あけましておめでとうございます。1月10日のBIPセミナーには多くの皆さんにご参加いただき、ありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いします。年初早々、核保有5大国が核戦争回避に取り組むことを確認する共同声明を発表。良い兆しというより、それだけ潜在的緊張感が高まっている証左です。昨日はトンガ沖で海底火山が爆発。今年も様々なことが起きると思いますが、内外情勢分析を目的とするこのメルマガが多少でもご参考になれば幸いです。
「世界10大政治リスク」は毎年1月、国際政治学者イアン・ブレマーが1998年に米国で設立した政治リスクコンサルタント会社ユーラシア・グループが発表しています。
ユーラシア・グループは、戦争や政情不安も含め、マーケットに影響を与える可能性のある政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしています。
僕の年初のBIPセミナーでイアン・ブレマーを紹介し始めた2010年頃には「それ誰」という反応でしたが、2011年に「Gゼロ」時代到来を指摘したことで一躍有名になり、イアン・ブレマーは今やメジャーな存在です。
昨年は第1位のリスクにバイデン米大統領を意味する「第46代」を選び、トランプ支持者との分断リスクを指摘。その2日後(1月6日)、トランプ支持者による議事堂選挙事件が発生しました。
昨年の第2位は「コロナの影響長期化」。コロナ禍も丸2年が経過し、現にその影響は長期化しています。
さて、2022年の第1位は「ノー・ゼロコロナ(No zero Covid)」。中国が掲げる「ゼロコロナ(コロナ根絶、封じ込め)」政策の失敗による混乱を指摘しています。
中国は2月4日開会の北京冬季五輪を目指して「ゼロコロナ」政策を成功させ、世界のその実績を顕示することを企図していました。
ところが、昨年12月23日から西安市(住民約1300万人)でロックダウンが始まったほか、1月11日には安陽市(河南省)でもロックダウン開始。現在は天津市でもロックダウンが検討されています。
イアン・ブレマーは「ゼロコロナ政策」失敗によって、中国国内の政情不安、消費低迷、サプライチェーン(供給網)混乱の影響が世界に及ぶと指摘しています。
中国の1月11日の新規感染者数はわずか110人。毎日何10万人も感染している欧米諸国に比べると格段の少なさですが、それでも中国の「ノー・ゼロコロナ」政策の失敗を掲げる背景は何なのか。それは推測するしかありません。
イアン・ブレマーは中国政府の感染者報告数が正確ではないこと、つまり実際はもっと多くの感染者がいることを想定しているのかもしれません。
仮にこの推測が当たっているとすると、中国政府はなぜそのようなことをするのか。それは、習近平主席3期目入りの野望との関係です。
従来、中国国家出席は2期10年が上限でした。また、共産党幹部には「67歳以下なら留任、68歳以上なら引退」という定年制の不文律がありました。
2017年党大会では、習主席の後継者候補となり得る次世代実力者を政治局常務委員(最高指導部)に起用することを見送りました。
2018年の憲法改正では、2期10年とされていた国家主席の任期制限を撤廃。さらに、昨年6月15日、68歳の誕生日を迎えた習主席への定年制適用を見送りました。
もちろん主席在任中ですから任期満了までの続投は既定路線と言えますが、今年秋の全人代では3期目入りが確実視されています。
つまり、そのような状況下でコロナ対策における失政は許されず、「ゼロコロナ」の実現、北京冬季五輪の成功は必達ということです。
そのため、感染者数が実態より少なく公表されてきたこと、国民の間には不満が蓄積していること等々を、イアン・ブレマーは想定しているのかもしれません。
ちなみに、習主席3期目入りの見通しの中で注目されるのは、党序列2位の李克強首相の処遇です。
李首相は今年秋の党大会時点で67歳。従来的な慣行ではそこで引退となりますが、全人代常務委員長(国会議長に相当)等のポストに就くことも考えられます。
一方、李首相は習主席の対抗勢力でもあるので、続投させないならば、定年制慣行を適用して完全引退させるという展開もあります。もちろん、習主席には慣行は適用されません。
