政治経済レポート:OKマガジン(Vol.480)2022.2.15

ウクライナ情勢が一段と緊迫しています。ウクライナ国境近くに配備されたロシア軍が一部撤退し始めたとのニュースも流れましたが、依然として今秋中にもウクライナ侵攻との観測が飛び交っています。昨日NHKのインタビューに答えたガルージン駐日ロシア大使は「侵攻しないし、人的犠牲も出ないが、軍事技術的措置はある」と発言。軍事技術的措置とは何か、気になります。


1.デザーテック

サハラ砂漠や中東地域に太陽光や風力の発電所を作り、欧州大陸に電力供給するというプロジェクトが2010年代から研究されています。「デザーテック」または「デゼルテック」と呼ばれます。

つまり、デザーテックとは太陽熱や風力を使って砂漠で電力を生み出し、その電力を消費地に送電する技術群を意味します。

世界中の砂漠に降り注ぐ太陽エネルギーは、6時間分で全世界1年分のエネルギー需要に相当するそうです。

サハラ砂漠はほぼ無人であり、欧州に近いことから、このプロジェクトによって、北アフリカと欧州に電力需要に対応するとともに、欧州経済が温室効果ガスの排出規制範囲内でも十分に成長できる経済環境が構築可能と考えられています。

このプロジェクトの発端はローマクラブです。ローマクラブについては、過去のメルマガ(419号、452号、466号)を参照してください。

2003年、ローマクラブとヨルダン国立エネルギー研究センターがドイツにTREC(Trans-Mediterranean Renewable Energy Cooperation)という組織と、非営利団体のデザーテック財団(DESERTEC Foundation)を立ち上げました。

その後、デザーテックの基本構想、科学的検討はドイツ航空宇宙センター(DLR)において2004年から2007年にかけて行われました。ドイツ政府は予算もつけ、連邦環境・自然保護・原子力安全省が後ろ盾となりました。

様々な再生可能エネルギーを生成するのに利用可能なリソースを分析し、EU-MENA地域の2050年までのエネルギー需要を予測し、欧州とMENA地域を結ぶ送電網構築が検討されました。

欧州12企業と再生可能エネルギー分野の科学者、専門家、政治家の国際的ネットワークが研究の中核を形成。2009年、デザーテック財団はミュンヘンに欧州関係企業群によるコンソーシアム DESERTEC Industrial Initiative(DII)GmbH を設立しました。

カーボンニュートラルにも関係するEU-MENA地域(欧州、中東、北アフリカ)での巨大プロジェクトとして知られており、コンソーシアムのメンバーにはヨルダン王子も入っています。

コンソーシアムによる提案によると、サハラ砂漠の 6500平方マイル(約1万7千平方メートル)の領域に集光型太陽熱発電システム、太陽光発電システム、風力発電システムを分散配置します。

これにより、MENA諸国の電力需要の大部分、及び中央ヨーロッパの電力需要の約15%を賄うことができると試算されています。また、2050年までに発電設備や送電網への投資は総額4000億ユーロになると見積もられています。

また、ローマクラブとヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所(ドイツ)の報告によれば、このプロジェクトは2050年までにドイツ国内で24万人の雇用と、2兆ユーロ相当の電力を供給すると見込まれています。

電力供給を隣国フランスの原子力発電に依存しているドイツとしては、2050年に向けてこのプロジェクトに大いに期待をかけている姿が覗えます。

太陽光パネルに積もる埃を洗い流したり、タービン冷却のために水が必要であり、大量の水の消費は現地住民の生活用水確保を脅かす危険があると指摘されています。

その対策として、発電した電力で水を作る技術も研究されています。水を使わない洗浄技術や冷却技術も開発されており、こうした課題の解決手段が検討されています。

しかし、発電設備や送電網はテロリストの標的になる危険性があるほか、関係者はサハラ砂漠周辺諸国や北アフリカ諸国の政治的不安定性がプロジェクト進行及び欧州への安定的電力供給のリスク要因になると分析しています。

