総選挙投開票日は明後日です。投票率が上がることを期待したいと思います。日本が総選挙でも、国際情勢は動き続けています。台湾海峡を米加艦隊が航行したのを受け、中露艦隊が津島海峡と大隅海峡を通過して日本列島を周回。極東、東シナ海は、欧州や米国からは遠く、国際紛争が起きても当該国に直接被害が及びません。紛争回避のために日本は何ができ、どう行動すべきか。総選挙後も熟考して、的確に対処したいと思います。
総選挙が公示された3日後の22日、「第6次エネルギー基本計画」が閣議決定されました。ドサクサ紛れというわけではないですが、あまり話題にならずに現在に至っています。
総選挙後の国会で議論されると思いますが、そもそも議論している時間的余裕がないほどの内容です。つまり、日本の現状を鑑みると、急いで着手しても間に合わない内容です。
2030年に2013年比で温室効果ガス(Green House Gas<以下GHG>)46%削減との国際公約に基づき、再生可能エネルギー(以下再エネ)比率の2030年目標を36%から38%と従来比10%ポイント以上引き上げ。
再稼働が10基にとどまる原発は従来目標の20%から22%を維持。達成するには全36基(建設中3基含む)のうち約30基の稼働が必要です。
2050年カーボンニュートラル(温暖化ガス実質排出量ゼロ<以下CN>)実現のため、電源構成に占める再エネを倍増。原発も脱炭素電源として活用するものの、第6次計画では新増設は想定していません。
原発は「可能な限り依存度を低減」とする一方で「必要な規模を持続的に活用する」と記述。小型モジュール炉(Small Modular Reactor<以下SMR>)等の新型炉の開発実用化を掲げ、既存原発からの建て替え(リプレース)に含みを持たせています。
ということで、再エネと原発を合わせた脱炭素電源を全体の6割にできなければ2030年目標は達成できません。
また先進国には、GHGを大量排出する石炭火力の全廃が求められていますが、日本は石炭火力の2030年比率を26%から19%に縮小したものの、全廃は到底不可能です。
投開票日31日から英国グラスゴーで始まる国連気候変動枠組み条約の第26回締約国会議(Conference of the Parties、COP26)で日本は第6次計画を説明します。各国は日本の計画を表面的には評価しつつ、実現可能性を懐疑的に受け止めるでしょう。
そもそも日本では、温暖化対策や第6次計画の前提となっている「パリ協定」の深層、本質等があまり語られません。若い世代にとって「パリ協定」前史はもはや歴史の範疇に入りますので、簡単に経緯を振り返ります。
かつて空気(大気)が公共財であると考える人はいませんでした。20世紀後半になると、先進国と発展途上国、南北間の利害対立が先鋭化。環境問題もそのひとつであり、空気は公共財となりました。
GHGを排出して空気を汚すことは、人間や地球にとって良くないという認識が広がり、先進国では、GHG排出量を抑制し、各国が生産や成長を制御することの必要性が認識され始めました。
一方、発展途上国は先進国の身勝手な言い分に反発。環境を悪化させてきたのは先進国。これから成長を目指す発展途上国を同列に扱うのは不公平であるとの主張です。
1972年、環境問題に取り組む国際機関として国連環境計画(UNEP)が設立され、「持続可能な開発」という概念が登場します。
1987年、環境と開発に関する世界委員会WCSDの報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」とは「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、現在世代の欲求を満たすような開発」と定義されました。
同時代の人間同士の対立に留まらず、世代間の対立、現在と未来の対立が意識され始めたことは画期的です。
1992年、国連加盟国、国際機関、NGO等が参加してリオ・デ・ジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開催され「気候変動枠組条約」が締結されました。
155ヶ国が署名し、1994年に発効。同条約では「締約国の共通だが差異のある責任」「開発途上国等の国別事情の勘案」「迅速かつ有効な予防措置の実施」等の原則の下、先進国に温室効果ガス削減のための義務が課されました。
発展途上国の開発の権利を認める一方、環境問題は先進国だけでは解決不可能であり、発展途上国にも共通の責任があることを示す「共通だが差異のある責任」という原則を導き出した意義は大きいと思います。
ここでの先進国とは、1992年当時のOECD加盟国(24ヶ国)とロシア・東欧圏の市場経済移行諸国(11ヶ国)です。
締約国の最高意思決定機関であるCOP(締約国会議)は条約発効翌年から毎年開催されています。事務局はボン(ドイツ)にあります。