李首相の後継には、李氏と同じ共青団出身の胡春華副首相、習主席に近いと言われている李強上海市党書記、李希広東省党書記、陳敏爾重慶市党書記等の名前が上がっています。
しかし、いずれも60歳代。習主席3期目後の後継者にはなり得ません。2017年党大会と同様に、後継者候補となり得る次世代実力者を政治局常務委員に起用しなければ、3期目どころか、4期目以降、あるいは永世主席を展望していることが伺い知れます。
「世界10大政治リスク」第2位は、国家や政府の力が及ばない「巨大IT企業の影響が強まる世界」。イアン・ブレマーはそうした状況を「テクノポーラー(Techno Polar)」と称しています。
デジタル空間で一握りの巨大IT企業の影響力がさらに強まり、個人の思考にも影響を与えると指摘。そして、第3位の「米国中間選挙」との関係で次のように懸念しています。
今年11月の中間選挙を前に、デジタル空間に誤情報が拡散され、民主主義への信頼が損なわれると予測。偏ったデータや策謀的なアルゴリズムによって、混乱や暴動が誘発されると説明しています。陰謀論に洗脳される人も増えるでしょう。
それは、米国内の民主党支持者、共和党支持者の間だけの問題ではなく、中国やロシアによるリスクをも意味しています。
米国が混乱に陥れば、中国やロシアにとっては好都合。国際社会における米国の覇権力、影響力が低下することを望んでいるということです。
「テクノポーラー」はそれを阻止するために米国政府と協力するのか、むしろ中露と水面下で結託するのか、はたまた独自の動きをするのか。
仮に独自の動きをするのであれば、そのことは「テクノポーラー」が国家と同列の主体として振る舞うことを意味します。そういう意味においても「テクノポーラー」はたしかに大きな政治リスクです。
AI(人工知能)等のテクノロジーの倫理的利用方法を巡って、巨大IT企業と米国政府やEUとの間でコンセンサスが得られていないため、米欧政府と「テクノポーラー」の間だけではなく、結果的に米中間、米露間、さらには米欧間の緊張を高めるリスクがあります。
テクノロジーの劇的進歩は今年も続きます。どんどん加速していくでしょう。今年もテクノロジー関係のニュースや情報は的確にフォローしていきたいと思います。
そんな中、メルボルンに本拠を置く豪州最大のベンチャーキャピタル「ブラック・バード・ベンチャーズ」が支援するコーティカル(皮質)研究所の論文を知って驚きました。
その内容は新たな半導体チップについてです。約2万6千個のセンサーで作られた指先大の電極アレイの上に「ある物質」を置く半導体チップを製造しているということです。
「ある物質」とは人間の脳を形成する「ニューロン(神経細胞)」です。上述の電極アレイの上に約100万個のニューロンを置き、電気信号を与えてニューロンに学習をさせて半導体チップにするという構想です。
まだ実験段階ですが、完成すれば「ニューロン半導体」と命名されることでしょう。電極アレイ上のニューロンは研究者の間で「ディッシュブレイン」と呼ばれているそうです。
既に学習効果があることが確認されており、ということは「人工的な意識」が創造できることを意味します。
ターミネーターやマトリックス等々のSF映画に描かれているように、AIやITネットワーク上のコンピュータ自身が「人工的な意識」を持ち、自我に目覚めることが現実のものとなります。
そこまで開発していいのかという倫理観は、科学者の興味を縛ることはできないでしょう。また、「テクノポーラー」の貪欲な進化意欲を抑えることも無理でしょう。
イアン・ブレマーが「テクノポーラー」を第2位のリスクに掲げた今年、どのような技術革新が進むのか、引き続き注視していきます。
「世界10大政治リスク」の第3位は、上述のとおり「米国中間選挙」です。その結果はトランプ前大統領の2024年大統領選への出馬を左右するだけでなく、「歴史的転換点」になるとしています。
バイデン大統領の支持率が低下する中、野党共和党が上下両院で多数派となれば、次期大統領選に向けたトランプ氏の動きは活発化必至です。
共和党は多数派を占める州議会で郵便投票を制限し、選挙区割り変更を進めています。民主党はその動きに当然批判的です。民主党、共和党のどちらが勝っても「不正選挙だ」との批判合戦となり、混乱が予想されます。
