を発表。
EU(欧州連合)執行機関であるEC(欧州委員会)は、2050年までに230GWから最大450GW、欧州電力需要の約30%を洋上風力で賄うことを計画しています。
欧州で軌道に乗った要因のひとつは、政府が発電適地(海域)を選び、事業者を公募する「セントラル方式」の導入。事業者は漁業補償等の調整に窮することなく、発電事業に集中できるようになりました。
技術革新によるコスト削減でブレークしたシェールガス、太陽光に次いで、洋上風力が世界の「第3の革命」につながる可能性が高まっています。
四方を海に囲まれ、海外からは洋上風力有望市場と見られている日本。惨憺たる状況は、再エネを増やし、脱石炭を同時並行で進めたドイツとは対照的です。
「20年遅れ」の洋上風力キャッチアップのためには、官民一体となった大規模な導入計画断行と市場拡大策が必須です。
洋上風力には着床式と浮体式があります。世界初の浮体式は2009年にエクイノール(当時の社名はスタトイル)がノルウェイ沖で稼働させました。
風車を乗せる浮体には「スパー(円筒)型」「バージ(艀<はしけ>船)型」「セミサブ(半潜水)型」という3種類があります。
「スパー型」は釣りに使う「長い浮き」のような形状をした円筒状の構造物。下半分がコンクリート製、上半分は鋼鉄製が一般的です。
「バージ型」は喫水(浮体最下面から海面までの距離)が浅い構造物、「セミサブ型」は一部を潜水させるために喫水が深い構造物です。
風車の大きさにもよりますが、「バージ型」「セミサブ型」は水深10mから30mぐらい、「スパー型」は100m程度の深度が必要です。
巨大構造物を海上で造ることはできませんので、港湾から曳航します。まずは深度の大きい港湾が必要です。
曳航時にバラスト水(船体に貯留する海水)を操作し、着床式の場合はSEP船(自己昇降式作業台船<Self Elevating Platform>を有する作業船)も活用。SEP船昇降用脚を海底まで押し下げて台船(プラットフォーム)を海面上に上昇させます。
浮体の海底との係留方式は「カテナリー型」が主流。「カテナリー」は「懸垂曲線」という意味であり、ロープの両端を持って垂らした時にできる曲線のことです。「張力脚型」もあります。海底との係留を垂みなく行うものです。
浮体式の発電コスト(建設コストを含む)は着床式より高額です。しかし今後、欧州では浮体式コストが着床式並みに低下すると予想されているため、欧州では浮体式が主力電源となるパラダイムシフトが起きつつあります。
上述のエクイノールは、2030年までに浮体式コストを4.8円から7.2円程度(1ユーロ120円換算)に縮減可能としています。
実現すれば浮体式の活用が進み、洋上風力設営地点の離岸距離と深度に劇的な変化が起きます。あるいは、離岸距離が長くなり、深度が深くなることで浮体式コストが劇的に下がるとも言えます。鶏と卵の関係です。
2019年に欧州で設営された洋上風力の平均離岸距離は35km。領海(約22km)外側のEEZ(排他的経済水域)に入っており、平均深度は33m。今後は離岸距離100km超、深度100m超でも設営していくことが計画されています。
メリットの第1は、沖合ほど風況の良い海域を利用できることです。平均風速が15%速い海域では発電量が50%以上増加します。発電量増加率が沖合進出による費用増加率を上回れば、発電コストは低減することになります。
第2に、陸上の系統接続に有利な場所に海底送電線の陸揚げ地点を選定できます。
第3に風車大型化。発電量は風車ブレード(風車翼)受風面積に比例するため、大型化は発電コスト低減を意味します。道路等の制約から風車の陸上輸送可能寸法には限界がありますが、洋上では港湾から設営地点に海上輸送するため、大型化が可能です。今後建設される出力10MW超の浮体式の風車は、50階建高層ビル以上の高さになるそうです。
2050年カーボンニュートラルを国家目標とした日本。再エネ発電割合を2019年17%から2050年には50%以上に高めることを掲げていますが、鍵を握る技術のひとつが浮体式です。政府は2040年までに原発45基分相当の事業認定を目指しています。
国土が狭く森林率の高い日本では太陽光と陸上風力には限界があります。一方、日本のEEZ面積は世界6位。遠浅が少ない日本周辺では、着床式よりも浮体式が適しています。
日本近海で離岸距離30km以内、深度200m以内、年平均風速7m以上の海域で、深度50m以内を着床式、水深50m以上を浮体式として試算すると、浮体式の設営可能面積は着床式の約5倍あるそうです。
「20年遅れ」の洋上風力を「カーボンニュートラルの救世主」にできるか否か、その成否は浮体式が握っています。
浮体式への期待は大きいものの、着床式が既に世界で数千台30GW以上稼働しているのに対し、浮体式は昨年8月時点で5ヶ国8プロジェクト15台5.5MW規模。