原則論の先が難題です。総論賛成、各論反対は人間社会の常。「共通だが差異のある責任」の実効性を担保する先進国と発展途上国の合意、先進国間の調整は容易ではありません。
COP1は1995年にベルリンで開催。COP3までに2000年以降の排出量目標を設定すること、目標達成に必要な具体的措置を決めること、発展途上国に対しても削減努力を促す方法を検討すること等を内容とする「ベルリン・マンデート」を発表。
1997年、京都COP3で締約国は「京都議定書」に合意。6種類のGHGについて、2008年から2012年までの間に先進国全体で1990年対比平均5.2%削減の全体目標と国別目標を決定。そのための手法である排出権取引(ET)やクリーン開発メカニズム(CDM)等を含む政策パッケージは「京都メカニズム」と呼ばれました。
CDMは、先進国が発展途上国に資金・技術を供与してGHG削減対策事業を行い、その削減量を当該先進国の削減達成値に参入できるシステムです。
ところが2001年、GHG排出量世界1位の米国が、発展途上国の不参加を不満として「京都議定書」から離脱。本音は排出量規制が米国経済に悪影響を及ぼすと考えた故です。
たしかに、大量のGHGを排出する中国、インド等の発展途上国に削減義務が課されなければ、地球温暖化の抑止効果は期待できません。
しかし、だからといって最大排出国米国の離脱に他国が理解を示すことはありません。米国の「京都議定書」離脱を巡る論理は、その後登場したトランプ大統領の主張と同じです。
2002年COP8はニューデリーで開催。先進国と発展途上国の対立は続いたものの、「共通だが差異のある責任」を再確認し、「京都議定書」未批准国に対し批准を強く求める「デリー宣言」を採択。
2005年、発効要件である1990年のGHG排出量の少なくとも55%を占める55ヶ国の締結国が批准し、「京都議定書」は発効しました。
発展途上国にも義務を課す制度の確立は2009年のコペンハーゲンCOP15での採択が目標でしたが、COP15では産業革命以前からの気温上昇を2度以内に抑えるという原則目標に合意したものの、発展途上国の義務に関してはまとまりませんでした。
それから6年後。2015年にパリで開催されたCOP21 で「パリ協定」が成立。各国に排出量削減目標の作成・提出、及び目標達成のための国内対策が義務づけられました。
また、各国の対応を国際的に検証していくグローバル・ストックテイク(世界全体での進捗確認)というルールを構築。
「パリ協定」は画期的な国際合意ですが、各国の排出削減実績に対しては拘束力がありません。また、各国目標値を合計しても平均気温2℃引下げ目標には達しません。グローバル・ストックテイクの結果、削減量が足りないと判明した際の対処方針も定められていません。
さらに、GHG排出量、削減量の算出方法も各国裁量。今回のCOP26で多少の標準化議論が行われるようですが、基本は変わりません。各国の事情に配慮した結果であり、「パリ協定」の成否、実効性は未知数です。
「パリ協定」は2016年、中国や米国の批准によって55ヶ国以上及び世界のGHG排出量の55%を超える国の批准という要件を満たし、発効しました。
ところが同年秋、米国トランプ氏が大統領に当選。温暖化そのものを否定し、2017年「パリ協定」離脱を宣言。トランプ大統領の主張は2001年の米国の論理と同じです。
4年後の2021年、バイデン大統領に代わって米国はパリ協定に復帰。今後の展開はどうなるかわかりませんが、そうした中で日本が第6次計画を閣議決定されました。
つまり、各国の対応が不透明な中で日本は第6次計画を閣議決定。各国の戦略と思惑には奥深いものがあるということを認識したうえで、第6次計画に向き合う必要があります。
日本や欧米先進国は足並みを揃えて2050年CNを目指しているのに対し、中露両国は目標年を2060年の10年遅れに設定。しかも、当面2030年まではGHG排出量増加を続ける方針。COP26でも削減目標上積みはしないでしょう。
中国習近平主席は昨年9月の国連総会で「海外での石炭火力発電所の新設は行わない」とCN推進への協力姿勢を示す一方、上述のとおり国内では2030年までは排出量増加。石炭火力も使います。二重基準というより、巧みに立ち回っている印象です。
時と場合によって「中国は発展途上国」と主張し、他国からの支援獲得や国際的な履行義務軽減に対処してきた手腕はある意味で見事。名を捨てて実を取る戦略です。
後述のとおり、再エネ設備の最大サプライヤー国家となった中国にとって、石炭火力発電所を海外輸出しないことは自国の再エネ設備受注増に繋がり、合理的な対応です。
CN目標を先進国比10年遅れにしたことも、その一環。日米欧各国と比べ、10年遅れの対応によって得られる経済的メリット(再エネ等のコスト負担軽減)は大きいと言えます。
また、その間に再エネ技術等も進化します。先行メリットならぬ、後行メリット。より高度な後発技術を活用できるため、GHG削減目標達成にも寄与します。
以上の経緯等を踏まえつつ、第6次計画の課題、及びそれに付随するリスクを整理しておきます。第1にエネルギー確保です。