このプロジェクトの実現のためには、地理的にアルジェリアとモロッコの協力が必要になりますが、両国は西サハラの領有権や国境について合意していません。

技術的な障害よりも、欧州、中東、北アフリカ諸国の協力関係構築が、技術的な障害よりもハードルが高い状況です。

プロジェクト実現の鍵は、サハラ砂漠と欧州を結ぶ長大な送電網の構築。技術的研究は進んでおり、実用化を目指す高圧直流送電では送電ロスが1千km当たり3%、1万kmで25%まで縮小しています。

2.電流戦争

電気の流れ方には2種類あります。高校物理の授業のようで恐縮ですが、直流と交流です。

直流は、電気が導線の中を流れる時に、向き、大きさ(電流)、勢い(電圧)が変化しない流れ方です。

例えば、乾電池に豆電球をつないで流れる電気は直流です。電流は常に一方通行ですから、電池のプラス極、マイナス極の向きに気をつけなければなりません。

一方、交流は電気の流れる向きが周期的に変化します。同じリズムで電気が向きを交互に変えながら流れます。

家庭の壁のコンセントから取る電源は交流。コンセントから電源を取る電気製品はプラグをどちら向きに差しても使えます。電流の向きが交互に変わるからです。

コンセントからの電気をそのまま使う電気製品は交流用ですが、家庭内で使用している電気製品の中には交流では使用できない物も多く、直流に変換しています。

直流の利点は、送電がプラスとマイナスの2本の電線で可能なことです。電圧に関係なく、2系統で送電できます。

欠点もあります。直流は常に同じ方向に流れているため、交流のように向きが変わる瞬間に電圧ゼロ状態が発生することはありません。そのため、電流遮断は難しく、電流が流れている状態での強制遮断は、遮断に失敗し、放電による焼損も懸念されます。

プラス側は防食作用がある一方、マイナス側は腐食し易いという特性もあります。マイナス側の電路に接続された金属体は電食作用に晒されます。

直流を使う電気鉄道では、枕木だけで大地とレールを完全に絶縁することができないため、周辺に迷走電流が流れます。そのため、線路に並走して埋設されている金属製の水道管や電配管が腐食する場合があります。

直流の変圧は難しく、変圧する場合はコンバータを通して直流を一旦交流に変換。交流を変圧器で変圧し、再度コンバータを通して直流に変換するという面倒な手順が必要です。

一方交流は変圧が容易なことが利点です。発電所から供給される電気の電圧は数10万V(ボルト)という高電圧ですが、変電所から市街地付近までは6600V、住宅内利用の最終段階では200Vか100Vに降圧されます。

交流はプラス・ゼロ・マイナスという電圧周期を繰り返しており、電流遮断はゼロの瞬間に行うため、電流遮断が容易です。

もちろん交流にも欠点があります。プラス・ゼロ・マイナスという電圧周期を繰り返しているため、ゼロの瞬間は電気が発生せず、発熱しません。そのため、所要の熱量を得るには、目標電圧よりも大きな電圧が必要になります。

ゼロからプラス・マイナスルート(√)2の範囲で電圧変化が発生するため、100Vの電気製品には約141Vの電圧による印加が必要です。当然141Vの絶縁性能が求められます。

つまり、直流よりも交流の方が高い電圧に耐えられる絶縁性能が必要であり、そのために電気製品のサイズが大きくなったり、製造コストが高くなります。

直流と交流の送電方式を巡っては、1880年代にトーマス・エジソン(1847年生、1931年没)とニコラ・テスラ(1856年生、1943年没)が激しい論争を繰り広げました。

エジソンは直流を推奨する一方、テスラは交流を推奨。「電流戦争」と呼ばれましたが、当時は送電の容易さから交流が普及。現在も国内外の送電システムの大半は交流です。

交流に軍配が上がった背景は、上述の利点、欠点から明らかなように、直流は交流に比べて変圧が容易でなく、送電のための変圧設備のコスト差が最大の理由でした。

ちなみに、イーロン・マスクが起業した自動車メーカー「テスラ」の社名はこのニコラ・テスラに因んでいます。

イーロン・マスクは当初社名に「ファラデー(英国人物理学者)」を考えていたそうですが、既に他のスタートアップ企業が社名に採用していたことから、先見の明があったニコラ・テスラに敬意を表して「テスラ」を選択したそうです