これまで浮体式が進んでいない最大の理由はコスト。主に初期建設費用が原因ですが、前項で示したとおり、沖合化、大規模化で今後採算が改善する見込みです。
波や潮流の影響で傾く危険があるという技術的問題も徐々に改善し、EEZ等の沖合風況データや関係法の整備も進み始めています。
それにしても「20年遅れ」に至った過去数年間は残念です。2012年開始の再エネ固定価格買取制度(FIT)では、太陽光は42円(石炭火力発電コストの3倍超)、設営コストを上回る水準に設定されて太陽光バブルが起きました。
一方、洋上風力買取価格は36円。それなりの水準でしたが、設営コストはカバーできず、普及するはずありません。本気で導入促進する気がなかったということでしょう。
そもそも、政府がエネルギー基本計画に再エネを「主力電源化」と明記したのは2018年。洋上風力本格化の法整備は2019年です。そこまでの不作為が「20年遅れ」の原因です。
現在の第5次エネルギー基本計画では、2030年総発電量に対して風力が占める割合は僅か1.7%程度。
一方、日本風力発電協会は洋上風力の中長期導入目標を2030年10GW、2050年37GWと設定。既に準備中、審査中案件が実現すれば、十分達成可能と見込んでいます。官民の意識格差は大きく、要は政府のヤル気次第です。
第6次エネルギー基本計画は9月3日からパブコメが始まりました。本気の計画になるように注視していきます。
2019年に制定されたのは再エネ海域利用法。洋上風力の事業要件を満たす海域を促進区域とし、事業者に最大30年間占用を認める内容です。日本版「セントラル方式」です。
昨年末には政府が洋上風力産業ビジョン(第1次)を策定し、風力発電業界も「日本洋上風力タスクフォース」を立ち上げ「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」を組織。2030年までに10GW、2040年までに最大45GWの案件実現を目標としました。
発電コストも2035年までに9円以下とする野心的目標を掲げています。北欧水準に近く、国内の原発、石炭火力より安くなります。
送電網や基地港湾の整備、洋上風力発電設備の国内サプライチェーン形成も謳っています。英国では北海石油産業が洋上風力産業に転換しました。日本でも造船、鉄鋼等、洋上風力産業の裾野はかなり大きいと思います。
こうした動きに先立つ2018年12月、70年ぶりに改正された漁業法が昨年12月に施行されました。改正漁業法も洋上風力の沖合進出と重要な関係があります。
現在の実施及び計画中案件は離岸距離数km以内、年間平均風速7.5m前後の海域ですが、沖合には中速海域(同8.5m前後)高速海域(同9.5m前後)が存在します。
沖合進出には漁業との共生が課題となります。改正漁業法によって漁業者以外の民間企業も漁業権獲得が可能となり、洋上風力設備を利用した水産資源保護区設定や養殖事業等が構想されています。
日本は漁業権が強く、昨年も千葉県沖案件で地元漁業関係者が100億円超の支払いを求めています。国が利害調整に腐心しないと、「20年遅れ」の挽回どころか、日本は洋上風力の流れから完全に離脱します。
現状の一部事例等を記します。2007年から戸田建設が長崎県五島市沖で試験を始めた浮体式は2016年に国内初の実用化に至り、2MW級の商用運転を行っています。海中最深部からブレード先端までは全長172m、海面部分は高さ96m、円筒最大直径7.8m、総重量約3400tだそうです。是非見学したいと思います。
上述の再エネ海域利用法によって促進区域に指定されているのは、現在「長崎県五島市沖」「秋田県能代市・三種町・男鹿市沖」「秋田県由利本荘市沖」「千葉県銚子市沖」「秋田県八峰町・能代市沖」の5ヶ所。有望区域は7ヶ所、準備区域は10ヶ所が指定されています。
東京電力と中部電力の火力発電会社であるJERAは、昨年6月、フランスのIDEOL社と浮体式開発会社設立に合意。欧州案件に応札し、その後は国内案件にも着手する計画。やはり昨年、浮体式に取り組む米プリンシプルパワー社に東京ガスが出資しました。
今年春に秋田沖の促進区域に投入された高さ85メートル、筒4本と巨大クレーンを持つ洋上風車専用据付船は、丸紅が2012年に買収した英国洋上風力企業の所有です。
2010年代に経産省から聞かされた「深度が十分な港湾がない」「遠浅の海がない」「北欧のような風が吹かない」「送電線予備枠がない」等々の説明が繰り返されないことを期待します。できない理由を並べるのではなく、どうやったらできるかを考える局面です。
欧州の実績では、海域選定、許認可、資金調達、建設等、計画から発電開始までに要する平均期間は約11年。日本ではこれを短縮することがキャッチアップの必須条件です。
政府による大規模な導入目標、長期間に亘る促進政策、投資環境整備が必要です。開発中、計画中案件が約30GW分も積み上がっている日本。雲散霧消しないように側面支援していきます。
(了)