ちなみに、イアン・ブレマーは共和党による上下両院での過半数奪還が「ほぼ確実視されている」と指摘。やや踏み込み過ぎであり、共和党の圧力がかかっているのか、民主党支持者を奮起させたいのか、イアン・ブレマー自身の考えにも興味が湧きます。
また、結果的に選挙制度が崩壊するリスクも指摘。米国の政情不安は国際社会にも大きな影響を及ぼします。
「世界10大政治リスク」の第4位には「中国内政」を挙げています。上述のとおり、今年秋には習近平主席が異例の3期目続投になることが確実視されています。
もはや習政権に対するチェック機能はほとんどなく、そのことが中国内政の潜在的リスクと指摘しています。
「ゼロコロナ政策」の失敗やバブル崩壊、それに伴う経済停滞という事態になり、習政権に対する不満が表面化すると、まさしく「中国内政」が世界にとっても大きな政治的リスクになります。
ちなみに、現在の中国の経済力、及び技術開発の後ろ盾となっている資金力は、中国自身がバブル経済下にあることと密接に関係しています。
かつて日本も、米国の経済力を凌駕するのではないかと米国から警戒された時期がありました。それはバブルピーク時の頃です。
東京都の土地の資産価値で、米国全土が購入できると警戒されたのは、それだけバブル経済が過熱しており、日本の土地価格が高騰していた結果です。
中国は日本のバブル時代のメカニズムをよく研究しており、資産価値を高めることが対外的経済力を増すことを認識し、それを政策的に再現しています。
既に中国の民間債務(除く金融部門)の対GDP比は日本のバブル時代を超えており、住宅取得価額は中国国民の平均年収の57倍になっています。
この経済状況が中国の国家のみならず、富裕層の莫大な資産力、IT企業の巨額の技術開発資金の裏付けになっているとともに、極端な貧富の格差も生み出しています。
「中国内政」がどのような方向に向かうのか、世界にとって大きな政治リスクです。
第5位は「ロシア」。ウクライナ情勢を巡るプーチン大統領の次の一手に注目し、米露関係は極めて危険な緊張状態にあるとしています。
プーチン大統領は年初から「NATOの東側への拡大は許さない」との警告を米欧諸国に発し、カザフスタンのデモに対して旧ソ連諸国で構成するCSTO(集団安全保障条約機構)部隊を投入。CSTOの部隊派遣は初めてのことです。
ウクライナは2012年にCSTOから脱退しています。NATOの動き、ウクライナ情勢等に関して米欧諸国から譲歩が引き出せない場合、ロシアはウクライナに対して具体的行動を起こす可能性があります。
第6位は「イラン」。核合意の立て直しを巡り、対外強硬姿勢を崩さないイランが周辺諸国と紛争を起こすリスクを指摘しています。米国とイランの間の核協議は中断しているうえ、イランはCSTOへの加盟も仄めかしています。
第7位は「脱炭素政策とエネルギー政策のジレンマ」。イアン・ブレマーは「Two Steps Greener, One Step Back」と表現。つまり「2歩前進、1歩後退の環境対策」です。
各国のカーボンニュートラル政策は、化石燃焼の確保困難化につながり、緊急時のエネルギー不足やエネルギー価格高騰、それに伴うインフレ等の経済的混乱に至ることを懸念しています。現にその傾向は昨年から顕著になっています。
第8位は「世界の力の空白地帯(Empty Lands)」。米国はもはや国際社会において「世界の警察官」の役割は果たせず、中国もその役割を代替することはできません。
アフガニスタン、イエメン、ミャンマー、エチオピア、ベネゼエラ、ハイチ等々、「力の空白地帯」におけるテロ、紛争等が、国際的に不測の事態をもたらすリスクを懸念しています。
第9位は「文化(価値観)戦争に敗れる多国籍企業(Corporate Losing The Culture War)」。世界の企業が環境、人権問題、社会的責任等への対応を迫られ、高コスト化に直面すると予測しています。
第10位は「トルコ」。昨年は第7位でした。リスクが下がったというより、引き続き世界のリスクです。
国内の経済危機に対する国民の不満の捌け口として強行的外交政策をとるエルドアン大統領によって、周辺地域の緊張が高まると予測しています。
世界の政治リスクは当然これらにとどまりません。極東情勢がベストテンに入っていないのは皮膚感覚と異なります。日中関係、日韓関係、北朝鮮情勢、南シナ海情勢の不確実性も相当高いと思います。
今年もメルマガで順次取り上げていきます。よろしくお願いします。
(了)