3.高圧直流送電(HVDC)

交流で送電しても電気製品の多くは直流に変換して使っているので、それなら直流で送電してはどうかという発想が生じます。

太陽光パネルやエネファームによる発電も直流です。それを家庭で使うために一旦交流商用電源に接続し、電気製品で使用する際に再び直流に戻すという面倒な変換プロセスを経ています。

こうした現状を聞くと、発電所でも家庭でも再エネでも直流電力を作り、そのまま送電したくなりますが、現在の既存送電網は交流が主流です。

上述のとおり、送電網勃興期において交流の変圧が容易だったからです。しかし、それから約100年、送電ロスの少ない直流送電網導入の動きが広がっています。遠隔地での再エネ発電の拡大等が背景にありますが、以下のような事情も影響しています。

第1に、昇降圧用コンバーターの発達と小型化によって、変圧及び直流・交流変換が容易に行えるようになったことです。

第2に、電力制御用パワー半導体の性能向上により、高圧直流送電(HVDC)技術が成熟し、直流でも安定送電できるようになったことです。

第3に、太陽光、風力等、再エネによる消費地から遠い場所での発電が増えてきたことにより、長距離の直流送電ニーズが高まっているためです。直流は短距離では送電ロスが大きいものの、長距離になると送電ロスよりもメリットの方が上回ります。

第4に、再エネや家庭用蓄電池など、直流での大容量発電や給電が可能な電気製品・機器が増えているためです。

直流送電導入で先行するのは欧州です。冒頭のサハラ砂漠プロジェクトのほか、洋上風力発電からの送電に活用しています。ケーブルによる送電のため鉄塔建設が不要であり、送電網の建設コストや期間が圧縮できます。

NEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)によると、交流よりも直流の方がコスト面で優位になる条件は架空送電線で800km以上、海底ケーブルで50km以上が目安です。

日本企業もこの分野に進出し始めており、日立はドイツ、ノルウェー、英国、東芝はイタリアで直流送電網を受注しています。

スマートグリッドの普及拡大と連動し、市中での短距離直流送電網も研究されています。千葉市では域内の太陽光パネルや蓄電池からの直流配電を実証実験しています。

洋上風力の新規導入量は2030年には現在の約6倍、約40ギガワット超と見込まれ、直流送電の需要も高まる見通しです。逆に、直流送電の技術開発や整備が遅れれば、洋上風力導入の足枷となります。

既存送電網(つまり交流送電)を活かすのであれば、地域毎に太陽光等で発電された電気を直流配電して地産地消し、余剰分を系統連系で交流送電網に流す形になるでしょう。

電力インフラのラストワンマイル部分を地域で運営し、地域間で余剰分を交流送電で融通し合うということです。現在、太陽光発電事業者が行っているのと同じ構造です。

逆パターンもあります。ラストワンマイル部分は既存交流配電網を利用し、遠距離全国送電は直流で行うパターンです。

東日本と西日本は周波数が違います。50Hzと60Hzです。「3.11」の際もこの制約で十分な電力融通ができませんでした。したがって、新たな直流送電網は災害時のバックアップとして位置付け、既存の交流送電網に系統連系で接続するのも一案です。

一方、既存送電網を活用しないのであれば、地域スマートグリッドを直流配電で構築し、地域スマートグリッド同士を直流送電網で繋ぐという構造もあります。発展途上国等、これから電力網を構築する地域や国と同じやり方です。

東西で電波周波数が違うのは、東日本では東京電燈(現在の東京電力)がドイツから50Hzの発電装置を購入し、西日本では大阪電燈(現在の関西電力)が米国から60Hzの発電装置を購入したことが理由です。

周波数は東西で違いますが、電圧は100Vで同じです。主要国では200Vが普及していた1910年代、日本で普及していた電気機器のほとんどが100Vの照明用電球であったため、100V以上の電圧を印加すると寿命が短くなるため、やむなく100Vに統一されました。

東西間の電力融通のために周波数の境目で送電網を一旦直流に変換していることを勘案すると、当該エリアから直流送電網を徐々に構築していってもいいかもしれません。

今後、テスラが勝利した電流戦争の結果を覆すような展開があるかもしれません。

(了)

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