再エネの19年発電比率実績は18%、2030年目標は36%から38%、原子力は実績6%に対して目標20%から22%。それぞれ実績の約2倍と3倍以上の目標。野心的な目標ですが、無謀との指摘も聞きます。
その一方、LNG火力19年実績37%から2030年目標20%、石炭火力は同32%から同19%、石油は同7%から同2%。いずれも減少させます。
既に中国が日本を抜いて最大LNG輸入国に台頭し、LNG、石炭、石油輸入国としての日本のバーゲニングパワーは低下。輸出国にとっての優先度は落ち、いざという時のエネルギー確保リスクに晒されます。
第2に実現可能性。第6次計画では、産業、業務、家庭、運輸の各部門で省エネ対策を積み上げ。2030年において燃料ベースで6200kl程度(電力量で400億kWhから500億kWh程度)の省エネを前提としています。
公共施設へのソーラーパネル設置等、政府自ら行う対策は進捗管理できますが、民間企業や家庭の対応は強要できません。例えばLED化、公共交通機関の利用促進、トラック輸送効率化等々が想定されますが、具体的な誘導政策は不詳。実現可能性は担保されていません。
第3は中国リスク(その1)。太陽光、風力等、再エネ設備の多くは中国が最大供給国。例えば、太陽光発電設備モジュールは中国企業が世界シェア70%以上。2000年代に世界シェアの過半を占めた日独企業は今や見る影もありません。
世界の再エネ導入は中国企業の成長につながり、中国のエネルギー覇権獲得に寄与する構図です。CNで儲かる中国は、CNの動きを歓迎しています。
第4は中国リスク(その2)。中国製設備が全国津々浦々に設置され、その周辺には防衛施設等もあります。ファーウェイ通信機器と同様の安全保障リスクも懸念されます。
表向きの設置者が日本人、日本企業でも、実際の出資者、事実上のオーナーは中国人、中国企業という事例が多数確認されています。
第5はコスト負担の不条理。現在、電気代に加算されている再エネ促進賦課金は1世帯当たり(21年度)年10,476円、年間2.7兆円。
上記第3の構造から、加算分還流先は外国企業、とりわけ中国企業になります。つまり、再エネコストは日本国民が負担し、その利益還流先は中国企業という不条理です。
第6に国内関連産業振興策の不毛。上述のリスクや不条理を回避するためには、再エネ関連設備の日本サプライヤーを育成することが期待されますが、振興策は不詳。
太陽光だけではありません。世界の陸上風力設備の約55%は中国製。サプライヤー世界上位15社のうち10社は中国企業。洋上風力設備でも中国企業は急成長しており、2020年実績ではシェア50%を上回る見込みです。
第7は上記の諸点に対する日本の戦略、善後策の浅薄さ。グリーン産業育成は第6次計画の達成、それに伴う上述の課題やリスク克服のために必達です。ところが、第6次計画における、洋上風力、地熱、水素、アンモニア等の2030年発電量に占める割合は僅か約1%。
各分野とも各国が積極的に取り組んでおり、熾烈な国際競争下にあります。2030年までに当該産業の育成、成長が日本経済伸長にどのぐらい寄与できるのかがポイントです。
第8は経済見通しの甘さ。2019年度実質GDP550兆円に対して、第6次計画では2030年度660兆円、年率1.3%成長を見込んでいます。しかし民間シンクタンク予想では同600兆円、年率0.7%にとどまっています。
政府見通しを実現するには、第7のグリーン産業育成等を現実化する必要がありますが、それが見通せない状況。そこが問題です。政府は「将来的にはサービス産業が日本経済を牽引する」としていますが、その根拠も保証もありません。
日本経済を牽引してきた製造業の競争力が相対的に低下している中で、その製造業にコスト増の負荷をかける第6次計画のマイナス効果をどうカバーするか。具体策が必要です。根拠のない「サービス業が牽引する」との希望的観測だけでは通用しません。
第9に停電リスク。今年に入り、再エネ先行の米国、豪州、英国、中国等で大規模停電が問題化。日本は島国であるため、欧米諸国のように隣国からの電力供給ネットワークが構築できません。再エネの安定性とバックアップ体制をどうするかが課題です。
第6次計画に付随する現時点で気づいた課題等は以上のとおりですが、週明け月曜日(11月1日)に資源エネルギー庁からヒアリングする予定です。結果的に、原子力の位置づけをどうするかに帰着しますが、冷静な議論ができない日本。最大の問題です。
地球温暖化対策の「目標」の英訳には「Goal」と「Target」が併用されています。「Goal」は最終的な目標。「Target」は具体的な数値目標です。
日本は「Target」を意識して実現不可能な数値目標を掲げていますが、他国は「Goal」と受け止めているような気がします。「パリ協定」の拘束力についても冷静に認識し、国家としての論理的で現実的な戦略と戦術を駆使していくことが肝要です。
(了)